視界の隅に映るレーダーの青い光点。そこに向かってケンは屋根の上を疾駆する。
彼女は、隠れ家に戻らずそのまま行方を暗ますかもしれない。
『明日は来れない』
別れ際の言葉から、その可能性は十分にあった。
後でギルド経由で苦情が来そうだが、今は速度を優先する。人混みと入り組んだ路地で方向感覚を失うよりはマシと判断させてもらった。
「……ッ!」
レーダーの光点の示す方向。そこには、人気の少ない路地を歩く見覚えのある少女の後姿……。識別をさらに意識すれば、その頭上に青いシンボルが彼女の頭上にポップする。
「……ビンゴ!」
静かに呟き、屋根の上から彼女を追いかける。気づかれない様に距離をとって尾行し続けると、一軒の家屋の中へと彼女は消えていった。
「質屋……じゃないよな?」
それらしい看板は見えないが、そう言う訳有りの品物専門の店かもしれない。もし取引をされれば……、
「強盗なんて、やりたくねぇぞ」
どこぞの高校生軍曹なら内部を瞬時に制圧し、目標の物品を押収。その後、闇店舗は跡を残さず爆発四散させてしまうのだろうが……。生憎とケンにそれ程技量は無い。やれそうな事は、覆面をして強盗の真似事をする位だ。
「……ん?」
何か違和感を感じ、よくよく彼女が入っていった家屋を見つめる。どこかで見たような気がすると記憶をめぐらせば、
「……焦りすぎだな」
そこが、先日訪れた彼女の隠れ家だった事を思い出した。
自分が相当焦っていた様だと自覚し、深呼吸して脈拍を整える。
とりあえずは、まだ状況的に大丈夫であろう。そう判断したケンは、“特殊部隊”が選択されていることを確認してから静かに屋根の上を伝って目的の家屋へ。そこから屋根裏にもぐりこむと、天井裏から彼女の部屋の中を窺った。
タイミングが良かったのか、トボトボと帰ってきたリリが、力なく自分のベッドに倒れ込むのが見えた。見た限り、大金を手に入れて喜んでいると言う風には見えない。むしろ、仕事に失敗した様な時のソレを彼女から感じられた。
ヘファイストスの印が入ったナイフを盗めたのなら、大金が手に入るともっと嬉しがるかと思ったが――ついでに、足が着く前にココを引き払う様なそぶりを見せるかと思ったが、そんな様子は見受けられない。
勘違いだったのだろうか? そう考えがよぎったが、もう少し様子を見てみる事にした。手にした大金に、現実味が欠落している状態なだけかも知れないからだ。
そして、暫く様子を見て分かったのは……やはり彼女が――リリが黒だったという事。ナイフは、換金できずにベルの手元に戻ったという事。次は、ヘファイストスの印が掘られた鞘ごと狙うという事だった。
どうしようもないヤツだと、一度失敗してまだ狙うのかと、ケンは思った。
確かに二人は駆け出しで、分不相応な一級品の装備を持っているのだろう。ヘファイストス製装備の相場は最低でも一千万は軽く越える。しかも買えないから奪うではなく、金が欲しいから盗んで売る。
……金が、欲しい?
強い武器が欲しいではなく、売った後の金が?
その理由はなんだ? 報酬は十分に渡している筈だ。金銭的に困るような……借金を抱えているのか? それとも、ソーマ・ファミリアへの上納金……は、考えられるな。先日のカツアゲの件もある。
しかし、可能性は高そうだが確証はない。だが、それだけだろうか?
「……直接、聞いてみるか?」
さすがにソレは無茶だと頭を振る。直接聞いたところで答えてくれる筈もないし、第一にそのタイミングも……。
ベキッ!
