この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act27 愚者は繰り返す

 街の暗がりや死角、人混みの中……。そこ彼処に潜む彼らは、俯いて歩く目標の様子を伺っていた。

 状況は、芳しくない。連日の誘拐で、件の冒険者――ケン・ツワモノやその主神の警戒が強くなっている。

 ……いや、ケン・ツワモノに対して誘拐、監禁を行う事自体は容易いのだ。

 しかし、ケン・ツワモノの保有しているスキル、または魔法の性質が分からない以上、拘束用魔法具を使用しなければどれだけ監禁しようと逃走される。

 確実に遂行するなら、使わなければ成らない。だが、

『それじゃ面白くないでしょ?』

 フレイヤ様より、それらのアイテムの使用を禁じられてしまっている。

 そう……フレイヤ様は、件の冒険者だけでなく我々も試されているのだ。ならば、ソレに全身全霊で応えねばならない。

 そして、我々に残された時間は僅か……。

『……で、どうする?』

『ケン・ツワモノの排除……は、フレイヤ様はまだ所望されておられないのだな?』

『ああ、そうだ』

『ソレも踏まえて、成し遂げなければ成らないだろう』

『だが、捕まえても逃げられる……』

『なら、遠くに離してしまえばいい』

 遠く、それも事が終わるまで絶対に帰って来れない様な場所が好ましい。その案を採用し、その為の準備に各自が奔走している。

 暗がりから様子を伺う彼は、件の冒険者を見張りながら他の準備が整うのをじっと待っていた。

 そして、

「馬車の準備が完了した」

「……では、はじめよう」

「了解。仕込みを動かすぞ」

 いつの間にか潜んでいた陰の一人が、そう言って消える。

 警戒を解かないケン・ツワモノに対し、少々強硬手段をとる事にしたのだ。

 ドン!

「いってぇなぁ、オイ!」

「……ん?」

 荒くれの冒険者数人が、ケン・ツワモノとぶつかり……そのまま色々と因縁をつけて路地裏へと連れ込んでいく。

 ソレを助けようとするモノはいない。一般人が恩恵を受けた冒険者にかなう道理が無いからだ。……が、誰かが治安維持を請け負っているガネーシャ・ファミリアを呼ぶだろう。奴らが到着する前に事を進めなければ成らない。

 路地裏から、ドカボカと鈍い打撃音が聞こえてくる。屋根の上から覗き見れば、荒くれ共がケン・ツワモノを殴打していた。

「グッ!?」

「オラ! 立てやサポーター野郎!」

 気が立っているのか、なぶる様に殴打を繰り返す荒くれ共。さっさと気絶させてくれれば手間が省けるが……この調子では先にガネーシャ・ファミリアの到着が早い。

「仕方ない、ケン・ツワモノを確保しろ」

「もとより、有象無象に期待してはいない」

 荒くれは所詮レベル1の冒険者。トップファミリアに所属し、日々美の女神に認められるために研鑽を積む彼らの相手ではない。

 ただ一人で路地裏に降り立つと、

「ガァ!?」

 地面に、

「ギィ!?」

 壁にと頭を打ち付けられ、

「グフェ!?」

 投げ飛ばされた荒くれ共は、ただうめき声を上げるだけとなった。

 しばらくすれば目を覚ますだろう。

 パンッパンッとホコリを掃うと、

「彼は、自分が運びます。

 一般人の皆さんは、危ないのでガネーシャ・ファミリアの方々が到着するまで荒くれ共に近づかないでください」

 そう言って、こちらの様子を遠巻きに伺っている街の人々を安心させる。ただこれだけで、ガネーシャ・ファミリアの追求を遠のける事ができる。後は、

「……助かった」

 ありがとうと、いつの間にか回復したケン・ツワモノが此方に礼を言ってきた。不思議な事に、怪我らしい怪我が見当たらない。遠めに見ても痣が出来るほどなぶられていた様だが……。

 ……詮索は後だ。

「念のため、診療施設まで連れて行こう」

「いや、自力で……」

 ソコまで言って、ケン・ツワモノはガクリと膝を折って地面に……倒れる前に抱きかかえられる。

「さ、素直に来て貰おうか……」

「……」

 返答の無いまま、ケン・ツワモノは運ばれていく。その後姿を見て、いぶかしむ者は誰もいなかった。

 

