この世界に雑兵が来たのは間違いだろうか?   作:風鳴刹影

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act4 食事は、楽しく終わりたい

「ベル、本当にココか?」

「う、うん」

 問いかけに、やや遠慮がちに言うベル。気圧されている様だった。

 メインストリートに面したかなり立派な看板を掲げたお店――豊穣の女主人。店の佇まいを一見して、色々と高そうだと感じたケンは、小銭入れを確認する。

 小銭入れには、ずっしりとお金が入っていた。

 だが、コレで足りるだろうか?

 この小銭入れの中身だけでは足りないかもしれないと、彼はバックパックの中身を確認し始めた。

 別口の財布は……問題なく入っている。この店の値段がどれだけ高いのか分からないが、せめて良心的範囲内で収まって欲しい。そう彼が思っていると、

「あ、ベルさん!」

 来てくれたんですねと、やや癖のついた短めの髪を揺らして一人の女の子が出て来た。

「は、はい! 約束通り、来ちゃいました」

 顔を赤らめて言うベルに、はにかむ少女。身に着けている緑と白のエプロンドレス姿を見て、なるほどと彼は肯いた。

 確かにコレは可愛い。

 この世界に来てからケンは、ギルドのエイナ氏や青の薬屋のナァーザ氏を筆頭に――どうにもレベルの高い女子ばかりを見てきていた。もちろん神様だって、神様だからこそレベルが高い。そんな人達を見てきた彼だが、この目の前に居る少女は、なんと言うか花が在る様に感じられた。

 そう、華ではなく、花だ。何気なしに置いておいても良いと思えるような、そんな雰囲気を感じられる……。

「えっと、大丈夫ですか?」

「ん? あ、ああ……っ!?」

 女の子――シル・フローヴァの顔が直ぐ目の前まで迫っていたのに気が付いたケンは、驚いて数歩後ずさり大丈夫だと告げる。それが面白かったのか、彼女はクスクスと笑うと、

「フフ、驚かせちゃってすみません。

 それじゃ、二名様ご案内しま~す!」

 店の入り口を元気良く抜けて、新しい来客――自分達の事を店内の従業員達に伝える。それに元気良く返事を返すのは、彼女に負けじと可愛い女の子達。右を見ても左を見ても、働いている従業員は目見の良い女性だけ。男性の従業員が一人も見当たらないが、野郎の冒険者が和気藹々と酒を煽っていた。

 そのままカウンター席に通されたベル達は、この店――豊穣の女主人の女将に歓迎され……ドンッ! と、大ジョッキのエールが目の前に置かれた。

「いらっしゃい、シルから聞いたよ?

 アンタ、すっごい大食いなんだってね? 連れの子も居るみたいだし、そっちも沢山食べていっておくれよ!」

 期待しているよと言って下がって行く女将。ベルは、シルに皆にどういう紹介をしたのかと慌てて問いただす。ケンはと言うと、まだ頼んでもいないんだがなと、目の前に置かれたエールの大ジョッキを見つめていた。

 駆けつけ一杯と言うやつだろうか?

 それともウェルカム・ミルクならぬ、ウェルカム・エール?

 お品書きの値段をチラリと見た彼は、意を決してエールに口をつけ……一気に半分まで飲み干した。

「……プハァ。

 ああ、明日も仕事なんだがなぁ……」

 明日は午後からでも良いか? 最悪臨時休業にしてしまおうと、エールのジョッキを下ろしてお品書きに目を通していく。通常このオラリオにおいて、腹を満たす程度出あれば一食50ヴァリス程度出せば十分なモノにありつける。だがこの店は、ソコから桁一つは高い値段を一品の掲げていた。

 正直に言うと高い。いつもの食事に掛ける金銭を軽く上まっている。

 高いが……それでも一応良心的範囲内の金額設定だった。

「た、高い……」

 隣で値段の高さに冷や汗を流すベル。それを横目にケンは、たまたま通りかかった店員に注文良いかと訊ねた。

「はい、大丈夫です!」

「え、もう決めちゃったの?」

「ん? ベルは未だだったのか? なら、ベルが決めてからでも……」

 決め手からでも良いぞと言おうとした彼の前に、ドン! ドン! と、大皿のパスタが置かれた。

「あいよ! ミートボールパスタ二人前お待ち!」

 熱々のパスタの上に、ゴツゴツと大量に盛られたミートボールが実に暴力的な一品だ。……ではなく、いや、まだ頼んでいないんだが? そう抗議の視線を女将に送ると、逆にウィンクを返され、

