ベルとケン、二人の恩恵の更新を終えたヘスティアは、両者にそれぞれ別のベクトルを持った驚きを――つまるところ驚愕していた。
「神様、どうしたんですか?」
「う、ううん、なんでもないよベル君!」
それにケン君もと、ヘスティアはワザとらしいほどになんでもないとその場を取り繕う。ベルはソレを何の疑いもなく了承し、ケンはと言うと、
『あーはいはい、なんか色々と有ったんですね? 分かります』
とでも言いたげに了承したのだった。
もっともソレを見た当のヘスティアが、何が分かってるんだと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのは然もあらん。その結果、どうかしたのかとベルに頭を傾がれてしまった。
「ォホン! ン、ン……あ~二人とも、今回はステータスを口頭で教えるからね」
それからヘスティアは、何度か咳払いをして仕切りなおすと二人に当たり障りのない偽りのステータスを教えていく。
ベルは、ブースト系スキル【憧憬一途(リファレスファーゼ)】の所為で上がりすぎてしまったが為に、適度に低くして……。
そしてケンはと言うと、なぜかステータスが下がってしまっていた。
ケン・ツワモノ
Lv:1
力:I=40→I=35(45)
耐久:I=9→I=2(10)
器用:I=111→H=89(119)
敏捷:I=106→H=67(112)
魔力:I=104→H=89(109)
……いや、上がってはいたが、下がっていたのだ。
その事にヘスティアは頭痛を覚えつつも、スキル【劣色心界(モノクローム)】の影響で余り伸びなかった結果を教える事にした。流石に下がったなんて教えたら、【劣色心界(モノクローム)】の影響で更にステータスが下がりかねない。
「えっと、その……ケン君」
ベルには成長期だからと言えたヘスティアも、同じようにウォーシャドウと戦って大量の経験値を稼いだ筈のケンにはどう声をかけるべきなのか声に詰まってしまう。ベルもベルで、流石に自分とのステータスの成長の違いに――まったくと言っていいほど上がっていなかったケンにどう声をかけるべきなのかと、何とも言えない顔を浮かべながらヘスティアへと視線を向けた。
こっちに振らないでくれ。そんな風に眉を顰めるヘスティアを見たベルは、ではどうしろと? と言う様に互いに視線で会話を飛ばしあう。
「ん~……」
そんな二人を他所に、暫し天井を仰ぎながら呻ったケンは、まぁこんなものかと言うと凝った身体を解きほぐしていく。
「いや、こんなものって……」
「……残念って言えば、残念だけど、さ!
下手に目立つのも、ね!」
身体を捻るたびにギシギシと、ケンの体とベッドが軋む。あまり乱暴には出来んなと苦笑しながら、彼は二人を見る。
「金は稼げてるんだ。今は、それでいい」
良い訳がない。ケンは嘘を言っている。神に嘘は通用しないんだよと、ヘスティアは口には出さない代わりに彼を後ろから抱きしめた。
「……ケン君、君はもっと欲を持って良いんだ。
現状に納得せずに、もっと自分の心を自由にして……」
「結構、自由だと思うんですけどね……」
耳元で囁くヘスティア。それに苦笑しながら返していると、ベルが慌てたようにして立ち上がった。
どうしたんだと、彼とヘスティアが顔を向けると、
「酒場のお金、払ってなかったのすっかり忘れてた!」
ベルは顔を青くしながら、ヴァリスをかき集めていく。その様子に、ケンはもう払ったと言うべきか迷ったが、今回はあえて言わない事にした。そちらの方が、何となく面白そうだからと言う理由でだが……。
「ちょっと出かけてきます!」
そうこうしているうちに、ベルはホームから出て行ってしまう。ヘスティアは、ベルを見送るとケンに飲み代は払ったんじゃないのかと聞いてきた。
「まとめて払ったぞ? まぁ、一度ベルが顔を出した方が良いんじゃないかって考えてな」
ベルを追って出て行ったシルの件もある。一度顔を出して安心させた方がいいし、女将に謝ってきた方がいい。でないと、今後アノ店を利用できなくなってしまうかもしれない。
「それよりも……」
このままヘスティアの軟らかさを堪能するのも悪くはないが、ケンには質問しなければいけない事があった。
「なんで今回だけ口頭なんですかね?」
紙なら十分にあるのに。そう言ってケンは、ヘスティアへと向ける目を細めた。
それに対してヘスティアは、誤魔化すように今回はこうしたかったんだと言う。もっとも、それで彼が納得するわけでもない。
「ステータス……上がったわけじゃないんですよね?」
「ど、どういう意味なのかなぁ? ケ、ケン君、君のステータスはさっきも言ったとおり……」
「う~ん、まぁ、今回はそう言う事にしておきます」
Need not to know ――世の中には知る必要のない事もある。上がそう判断したのなら、下は下手に詮索せずに下がる事も必要。動揺してしどろもどろしているヘスティアに、ケンはこれ以上は追求しないと言ってベッドから立ち上がった。
「あ……」
ヘスティアの手が、ケンからするりと抜け落ちてそのまま宙に取り残される。これからどうするかと、これからの予定を思案する彼の背中に伸ばされたヘスティアの手。そのまま彼がどこかへ消えていきそうで、自分はそれを止めようと手を伸ばしているような錯覚を感じさせた。
ファミリアの主神として、なにより家族としてこんなのはダメだと、ヘスティアは己が手を振り上げると……。
バシン!
