“デュエルモンスターズ”。それは、この世界で大流行しているカードゲームの呼び名である。
しかし、デュエルモンスターズ……通称“デュエル”は、カードゲームと呼ばれる娯楽ジャンルから枠を外れ、ただのゲームとしてではなく、最早人々の生活において必要不可欠な存在になりつつあった。政治、経済、学術、エンターテイメント、そして……戦争、悪事。
相乗して、デュエル関連の科学技術も、劇的に飛躍していった。
その過程で、デュエル研究者たちはこの世界とは別に、カードという次元の壁を隔てた先に、とあるエネルギー生命体が存在ことを発見した。
その生命体の名を、“精霊”。
デュエルモンスターズのモンスターカードの中には、稀にではあるが意思を持ったカードが存在し、それが世に出現し、デュエリストと対話を行ったり、時にはデュエルのサポートを行ったり、生活を共にしたりするという。
デュエル研究者たちは、その精霊をこの世界……“現世界”に呼び出す技術を会得することに成功した。
かくして、現世界には“人間”と“精霊”、二つの種が共存する世界となったのであった。
第1話:「マスター&デュエル!」
学術的決闘都市……通称、“学闘都市”。街一つを巨大な教育機関とし、主にデュエルに関する研究機関が軒を連ねている。その学生数は数万人を超し、小・中・高・大・院と年代もバラバラな学生たちが人口の8割を占めている。そのほとんどが、デュエルを学ぶために集まった若者たちだ。
その広大すぎる敷地内を移動するために、地下鉄やバス、モノレールといった交通機関も発達しており、網の目状に張り巡らされた路線を、学闘都市全域に設定された登校・下校時刻に合わせた運行ダイヤが組まれており、毎日ほぼ誤差無く運航している。
……の、はずなのだがここに授業開始時刻に遅れてしまいそうな学生が二人。
「くっそぉぉぉぉぉ!! なんで目覚ましが鳴らないんだよも~~~!」
「ぼやいたってしょうがないよ! ほらもっと早く! 走る走る!」
通学路の坂道を全力疾走で走るこの一組の男女。男子の方を“
アリアの方は、背は150cm程とさほど高くは無く、頭の横で二つに束ねたくり色の髪と、最近視力が落ちてきたのか厚い眼鏡と、そして発育がいいのか……大きい胸が特徴的の女の子だ。
その胸が遊煌のすぐ横でばいんばいんと上下に激しく揺れるものだから、遊煌は思わず視線が斜め下へと向いてしまう。その揺れ様をしかと目に焼き付けようと、遊煌はますます目を見開き鼻の下を伸ばす。が、ちょうどその時。
「オソウジ、オソウジ」
「げっ!?」
目の前に都市内を徘徊するお掃除ロボット、「オボット」が飛び出し、遊煌の目の前でお掃除をし始めた。しかし、視線が横を向いていた遊煌はそれを発見するのが遅れ、全力疾走中の急に足は止まらない。
ガッシャーン
轟音と共に遊煌はオボットに激突。そのまま地面に倒れ、衝撃によりオボットの口から溢れ出たゴミで体中がゴミまみれとなってしまった。
「あー、もうなにやってんのさ! ほら!」
「いってててて……」
隣を走っていたアシアも立ち止まり、遊煌の腕を引っ張りあげて立たせ、体中のゴミを払い落とす。ついでに、倒れたオボットも抱き起すと、オボットは何事もなかったかのようにまた「オソウジ、オソウジ」と電子音声を鳴らしながら地面に散らばったゴミを掃除し始めた。
「もう、今日は待ちに待った“
「わ、わかってるよ……ん? なんだ?」
その時、遊煌らの居る場所の日光が遮断され、頭上を何か大きな影が通過していった。見上げると、頭上を通り過ぎた“ソレ”は大翼を広げ、高層ビルのようにそびえ立つ校舎へと飛び去っていった。その背面には、遊煌らと同じ制服を着た人物が乗っているのが見えた。
「今のって、『砦を守る翼竜』?」
「あの制服……あの腕章の色……ウチの2年生か」
遊煌は飛び去って行く翼竜の背後を目で追いながら呟いた。この学闘都市内にデュエリスト専門の養成学校、通称“
そして、今日は1年生が入学してちょうど3ヶ月。“
この精霊召喚でどのようなモンスターがデュエリストの相棒となるのかが、今後のデュエリスト達の将来を左右するといっても過言ではない。