「食い盛りだろ? コイツもたーんとお食べな!」

 更にドン! 湯通しした薄切り肉と千切りキャベツが沢山乗ったサラダボールが二人の間に置かれた。しかも、コレもかなりの大盛りである。

「えっと、ケン……」

「大丈夫だ。問題ない」

 丁度コレを注文するつもりだったと、心配そうにしてくるベルに返す。

 それにしてもと、ケンは女将を見ながら、彼女はもしかして神の類なのかと首をかしげた。女将からは神威が感じられなかったが、料理の出てくるタイミングといい、注文したかった料理を先回りして用意するといい、彼からすれば何かに抓まれた様な気になってしまっていたのだ。

 そんな所にいつの間にかやって来ていたシルに、ケンは先ほどの疑問を投げかける。それで彼女からの答えだが、即座に違いますと笑顔で返された。

「違いますよ。

 でも、ミアお母さんってすっごいんですよ? 初めて来店されたお客さんでも、何を注文されるのかとかだいたい勘で分かるって言っていました。

 あ、しかもですよ? そのお客さんの懐具合も勘でだいたい分かるとかも……」

「と、とんでもない女将さんだな」

 一種の職人の業と言うモノだろうか? 少々引き気味に返す彼に、シルは満面の笑みでソレを肯定する。その笑顔が眩しすぎて、見ていて辛くなるほどだった。

 そして話題を変える事も出来ず、しょうがなくケンは目の前に出されたパスタに手を付け始める。ベルの方も、そんなシルの笑顔に赤面してパスタへと手を伸ばし始めた。

 ハーレムを目指しているのにソレで良いのかとは思ったが、この小動物系男子がガッツリ肉食系な行動をするのが想像できない。

 だが何故だろう? その姿を想像すると、ゆっくりして行ってねと言うベルがボートに乗って消えていく姿が幻視できてしまう。

「……ところで」

「なんですかベルさん?」

「い、いや、あの、その、シルさんはお店の方、手伝わなくっていいのかなって?」

 思い出したかのように指摘するベルに、彼もまたそう言えばそうだと、口にパスタを含みながら彼女に視線を向ける。

 もしや、食事のメニューよりも可愛い女性店員が同伴してくれる事がメインのお店なのだろうか? 彼は一瞬そんな事を考えたが、店内の他の席の様子を窺ってみてソレは違うと否定する。確かにこのお店の店員達は全員可愛い女の子ばかりだ。だが、どの娘もテーブルとテーブルの間を、料理を持って行ったりオーダーを取ったりしているだけ……。

「まだそんなに忙しくないから大丈夫ですよ? それに、ちゃんとミアお母さんに許可も貰っていますから」

 許可を貰っている。そうあっけらかんと言うシルに、ケンは彼女の役職がどれ位なのかを考え始め……直ぐに止めた。それが不毛な事もそうだが、

「私のお給料の為に、遠慮せずバンバン食べちゃってくださいね!」

 まぁ、そう言う事なのだろうと彼は思わず呆れてしまった。

「そうだな……。じゃあ、コイツを追加で頼む」

 呆れたついでにと、シルに追加の注文を頼む。それを嬉しそうに受け取ると、彼女はミア女将に元気良く追加のオーダーを上げてくれた。

「ちょ、ケン!? ……お、お金大丈夫なの?」

「……安心しろベル。オレの懐は、おそらくオマエさんが考えているよりも暖かい」

 心配するベルを他所に、ケンは大盛りのサラダ皿から自分が食べる分を取り分けて口に運ぶ。それから暫く、冒険者とのお話がしたいと言うシルとベルが世間話に華を咲かせ、時折思い出したように彼にも振られた話題を適当に相槌を打ったりしての応答が続いた。

 すると一人の店員が、

「予約の団体様、ご来店ニャー!」

 そう言うや否や、ゾロゾロと大量の客が――冒険者が一斉に入って来る。あんな大所帯も受け入れられるのかと、彼は少々どうでも良い様な事を呟きつつ、彼らがどの様な団体なのかと視線を巡らした。

 小さいのから大きいのまで、獣耳から妖精耳も居て、種族も年齢もバラバラでかなりの人数のファミリアだという事は分かる。だが生憎と彼には、相手の実力を見ただけで理解できるほどの実力も経験も備わっていなかった。

