この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act22 悪意と霧

「それじゃリリ、また明日!」

「は、はいベル様!」

「……」

 特に問題らしい問題も無くダンジョン探索を終えた三人は、夕暮れに焼けるオラリオをそれぞれの帰路に着いて行く。

「今日もすっごく稼げたね?

 この調子なら、ステータスもガンガン上がっちゃうかな?」

「ああ、かなり上がるだろうな」

 フルとガシャリ、ガシャリと重い音を立てるヴァリス袋。階層のモンスターに対して、ステータスが適正値に追いついた――いや、追い抜いたのだろう。日に日に収入が僅かずつ増えていっていた。

「ファイアボルトで、大量のモンスターも楽に倒せるようになったし、もっと深い階層に挑戦できちゃうかも!」

 ダンジョンでの出来事を思い出し、何時も以上にはしゃぐベル。こういう場合、釘を刺しておかないと大怪我するのが王道……。なのだが、下手な釘を打つとポッキリと言うか、ボッキリと言う感じに調子が落ち込んだりする王道的展開もある。

 ベルはどちらだろうか? 釣り合いが読めないのに、目の前に迫って来ている厄介事とベルと天秤に載せて思案する。

「ベル……」

 ホームの敷居をくぐりながら、ケンは眉間に皺を寄せて呼びかけた。

「え、あ、な、なに?」

 自分でもはしゃぎ過ぎたと自覚したのか、ベルは赤面しながら急にしおらしくなった。別にケンは咎めている訳ではない。嬉しいなら、素直に喜んでいい。もちろん、時と場所を弁えてだが……。

「ああ、リリの件だ」

 そう言うと、ベルの顔は一瞬で真剣なモノへと変わった。

 真面目な話をするぞと前置きをして、エイナ氏から聞いた事と今朝の事、これから起こるであろう事を確認する。

「……で、十中八九、リリは襲われる。

 しかもアイツは、“オレたち”って言った。“オレ”ではなくな」

「うん、言った。……って事は、複数の人がリリを狙ってるって事?」

 そう、アイツ一人警戒したってどうにもならない。と言うより、ケンの見立てであの男は捨て駒とかに使われそうな臭いがプンプンして来ている。なんでだろうか?

「しかも、アイツは……恐らくだが、オレたちを誘ったように別の誰かから誘われたって口じゃないかと考えている」

「え、な、なんで?」

「理由は、簡単なんだが……」

 誘ったのは、恐らくソーマ・ファミリアの奴らが一番確率が高い。リリから金をカツアゲしていた三人組。コイツらが、あの男が掴んでいる情報すら手にしていないと言うのは……考えにくい。と言うより、盗みをしているのもバレているみたいだから最悪……、

「証拠隠滅だろうな(ボソ」

「え?」

「いや、なんでもない。……オレがそう思うのは、単なる憶測だ」

 深い意味は無いと誤魔化す。ベルは、それを疑いもせずに納得する。純粋で助かったが、そんなベル見てケンは、コイツ詐欺に嵌りやすいタイプじゃないか? と心底心配になってしまった。願わくば、ファミリアが潰れる様な借金等を作らないで欲しいが……。

 閑話休題。

「……それで、ベル。オマエは……リリをどうしたい?」

 あの男が言ったとおりならと言う意味で聞くと、ベルは一切の迷い無く真っ直ぐに言って見せた。

「助けるよ! 理由なんて……お、女の子の涙で十分だ!」

 真剣な眼差しで、しっかりと手を握って宣言するベル。その様相に、ケンは思わずポカンとしてしまる。次いで笑ってしまった。

「……笑うなんて酷いよ」

 肩を落とし、ベルが抗議を上げる。

「悪い、悪い。

 そうだな。まっすぐなお前なら、リリも助けられるかもしれん。

 オレには、到底、無理だろうが……」

 ケンに悪気は無い。ただ、本当に真っ直ぐなんだと、納得してしまっただけなのだ。

「もう……ところで、ケンはリリの事どう思ってるの?」

 どう、か……。どう思っているんだろうな。ヘスティア様にも聞かれたが、こんな状況になっても何も無い。いや、本当にそう言い切れるのか?