気合を入れるようにして両の頬を叩いた。
「きゅ、急にどうしたんだ?」
「だ、大丈夫。ちょっと気合を入れただけさ!」
ちょっと力加減を間違えて赤く腫れてしまったが、今の自分にはこれ位が丁度いいとヘスティアは強がって見せる。そんなヘスティアを……ケンはどこか呆れたようにして見ていたが、彼女は気にしない事にした。
「たしかアレはあそこに仕舞った筈……」
それからヘスティアは、収納棚の一つを漁って目当ての物がないかと探す。幸いな事なのかは別として、物の少ない現状でそれほど手間もかからず目的の物が見つかった。
「ケン君! ボクは、これから所用で三日ほどホームを空ける。その間の留守をベル君と一緒に任せたよ!
……あ、そうそうケン君! 君はボクが帰ってくるまで、正確にはステータスを更新するまでダンジョンに極力潜らないように! でも、どうしても潜るんだったら慎重にかつ今まで通りに一階と二階だけにするんだ! いいね?」
有無を言わせない様に念押ししたヘスティアは、一枚の封書を手に持ってホームから出て行った。
「りょ、了解……」
もう居ないヘスティアにやっと返答したケン。暫くして、ではどうしようかと再びベッドに倒れこんだのだった。
*
「このお馬鹿ぁ!」
「アイタ!?」
それなりに広い冒険者ギルドの受付ロビーに、スパーンッと言う小気味良い音と女性の怒号が木霊する。なんだなんだと目を向けた冒険者や他のギルド職員が目にしたのは、あのエイナが珍しく周囲の事などお構いナシに怒っているところだった。何処から取り出したのか、紙を折り曲げて作った鈍器モドキ――ハリセンで彼女を怒らせた下手人の頭を叩いている。
「うわぁ……」
普段の彼女からは到底想像できない……と言うより、何をどうすれば彼女をあそこまで怒り狂わせる事ができるのか、その怒りを受けている下手人にも自然と視線が集まるのは仕方がない事だった。
見たところまだ駆け出しの冒険者だろう。ギルド支給のボロ防具を身に付け、同じくボロのコートを着ている。武器は、奇妙な形――目的不明の車輪やら何やら付属品がゴテゴテと付いた弓。ソレが矢筒と共に足元の大き目なサポータバッグと共に置かれていた。
「サポーターか?」
駆け出しの装備で大き目のサポーターバッグ。おまけに弓を使うとなるとサポーター(弱者)か見習いだろうと当たりをつけ、ムチャしたパーティメンバーの尻拭いでもしているのだろうと、何人かが興味を失い去っていった。
「で、アイツ……と言うかアイツの仲間か? 一体何をしたんだ?」
それでも興味が尽きないモノはいる。冒険者然り、暇を持て余した神然り。そして、ギルドの職員然りだ。相変わらず周囲を気にせず説教をするエイナの後ろで、聞き耳を立てていた職員が数人。それらを適当に呼びつけ、アノ駆け出し冒険者が何をしたのかを聞き出す人が多数。噂は本人も知らぬうちに広がっていく。
「えっとねぇ……ゴニョゴニュ」
「……はぁ? 酒に酔った勢いで普段は二層までしか潜らない所を、一気に七層までぶち抜いただぁ?!」
「初遭遇なのにウォーシャドウの大群をばったばった倒したって……そいつら酒の飲みすぎじゃないか?」
ウォーシャドウと言えば、新人殺しと悪名高い最初の難問。ソレを初遭遇で、それも大群を相手に酒で酔ったい状態で生き残ったなど……。
「ただのホラ話じゃねぇか?」
