ただただ悔しくて、
「ハァ、ハァ、ハァ……っ!」
ただただ惨めで、
「クッ!? この!」
それでも僕は、そんな自分なままのを認められなかった。
酒場から逃げだした後、僕はいつの間にかダンジョンに居る事に気が付いた。
どうしてココに来たのか……考える必要も無い。僕は、目の前に現れるモンスター達を護身用のナイフで切り裂きながら、ダンジョンの奥へと足を進めて行く。
『雑魚とアイズ・ヴァレンシュタインは釣りあわねぇんだよ!』
モンスターを切り裂くたびに、ダンジョンの奥へと進むたびに、酒場で言われたあの言葉が頭の中に何度も何度も響いてくる。
「……ッ!」
ソレを振り切るように頭を振り、モンスターを倒しながら先へ先へと進んだ。
……そして、ソレと出くわした。
新人冒険者が、ダンジョンで最初にぶち当たる壁。
別名、新人殺し――ウォーシャドウ。
第六層から出現するこのモンスターは、暗い人影のような姿をしていて、その攻撃手段は両の手にある鋭利な三本の爪。耐久力こそ高くはないが、敏捷性が今までのモンスターよりも――新人冒険者では対処できないほどの強敵だ。
『証明して見せろ。お前の可能性を……』
ソイツと初めて相対した時、僕の中に先ほどまでとは明確に違う――ケンが偶に口ずさむソレが木霊した。ケンの言葉ではないと言っていたソレが、あの狼人の声と共に聞こえてくるそれは妙に心地よいもので……。
「ああ、そうだ! 証明する! ボクは……ッ!」
彼女に並び立つんだ! その決意を叫びながら、襲い掛かってきたウォーシャドウの鋭利な爪をナイフを使っていなす。一回、二回と爪の攻撃を避け続け、その動きを目で追って……。
行ける!
ウォーシャドウの動きについて行けている。
そう確信した僕は、守備から攻撃へと転じ……最初の一体をその魔石を両断する事で打ち倒した。
「ハァ、ハァ、ハァ……やった?」
灰になって崩れ落ちるウォーシャドウに、頬を伝う血を拭うのすら忘れてしまう。
ピキッ、ピキピキッ……!
だけど、その勝利の余韻を味わってる余裕を味わっていられるほど、ダンジョンは優しくはなかった。
音を立てダンジョンの壁が崩れ、ソコから新たなモンスターが生れ落ちてくる。それも複数――ウォーシャドウばかりがゆっくりとダンジョン内に降り立ち、僕の方へとその両手の爪を向けた。
「ハァ、ハァ……やって、やる!」
ナイフを握り直してウォーシャドウ達へと向かっていく。一体目をすれ違い様に、二体目はぶつかるように懐に潜り込んで……。
それから何体のウォーシャドウを倒したのか、途中から数える事を止めた。
手にしていたナイフは最初の数体で半ばから折れ、今はウォーシャドウからドロップした黒い尖爪をナイフの代わりにして戦っている。
なりふりなど構わない。
ただただ、目指すべき憧れを抱き、我武者羅に突き進む……。
……突き進む者と、迎えに来た者。両者が合流するまで、そう時間は掛からなかった。
「こういう時、熱くなれねえってのはよ……」
心底、格好悪るいんだ。
そう言って撃ち放たれた矢が、背面から僕を襲おうとしたウォーシャドウを貫いて霧散させた。矢を撃った当人は、当てた余韻に浸る暇も作らず、次の矢を番え……。
「ハァァァ!」
ケンが次の矢を放つより早く、僕は残ったウォーシャドウ達を灰にした。
*
「ケン、どうし……わぷ!?」
突然現れたケンに、何故と疑問を口にしようとしたベル。だがソレよりも先に、彼はベルの装備一式を投げ渡した。
「さっさと身に着けろ!」
碌な装備もつけずになにやってるんだと、ベルに罵声を当てる。次いでベルの状態を見た彼は、医療パックを――装備品を頭の上から被ったベルに向けて放り投げた。
医療パックの効果で、ベルの怪我が塞がっていく。
ただ疲労までは回復しないのか、意識が多少朦朧としていたベルには、体が僅かに軽くなった程度にしか認識できていなかった。
「ありがとう、ケン。
……ボクを連れ戻しにきたの?」
装備一式を身に着けたベルは、彼に連れ戻しに来たのかと訊ねる。そのベルの表情は、まだ帰るつもりなんかこれっぽっちも無いと語っていた。
そんなベルを見てケンは、
「好きにしろ。気が済むまでやれ」
男には意地があるんだろ? ケンはそう言って――やや呆れながらも口角を上げて笑って見せた。
一瞬ポカンと成るも、ベルも精一杯に笑い返す。そのまま互いに背中を合わせあうと、周囲に湧き出て来たウォーシャドウに向かってそれぞれの武器を構えた。
「そうだ。ボクにだって意地がある!」
「ああ、そうだ!
