ガネーシャ・ファミリアのホームを見た者は、おおよそほぼ同じような感想を抱くらしい。
「ガネーシャ様パネェ」
と、
「股間から入るのか」
の二つだ。
胡坐をかいた主神ガネーシャの巨像。その股間が入り口となっているホームを前にして、ヘスティアもまた似たような感想を浮かべていた。
「いったいガネーシャは、どういう神経でこんなモノを建てたんだろうね? こんな場所が入り口なんてさ」
そう独り言を零しながら、そう言えばココを潜ると何か新しい境地に目覚めるなどと言う真偽不明の噂を思い出す。それがどんな新境地かなど想像したくもないし、たどり着きたいとも思わないヘスティアだが……今夜の目的はここで行なわれる神の宴なのだ。
「……よし」
ココまで来て怖気づくわけにもいかない。怖気づく理由もならない。
これからやろうとしている事を考えれば、その程度の噂などどうしたものか!
ヘスティアは今一度気合を入れて足を踏み出す。
そう、ただ門を潜るだけ……。
なのに大げさなと……。
すると門を潜っていたヘスティアに、ファミリアのちょっと冴えない眷属の声が聞こえた気がした。
『ガネーシャが女だったらもっとパネェんだが……』
「……は?」
目が点に成るとはこの事か。女、入り口が……そう関連がつけられたヘスティアは、ツインテールを激しく振りながら、
「そう言う事を思いついちゃダメだよケン君!」
思わず、ここにはいない筈の眷族に向かって叱咤する。その奇行に周りの視線が集まるが、彼女は咳払いをして顔を赤らめさせながら奥へと進んでいった。
「大体キミは、自分を偽り過ぎだ! ベル君に遠慮するのは分かるけど、もっとバンバンやって欲求を……!」
……勿論、道中そんな事をさせた空耳に愚痴を零すのは忘れない。
そして、
「オレがガネーシャだ! 今宵は皆、オレの呼びかけに集まってくれて有難う!
例年道り怪物祭(モンスターフィリア)を間近に控え……」
神の宴の会場。その壇上で象の仮面を着けた神が、参加した他の神々から無視されながらも熱心に演説を続けていた。
別段冷たくあしらわれている訳ではなく、あくまでコレが普通なのだとか……。ガネーシャ本人もそんな事は気にせず、とにかく集まってくれた皆に宴を楽しんで欲しいと繰り返していた。
……なら、その言葉に甘えるとしよう。
目的の神はまだ来ていないみたいだしと、ヘスティアは手ごろなテーブルへと足を運ぶ。テーブルの上には、貧乏な自分たちが普段目にする事がないような豪華な料理が並んでいた。
「む、届かない。
……そこの給仕君、台座を用意したまへ!」
フロアスタッフをしていたガネーシャ・ファミリアの一人に台座を用意するように言うヘスティア。小さい身体に不釣合いなほど豊満な胸部の果実から、ロリ巨乳と呼ばれてある層から人気の高い彼女。だが、こういう場合でどうしても損をしてしまう。
「ど、どうぞ!」
「うん、ちょうどいい高さだ」
改めて用意された台座に乗って料理に手を伸ばした彼女は……。
「あ、あの……」
サッ、サッ、パク、サツ、サッ、パク……。
「いやぁ美味い、美味い」
さすがガネーシャだと褒め称えながら、料理の大半を何処からか持ち出した保存用タッパーへと詰め替えていく。勿論、料理を食べる事も忘れてはいない。そして勿論、
「む、あっちのテーブルの料理も美味しそうだ!」
他のテーブルを回る事も忘れてはいなかった。
浅く、広く、彼女は決して取りつくさずに色々な料理を物色していく。ガネーシャ・ファミリアのフロアスタッフも、そんな彼女に――と言うより、好き勝手する神々に一々言っても疲れるだけと同僚によって後ろへと下げられた。
周りで彼女の行いを見て笑う神達が居るが、そんな事はヘスティアには……貧乏ファミリアには関係ない。関係ないのだが、
「ヘスティア、アンタ何やってるのよ?」
「んぁ? へはぁいすとす!」
眼帯を着けたこの女神だけは別であった。
*
「それじゃケン、行ってくるね!」
「おう、ちゃんと帰って来いよ」
いつもよりも遅い時間。ベルは、ケンに見送られてダンジョンへと出発していった。
ヘスティアが留守にしている件は、既に昨日豊穣の女主人に向かう前に伝えてある。ついでにベルには、酒の所為で今日は午後からダンジョンの探索に向かうかもと言っておいたのだが……ケンを待っていた訳ではなく、珍しく寝坊したのだ。
「午前中はどうするかねぇ……」
二日酔いでガンガンと痛む頭を抱えながら、今の時刻を確認する。朝食にはもう遅い時間で、かといってお昼にするにはまだ大分早い時間帯だろう。
さて、半日とはいえ――冒険者の休日ともなると、その過ごし方は人それぞれ様々ある……らしい。大抵は酒場に飲みに行ったりするくらいなのだろうが、人それぞれ様々だ。だがしかし、この世界に来てまだ日の浅いケンにとって、どの様に休日を過ごせばいいか少々扱いかねていた。
コレが元の世界なら、テレビゲームをするなり2525動画を漁るなり、漫画を読んで寛いだり出来るのだが……。
「中途半端な時間なんだよなぁ。
教会の修理にしても、これ以上は素人の手に余るし……夕方頃まで、そこらの店をぶらつくか?
