翌朝――。
教会の隠し部屋のベッドの上で、改めてステータスの更新をするケンとヘスティアの二人。
「……で、昨日は一体どうしたんだい?」
そう問いかけるヘスティアの声は、心なしか明るく軽いものだった。
一晩寝たのが効いたのだろう。ケンのステータスは、スキルによる低下が収まった正常な値で更新されていく。その事に気分をよくしたヘスティアは、どうしてこのような事になったのかを知るため彼に問いかけた。
暫く考えた素振りをしたケンは、観念したようにヘスティアに説明した。なんと言うか、今の彼女なら色々と許してくれそうだったから……。
「う~ん……。
……何がと言うか、出鼻を挫かれた?」
単独でダンジョンの11層へと大物退治に向かい、途中でレフィーヤに連れ戻され、帰りにギルドのアドバイザーであるエイナ氏に説教を貰ったと……。
「うんうん、大体分かった。
ケン君は、インファントドラゴンに挑もうと、11階層まで一人で潜って行ったんだね。で、アドバイザー君にその事で叱られて、落ち込んでいたと……」
そこまで言って、ヘスティアはケンの顔を覗き込むと、
「まぁ、アドバイザー君の言う事は普通なら正しいさ。
ボクから見ても、今のケン君のステータスじゃウォーシャドウに挑むのすら無理だろうね。ソレを可能にしているのが、キミのスキル――【戦場遊戯(バトルフィールド)】のおかげなわけだ」
ステータスの開示は、よほどの事がない限り行われない。以前エイナ氏に基本ステータスだけとは言え見せたのは、例外中の例外だ。
スキルの内容にいたっては、ソレこそ冒険者の生命線に直結する。そこにはスキルの強みはもちろん、弱みや性質が書き記されている。予定調和が取られ、何度でも繰り返せる――やり直せるゲームの世界ではない。一度きりでやり直せない現実では、ニンゲン同士の妬み、嫉み、ひがみ、恨みといった複雑な思惑がぶつかり合い、それこそ命の取り合いにすら発展する。
「ケン君の“事情”は、ボクからアドバイザー君にそれとなく伝えておくよ。
また下が……落ち込まれても困るからね」
「すみません……」
謝る事じゃないとヘスティアは言うが、自分でエイナ氏に説明――説得できそうにないケンからすれば感謝きしれない。
「……アドバイザー君にこってり絞られたみたいだから、ボクはこれ以上強くは言わない。だけど、ボクからもコレだけは言わせてもらうね。
ケン君はここ数日、何処の誰とも知れないヤツラに誘拐されたり、監禁されたりしたんだ。
そしてケン君は、何度もそいつ等から逃げ出せた。
だけど、相手だってバカじゃない。
次は、もう逃げ出せないかもしれな……。いや、ケン君ならボク達の予想を超えて帰って来そうな予感がするよ。どうしてだい?」
チョット頬を引き攣らせながら笑うヘスティア。彼女が言いたい事は、なんとなく分かる。いや、分かった。
「だからと言うわけじゃないどさ、出来ればベル君たちと一緒に行動して欲しい。
……さ、これで終わりだ!」
ステータスの更新が終わり、ペチンと、ケンのむき出しの背中に紙が叩かれた。ヘスティアはいつもの様に置いたつもりなのだが、思った以上に力強く置かれた紙は高い音を響かせてしまった。鳴り響いた反射的に彼女は驚くが、直ぐに体裁を整え、
「ん、ん! コレがキミの今のステータスだ。順調に……とは言えないけど、一歩一歩前に進めているよ」
そう言ってくれるヘスティアを横に、ケンは微弱な上昇を見せているステータスに僅かに眉を顰めてしまう。それを見た彼女は、すこし不安そうに彼に寄り添い、
「……確かにベル君の成長は早い。レアスキルのお陰で先行していたケン君を、あっという間に置いて行くくらいに早いよ。
でもね、それでケン君が焦って、無謀な事して死んじゃったら……ボクはイヤだよ?」
女神の言葉に、ケンは大きく息を吐きながら分かったと返す。ただなと、彼は言うと、
「……オレは、ベルの成長がどうこうで大物の討伐をやろうとした訳じゃない。
下駄履かせてもらって、おんぶに抱っこまでしてもらって……。オレは、自分に自信が持てないのが辛いんだ」
だから……足掻くしかない。
