ホームに帰ってきたケンは、隠し部屋の中を見渡して彼女しか居ない事にため息を吐いた。
「……ベルは、帰っていないか」
「あ、お帰りケン君!」
ケンを出迎えてくれたのは、外出から帰ってきていたヘスティア。深いため息を吐く眷族を見て、怪訝そうに顔を傾けた彼女は、彼と一緒に帰ってくるはずのもう一人の眷属が居ない事に気がついた。
「あれ? ベル君とは一緒に帰ってこなかったのかい?」
「ああ、ちょっと店で色々あって……」
ケンは、どう説明すればいいのかと頭を掻き毟るが、そんな事はお構いなしにヘスティアは何があったのか話すようにと促す。彼は、上手く説明できないがと前置きするが、
「ケン君。キミは、余計な気まわしが多すぎる。
……言葉を選ばなくていい。あった事をそのまま教えて欲しいんだ」
真っ直ぐ見つめてくるヘスティア。彼は判ったと返すと、自分達が豊穣の女主人で何があったかを淡々と話していった。
「……そして、オレ一人で帰ってきた。ココまでだ」
「……なるほどね」
ソレで一緒に帰ってこなかったのかと、困った様にして肩をすくめるヘスティア。そして、どこか悪い事をしたかのように表情を暗くしているケンを見て、
「まったく、キミは何て顔をしているんだい?
ケン君は、キミができる事をやってくれたじゃないか! それだけでも、ボクは十分嬉しいよ!」
子供をあやすように、彼を抱きしめて背中を摩ってあげた。
この子は後悔している。仲間の為に怒りを示せなかった事に、弱くとも立ち上がらなかった事に……。だがソレでもいいと、ヘスティアは内心安堵していた。
確かに、家族の為に行動して欲しいとは思う。
だが、その相手はレベル5の第一級冒険者。レベル1の駆け出し冒険者では、絶対とまで言うほど勝つ事ができない力量差だ。もし彼が下手な事をしていれば、その命が危険に晒されていただろう。
……そんな事になるなど、ヘスティア自身望んではいない。
「とりあえず、このままベル君が無事に帰ってきてくれれば良いんだけど……」
そう願うが、もしかしたら真っ直ぐ帰ってこないかもしれない。念のためにと、ヘスティアは知り合いの神友や心当たりのある場所を尋ねてみることにした。
いそいそと外出の支度を始めるヘスティアを他所に、ケンは壁に掛けられたベルの冒険者道具一式を見つめていた。
……それは、只の勘ではあった。
だが、
おそらく、
たぶん、
そんな曖昧な言葉でしか言えないが、ベルはアノ場所に居る様な気がした。
「それじゃケン君、ベル君が戻って来ても良い様にお留守番を……って、いきなりどうしたんだい!?」
「食後の腹ごなし……ついでにベルを迎えに行く」
ベルの冒険道具一式を担ぎ、自身も支度をする為に穴倉へと上がって行く。
「迎えにって、ベル君の居場所が分かるのかい?」
「おそらく、たぶん……だが、確率は何処よりも高い」
ダンジョンだと言う彼の指摘に、ヘスティアは天を仰いで呻いた。
「ケン君、本当にベル君の向かった先はダンジョンだって言うのかい?」
信じられないと言うヘスティア。無理もない。ベルが今持っているだろう装備は、護身用のボロナイフ一本だけ。防具どころかポーションの一本すら持ち合わせていない。そんな装備でダンジョンに挑むなど、只の自殺行為なのだ。
「たぶん、たぶんだ」
そう、たぶんでしかない。だが、どうしてもその確率が高いように感じられた。
ふと、その根拠は何かと考る。そして、ここ数日ベルと一緒に過ごした中で、彼なりにベルならそう言う事をするのではないか? そう感じさせられていたのだと、ヘスティアに説明した。つまるところ、
「意地があるんですよ。男の子って生き物には」
雑魚とは釣り合わない! ……あの狼人の言葉に、ベルは憧れを諦めるだろうか? 否だ。ベルは、ただ夢を語って満足するようなバカではない。
クククと、彼は引きつった様に笑った。
ダンジョンで窮地に陥った少女を救う?
たまたま仲間になった少女と、幾多の苦難を乗り越える?