「げ……」
「結局、彼らの善意も碌な事に……ぇ?」
ソレはなんと言う事もない不注意だった。体重を掛け間違えて天板が割れる。しかも、そのまま全身で天井板を抜いて、ケンは身体ごと部屋の中へと落下してしまった。
運がよかったのは、彼女がちょうどベッドから起きて落下地点に後ろを向けていた事。そのせいでリリは反応が遅れ、彼女が完全に振り向くよりも早くベッドにうつ伏せに押し付けて拘束する事に成功した。
「ム、ムゥー!?」
「う、動くな!」
体重を乗せて動けないようにしたつもりだが、彼女は重量物を軽く出来るスキルがある。安心は出来ない。ジタバタ暴れるリリの顔が、わずかばかり此方を向いて、息を飲んだ。
「ケン、さま?」
そして、乾いた笑いを零すリリ。ココに来た理由は分かるだろうと問いかけると、何の事だかとしらばっくれられた。
「へフェイストスのナイフ。次は鞘ごと」
「っ!?」
「……全部、聞いていたぞ?」
そう言うと、リリは観念したかのように力を抜いて暴れるのも止めてしまった。大人しく成ってくれて助かる。ついでに言えば、今の彼女は変装を解いている。犬人のリリではなく、小人のリリだ。人違いととぼけられたかも知れないが、頭が回らない程混乱しているのだろう。それはケンも同じなのだが……。
しかし、期せずしてこのような状況。仕方ないと、腹に力を入れて彼女に問いただす事にした。
「……オレの質問に答えろ」
「……」
「何で、金が必要なんだ?」
「……」
「答えられないのか?」
いや、体勢的に応答しにくいのか? 少々乱暴にだがリリを仰向けにし、答えやすい様にしてやった。一応、ひっくり返す前に両手は後ろで縛らせてもらったが、
「……」
それでもリリは答えない。彼女の目は落ち窪み、体は完全に脱力して無抵抗。どうしたんだといぶかしんだが、もしかして誰かがリリを操っているのかと思い、その場から一旦飛び退いて部屋の中を見渡した。
「……?」
「……?」
特にソレらしい兆しも無い事に頭を傾げ、リリのほうも此方を見て何をしているのだと頭を傾げている。杞憂だったか?
「……リリをどうするんですか?」
やっと答えてソレか……。ケンは、ため息を吐きながら、此方の質問に答えろとだけ返す。
「口、塞がなくていいんですか? 今リリが叫べば……」
不利なのはケン様ですよ? そう暗に言うリリに、ケンは【戦場遊戯(バトルフィールド)】を発動させサプレッサーを付けた拳銃――FN57を呼び出した。
「やる気も無いのに、そんなブラフをするな」
「どうでしょう……?」
リリはおどけたように言う。
レーザーサイトの緑点が、自身の額からベッドにあるクッションの上へと踊る。ソレが何か分からないリリは、首を傾げながらソコへと目を向けた。
引き金を何度か落とす。
パシュッ! パシュ! パシュ……!
サプレッサーで圧殺された音と共に、FN57の銃口から数発の鉛玉が放たれクッションをボロボロに変貌させた。
「ヒィッ!?」
ゆっくりとレーザーサイトをリリへと向ける。
「リリが叫ぶより、コイツが火を噴くのが早いぞ?
……もう一度言う。そんな気が無いならブラフでもするな」
こういう事をするメンドウが増える。
「もう一度聞くぞ?
正直に答えろ。……どうして金が必要なんだ?」
「それは、はじめに言ったとおりココの宿代で……」
「嘘だな」
即座に否定する。
百歩譲ってだが、馬鹿みたいに宿代を滞納しているのなら在りえる。だがしかし、その金額がヘファイストス製の装備の売値ほどだろうか? ここ数日、数えるほどしかリリとは探索に出かけてはいない。だが、その都度報酬としてその日の稼ぎを等分配して彼女に支払っている。その分配額も、一人頭平均的なレベル1の冒険者四人分の稼ぎ以上だ。
嘘で取り繕う事もできず、リリは押し黙る。
「もう一度だけ聞く。コレでオレでも分かる嘘を付くなら、今度はヘスティアも同伴で尋問するぞ?」
別の銃――テイザーガンを取り出してリリに向ける。
態々殺すために得物を変える必要はない。それを見たリリは、ならそれは自分を殺さずに無力化できるモノだと判断し……観念したように答えてくれた。
「……大金が、必要なんです。ソーマ・ファミリアを、抜けるために」
押し殺すように言われたソレ。同じファミリアの構成員から、稼ぎを巻き上げられるような状況……大体は状況が察せられる。
ケンは、懐から適当な金銭が入った袋をリリに投げ渡した。
「お情け、ですか?」
「壊した天井と、寝具代だ」
「……ふざけてるんですか?」
「要らんのなら、明後日にでも付き返しに来い」
そう言って縛っていた手を開放する。
最初こそ自虐的に笑っていたリリだが、投げ渡された金を抱き込んだまま俯いて……此方を――ケンを睨んできた。
不愉快なんだろう。
ああ、それでもいい。
リリの不幸なんてオレは知らない。だがしかし、ろくでもない人生を歩いてきたんじゃないか? ソレに比べて、オレは只のわがままだ。逃げ出して、与えられた力でダラダラ生きて……このまま、腐っていくのか?
頭を振る。
……妙な思考になったな。
気分が憂鬱に成る。
速く、帰ろう。
そしてケンは、リリの部屋を後にしてホームへと帰路についた。