いや、足掻き方すら覚束ない有様だ。
果たして、アレを倒せたとしてソレが手に入るなどと言う保障は……一度ではムリだろう。
何度も何度も挑み、
何度も何度も倒し、
そして、
――屍の……――
ザワっと、一瞬だがケンの背中に妙な感覚が走った。ヘスティアが何かしらイタズラしたのかと、彼女の方に――後ろに首だけを向ける。だが、
「……分かった。
ケン君の辛さは、焦燥感は、ステータスを見てきたボクには、イヤになるほど理解できるよ。
だから、約束してくれ。
無茶はしてもいい。
だけど、無謀な事はしない。
そして、必ず帰ってくるんだ」
真剣な表情で言う彼女からは、そんなイタズラをした様な雰囲気は感じられなかった。
「……正直、オレの攻撃が通用するかは分からない。
ただ、例え攻撃が通用しなくとも、オレ一人ならソコから絶対に逃げ出せる算段はある」
だから絶対に帰ってくると、ケンはヘスティアに約束した。
「……それからケン君、キミは大切な事を忘れているよ?」
ベッドから出て、支度をするケンにヘスティアは言う。何を忘れているのかと首を傾げるが、思い当たる事は……ない。一応ド忘れしていなかとメモ帳を確認するが、
「はぁ、キミって子は……」
ヘスティアは、そう言って盛大にため息を吐いた。次いで、外に行けば忘れているモノが分かると教えてくれる。
外に? いまいち要領がつかめないケンに対し、ヘスティアは早く行くように促した。
「あ~、行って来ます?」
そう言って隠し部屋から出て来たものの、寂れた教会内は昨晩と変わりない。掃除や修繕の予定も……特に入れていなかったはずだ。
「ケン様! 何時までもたついているんですか!」
教会の出入り口に、何時ものように巨大なバックパックを背負ったリリが、ベルもその横に立っていた。
「リリ? それにベルも? 二人とも、もうダンジョンに行ったんじゃ……」
「ケン様が、昨日あんなムチャをしたからですよ!」
「エイナさんから、危なっかしいから一人にさせるなって……」
……そうかと、ケンはため息をつく。
エイナ氏もそうだが、オレはそんなに信用ならないのだろうか? いや、自分がそうだから周りからもそうなのだろう。ケンが、ため息を吐きながら二人もとまで行くと、リリが一歩前に出てその小さな身体で進路を塞ぐ。
「ケン様に聞きます。
ケン様、ケン様は、リリ達の事が信用できませんか?」
ムスッとしたような顔をするリリは、ジトッとケンを睨みつけてくる。
「……確かにリリは、ソーマ・ファミリアの所属。ベル様と違って、ヘスティア・ファミリアの一員ではありません。
ステータスやスキルの詮索は、例え同じファミリア内でもご法度。ケン様が、自身のスキルを秘密にしたいのは理解できますが……昨日のアレは流石にいただけません」
昨日のアレ……ケンが普段はしない単独での10階層までの走破。いくらパーティで何度かそこまで潜った事があるとはいえ、ケンのステータスは、ベルのソレと比べれば雲泥の差と言っていい程に離れている。尚且つ、彼が単独で挑もうとしていたのは、その中でも遥かに格上のモンスターだった。
エイナ氏からも散々説教されたが、ソレは自殺行為に他ならない。
何故ケンが急にそんな事をしようとしたのか……。いや、それ以前にケン一人でやろうとしたのかがベルとリリには理解できなかった。
「信じられない……か」
やるせないように言うケンに、リリもベルも怪訝そうに顔を顰める。どうしてそんな事をしたのか、再度ベルが問いかけると、
「……オレが、オレ自身を信じきれないからだ」
ヘスティアに言ったように、ケンはベル達に答えた。
「信じられる様に成るために、足掻く。
それにうってつけなのが、もう直ぐ丁度11層に湧く。だから探しにいったんだ」
自分ひとりなら、絶対に生きて帰ってこれる。
おかしな話だが、“あの本”がくれた“ギフト”の力を信じているから。ヘスティアの与えてくれた“恩恵”は……正直に言うと良く分からない。バッドスキル――【劣色心界(モノクローム)】の所為だけではないと思うが、ステータスの上昇が実感として感じられないからだろうか?
