「ホントゴメン!」
ダンジョン探索を終えて帰路に着く冒険者が多数見かけられる大通りで、対面を気にする事無く謝罪の言葉が響く。なんだ、なんだと通行人や露天の店員が顔を向ければ、道すがら前を行くサポーターバッグを担いだ黒髪の青年に、軽装鎧を着けた白髪赤目でどこかウサギの様な印象を受ける冒険者の少年――ベル・クラネルが必死に謝っていた。
「ああ、もう分かってる」
ケンは、これで何度目か分からない返事とため息を吐く。ギルドからの――エイナ氏と一緒に戻ってきた時からずっとこの調子なのだ。……ただし、ベルの目的であるアイズ・ヴァレンシュタイン氏についてはちゃっかり聞いて来ていたりする。
ちなみに外野から、
「サポーター相手に情けねーぞー!」
などと野次を飛ばされている事から、周囲の人々からどういう風に見られているのか少しは考えて欲しいとため息を吐いた。いや、吐き続ける。ついでに言うなら、空腹感に面倒臭さが加算され、吐き出すため息の量も増えていった。
ため息ばかり吐いていると幸せが逃げていくと言うが、彼曰く、
『腹の中のイヤなモノを吐き出してるんだよ』
との事だ。吐き出すのはいいが、幸せはどうなるのだろうか? ……考えるだけ無駄だろう。
「……ほら」
「え? わ、わ!?」
道中で買出しした食材の袋を、後ろ手謝り続けるベルに投げ渡す。ソレを持っていれば謝らなくなるだろうと言う処置だった。彼をサポーター呼ばわりしていた人から、なにやら声が強く飛んできているが、彼の耳には届かない。
サポーター? 正しいが正しくは無い。彼は、サポートであり、メディックとメカニックを兼任し、そしてリコンである。あと、コマンダーは退席中(コーヒーブレイク)である。
「ふたりとも、大丈夫かい!?」
いつの間にか、ファミリアのホームとして使っている廃教会の前まで来ていたようだ。
元気よく……いや、血相を変えて出迎えてくれたのは、幼い容姿とは明らかに不釣合いな果実を二つ――胸部でバルンバルンと暴れさせている女神様だ。
ケンは、相変わらず目の毒――眼福であると、ラッピングテープよろしく二つの果実に巻かれたリボンによって変形するソレを凝視しながら生返事を返す。対するベルは、心配する彼女――ヘスティアに今日の出来事を報告しながらどこかに怪我をしていないかと心配されていた。
「勘弁してくれよ? ふたりにもしもの事があったら、ボクは路頭に迷ってしまうじゃないか」
「大丈夫ですよ神様! 神様を路頭に迷わせたりなんて絶対にしませんから」
だよね? そう同意を求めるベルに、ケンはいつの間にか身体チェックを始めた女神様の柔らかい感触に、天井を見上げながら同意した。
それから三人は、ヘスティアがバイト先から貰ってきた大量のじゃが丸くん――ジャガイモを丸揚げしたオラリオ名物と対峙する。
「今夜は寝かさないぜ」
と、言うヘスティアに普通に乗っかって返事を返すベル。そんなふたりを見て、彼は無駄にテンションが高いなと苦笑した。
「あー! ま~た死んだ目をしているぞケン君!」
「ん? そうか?」
ヘスティアの指摘に、彼はいつもと変わらないぞと首を傾げる。だだヘスティアには、そのいつもと言うのもいただけない事だった。
「キミは、もっと、も~っと生き生きとしなきゃダメだぞ!」
ダメな子を諭すように言うと、ヘスティアはじゃが丸くんを彼に差し出す。チラリと視線を向けた皿の上には、文字通り山盛りのじゃが丸くんが待機していた。
「……そんな装備で大丈夫か?」
塩だけではキツイ。買い置きのソース類は足りるだろうか? パンも買ってあるから挟むか? だが、これだけだとバランスが悪い。スープ類も欲しくなるが、水物は量を食べる時には大敵……。などなどと色々考えながら、最初の一個をヘスティアから受け取る。
「大丈夫さ。問題ないぜ!」
ゴトゴトと、テーブルの上に並べられる付け合わせのソース類。それと口直しにも使えるスープと、貧乏ファミリアにしては大盤振る舞いの食卓だ。
……正確には、もう痛みそうな残り物の一斉処分なのだが、言わないのが華だろう。
最終的に、テーブルの上に乗せられたソレ等はキレイに食べつくされ――彼個人だけでも二桁のじゃが丸くんを食べたと、その日の彼の日記には記されるのだった。
*
「さてふたりとも、これからステータスの更新をするよ!」
まずはベル君からだと、ヘスティアはベッドの上を叩いてベルを呼ぶ。ソレを見て、実に楽しそうだとケンは苦笑した。
「それじゃ神様、お願いします」
上着だけを脱いだベルが、ベッドにうつ伏せに寝転がる。その上にヘスティアが跨ると、いとおしそうに何度もベルの背中を――ベルの背中に刻まれた神聖文字を撫でた。
ヘスティアは自身の指に針を一刺しし、ベルの背中に神血(イコル)を一滴垂らす。
「ほぉ……」