 ……。

「……保留だ」

「はい?」

「保留だよ、保留!」

 どうとも思っていない。だが、あの男に向けたように、興味が無いなんては思ってはいない。ああ、いや、一つだけ有るとすれば……ムカつくだけだ。

 

 

 奴らがナニカを仕掛けて来るとしたら、いったい何時頃だろうか?

 冒険者の大半は、ギルドの受け付けスタッフ全会一致で脳筋と評価されている。教育機関が不足していると言う事情は……この際抜きにしてだが、単純にモンスターを腕力で黙らせて金を稼ぐと言う安直な蛮勇に魅入られたバカが冒険者をやりに来ている。コレは、エイナ氏の個人レッスンから意訳したものだ。

 ちなみに、学が無い者が大半だが、バカみたいに悪知恵が働く輩が多いとも教えられた。

 大抵は、そう言う悪知恵の働く神が子に教え、それが人づてに更にちょっと頭の回るヤツにと……。騒ぎが大きくなるとギルドや、一部の有志ファミリアが対処に出て来たりするらしい。ギルドからペナルティを付けられたり、上位のファミリアに制圧されたくなかったらよく注意してねと言っていたエイナ氏からは、なんともいえないモノが発せられていた。

 閑話休題。

 パターンの一つとして、自分達三人ごとリリを襲う。

 攻略している階層よりも下の階から、層怪物進呈を仕掛けてくるのが有力だろう。此方は、あの男に一度悪巧みに誘われてそれを断っている。リリに対しての計画を知っている部外者を、態々生かしてリスクを抱える理由は無いだろう。

 だがしかし、零細のヘスティア・ファミリアのレベル1程度ならどうとでもなると考えるかもしれない。

 そうなると、リリ単独時に襲撃する可能性の方が高いかも知れない。

 どちらにせよ、襲うとしたら十中八九ダンジョン内だろう。オラリオ市内で事に及べば、多数の目撃者が出る可能性が高い。それに死体の処理も手間がかかる。その点、ダンジョンなら死体はモンスターの腹の中へと消えていく……。

「今日は、とうとう10層ですねベル様!」

「だ、大丈夫かな?」

「はい! リリの経験から言いますと、ベル様の実力ならもうこの層のモンスターに十分に通用する筈です」

 そう言ってベルを煽てるリリ。アレから彼女は、どうにもケンの事を口にして呼ぶ事も、視界に入れる事も避けるようにしていた。それで居てケンに警戒を向けてくると言う器用な真似をしてくる辺り、やはり何かしようと機会をうかがっているのが察せられる。

 ベルを煽てるリリに過大評価だと言いたいが、盛り上がっている二人に水を差すのも悪いと思い、ケンは口を閉じて黙っておく事にした。

「僭越ながらベル様。ベル様の装備では、10層に居るオークの分厚い脂肪を抜くのに苦労すると思いまして……」

 そう言ってリリが取り出したのは、ヘスティアナイフよりも刃渡りの長い短剣――バゼラード。ベルは嬉しそうに受け取るが……ケンはそれを見て目を細めてしまう。いや、正確には無防備に腰のホルスターに仕舞われたヘスティアナイフに、だ。

 先日の様に、簡単に盗まれそうだと言う考えがよぎる。……やるのだろうか?

「よし、じゃぁ行こうか!」

 ベルの号令に肯き、三人は10層へと降りていく。そこは、深い濃霧が立ち込める一面の……草原か? 背の低い草が生え広がり、所々に白い枯れ木の様な陰が点在している。

「広いな……」

 今までのダンジョンの構造とはまた違う様子に感嘆する。そう言えばと、エイナ氏が説明してくれたダンジョンの情報ではもっと凄まじい光景が広がっているとか……。

「下まで付きぬけたら、そのまま地下世界になんて展開はないよな?」

 行き過ぎた想像が、ケンに地殻の裏側に広がる世界を幻視させる。そんな事はありえないだろうが、このダンジョンは未だ誰も最下層に辿り着いていない。ファンタジーな世界である以上、完全に否定も出来ず夢があるなと笑うしかない。