王道だ。
物語の主人公が歩みそうな、典型的な王道だ。
そんな王道をベルは――赤面しながらも確りと語り、出会った少女達とのハーレムを夢想した。
なら、自身の窮地を助けてくれた――自分よりも遥か上位の実力を持つ少女に並び立とうとするのもまた王道! ソイツを目指すモノに、この道を通らないなどと言う道理は無い。もしココで、ただ泣き散らし、無様に夢を諦める様なら、
「そんな夢、さっさと、諦めろ」
今、手の中に有る夢で我慢しろ! ……そう思う彼の気持ちとは裏腹に、握り締めた拳は別の怒りに震えていた。
諦めたくないから、ウジウジしていたとしても、どれだけ無様で情けなくとも、その夢を手放せないんだろ? 違うのかと、もはや誰に言い聞かせているのか分からない独白を吐きながら、支度を終えて穴倉の中から出て行く。
「ウッ……!」
飲みすぎたのか、酷く頭がクラクラとする。かなり酔いが回ってきているようだ。
「待つんだケン君!」
ふらつく彼をヘスティアが止める。どうしたんだと問いかける間もなく、ヘスティアに手を引っ張られて……水を被せられた。
「まったく……こんなベロンベロンに酔っちゃって、そんな状態でダンジョンに潜る気だったのかい!?」
キミだって危ないじゃないかと怒るヘスティアに、彼は苦笑して頬をかく。確かに彼女の言うとおり、このまま行ってとしてもミイラ取りがミイラになるだけだ。
「とりあえず、コレを飲んで水分を補給したほうがいい」
少しは酔いが楽になると、ミアハ製の薬とボールに入った水を渡された。良く冷えているが……コップではない。それに苦笑しつつも、彼はヘスティアに礼を言って一思いにボールの中身と薬を飲み干した。
「あと、途中で飲む用に水筒を二つ。
……なるべく早く、二人して帰って来るんだよ?」
「……ン……ン……プハぁ。……ああ、なるべく早く帰ってきます」
そう言うと彼は、ボールと水筒を交換してバベルへと急いだ。
*
夜のダンジョン。
もともとそんなに人の気配がしない場所だが、今は時間が時間でもありココに訪れる冒険者など特別な理由を持ったモノ意外は皆無だろう。
「取りこぼし……じゃないな」
そんな場所で、今さっきまで人が居たと言う痕跡が――回収される事なく放置された魔石やドロップアイテムが、ダンジョンの通路に点々と続いていた。
上級の冒険者が、下層に向かう際に倒して行った名残か? ケンは最初こそそう考えたが、落ちている魔石の量が余りにも多すぎた。
それはまるで、出会ったモンスターを手当たり次第に倒して回った様にも見える。マナーの有る冒険者はこんな事はしない。するとすれば、性質の悪い輩か……拾う暇すら考えないバカか、
「……拾わないわけには、いかないか」
急いではいたが、彼は床に散らばっているドロップ類を拾っていく。他人の獲物の横取りかもしれないが、このまま魔石を放置する訳にもいかない。
エイナ氏からの説明曰く、モンスターが魔石を食べてると強化種と呼ばれるモノに変異するらしい。
彼らは、まだその強化種とは出会ったことは無い。だが、通常の冒険者では手が付けられないほどの強さを持つモンスターだと言われている。
ゲームで言うところ、ネームドモンスターと言うヤツだろう。彼は、そう考え……そんなのが初心者ダンジョンの入り口付近を闊歩する姿を想像して目を遠くした。
このままドロップ類を放置していても、ダンジョンの修復能力で地面に飲み込まれるだけだろうが……万が一も有る。餌を撒き散らしておくわけにもいかない。ギルドから注意勧告を受けたり、最悪どこかのファミリアから抗争を吹きかけられる可能性も出てくる。
拾うしかない。
散らばったドロップ品をバックパックへと仕舞いながら、慎重にダンジョン内を進んでいく。
「まだ、潜るのか?」
その点々と続くドロップ品の糸を手繰り、道中ポップしたモンスターとの戦闘も挟みながら、普段はソロでは潜らない階層まで下っていく。
現在、彼の立っている場所は、五層から六層へと続く階段の前……。
そう。つい先日、初めて土を付けたばかりの階層をもう下ろうとしていた。
……いや、落ちている魔石を目で追うと、それは下の階層へと続いているのが見て取れる。もう、降りてしまったのだろう。ベルの装備は、碌な防御力も無い普通の服に護身用のボロナイフだけ。そんな装備だけで新層攻略をやってしまうバカに、彼は最大限の敬意を込めて、バカ野郎と謗る。
「迎えに行く身にもなれ……」
愚痴を零しながら、自身のやっている事には目を瞑る事にした。
バカをやっているのは、なにもベルだけではない。彼は、ソロでは二層までしか潜った事が無い……。パーティで潜った事があるとはいえ、ソロで新層開拓をしている彼も同じ穴のバカだった。
手に持った弓矢――ファントムを見つめた彼は、流石にこれ以上はこの装備でソロはキツイと感じ始めていた。出現するモンスターの耐久力は、ファントムの一撃で十分に対処できるものだった。だが、いかんせん高い敏捷性が狙いを付けづらくさせてくる。
そして、悠長に狙っていれば殺される。
だが一撃で仕留められなければ、次の矢を射るまでの時間で殺されてしまう。
「……」
無言で、腰のホルスターに仕舞われているソレを撫でる。元々いざと言う時の備えだったが、今日に限って既に何度となくコレに助けられていた。
そんな装備で大丈夫か?
何処からか死亡フラグめいた幻聴が聞こえてくるが、一番良い装備だからと言ってどうにかなるわけでもないのがダンジョンと言う場所。
大丈夫ではない。大問題だ……。だが、コレでいくしかない。
「ベルが、羨ましがるからなぁ……」
現状でも羨ましがられているのに、これ以上羨ましがられ、それが軋轢にでもなったら一大事だと、彼は苦笑しながら肩を落とした。
不安は有る。
だが、ソレとはまた別に杞憂に成る事を再確認した彼の顔には、仕方が無いかと言う雰囲気がにじみ出ていた。
「……行きますか」
そして、彼は第六層へと降りて行った。