ベルの背中から、光と共に浮かび上がる複雑な紋様。彼がこの光景を見るのは初めてではないが、それでもその不思議な――神秘的な光景に思わず声を漏らしてしまう。ありきたりに言ってファンタジー的な、一見してSFじみた光景を見てどう上手く言い表せばいいのか――月並みで言う所、彼はワクワクした気持ちになっていた。
「……ッ!?」
ステータスの更新をしていたヘスティアが、その最中に目に見えて動揺を示した。
「?」
「どうしました神様?」
「な、なんでも無いよ! ほ、ほら、コレで終了だベル君!」
明らかに何か在ったかのような慌て様を見せたヘスティアは、急いで神聖語から共通語に翻訳したステータスを紙に写し、起き上がったベルへと手渡した。その様子に、ケンはヘスティアを訝しく見つめるが、ベルは受け取ったステータスの写しの方に夢中になっている。
「わぁ! ステータスが軒並みすっごく伸びてる!
あれ? 神様、このスキルの欄は……」
「ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り、空欄だよベル君」
ヘスティアの申告に、スキルの発現を期待していたベルはガックシと肩を落とした。だが、直ぐに気を持ち直してケンにベッドを譲る。
「伸びが良かったんだな?」
「うん! ミノタウロスに追いかけられたからかな? 敏捷と……それになぜか耐久の伸びが凄く良かったんだ!」
嬉しそうに話すベルに苦笑して、ケンも同じように上着を脱いでベッドの上に横になった。横になりながら彼は、自身もベルと同様にステータスが大きく伸びているのではと期待し、直ぐにそうはならないだろう頭を振って否定する。ソレは憶測ではなく、半ば確信めいたものなのだが、
「もう、ケン君! そんなに否定的にならない!」
そう言いながらヘスティアは、何度も何度も、必要以上に彼の背中をなぞってくる。彼女の細い指先が背中をなぞる度に、ゾワゾワとくずぐったい感触が走り思わず身悶えてしまう。
「う~む、相も変わらず、君は感じやすい」
どこか楽しんでいるような声音を出すヘスティア。指でなぞるだけでは飽き足らないのか、手の平を両脇腹に伸ばしてきた。
「あ、あの、ヘスティア、様?」
「ん、なんだいケン君?」
ステータスの更新は? 身悶えながらもそう問いかける彼に、当のヘスティアは焦らない焦らないと返す。焦っているわけではないが、彼自身そろそろ限界なのだ。くすぐられているのが辛いのもそうだが、ヘスティアの持つ独特な軟らかさとか香だとかを受けて、色々と困った事に成ってきている部位が出て来ているのだ。
「べ、ベル……」
ベルに止めてもらおうと声をかけるが、赤面して紙に――ステータスを写したソレに顔を埋めて反応が無かった。使えないと、内心舌打ちする。いい加減振りほどこうかとも考えたが、ヘスティアのこの行為は彼の為に善意でやってくれているのもあり無下に扱えない。
「……さて、始めるよ?」
暫くして満足したような表情を浮かべたヘスティアは、ベッドの上でビクビクと身悶えるケンの背中に神血(イコル)を垂らしてステータスの更新を開始した。
それから暫くの間、彼の背中からヘスティアの気難しい呻り声が続き、
「……よし! 終わったよケン君!」
渾身の出来だと額の汗を拭い、いつもの更新よりも明るい顔をしたヘスティアが、彼のステータスを写した紙を手渡してくる。コレは期待できるか? 淡い期待を抱きつつ、彼はヘスティアからソレを受け取ると内容を確認した。
ケン・ツワモノ
Lv:1
力:I=38→I=40
耐久:I=8→I=9
器用:I=97→H=111
敏捷:I=73→H=106
魔力:I=99→H=104
《スキル》
【戦場遊戯(バトルフィールド)】
・任意発動。
・かの戦場を駆け抜けた武器、道具、兵器、技術などを召喚および行使。
・召喚物は、基本的に召喚者以外使用不能。
・召喚物を破棄した場合、一定時間で消滅。
・召喚には一定の魔力を消費。
・再召喚に一定の冷却時間を必要。
・召喚物は召喚者の成長により強化。
【劣色心界(モノクローム)】
・心の活力が褪せる度に発動。
・成長が停滞する。
・負荷が一定以上を越えると、一時的な減衰を受ける。
・色褪せが続くほど、深く停滞、または減衰する。
《魔法》
【――】
・――――
「……今回は、結構伸びたな」
通常の戦闘に加え、恐らく格上のモンスターのミノタウロスに追い掛け回されたのが原因だろうか? 特に器用と敏捷の伸びが順調な事に、思わず口角が緩んでしまう。力も地味に上がっている。問題はまったく成長しなかった耐久だけだが、これは遠距離職の宿命だと彼は半ば諦めていた。
次いで彼は《スキル》の欄を流し見し、特に変わりがない事を確認して……最後の《魔法》の項目に目を通す。ソコには、一番最初にステータスを刻んだ時から在る書き間違いの跡が残されており、ソレを見て彼は思わず苦笑してしまった。
流石にコレは無い。そう苦笑する彼だが、ヘスティアは別に捉えたようだ。
「トータル50オーバーなんて快挙じゃないか!