 

 計画は、順調に進行していた。

 冒険者の放出に厳しいオラリオだが、事前に面倒な書類手続きを踏めば足止めされる事はない。輸送クエストを装い、何食わぬ顔でオラリオの外へとケン・ツワモノを運び出す事にも成功した。

 天井に有った太陽が沈み、代わりに月が天井に昇って……沈んでいく。

 その間、一切休む事無く荷馬車を走らせ続け、オラリオから距離を稼いだ。

 途中、荷車の中で件の冒険者が目を覚ましたのは感知できたが、比較的大人しかったと記憶している。

 順調だった。そう、何一つ疑いようがなく順調だったのだ。

 ……異変に気がついたのは早朝。朝日が顔を出しきった辺りだった。

 荷車に積んでいた木箱――偽装の中の様子を確認してみると、そこに居なければいけない筈のケン・ツワモノの姿が見当たらなくなっていたのだ。

「クソ!」

 木箱の中に残されていたのは、件の冒険者を縛っていた鎖だけ……。

 鎖を止めていた錠前が外されていない事から、何らかの手段を持って簀巻きの状態から脱出した事になる。

「見張りを一人つけるべきだったか……」

 たかがレベル1の新米冒険者。自分ひとりで事足りると、うぬぼれていたのかも知れない。

 いや、今はそれを追及するべきではない。

 問題は、何時、何処で脱出されたかだ。

 道中、荷車からモノが転げ落ちる様な気配は無かった。気配などを消すスキルが有るのかも知れないが、件の冒険者のレベルは1。此方とのレベル差から、例えスキルが有ったとしても察知できないなど考えられない。

 荷馬車を走らせて来たルートも、比較的見渡しの良い場所を選んで走っていた。

 勿論、道中に街や家屋などが在るルートは外した。

 だが、件の冒険者は何処にも見当たらない。忽然と姿を消してしまったとしか言えない状況だった。

 

 

 オラリオの中心に聳え立つバベル。その一室にて、美の女神は眷属達に問いかけた。

「首尾はどうかしら?」

「上々です。

 件の冒険者――ケン・ツワモノは、無事にオラリオの外へ運び出すことに成功。当分の間この街に戻っては来れないでしょう」

 自信を持って応える眷族達に、フレイヤは目を細める。面白い――いや、面白くないモノを見つけたように微笑を浮かべながら。

「ふ~ん、それじゃぁ……」

 アレは何かしら?

 そう言って女神が窓の外――オラリオの中心であり最も高い建造物であるバベルの最上階。その窓の向こうには、

「な!?」

 無数の紐に繋がれた巨大な布で――パラシュートで滑空してるケン・ツワモノが居たのだ。

 窓から身を乗り出し、信じられないと我が目を疑うフレイヤの眷属たち。

「あらあら……」

 フレイヤは、困ったような、それでいて面白い獲物を見つけたような深い笑みを顔に刻んでいる。

「申し訳ありませんフレイヤ様。早急に対処を……」

「いいえ、ソレはもう良いわ」

 そう、もういい。冷たく言い放たれた言葉に、もはや慈悲は感じられない。

 せっかく無事でいられたのに……。アレはその機会を不意にした。

「しかし、それでは……」

「私ね……どっちも、見たくなっちゃったの」

 お願いできる?

「……御意!」

「フフフ……」

 あんなどうでも良さそうな魂なのに、どうしてこうも私の神経を逆撫でるのだろうか?

 良いでしょう。

 何処までできるのか、何処まで楽しませてくれるのか……。

 彼女の中で、暇を持て余した神の好奇心が鎌首をもたげ始める。

 そう、知りたくなったのだ。

 ヘスティアの子供の“力”がどの様なものか。どれだけの価値があるものか……。

「どんな魔法?

 それともスキルかしら?」

 弓矢を出す程度と(うそぶ)いているらしいが、それで私たち神を欺ききれるなんて思っていないでしょう?

「貴方には、責任を取って……全て見せてもらうわよ?」

 眼下に小さくなっていく影を見送りながら、女神は細く微笑んだのだった。

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