一匹や二匹なら分かる。新人だけだとしても、それなりの人数がいれば――死人が出るかもしれないだろうが、酔っていても倒せるかもしれないだろう。ソレが酔っ払って記憶が変になり、大群を倒したなどと誇張されて記憶されたんだろう。
「ま、どちらにせよ褒められた事じゃないけどね?」
そう言ってギルドの職員は肩を竦めた。
ダンジョンを侮ってはいけない。一瞬の油断が死に繋がる場所。そんな場所に、酔っ払ってドンチャン騒ぎをするかのように潜るような場所では決してない。
「……そうか。まぁ、酒の席のネタには成るな」
酒に酔ってダンジョン攻略をした駆け出し冒険者、ギルド受付け嬢エイナ氏が大激怒。そんな見出しで飾れそうな噂を片手に、野次馬達はそれぞれが帰る場所へと帰っていく。ただ、一部の暇を持て余した神や冒険者などは、引き続き件の二人の観察に勤めていた。
そして、そんな事など知らない二人はと言うと、
「まったく、どれだけ捌いたっていうのよ!?」
バックパック一杯のドロップアイテムに魔石を見て頭を抱えるエイナに、反省はしているがすごいでしょ? 褒めて褒めてとはにかむ男――ヘスティア・ファミリアのケン。スキル【戦場遊戯(バトルフィールド)】の効果の一つで、少し長めの短剣までなら魔石を問答無用で剥ぎ取る事ができる――通称“本体(タグ)置いてけ”のお陰だ。発動条件が“ナイフ系装備で魔石のすぐ近くまで刃を届かせる”と言う限定的で曖昧な難点があるのだが、対象は“死体の状態でも構わない”と言う緩さもあった。お陰でケンは、モンスターの解体作業がほぼ一瞬で終わると重宝している。
エイナは、机の上に並べられたドロップ品――ウォーシャドウの爪の山を見て、先ほどの発言が誇張されたモノではないと頭を悩ませている。後ろで見聞きしていた他の職員も同様だ。
「まぁ、ベルが居たからコレだけ取れたんだ。あいつがいなきゃ、こうはいかないな」
「ベル君……!」
後でベルにもキツク説教しなければと決意するエイナ氏。その後ろにいた職員達は、彼の口から出て来たベルと言う冒険者に興味の対象が移っていた。
「ベルって言うと、エイナの担当に成ってる……あの返り血で真っ赤になってギルドにやって来た男の子だよね?」
「あの子と同じヘスティア・ファミリアだからたぶんね」
「そのベルって子、エイナの注意も聞かずにドンドン攻略階層を増やして行ってるんだよ? お陰でエイナが心配しまくりで……」
「たしか件の二人、冒険者になってまだ一月程度だったかな? スゴイよね。もう七層まで潜れるようになるなんて」
「でも、エイナに説教されているあの子。そんなに強そうには見えないんだけど……シューターじゃなくて、やっぱりサポーター? ベルって子がメインで倒したのかな?」
だとしたらすごいねと、姦しく噂話に花を咲かせる職員達。暫くしなくとも背後から咳払いで注意され、ばつの悪そうな顔でそれぞれの持ち場へと散っていく。勿論、エイナ氏の近くが持ち場の職員に続報よろしくと言うのは忘れていない。
結局、途中からやって来たベルと一緒に個室で特別授業をする羽目となった二人は、クタクタになりながらもドロップ品の山を換金して帰路に――神様も不在なので、途中で豊穣の女主人に打ち上げに向かってからホームへと帰る事にした。
ちゃっかり昼間の一件が笑い話になっていたのは御愛嬌。ベルが再び顔を赤らめて縮こまったが、流石に連続でバカをやらかすような事はなく……代わりに沢山焼け食いした。今は二人とも寝床の上で呻っている。