「ロキ・ファミリアの皆さんですね。

 神ロキがこのお店を凄く気に入られていて、ファミリアの遠征帰りなんかの打ち上げに、結構な頻度で利用されるんですよ?」

「へぇ……」

 彼の疑問に、シルが親切に答えを出してくれた。

 しかし、ロキか……。彼の記憶では、ロキはイタズラ好きの神で、それが祟って神々の楽園を追放された神だったと覚えている。コレだけの規模の宴会なら、主神のロキも居るだろう。それらしい男の神様を探すが、居るのは目見良い女性ばかり。あと男性が少々。だが、その中にトリックスターと呼べるような神物は見当たらない。それっぽい小人は居たが、あれはおそらく違うと彼は何となく思った。

「おい、アレって……」

 剣姫だ。

 店内の誰かが行ったその言葉に反応したベルが、金髪の姫を見つけて身を縮ませる。恥ずかしいのだろうか? 紅潮した様子のベルに、ケンとシルがどうしたのかといぶかしんだ。

「それじゃ皆、遠征ご苦労さん! 今夜は好きなだけ飲んでぇな!」

 パーッと行こうパーッと! そう言って音頭を取る……男だろうか? 声音は女性にも聞こえるが、その体型は女性的かと言えば……彼ならば、オネエ系だろうと答えただろう。どういう意味を持ってそう答えるのかはあえて追求はしない。

「あの方が神ロキです。で、あちらの小人族の方が……」

 そして、その周りに座っているのはロキ・ファミリアの幹部達だというシル。一人一人の二つ名と名前を言いながら、彼らがどの様な活躍をして来たのか楽しそうに説明してくれた。

 彼女の説明にテキトウに相槌を返しながら、彼は縮こまってしまったベルが大丈夫なのかと心配する。顔を真っ赤にして気恥ずかしそうにしているベルの様子は、とりわけ心配するようなモノではなさそうだが、別の意味で大丈夫なのかと心配になってしまうモノだった。

「よーし、アノ話しようぜ!」

 そんな事をしていると、酔っ払ったのか矢鱈とテンションの高い狼人――凶狼のベート・ローガが大声で喋り出した。その声は喧騒の響く店内でも聞きづらいという事はなく、離れていた彼らにも届いてくる。それだけデカくて通りの良い声で語り出したのは、遠征帰りに遭遇した大量のミノタウロスの暴走逃避行だった。

「あぁ、あのミノタウロスか……」

「?」

「いや、5層でオレたち二人、そのミノタウロスの一匹に追いかけられたんだよ」

 それを言うと、シルがよく無事だったと驚いていた。

 話を戻すが、ダンジョン中層から上層まで続いたミノタウロスの暴走逃避行は、第一級冒険者と呼ばれる彼ららしからぬミス。酒の席と言うのもあり、自分達の失態を笑い話にしてしまおうと言う魂胆かもしれない。ついでに、こんな異常な事があったから他のヤツラも気をつけろと注意を飛ばしているのかもしれない。

 そして、先日のミノタウロスと遭遇した理由が知れて納得も出来た彼だが、酒が回りすぎたベートの次の発現に眉間に皴を寄せる事になった。

「――で、居たんだよ! 血で真っ赤になっちまったトマト野郎がさ!

 追い詰められたウサギみてぇでよ、ミノタウロスの攻撃にビビッて気絶までしやがんのよ!!」

「ふむふむ……。で、その冒険者はどないしたん?」

 そう言ったベートに、ロキはその冒険者がどうなったかを尋ねる。まさか犠牲者を出したりしていないよなと、ロキはその細い目を更に細めるが、今しがた笑い話として喋っている以上そんな事はないなと次を促す。

「ああ、アイズがよ、間一髪でミノタウロスを細切れにして助けてやったぜ? な、アイズ?」

「……」

 話を振られた金髪の少女は、普段から変化の少ない表情を僅かだが不快そうに顰めた。

 ……いや、それだけじゃない。

 彼女は、誰にも聞こえないような声でソレを否定していた。

 ロキ・ファミリアから伝わってくる雰囲気に、鈍い彼でも場の空気が妙なモノになったと感じられた。そして、先ほどと違って顔を青くしながら縮こまり震えるベルの肩を軽く叩き、

「ベル、気分が悪いなら、少し外の空気でも吸って……」

「――ウチの姫様、助けた相手に逃げられてやんのよ!」

 吸って来いと彼が言い切る前に、ベートの発言により酒場内に“嘲笑”が溢れた。ソレが誰を笑ったかなど関係ない。ソレを浴びせられていると感じてしまったのが、運悪くこの場に居合わせた当事者だっただけなのだ。

「ベルさん。あの、大丈夫ですか?

