この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act29 焦燥に焼かれて

 溢れかえる人々で活気付くオラリオの往来。

 ケンは、未だ頭上で輝く太陽の光に目を細めながら人垣を掻き分けて歩いて行く。

 つい先ほどまで、ヘスティアたちと共にオラリオの防壁上でベルとアイズの訓練を見学していた彼だが、腹の音とギルドへの顔出しを理由に中抜けしてきていた。

 エイナさんに顔を見せて安心させよう。そう思うと、自然と足が速くなる。

 ……いや、そうじゃない。

 正直に言おう。二人の熾烈な訓練を目にして、自分はいったい今までなにをしていたんだと居たたまれなくなり、その場からソレを悟られぬように逃げだした。

 本当に、自分は何をしていた?

 暇を持て余した神々へのスキルの隠匿を理由に、スキルに憧れを持つベルへの配慮を理由にして、何をしていた?

「ちょっと、待ちなさい!」

 いや、ベルが修行を始めたココ数日だけでもいい。……襲撃に誘拐、監禁といった嬉しくないイベントに立て続けに襲われていた。今も視界の端にあるレーダーには、常時敵対反応が灯っていて気が気でない。

 いい加減、諦めてくれればいいものを……。

「待ちなさいって……!」

「オレが逃げ出した事に気付いた?」

 いや、そんなわけは無い……いや、あるか? 異変がないか、積荷の中身を途中で確認するだろう。だが、居なくなった事を知らせるのにかなりの時間がかかるはず。この光点が誘拐犯の可能性は……。

「……楽観的過ぎか?」

 何かしら、遠距離の連絡手段があるのかもしれない。恩恵なしでは碌に魔法が使用できなくとも、曲がりなりにもファンタジーな世界だ。そう言う魔法具の一つや二つ、在ると仮定しなくては……。

「チッ!」

 ケンは鋭く舌打ちすると、ほぼ無意識に手首を振るった。その動作だけで虚空から偵察兵の幅広帽子――ブーニーハットを取り出すと、ソレを目深に被って顔を隠す。

 ……コレで無いよりはマシだろう。

「待ちなさ……!」

 相手が誰だか分からないのも問題だ。

 最初こそソーマ・ファミリアを疑ったが――先ほどヘスティアから聞いたが、人質をとってから交渉事が何一つ無かったのは可笑しい。考えられるとしたら、それ以外の神々……。はっきり言って、オラリオには該当の神様が多すぎる。

『とうとう、ケン君の“スキル”がバカ共の目に留まったみたいだね……』

 誘拐される日々、色々と悟ったような顔で遠くを見つめるヘスティアに、申し訳ないと言う気持ちになったのは間違いではない。だが、このスキルが無ければ、今ココに自分が立っていたかどうか怪しいのも事実だ。

 “特典(ギフト)”に“恩恵(ファルナ)”と、おんぶに抱っこまでしてもらっているのに……。

 自信が無い。

 自分を信用しきれない。

 自分に確たる芯がない。

 未だにケンは、自身の足元がしっかりとした気分に成らないでいたのだ。

 そう、漠然と冒険者として生きていながらも、胸を熱く焦がすようなモノが……。

「待ちなさいって、言ってるでしょ! って、わわわ!?」

「ゲフ!?」

 後ろから走ってきたエルフの少女に、勢い余ってひき潰された。

 

 

「……ごめんなさい」

「いや、こっちも、全然気がつかなかった」

 エルフの少女――レフィーヤからの謝罪を受け取りながら、ケンは出店で購入したじゃが丸くんに噛り付く。レベル3の先達に対し色々と無遠慮な彼の態度だが、昨日の朝から碌に食事を取っていない事情から理解をもらっている。

 レフィーヤがケンに着いて来ている理由は、彼の身を案じたヘスティアが頼んだからだ。レフィーヤ自身、眷属でもないヘスティアからの頼みを聞く義理は無いのだが……敬愛しているアイズ氏からの頼みもあって今ここに居る事となった。

 正直に言ってアイズ氏の側に居たかったレフィーヤだが、他でもないアイズ氏の頼みである。受けるしかなかった。こんな冴えないやつれた男の護衛だとしても!