いや、でも……」
ベルには午後からダンジョンに潜ると言ったが、ヘスティアからの忠告の件もある。だが、絶対に潜ってはいけないと言われていない。
「ちょっとだけ潜って、更新したステの感覚を確かめるだけはしておくか」
そう決めると、ケンはそのままダンジョンに行ける様に支度をして街へと出る事にした。
ボロで中古の装備とは言え普段着代わりに着るには重過ぎるそれらだが、恩恵によるステータスの成長で苦にはならない。決して碌な服が無いからではない。中学生や高校生が、用も無いのに一日中学生服やジャージを着ていたりするソレとは絶対に違う……と、ケンはどこか遠い目で現実から目を反らす。
「……先に服屋でも回るか?」
丁度良い機会かもしれない。
防具を付け終え……ただし、サポーターパックは置いていく。今日は、ダンジョンにはあくまで感覚を見るだけに潜る。10体程度モンスターを狩って帰る予定にして、魔石などのドロップ品を入れておくサイドポーチだけ付けていく事にした。
それからへんな引っかかりがないかとか、緩んでいないかとか、いつもと変わらないかを確かめるが、
「? なんか、重い……」
妙に重い。
金具やベルトが変になったのだろうかと、防具の調子を再度確認して見るが……あまり変化は無い。バックパックを背負ってもいないのにと、ケンはその変化に不安を募らせる。もしかして連日の不摂生で風邪でも引いたのだろうかと考えが過ぎた。
常備薬の備蓄分を確認するが、どうにもその量が心もとない。
「……青の薬屋にも寄って行くか?」
行き先を更に追加し……ソコで彼のお腹がグーと自己主張を始める。
「そう言えば、朝飯もまだだったな」
だが昼までは時間がある……いや、そもそも何を食う? じゃが丸くん……いや、甘味処に行ってみようか? どうにも甘いものが食べたいと、彼の口中がザワついていた。
やる事は、とりあえず決まった。
教会から出たケンは、まずは食事に向かう。青の薬屋はその後で……。で、肝心の食事を何処で取るかは……決めていなかった。
「屋台は……パスだな」
じゃが丸くんなどの屋台を見て、それはないと頭を振る。普通にテーブルに着いて食事をしたい。
「え~と、甘いモノが食えて、腹も膨れる店は……」
ケンは、オラリオに着てから立ち寄った飲食店を候補にあげていく。
休日の過ごし方として、ケンは食べ歩きをしていた。先ほども述べたが、この街に来て彼が思いつくお金の使い道――道楽が、今の所“食事”しかなかったと言える。
「しかし……」
最近、外食のし過ぎ無きがする。一昨日と昨晩の二夜連続、高級店で外食をして散財していたのを思い出した。
出費が嵩んでいる。貯蓄に今の所不安はないが、やはり倹約すべきなのだろう。その事から、手ごろな値段と味を提供してくれくれそうな場所にしようと決めた。もっとも、彼が立ち寄った事の有る飲食店は――屋台を除けば片手で数えられる程度だが、
「……はいよ。お待ちどうさん!」
……昨夜に続きまたココに来てしまったと、ケンは豊穣の女主人のカウンター席で軽食を受け取った。
夜はお酒を提供するお食事どころの豊穣の女主人だが、昼間は軽食やお茶などを提供する喫茶店へと様変わりする。ソレを知って、ついつい足が動いてしまった。お値段が高いのは承知の上でだが、軽食とデザートを平らげ、食後のお茶を楽しむ彼には後悔の念はない。
「……ふぅ」
「お茶の御代わり、どうですか?」
「あ……お願いします」
ついでにコレもと、追加でスイーツを注文して出てくるまでの間、彼は店の中に目を向けた。こういう店に独りで入るのはなかなか敷居が高く感じていたが、知っている店だとそれも感じないのかもしれない。
こういう顔もあるのかと、酒臭くなく清涼な雰囲気を出す店内をなんとなしに見渡し、
「怪物祭(モンスターフィリア)?」
壁にデカデカと貼られたポスターが目に入った。
アレは? と、追加の注文を持ってきてくれたウェイトレスに聞く。
「あ、アレですか?
