この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act21 女の涙が最優先だ

 異様な空気に支配されたホームに着いたのは、日も暮れ始めた夕方だった。

 ベルが魔法を発現した。

 それそのものは本来喜ぶべき事なんだが、

「どうしよう、コレ?」

 テーブルの上に乗せられた白紙の本――使用済みの魔導書を、顔を青白くしながら訊ねるベル。同じく頭を抱えるヘスティアを見て、

「……ベル」

 葛藤があった。心の中でせめぎ会う良心の葛藤が。そして、答えは出た。良心を訴える拳が何度も硬く閉ざしたドアを叩く。そう、これで良いんだ。

 ケンは、ベルの肩に手を置いてまっさらな表情で言った。

「見なかった事にしよう」

「成るかー!」

 直後ヘスティア様から強烈なチョップを貰ってしまう。

 いや、だがしかしだな。だからと言ってそうでもしないとダメだろ?

「ま、魔導書っていったどれ位の価値が……」

「ヘファイストス製第一級装備一式を、オーダーメイドで揃えられる金額だよベル君」

 推定一億ヴァリス以上……。

 それを聞いた瞬間、ベルは吐血して倒れてしまった。第一級冒険者でもない、吹き溜まりの底辺冒険者でしかない自分達にはとてもじゃないが賠償できる金額ではなかった。

 どうしようもない。そう、どうしようもないんだ。

「ヘスティア様」

「なんだいケン君? 急に改まって……」

「南の島でバカンスしませんか? 期間は……100年位?」

 ケンの提案に、しなくてよろしいとヘスティアは突っ込みを入れる。そもそも何処に、どうやって逃げる気だいと問われれば、

「赤道辺りの地図にも載っていない島かな? 移動手段は有るし……」

 そう、有るのだ。超長距離移動できる切符が……。ソレを聞いたヘスティアは、何処か遠い目をして――ベルは目を点にしていた。

 次の瞬間、ガシッと両肩を捕まれ、

「ケン君。君のスキルの詳細、もっと詳しく深く説明してくれないかい? ん?」

 そう凄んで来るヘスティアに、ケンは自分でも把握しきれていないと返してこの場を濁した。

 しかしまぁ、呆れる程にこのファミリアには金の問題が絡んでくる。そりゃ冒険の動機付けとして、膨大な借金の返済はある意味王道だけど……。

「とりあえず、潜る階層を増やすか?」

 あと、武器の限定解除も考えておこう。ベルも魔法を覚えたみたいだし、何より稼ぎも良い。もうベルに遠慮する必要はない……かな? そうケンが考えていると、

「いや、できれば今まで通りに自重してくれたまえケン君」

 下手をするとバカ神々のオモチャにされかねないと、ヘスティアに改めて忠告された。

 

 

 そして翌朝……の前。ベルが昨晩、一人でホームを抜け出していた。

 珍しく寝不足気味に起きて来たベルは何でもないと隠していたが、

「まったく、いくら早く使いたくたってな……」

「な、何の事かな?」

 とぼけるベルにからは、存外にナニか在りましたと言う雰囲気が漂ってくる。真新しい埃に塗れた装備が隠しきれていない。ただ興奮して寝れなかったのなら、なんで身体中が土埃で汚れているのだろうか? そう指摘すると、

「いや、コレはベッドから落ちて……」

 目がすっごく泳いでるベルに、ケンはため息を漏らしながらそう言う事にしておく事にした。特に大事に至るような事もなく無事に帰って来たのは良かったとしか言いようが無い。

 朝食を取り終え、珍しくベルと二人で早朝のダンジョンへと向かう。

 道中、本の事を謝りに行ったベルは、豊穣の女主人の女将にケンと同じような対応を――つまり見なかった事にされて困惑したのだった。

「……早く行こうケン!」

 リリが待っているからと、肩の荷が下りたベルが先を急がせる。

 リリは来るだろうか?

 ……来ないかもしれない。

 来なかったら、ベルはどうするだろうか?

 オレは、どうするだろうか?

 オレは、どう思うだろうか?

 自問すれど、昨日出したはずの答えが出てこない。

 いつの間にか、待ち合わせを指定したバベル前の広場に着いていた。

「リリは……まだ着てないみたいだね?」

「……あぁ」

 いつもより若干遅い時間だが、辺りにはダンジョンへと向かう冒険者の姿がチラホラと見える。大きなサポーターバッグを背負ったサポーターもポツポツ見られるが、リリの様な桁外れな対比の――まるで家財道具一式を背負っているようなサポーターは見当たらない。

「……早く着すぎたか?」

 ベルに来ないかもしれないとは言えず、ケンは適当に当たり障りのない言葉を選んで口にする。なんでこんな事してるんだろうと、一瞬ため息を零してしまうが……。

「あ、アレってリリじゃないかな?」

 そう言ってベルが示した先は、広場の端に設けられた林の中。木々に隠れていて見落としていたが、なるほど確かにフードを被った小柄な人と、矢鱈と巨大なサポーターバッグもそこに見て取れる。ついでに、その人物と言い争っているどこかで見た事のある大男もだ。

「はぁ……」

 零れたため息のデカさに自身でも驚いてしまう。トラブルか。またトラブルか。それもアノ大男、リリからカツアゲしていたヤツだ。恐らく、彼女から現金を徴収する為にやって来たのだろう。

 ……まずは、あんな後でもちゃんと来てくれた事に喜ぶべきだろうか?

