頭上から降り注ぐ日の光。それを浴び続けるケンは、軽い眩暈を覚えていた。
何度も頭を振るも、状態は一向に回復しない。
帰るのが夜遅くになってしまったのが、コンディションが悪い原因の一つだろう。それだけと言えないのは、やはり彼女とのやり取りが頭を離れないから……。
詳細は、昨日のうちにヘスティアに簡素にだが伝えた。
だがケン自身は、自分がどうするかを結局の所まだ決めかねている。
「オレが、どうしたいか……」
やりたい事も、口から吐き出す言葉も、すでに何時でも切れると手札にそろえている。
助ける――たったそれだけなのだ。
だがしかし、それが自分の言動なのか、そう言う雰囲気だからやろうと言う安易なモノなのか……。ヘスティアに指摘されてから、意識し始めてから自信が持てなくなっていた。
いや、もともと意識してなどやっていなかったのだろう。そう言うものだからと、深く考えず……いや、自分の考えも持たずに行動していただけ。先の事も考えず、場当たり的に、脊髄反射的に……。
そこまで考えて、今日何度目か分からないため息を吐いた。
これ以上は、いったん切り上げよう。このまま憂鬱に成るのは、色々とよろしくない。主にステータスに影響が出てくる。
そう、昨日はステータスの更新をしていない。ヘスティア曰く、気分が憂鬱な時に更新をしてもいい結果に成らないとか何とか。……要するに、一日置いて気分を落ち着かせてから更新すると言う事らしい。
鬱蒼とした気分を変えるため、手ごろな露天で食べ物――甘味の類を手に入れ、腹の中に落としていく。
「……ふぅ」
甘味が効いたのか、少しだけ落ち着いた気がする。これから向かう場所に、そんなに陰鬱な顔で行くわけにはいかない。
それから目的の場所、冒険者ギルドへと足を運ばせた。
「あら? ケン君、いらっしゃい。
……顔色が悪いけど大丈夫?」
「おはようございますエイナさん。
……少し寝不足なだけです。それより……」
この前の件で軽く進捗があったとエイナ氏に言うと、真剣な面持ちで個室へと促された。一応、わざわざ個室で話すほどではないとは説明した。説明したが、念のためにと個室に押し込まれる。
「……で、なにがあったの?」
問いかけるエイナ氏に、昨日あった事を簡素に伝えた。
ベルが持つ特注ナイフが盗まれた事。その犯人がリリだった事。そして、彼女の目的と、再度狙っている事も……。
リリの部屋に押し入ったのは……黙っておいた。言うと、色々と不味い事に成りそうな予感がしたからだ。
「ソーマ・ファミリアから抜け出したい、か……」
説明を聞き終えたエイナ氏は難しい顔をする。改宗(コンバージョン)と言うのは、そんなにメンドウなものなのだろうか?
「うん、改宗はとても大変な事よ? その冒険者がファミリアの主戦力とかだったら、最悪の場合ファミリア同士の戦争にもなる位にね」
戦争と言う物騒な単語が出てくるほど、改宗はメンドウが付きまとうらしい。いや、そうなのだろう。向こうでも、優秀な人材の引き抜きとかで会社同士の抗争があったりなかったりした。
だがしかし、リリはそれに当てはまるのだろうか?