 そんなケンを尻目に、ベルとリリは真剣な眼差しで白い枯れ木へ近づいていく。

「ベル様!」

「うん、天然武器庫(ランドフォーム)だね。

 出来るだけ処理しておきたいけど……」

 時間はなさそうだ。そうベルが言うや否や、霧の向こうから怪物祭(モンスターフィリア)で一度見た事のある怪物――オークが姿を現した。

 オークは、手近な白い枯れ木に手を伸ばすとそれを握って……。バキバキと言う音と共に、枯れ木のようなソレは長大な棍棒へと姿を変えた。枯れ木を棍棒として使うのではない。余計な部位が剥がれ落ち、枯れ木が棍棒へと変貌したのだ。

「アレが天然武器庫(ランドフォーム)ね……」

 ベルも初めて目にするが、ケンはなかなかに厄介そうなギミックだと愚痴を零した。オーク以外にも、霧の中からちいさな人型モンスターが姿を現し始める。アレは……。

「インプに……バットパットも飛んでいます。お二人とも注意してください!」

「ベル、行けそうか?」

 数が多い。横のベルに聞くと、既に抜いていたバゼラードを構えて応えた。それを見て、こちらもファントムに矢を番える。

「行くよ!」

 掛け声と共に白兎が走る。狙いは、一番大物のオーク。バゼラードの一撃が、オークの分厚い脂肪を切り裂いて鮮血を飛ばす。なるほど、切れ味はなかなかの様だ。

「ベル、当たるなよ!」

 引ききった弦が弾ける僅かな音と共に、一切の風切り音をさせずファントムの矢がオークの頭部へと突き刺さる。矢が突き刺さったオークは、どういう事か重い身体を宙に浮かせて真上へと吹き飛んでいった

「お、お見事です!」

 いや、ただ単に物理エンジンが荒ぶっただけだから……。い、いや、そんな荒ぶるエンジンなんか存在しない。コレは現実だ。SAN値がやばくなりそうな情景に頬を引きつらせながら、ケンはもう一度矢を放つ。

 トスンッ! 頭部を射抜かれたオークは、今度は大人しくその場で倒れてくれた。

「……さっきのは見なかった事にしておこう」

 そう、ちょっと疲れていただけだ。次の矢を番え、ベルが注意を引きつけているモンスターへと矢を射る。また一体、今度は空中のバットパットを射抜いた。

「キュゥ!?」

 一撃か……。

 足元に弾薬箱を呼び出し、減っていく矢を補充する。次いで、敵の位置情報を知る為に“竹の子”を植えた。

「にしても、視界が悪いな……」

 最初に来た時よりも霧が濃くなってきた気がする。実際にはそんなに変化はしていないんだろうが……やはりモンスターが視認しにくい。時折、ベルとモンスターの判別がつかなくなる様な濃霧が射線を塞ぎ何度も舌打ちする。

「チッ! こうも視認しにくいとやり辛い……ん?」

 レーダーを見て気がついたが、いつの間にか敵を示す赤点の点滅が自分たちの周囲を囲んでいた。

「不味いな…。ベル! 囲まれてるぞ!」

「う、うん! リリ、僕達から離れないで! ……リリ?」

「ん? リリ? 何処だ!?」

 リリが居ないことに気がつき、辺りに目をやる二人。霧はより濃く、レーダーに映る赤点はその数を増やしていく。そして、

「なんか、妙な臭いが……」

 嗅ぎ慣れない異臭が、自分達の周りに漂っているのに気がついた。こんな異臭を出すモンスター、この階層に出現しただろうか? エイナ氏から教わったダンジョンの情報を思い出すが、そんな特徴を持つモンスターは出てこない。なら、コレは……。

「ち、血肉!」

「血肉?」

 ベルが言ったそれを、ケンは口の中で反芻して……思い出した。モンスターを呼び寄せるトラップアイテム。エイナ氏曰く、使われ方としてはあまり褒められたモノではないが……対立するファミリアの冒険者を罠に嵌める為に良く使われたりするアイテムだとか。

「キシャー!」

「ッ!?」

 霧の中から、ショートソードを持った小型モンスターのインプが飛び出してくる。ケンは咄嗟にファントムで射抜き、ベルは身を翻して避けた。

 不味い。分断された!