 良かったらミアお母さんに休める場所を……」

 隣に座るシルも、流石に顔を青くするベルが心配になってきた。ミア女将に休める部屋を用意してもらおうかと聞くも、ベルは大丈夫だとだけ返す。とてもじゃないが、二人からはベルのその様子はどう見ても大丈夫には見えなかった。

 ベルは、今にも泣き出しそうだった。

 そう感じた彼は、ミア女将に手拭きをもらえないかと尋ねようとして、

「――雑魚じゃ、アイズ・ヴァレンシュタインとは釣りあわねぇんだよ!」

「ッ!」

 ガタン! イスが押し倒され、ベルが走り出した。……店の外へ。

「ベルさん!?」

「ベル!」

 狼人の言った言葉に耐えかねたのか、二人の制止も聞かずに店を飛び出していってしまったベル。その後をシルが急いで追うが、全力で走り去る冒険者の足に恩恵のない一般人が追いつけるわけもない。暫くしなくとも、トボトボとした足取りで彼女は戻ってきた。

「参ったな……」

 そう言いながら肩をすくませるケンの耳には、スワ食い逃げかと言う声がそこかしこから聞こえてくる。

「……」

 色々と、不愉快になった。

 飯って言うのは、なんと言うかこう……楽しいモノなんだ。楽しくやって、楽しく終わらなきゃダメなんだ……。

 ケンは、眉間に皴を寄せながら足元に置いて置いたバックパックからヴァリスの詰まった袋を取り出し……ガシャンと、カウンターの上にワザと乱暴に音を立てて置いた。

「女将、勘定はマトメてコレで」

「確かに足りるだろうけど……良いのかい?」

 そう確認してくるミア女将。彼女は、ベルの飲み食いした代金は別で取ると暗に言っている。だがケンは、そんな事を気付けるほど頭が良い訳ではない。ただ、ぎこちなく笑うと、

「今日はさ、良い気分なんだ。

 いや、良い気分だったんだ。

 ああ、いや、いい気分で終わりたいんだ。だから……」

 だから気前良く、アイツの分まで奢らせてくれ。

 酔っているからなのか、何度も何度も繰り返すように言ったケンは、ヴァリスの詰まった袋を前に押す。それに対しミア女将は、本当にソレでいいのかと、先ほどとはまた別の意味で彼を見つめた。

「荒事は……する気はないみたいだね?」

 せめて文句の一つでも言わないのかいと、女将は彼に問いかける。だが、

「……オレにできる事は、コレくらいだからな」

 とだけ返した。

 ああ、そうだ。

 雑魚で、臆病者……。

 そんなヤツにできる事なんざ、精々コレ位だ。

 笑う強者を背に、ケンは誰にも聞こえない呟きを零しながら、残った料理を腹の中へと仕舞っていく。だがしかし、コレで構わないと思うほど、なぜか彼は目尻が熱くなっていくのを感じてしまう。

「……ご馳走様。また来ます」

 粗方皿の上を片付け、彼は席を立つ。

「あいよ。

 ……だけど、今度はもっと美味そうに食い終わっておくれよ?」

 女将のかけてくれた声に応えず、振り返らず、誰も見ず、暗い夜空を見上げて……。

「待って」

 だが、金髪の少女に止められた。

 振り返れば、剣姫――アイズ・ヴァレンシュタインが立っている。そして、酒場の視線が彼に集中しているのが見て取れた。ロキ・ファミリアの方からも、なにやら熱い視線が……ついでに声も飛んできている。

 正直に言って、勘弁して欲しかった。こういう状況は嫌いだ。

「……」

 用件はなんだろうか? 彼女からなにか言ってくれるのを待つが、一向に次の言葉が来ない。詰まったような空気だったが、

「支払いなら、済ませたぞ?」

「ち、ちが……っ!」

 そう言うと彼は、踵を返して再び岐路へと足を進めた。

 その後、何度も制止を呼びかける声が聞こえたが、それは自分じゃないと言い聞かせ……その場から逃げた。

 その場に取り残された少女――アイズは、トボトボと宴の席に戻る。その表情は、いつもと変わらない様に見えるが……。

「どうしたんだいアイズ?」

 団長――フィンの問いかけに、彼女はなんでもないと返す。他の団員や神ロキもそんな彼女の様子に心配していた。

「……にしても、アイズたんを無視して逃げるかぁ。あのガキ、ちょいっと〆たらあかんかなぁ?」

 ニシシと笑うロキに、酔っているのかとあきれるファミリアのメンバー達。ソレをたしなめるように言うのは、皆のお母さんことリヴェリア氏。それに、

「……あの人、ミノタウロスに追いかけられてたパーティのメンバー」

 謝れなかったと、アイズのこの発言で色々察したのか、以後この宴で彼らの事は話題に上がらなかった。

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