 フンス! と、でも聞こえてきそうな彼女の雰囲気に、ケンは目を細めながらチョットだけ距離を開けた。

 そう時間もかからず、二人は冒険者ギルドに辿り着き中へと入っていく。道中の襲撃は無かったが、レーダーに反応がチラホラと映るのを見るたびに顔を顰めてしまう。

 レーダーが――敵味方識別が敵だと言っているからといって、躊躇無く撃てるわけではない。

「ハァ……」

「……だらしない」

 ギルドの中に入り安全を確認すると、腹の中に溜まった鬱憤を吐き散らす。口の中が極彩色な味に染まっているのを堪えながら、ケンは受付窓口に足を進める。レフィーヤは、ここで待っていると言いソファーに腰を据えた。

「はい、次の……って、ケン君!?

 無事だったのね。よかった~」

 受付をしていたエイナ氏が、やって来たケンの姿を見て驚き、その無事な姿に安堵する。ヘスティアから何者かに浚われたと一報を受けてからというもの、まさか闇派閥の残党の仕業か? だとか、活動自粛令を出しているソーマ・ファミリアが仕返しに!? などと――現に昨日、街中で暴行騒ぎを起こしてあのファミリアのメンバー達が捕まったのだから気が気でなかった。

「犯人が誰だか、心当たりは?」

「いや、ない。顔も、ローブで覆い隠していて見えなかった」

 ケンがそう言うと、エイナ氏は肩を落とし目に見えて落胆する。それでもすぐに気を取り直すと、捜索願の取り消しや、事件についての簡単な調書を作成。そして、

「ソーマの?」

「そ、正式なペナルティが決まるまで、ソーマ・ファミリアには活動自粛令を出していたんだけど……」

 街中で暴行騒ぎを起こしたソーマ・ファミリアに対し、ギルドも過去の一般市民への暴行や度重なるギルドでの迷惑行為などで正式に罰則が――ダンジョンの一定期間利用禁止が発令されたと、エイナ氏はケンに少し申し訳なさそうに伝えた。

「そう、ですか……」

 ちょっとまずい事になるかもなと、ケンは口元を押さえながら顔を顰めさせる。神酒を得るためにダンジョンに――正確にはヴァリスをかき集めていた連中が、ソレが出来なくなったとなればどうなるか……。彼らを薬物依存症のソレと考えると、ヴァリスを得るために何をしだすか分からない。原因の一端であるリリにも害が及ぶ可能性があるし、彼女のコンバーションにも支障が出てくるかも……と、そこまで考えた所で気になったのだ。リリの扱いに。

「リリは、どうなりますか?」

 エイナ氏だけに聞こえるように、現在ソーマ・ファミリアに所属しているリリの処遇について尋ねた。内々に処理してもらっているが、彼女の所属は今もソーマなのだ。罰則の適用はどうなるのだろうか?

「その点は大丈夫……。だけど、もし何か有ったらヘスティア・ファミリアの責任に成るから、その点だけは注意して」

 ヘスティア・ファミリアの責任……。その発言で、大体どの様な事になっているかは予想がついた。我らが紐女神――ヘスティアが頑張ってくれたのだろう。

「……分かりました。リリにもそう伝えておきます」

 それから一言二言話したケンは、踵を返すと受付を後にした。

 とりあえずの用は済ました。後は……。

「さ、用事が終わったなら……って!?」

「……」

 アイズ達が訓練をしている外壁に戻ろう。そう言おうとしたレフィーヤの横を、ケンはそのまま素通りしていく。

「ま、待ちなさい!」

 すぐさまケンの前に回りこんで立ちふさがるレフィーヤ。捕まえて止めるのは、エルフの慣習からして憚られた。

「ぁ……すみません」

「っ」

 何処を見ているか分からない眼。レフィーヤを見ていたケンのソレは、どこか虚ろだった。そこには、先ほどまでエイナ氏と楽しそうに会話をしていたと言う面影が感じられない。だが、それも直ぐに消えてしまう。