ぅんで、こっちは心底ムカついてるんだ。
クタクタになるまで頑張って、美味い飯食えて、酒まで飲んで、それで今日は終わりかと思ったらあの駄犬。メンドウな事してくれてよ!」
おかげで残業だ! そう悪態を付きながら彼は、次々にウォーシャドウを射抜いて行く。
「それって、ボクの所為!?」
勝手に来たのはケンでしょ!? ドロップした爪とナイフを両手に構え、なんちゃって二刀流で駆け抜けるベル。
「だぁほ! オマエがはじめた事だろ!」
懐まで迫ってきたウォーシャドウを、持ち替えたサバイバルナイフで突き刺して引き抜く。刀身には、砕けずに引っ付いた状態の魔石が一つ。後には、魔石を抜かれて灰に変えるウォーシャドウだけ。
「ケンがココに居るのは、ケンの所為でしょ!」
ボクの理由じゃないと返すベルに、彼はそんな事知った事かと声を荒げる。完全に自分を棚に上げた彼は、
「オレは、腹ごなしで来てるだけだ! そんで、ついつい潜りすぎちまったんだよ!」
一匹を射殺し、次の矢をつがえるのが間あわないと判断してサイドアーム――REXで射殺する。咄嗟の事とは言え、ケンは激しく舌打ちするが、
「ついついで、新層開拓しないでよ!」
ある意味で極度の興奮状態がそうさせたのか、はたまた此方に質問をぶつける暇すらないのか、ベルは戦いに集中していた。REXをホルスターに戻し、再度ファントムを構えて射る。
「雑魚なんざ狩っても、腹ごなしにはならねぇんだよ!」
互いに口喧嘩をしながら、新人殺しと恐れられるウォーシャドウを次々狩る新米冒険者二名。ギルドの職員が見たら卒倒しそうなソレは……オラリオの夜が明けて太陽が顔を出すまで続いたのだった。
*
太陽がオラリオの夜を払い始めた頃、
「二人とも、ボクをこんなに心配させて!
ケン君、速く帰って来るって言ったじゃないか?!」
神の一柱が、自身の子供二人に説教をしていた。
廃教会の前で迎えてくれたヘスティアは、それはもう心配していたんだと二人に言う。そんな彼女を見て、ケンはバツが悪そうに頬を掻くと、
「いやぁ、道が(モンスターで)込んでいて……」
大渋滞だったんだと弁明するが、そんな言い訳でヘスティアが納得するわけもない。
「このバカチンがー!」
思いっきり飛び上がったヘスティアは、ケンのその頭に拳骨を叩き込む。アイタと、彼は叩かれた頭を押さえつけながら苦笑し、そのまま地面にへたり込んだ。流石に夜通し戦い続けていた所為か、彼の足腰が悲鳴をあげていたのだ。
笑う足を大の字に広げ、ケンは参った参ったと頭を掻く。
「神様……」
ほんとに困った子だねと呆れるヘスティアに、ベルがふらつきながら歩み寄り、
「どうしたんだいベルく……っ!?」
ベルも立っている事が出来ず、ヘスティアに寄りかかる様にして倒れこんだ。
偶然受け止める形となったヘスティアは、先ほどとはまた別の意味で赤面してしまう。
「べ、ベル君!? えっと、その、こっちも心の準備が……」
「神様……強く、なりたいです」
あたふたとするヘスティアとは裏腹に、意識が途切れてしまいそうなベルは、ただ強くなりたいと言って、そのまま眠るように気絶してしまった。
「ベル……君?」
安らかに寝息をたてるベルを見て、ヘスティアはその白い髪を優しく撫でる。
「ほんと、ボクの子供達は……」
みんな問題児ばかりだ。
カラカラと音がしそうな笑みを浮かべた幼女神は、次いで往来のど真ん中で寝転がっているもう一人の眷属を見て、
「先にベル君を運んじゃうから、ケン君はソコでちょっと待っておくれ」
了解と、だらしなくその場に倒れた彼は、手をプラプラと振って答えて……そのまま意識を手放した。
……。
…………。
………………。
どれくらい経ったのだろう。
気だるい瞼を擦りながら起き上がると、ケンはいつもの塒ではなくソファーの上で寝ているのだと気が付いた。はっきりとしない意識のまま辺りを見渡せば、ココが教会の隠し部屋だというのに気がつく。部屋の中心に設置してあるベッドでは、ベルとヘスティアが仲睦まじそうに寄り添って寝ているのが確認できた。
ついでに言うなら……ヘスティアは、その重厚な胸部装甲をベルに押し当てて至極ご満悦な表情で眠っている。ベルもベルで、抱きついて来る幼女神を邪険にする事無く、と言うかベッドから落ちないように抱きとめていた。
「あ”~……」
色々とご馳走様です。砂糖を吐きそうな二人の邪魔をしないよう、彼は静かにソファーから抜け出すとそのまま外へと出て行った。
「これからどうしよう……?」
考えるも、頭がやけにズキズキと痛み、次いで妙な胸焼けのような不快感に苛まれてしまう。ケンは、仕方なく外で顔を洗ってさっぱりして、次いで適当に水分を補給しながら……どうしようもなく手持ち無沙汰となった。お腹は空腹を訴えかけてくるが、生憎とキッチンも食材も全てベル達が寝ている隠し部屋の中なのだ。
「じゃが丸くんの屋台でも近くにねぇかなぁ?」
ホームの廃教会の有る場所は、オラリオで比較的そういった家屋が多い区画。流石にこの廃墟街にまで屋台を出す店はそうないかとボヤキながら、冒険用の保存食でもないかと塒の中を漁ってみたが……。彼は、保存食ではなくじゃが丸くんを頬張る事となった。
恩恵によって高められた冒険者の能力(?)により、たまたまこの近くに来ていた屋台のソレを嗅ぎ付けたのだ。
「……もうそろっと起きた頃合かな?」
ムシャムシャと咀嚼しながら、隠し扉の向こうがドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。大方、ベルとヘスティアが漫才でもしているのだろう。そう当たりを付けた彼は、数は買ってあるから大丈夫だろうと袋に入ったじゃが丸くんを抱え、
「おーら二人とも! 飯だぞ!」
「ケ、ケン君、一体何処に行っていたんだい?! 心配しちゃったじゃないか!」
丸一日寝込んでいたんだよと心配するヘスティアに、彼はそんなに寝てたのかとのんきに驚いて、
「この、バカチンが!」
「アイタ!?」
ヘスティアによって、再び制裁を脳天に落とされたのだった。