「だが、ただのサポーターの改宗がそんな事になるのか? と言うより、ソコまで金が必要になるのか?」
「えっとね、一概には言えないけど……」
改宗にはソレ相応の示談金が必要らしい。示談金の相場がどれ位かは分からないが、リリがソーマ・ファミリアを抜けるための金額は……主戦力の冒険者のソレよりも遥かに少ない筈だそうだ。そう、
「ソーマ・ファミリアが、普通のファミリアなら、ね」
エイナ氏自身も、独自にソーマ・ファミリアについて調査していたらしい。勿論、盗賊サポーターの件とは別で……。ソーマ・ファミリアは、換金所などでのトラブルが多すぎるからだそうだ。
「そう言えば、オレも絡まれたな」
あの時エイナさんに助けてもらっていなかったらどうなっていた事やら、
「わかった事はあまりないけど、ソーマ・ファミリアの構成員は全員、ある事情の為にお金を必死になってかき集めているの。それも、ファミリア全体じゃなくて個人でどれだけ……仲間内で奪い合うなんてのもあったわね」
酷いな。金が必要なのはリリも一緒だが、ファミリア全体で、さらに個人個人が兎に角必要とは……。その現状に、知らず知らずため息がこぼれてしまう。
「そんなにソーマ・ファミリアから抜けたいんすかね?」
だとしたらどれほど笑い話になるかと思ったが、エイナ氏はその逆だろうと言う。
「直接見たわけじゃないけど、そんなに大勢が抜け出したいならもうファミリアとしてやっていけない。主神の事なんてお構いナシで、冒険者の皆は好き勝手何処かへ行っちゃうもの」
例として、諸事情で借金塗れになった商業系ファミリアの事を上げられた。全員、借金を作った主神とその原因になった冒険者を見限って改宗したとか……。
閑話休題。
「ソーマ・ファミリアの冒険者達が、兎に角お金をかき集める理由ってのは、結局の所なんなんですかね?」
単に、主神が壊滅的に金遣いが荒いならば分かりやすい。だが、ソレだと態々そんな神の元に居る意味が分からない。洗脳とかだろうか? そうだとすると、リリがそうなっていないのが分からない。
「それについては、神ロキから教えてもらったわ」
そう言ってエイナ氏は、先日神ロキから聞いた事を教えてくれた。
ソーマ・ファミリアの主神、ソーマと同じ名の神酒(ソーマ)。神界に居た頃から神々の間でも話題に暇がなく、地上に降りてからもその酒を求めて全財産を投げ出そうとする神が後を絶たない。また、極一部の劣化品以外絶対に市場に出回らない至高の酒だ。
そして、ロキ曰くただの人が飲めばその味に狂うと言う。つまり……、
「それが、金の行く先?」
コクリと肯くエイナ氏に、ケンは思わず頭を抱えてあきれ返った。
最悪だ。
もし想像どうりなら、人を狂わせる酒に毒された――ヤク中ファミリアって事じゃないか。いつだったか、どこかファミリアというモノが“マ”か“ヤ”の付く自由業みたいだと笑った事もあったが、コレじゃ全然笑えない。
「……兎に角、今日は色々ありがとうございました」
ここまで親身に調べてくれたエイナ氏にお礼を述べる。頭を悩ませる事も一杯聞けたが、欠けていたリリを取り巻く諸事情が聞けたのは大きな収穫だった。
コレからどうするか、ホームに帰ってベルと相談しよう。
「それで、アーデさんの処遇はどうするの?」
退室間際の問いかけ。不安そうにするエイナ氏に、ケンは暫し考えてから少しはにかんで返答する。
「……ベルに丸投げかな?」
そう、オレが悩む必要は無い。
ここはベルに全て任せよう。
あの純粋バカならどうにかしてしまう気がする。
脱退金を溜めたいなら、リリはこのままベルに寄生して稼げばいい。
そう、コレは水商売の女に大金を貢ぐようなものだ。
手に入らないと分かっていても、その一時の夢に踊らされて我を忘れて散財してしまう。結果として尻の毛まで毟られようと、ベルはきっとあの屈託のない笑いで済ますだろう。
大丈夫、どんな状況でも家に帰れば革命レベルの巨乳幼女神が癒してくれるさ……。
……あれほど悩んでいたのに、今度はすらすらと考えが出てくる。その事に、考えている事に自身が薄っぺらく感じられてしまった。
「ケン君は、ベル君を助けてくれないの?」
「いや、助けるが……飯やらなんやらを工面してやるだけだ」
正直、ベルはとてつもない速度で成長してる。ソロの場合、もうケンよりもベルの方が稼ぎがいい。ベルだけでも、レベル1冒険者4人分の稼ぎくらい平気で出せるだろう。そんななのに助ける必要があるのかと言えば……たぶんない。
「ま、適任はオレよりもヘスティア様だな」
腕力が必要ならこっちが適任だろうと、ケンは力こぶしを作って見せる。だがエイナ氏には、その姿は頼りなさで煤けて見えたのだった。