「あの、それで、何の用……ですか?」

「……これから、貴方はどうされるんですか?」

 質問に質問で返すレフィーヤに、ケンはとりあえず暫くしてからホームに戻ると答えた。色々と言い合う気力が湧かないケンは、彼女にもうベルたちの元へと戻っても大丈夫だと告げる。

「大丈夫……には、見えませんよ?」

 レフィーヤの指摘に、ケンは苦笑いを浮かべながら大丈夫だと返した。襲撃者の問題は残っているが、ここから直接ホームに跳べば道中での問題は解決する。だがソレは説明しない。スキルに関することでもあるし、なおかつ彼女は別のファミリアだから……。

 もっとも、それでは納得できないレフィーヤなのだが、改めて自分がそこまで心配する必要があるのかと言う自問に言葉を噤んだ。ヘスティアから頼まれていた事も、ギルドまでの彼の安全。故にこれ以上、彼に付き合う必要も無い。

「そう、ですね。そうなんですよね。分かりました。それじゃ、私はコレで!」

 失礼しますと一礼し、レフィーヤはその場を後にした。

 ケンはソレを見届ける事無く、適当な椅子に座るとバッグからヴァリスの詰まった袋を掴み出す。小さくジャラリと音を立てる財布。手にかかる重さは、最初に求めていたモノだ。

 ……だが、コレではまるでダメだ。

 足りない。

 まるで足りない。

 達成感が足りない。

 焦燥に駆られながら、なんとなしにギルドの掲示板に足を運ぶ。そこには、オラリオ中から集まった様々な冒険者依頼が張り出されていた。

「ドロップ品や、採集品の依頼……」

 上層でも集められそうな依頼は、それなりに量があるのが確認できる。それだけ大量に消費されるという事なのだろう。小口での依頼ながら、随時募集していたりもした。

 まだ冒険者に成って一ヶ月程度。やっていない事や知らない事の方が多い。

「手に入る場所が分かればな……」

 こういう時に限って、文明の利器がない事を悔やんでしまう。いや、ギルドの図書館にでも行けば、モンスターのドロップや各種植物や鉱石などの採集地点がある程度は分かるかもしれない。

「……できれば、モンスタードロップの方がいいな」

 植物や鉱石に関しては、それなりに判別する知識が必要だ。ドロップ品もそうだと言えばそうだが、目当ての品を入手する先は植物や鉱石よりも分かり易いモンスターだ。その点で言えば、ドロップ品の納入クエストなどはやり易いだろう。

「ん?」

 その時、ふと視界の隅に入った一枚の張り出しが目に留まった。それは、ボスクラスなどの要注意モンスター達の出現を報せるものだった。そしてその周りには、モンスター達が落とすドロップ品を求める張り出しが張られている。

「……」

 そのうちの一枚。上層で出現するモンスターのドロップ品を求めるソレを見ながら目を細め、

『現状に納得せず、自分の心をもっと自由に……』

 そう言ってくれたヘスティアの言葉を思い出し、ベルの成長を思い浮かべ……。そして、最近のトラブルから来る鬱葱としたモノを振り払うように薄く笑う。

「そうだな……」

 もっと自由にやってみよう。

 現状に納得などしていない。

 だから、もっと、もっと高みへ。

 もっと、もっと深き底へ。

 邪魔者も何もかも振り切って……!

「……まったく、何処に行く気なのよ?」

 ギルドから出てバベルへと向かうケンの後ろを、戻ったはずのレフィーヤが追いかけた。




 早くミノタウロスと戦わせたい。でも我慢。
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