「……ソレは、ボク達と一緒じゃダメな事なの?」
悲しそうに問いかけるベルにケンは、
「……ヘスティアにも言ったが、オレ一人なら逃げられる。
ベルやリリが一緒だと、逃げるに逃げられなくなる」
ただ、冷たく答えた。
暫しの沈黙が、場に流れる。
ケンは、一緒じゃ駄目だとは言っていない。ただ、自分だけの方が都合が良いと言った。だが、ソレを聞いた二人には、彼の答えは拒絶にも聞こえていた。
どうするかは、ケンだけが決められる。
ベルが止める事もできるが、個人でどう行動するかはケンの自由だ。ソレを止められるのは、ヘスティアくらいだが、
「神様はなんて?」
「……必ず帰って来い。そう約束した」
頼みの綱が断たれた。二人の表情はそう言っている様に見えた。だから、
「行くぞ、二人とも」
ケンは、当たり前のように二人に言う。
忘れモノ、か……。たしかに、忘れモノなんだろう。
一人では戦えない。そう言う根本的な……。
「……え?」
「え、じゃない。ダンジョンだよ。ダンジョン!
その為に、態々迎えに来てくれたんだろ?」
ドラゴン狩りの予定は少し先送りにしよう。
「そ、そうですけど……ケン様? ケン様はそれで……」
ソレでいいのかと問いかけるリリに、ケンは彼女の頭に手を置いてグリグリとかき回す。抗議の声を上げるリリに、ケンは苦笑しながらすまないと謝罪した。そしてベルを見て、
「一先ずは、先送りだ。
だが代わりに……今まで自重してきた分、色々と羽目を外させてもらうぞ?」
それに、もしかしたらベルと居れば、それ以上のモノと戦えるかも知れない。いや、本当に求めているモノに手が届くかも知れない。そんな気がしたのだ。
「う、うん! じゃ、行こう、ダンジョンに!」
嬉しそうにケンの手を引っ張るベル。ケンは苦笑しながらそれに続き、リリも乱れた身だしなみを整えて後を追った。
コレが、彼らの日常――冒険者の日々。
今日はどうしようかと、彼らはダンジョンへと歩いてく。その後姿を見送りながら、ヘスティアはコレなら大丈夫だと安堵する。
そして、書き損じたステータスを見ながら、そこに記されているはずの魔法をなぞった。
「ケン君、キミに黙っている……教えていないモノがあるんだ。
この魔法は、今までのキミにとってあまりにも良くない。
でも、キミがちゃんと仲間を、掛け替えのない仲間を手に入れられたのなら……」
この魔法は、キミを独りにはしないはずだよ。
そして、彼女もまたいつもの様に日常へと戻っていく。
『さぁ、見せなさい。あなた達の全てを……』
ダンジョンで待つ悪意を知らずに――。
オリ主が、ベルと一緒にミノと戦っている姿がまとまらず、遅々として筆が進まない。
一緒に戦うのがらしい、らしくないと言う考えがグチャグチャしてるようなしだいです。