いや~、ダンジョンに潜り始めて早三週間。スキルの所為でステータスの伸びに心配があったけど、ちゃんとステータスが伸びてくれてボクも一安心だよ!」
うんうんと、彼の順調な成長に喜び肯くヘスティア。心なしか目尻に光るものが見えていた。
スキルとは、ヘスティア曰く一種の隠し味の様なモノらしい。大抵のスキルが、恩恵を与えた眷族の願望や欲求などを色濃く反映していたりして……。例えで言えば、特定の状況下でステータスに補正が発生する。勘が鋭くなって先読みが出来るようになる。周囲の状況が明確に理解できる様になる……など多種多様だ。
そして、ソレ等のスキルはほぼ例外なく使用者に何らかのメリットを与える。例えスキルにデメリットがついている場合でも、それはスキルのメリットに対しての過負荷の代償だ。時と場合によっては、そのデメリットすら利用できるという風にするのも冒険者なのだが……。
【劣色心界(モノクローム)】。彼に発現したこのスキルは、ほぼ完全にデメリットでしかない悪化系スキルだった。
ステータスの成長を阻害するこのスキルの所為か、ほぼ同時期に冒険者になったベルと比べても著しくステータスの成長がよろしくなかった。
例としては、恩恵を貰ってはじめてのダンジョンアタックだろう。
ベル――ゴブリン一匹狩って、嬉しさのあまり帰ってきた――と言う前例もあったのでヘスティアはあまり期待はしていなかった。と言うより、無事に帰ってきてくれればそれで十分だったりもした。だが、いざ蓋をあけてみればケンは、細々と切り詰めれば一週間分にもなるヴァリスを稼いで来たのだ。
ちなみにこの稼ぎ、ベルはほとんど協力してはいない。
ゴブリンの感知圏外から矢を撃ち放ち、ほぼ一撃で無力化し続けた彼の功績である。ベルがやった事は、あくまで簡単なアドバイスと魔石の回収を手伝ったくらいだ。
問題が起きたのはその後だ。初日でコレだけのモンスターを倒せば、前例のベルと比べて大幅なステータスの上昇が見込める訳だったのだが……。結果は、ピクリともステータスが伸びなかったと言う惨憺たるモノだった。
その時の情景は、何とも言い難い。こんなものなのかと、よくよく常識の分からないケン。顔を青くして頭を抱えるヘスティアと、目を点にしながら何かの冗談なのかと幼女神に確認するベル。――この時になってはじめて、ヘスティアは彼にバッドスキルの事を教えた。
ケンが発現していたスキル――所謂レアスキルを羨ましがっていたベルは、明かされたバッドスキルとその効果に戦々恐々して青ざめ。ヘスティアは、新しい我が子にどうフォローを入れば良いかとてんてこ舞い。
救いなのは、当の本人がそれほど重く受け止めておらず、
『環境が変わって、色々と疲れていたからな……』
と、どこか悟ったような雰囲気であった事だ。その後、日を重ねるごとにステータスの伸びが増えてきているのも幸いだった。もっとも、
『……こんなものか』
と、彼が呟く度に、ヘスティアの中では、何かがガリガリと削られていく様な気がして居た堪れなかったとか……。