一年に一度、ガネーシャ・ファミリアが主催するお祭り。怪物祭(モンスターフィリア)です」
知らないんですかと驚かれるが、ケンはつい最近ココに来たからそう言う行事に疎いんだと説明した。
それからケンは、祭りの事を掻い摘んで教えてもらった。なんでも、コロッセオで大衆に見られながらダンジョンのモンスターをテイムするイベントらしい。凶暴なモンスターを華麗に翻弄しながら、時に追い詰められたりと観客を賑わせ、最後には従わせる。
それを聞いたケンは、以前テレビで見た某スペインの闘牛の様なモノかと想像した。
「お祭り最中は出店も沢山出るし、オラリオの外からイベントを観戦しようとお客さんが大勢やってくる。まさに一大イベントさ」
カウンターの中から出て来たミア女将がそう言うと、客商売には嬉しい限りだよと笑う。それから話し込んでいたウェイトレスに指示を出し、アンタも参加するんだろうと問いかけた。
「どうするかな……?」
悩む。お祭りなんていつ以来だろう? 子供の頃は、近所のちいさな縁日に無性にはしゃいだ記憶はあった。
だけど成長するにつれ、お祭りの出店で売られているモノにワクワクを感じられなくなった。
お祭りの賑わいから、どこか浮いている様に感じるようになった。
最近では、近所でお祭りが在っても感心を示さない。
一年に数度、ただ過ぎていく季節を知らせるナニカでしか……。
「ケンさんも怪物祭(モンスターフィリア)に行かれるんですか?」
「ッ!?」
突然覗き込まれたシルの顔に驚き、後ろに距離を取るように下がる。が、ケンはイスから極自然にコントのように床に転げ落ちてしまった。
「ケ、ケンさん!?」
「アンタ、大丈夫かい?」
大丈夫と、打ち付けた尻をさすりつつイスに座りなおす。下手人の店員――シルを見てみると、申し訳なさそうに頭を下げているが、チロっと舌をだしている。そんな彼女に何となく小悪魔と言う単語が浮かび、思わずジトっとした目でため息を吐いてしまう。
「まぁ、特に用事がなければ祭りに行くかな?」
この世界にはテレビゲームもインターネットも無いし、とは彼も流石に言わない。別に隠している訳ではないが、異世界からやって来たなんてアイデンティティで暇を持て余した神に目を付けられるのは避けたいと考えている。レアスキル持ってるだろと指摘されるが、彼自身このスキルは矢代などが浮く程度だと説明している。
疑ってくるヤツは――冒険者や神を問わず居るが、詳しい詮索はルール違反。神に嘘は通用しないが、嘘は言っていない。
もっとも、質問のされ方と応答によってはボロが出る。これは時間の問題かもしれないが、全部を隠していく事は難しい。エイナ氏から注意をされた鉄の芋虫――兵器の件もある。
なら、その程度と言って興味を逸らさせ――ケン自身の身なりもサポーターに見える程度に抑えている。ある程度、彼やファミリアに実力が付くまでの遅延行為だ。
何処まで持つかは……ケン自身、正直分からない。
だが彼に、このスキルを使わないと言う選択肢はなかった。
このスキル――【戦場遊戯(バトルフィールド)】がなければ、彼はろくに冒険なんてできていなかっただろう。それ位に、ココに来た時の彼は使い物にならないロクデナシだった。
……いや、今もか? そう自称して彼は笑う。
「な、なんだかスゴイため息ですね?」
「……いや、単に深呼吸だ」
そう、ため息なんかついてないとケンは言って、残った甘味をパクついた。