 複数のモンスターが、お互いの間に立ちふさがり威嚇してくる。

「こりゃ、本格的にヤバイな……」

 ケン自身の耐久力は、文字通りの紙ステータスだ。この階層のモンスターでは、カスッただけでも致命傷になりかねない。それなのに、自身を守ってくれる前衛(ベル)と分断されてしまった。

「あ!」

「どうしたベル!?」

 なにかあったのか、声を上げるベル。すると、

「ベル様にケン様、申し訳ありません。リリとはココまでです」

「リリ!?」

「ベル様は、本当にお人好しです。もう少し疑う事を覚えた方がいいですよ?

 ……ケン様もそうです。あそこまで追い込んで、リリを見逃してくれるなんて底抜けの大バカのやる事です」

 それ以上リリは何も言わない。ただただモンスターの奇声と、リリを呼ぶベルの声が10層の濃霧の中に響いていく。

「ベル!大丈夫か?」

「う、うん。でも、神様から貰ったナイフが!」

「……バカが」

 本当にバカだ。そう言う選択しか出来なかったのかと毒づき、【戦場遊戯(バトルフィールド)】からショットガン――UTS-15を取り出す。

「邪魔だ」

 初弾を、襲い掛かって来たインプに向かって撃ち放つ。ズドンと言う重い破裂音が響き、襲い掛かって来たインプの頭部を、モブチョークバレルで絞られた無数の金属球――バックショット弾が一瞬で消し飛ばした。

「い、今の音何!? 大丈夫なのケン!」

 ポンプを引き、次の弾を装填。今度はバカデカイオークが立ちふさがるが、手に持った棍棒を振り下ろす前に片方の足を吹き飛ばして転倒させる。

「ベル、こっちは問題ない!」

 片足を吹き飛ばされて悲鳴を上げるオークの頭部に、散弾を二・三浴びせて沈黙させる。コイツはポンプ・アクションが少々遅いのがキズだが、その分他のショットガンと比べて大量に撃てるのがこいつの強みだ。だがコイツの特徴であるダブルチューブ、これを利用して二種類の弾頭を使い分けられないのが実に悔やまれる。

「ケン! リリを追って!」

「何言ってる!?

 それはオマエの役割だろ!」

「うん、だけど……まずケンが離脱しないと!」

 そう言ってくるベルの声音に余裕が感じられない。ステータスの低いケンと言う存在が、ベルの精神的な重荷になっているのだろう。

 後衛が下がらなければ、前衛も下がれない。

 全滅を覚悟したら、後衛はその後のリカバリーに勤めなければいけない。

 ……いや、それは、ゲームでの話だ。

 だが、オレを気遣っている状態じゃベルは満足に戦えないのは事実だ。

「……分かった。

 だがなベル! オマエも後から必ず来い!」

 あのバカ姫を助けるのはヒーローの役割だ。雑兵の仕事じゃない。

 踵を返し、九層へと繋がる通路へと走る。勿論、周囲はモンスターが包囲していて無事に抜けるのも困難だ。

「邪魔なんだよ!」

 立ちふさがったオークを、再度その足を吹き飛ばす事で行動不能にする。群がってくるインプには、サブのG18を使用して弾幕を張って牽制。たった18発しか撃てない機関拳銃から放たれた弾丸は、インプ達には掠りもせずに霧の中へと消えて行く。

 だがそれで構わない。

 発砲音と飛来物に警戒したインプ達が、軒並み足を止めて威嚇の声を上げた。

「どけ!」

 強引にその間を駆け抜け、擦れ違い様、振り向き様に腰ダメでUTS-15の散弾を一番近いモンスター目掛けて浴びせる。

「ギィ!?」

 散弾の雨に削り取られるインプ。そのまま後ろへ後ずさるようにして、追いかけて来るモンスターを撃ち貫いて行った。

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