「リリ!」

 そんな事は露知らずと言うのか、ベルが遠くのリリを呼ぶように前へと……。

「おっと、ちょいと待ちな」

 出るのを遮るように、これまたどこかで見た事のある男が立ちはだかった。誰だっけ? どこかで見た覚えがあるのだが、ケンは思い出す事ができない。印象が薄かったのか、それとも他の誰かと混同しているのか……。

「まぁ、どうでもいいか……」

「な、何の用ですか?」

 そう、どうでもいい。特にコイツに興味が湧かない。薄っぺらい影絵の様だ。

「お前ら、あのガキのサポーターとパーティ組んでるんだな?」

「そうですが……」

「話ってのは、オレたちと組んであのガキを嵌めないか?

 あのサポーターはな、組んだパーティの装備なり金品をくすめて、その金をバカみたいに蓄えていやがるんだ」

 それを巻き上げてオレたちで山分けにしないかと、目の前の男はそう提案してきた。

 だがしかし、どうにもこうにもそんな話に食指が動かない。

 チラリと、林の中から出て来たリリが目に入った。

 その顔はどこか無理矢理取り繕った能面の様に笑って……、

「やらない!」

 ベルの拒絶の声に、男に意識を戻す。ベルの発言に、苛立った様に吐き棄てた男はケンを見てお前はどうだと聞いてきた。

 ……ああそうだな、答えなんて決まっている。いや、はじめからそう決めていた。

「面白い話だ」

「え?」

 オレの答えに、ベルは絶望したように、男はオマエは話が分かると笑いながらケンに近づいて来る。馴れ馴れしいヤツだ。そして、とんだ勘違い野郎だ。

 シャキンと、鞘から抜いたマチェットの切っ先を勘違い野朗に向ける。

「あ”?」

「だが、クソみてぇな話だ」

 失せろドグサレ。

「ケン!」

「な、テメェもバカの一員かよ! たかがサポーターだろうが!」

「サポーター? んな事はどうでもいい」

 女の涙が最優先だ。

 脳裏に浮かぶのは、昨晩のリリルカ・アーデ。偽善? 義憤? 薄っぺらい考え? そんな下らない事を言う口は、そのバカな頭ごとショットガンで吹き飛ばしてやろう。それで不十分なら対戦車ロケット砲だ。

 武器を構えるケンに習うように、ベルもまた同じようにしてヘスティアナイフを抜いて構えた。どこか顔をが高揚している様だが、大丈夫か?

「オイオイ、こんな所で騒ぎを起こして只で済むと思ってるのか?」

「ククク……」

 確かに男の言うとおり、こんな場所で白昼(?)堂々と騒ぎを起こせば只では済まない。ファミリア同士の抗争もそうだが、被害によってはギルドからのペナルティも課せられるかも知れない。だがしかしだ。

「……なにが可笑しい?」

「いや、ココはオラリオだ。

 冒険者同士のイザコザ、騒動なんざ日常の一つだろう?」

 違うのかと問いかければ、向こうもニィっと笑みを深くする。

「お前ら揃って、トコトン頭がバカなんだな?

 ……後で後悔してもしらねぇぞ?」

 そう言って、男は踵を返して何処かへ去って行く。とりあえずここでは何もしない様だ。

 抜き身の得物を鞘に戻してベルの方を見ると、なぜか顔を高揚させて目をキラキラさせている。ケンも釣られて口角を上げるが、何もしていないのに妙に疲れてしまった。

 もうやりたくねぇ……。

 ……ダンジョンに潜ったわけでもないのにドッと疲れた。

「ケン、ボクすっごく感動しちゃった!」

「ハシャグナ……」

 こっちまで恥ずかしくなると、そっぽを向くケン。まんざらでもないが、流石に心労がキツイ。そう何度もやりたいと思わないと思っていると、

「お、おはようございます! ベル様」

「あ、おはようリリ!」

 いつの間にかリリが、林から広場の真ん中に居る自分達の元に来ていた。心なしかリリの顔色は悪い。やはり、盗みがばれている状況で顔を出すのは辛いか。だが、その事実はベルは知らない。魔道書の件で、結局教えそこなったのだ。

「……ところで、先ほどの冒険者様はどうされたのですか?」

「ううん、なんでもないよリリ!」

「ああ、ただのドグサレ野郎だっただけだ」

 オレたち二人の対応に、不振そうにするリリ。だがそれも一瞬で、すぐに何時もの営業スマイルになる。仕事人だな。ベルの後ろに着いて行こうとする彼女に、その肩にケンそっとは手を置く。

「ヒッ!?」

 ビクリと、少々オーバー気味に驚くリリ。大丈夫かと思ったが、そう言えば昨晩寝込みを襲ったんだったなと、原因の一端が自分に在った事を思い出し呆れてしまう。

「な、何でしょうかケ、ケン、様?」

「いや……」

 つい歯切れが悪くなってしまった。聞くべき事や、言うべき事は山ほどあるだろ? その為にリリの肩に手を置いたんだろ? 自身に問いかけるが、先ほどの様にスラスラとは出てきてくれない。それはさながら錆付いた蝶番の様で、

「……?」

「ああ、その、なんだ……」

「リリ! ケン! 二人とも早く!」

 奇妙に凝り固まった場の空気を破ったのは、明るいベルの呼び声。すぐ行きますと、リリはベルの方へと走っていく。ただ、途中でチラッと此方へ目を向けたりもした。

「……ああ、すぐ行く」

 そして彼らは、今日もダンジョンへと潜って行った。

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