そして、呼び出した精霊は通常はカードの中に存在するが、有事の際にはカードイラストから飛び出し、質量を持ち、その持ちうる能力でデュエリストを様々な面からサポートすることとなる。まさに相棒と呼ぶべき存在となることから、通称“バディ・スピリット”とも呼ばれる。
「あ~あ……俺もバディ・スピリット召喚できたら飛べるモンスターがいいなぁ。そしたら、あんな風に飛んで学校に行けるのに」
「うーん、確かに飛行能力を持ったモンスターは憧れるよねぇ。でもあんまり大きいモンスターだとちょっと一緒に暮らすには不便かなぁ」
「じゃあアリアはどんなモンスターがいいんだ?」
急いでいたことなどとんと忘れ、二人はゆっくりと歩きながらそんなことを話し合う。
「私は、そうだなぁ……お話できるモンスターがいいなぁ。私と同じ年齢くらいの、女の子のモンスター」
「会話かぁ……確かに、ドラゴンや獣なんかじゃ会話はできないもんな」
人型のモンスターというのは、バディ・スピリットを所有することを望むデュエリストにとっては一種の憧れのような存在だった。かっこいいドラゴンや獣のモンスターも良いが、日常生活を共にするうえで戦士族、魔法使い族のように人間がモチーフとなっているモンスターとならばコミュニケーションをとるのが容易であるのが大きな理由だ。またそれだけでなく、身の回りの生活の手伝い、話し相手や遊び相手、時にはデュエルの対戦相手だったりと、人間とほぼ同等の価値観を持っているという要因が大きい。
最も、中には女の子モンスターがかわいいからという
「うん、上級のモンスターじゃなくてもいいから、楽しいことがいっぱいできる子がいいなぁ」
「って言っても、大型モンスターっていえば普通はレベル5以上ってことになるだろ? そうそう上級レベルモンスターは呼び出せられないって聞いたぜ」
そう、高レベルや、また召喚条件のあるモンスターを呼び出すことのできるデュエリストはそうそういない。遊煌達のような新米1年生デュエリストが呼び出すのは、ほとんどレベル1~4の低級モンスターだ。しかも特別な召喚方法では呼び出さない、俗にいうコモンカードだ。稀に上級モンスターも召喚できる者もいるが、そういった者は決まって天才的なデュエルセンスを持っていたりとかする特別なデュエリストであり、もしも召喚できたらそれだけで特待生レベルの扱いを受けると、噂で彼らはそう聞いていた。
「でもどんなモンスターが召喚されても、俺は構わないよ。このデッキに眠るモンスターのうち、誰に会えるのかなんて考えただけでもワクワクもんだしな」
遊煌は腰のデッキケースから自分のデッキを取り出し、しっかりと握りしめる。このデッキは遊煌が小さい頃から愛用しているデッキであり、今なおこのデッキで戦い続けているため、思い入れは深い。
「そうだね、私も同じ気持ちだよ。そのために今日の精霊召喚の儀式、ずっと楽しみに待って……―」
ちょうどその時、遠くの方で聞き覚えのある鐘の音が聞こえた。
「あれ?」
「今の音って……」
その音を聞いて二人は硬直し、直後みるみる顔色が青ざめていく。聞き間違えるはずもない。それは、遊煌達の通う由俱戸学園の始業を合図する鐘だった。
「ち……」
「ち…………」
「「遅刻だああああああああああああああ!!」」
脇目も振らず、二人は全力疾走で学園へと向かった。
………………
…………
……
そんなことがあったのが今朝の出来事。案の定遅刻してしまった二人は1限目の担当科目教師にたっぷりと絞られた後、それ以外はほぼ滞りなく授業を受けた。
そして現在は4時限目まで終わって午後15時過ぎ。一日の最終限目である5時限目にあたるこの時間こそが、いよいよ多くの生徒が待ちに待った精霊召喚の儀式が行われるときである。何故、このように一日の授業の終了間際に行われるのかというと……それはまた後程の説明となる。
由俱戸学園1年生全員が体育館へと集結する。現在、この体育館には5つの精霊召喚のための装置が壇上に安置されている。白く大きな、6角形な筒状の物体の上面に、魔法陣が描かれ青白い光がキラキラと待っている。その前面の箱のような形状の部位には、生徒のデッキを収めるためのホルダーが設けられている。このホルダーにデッキを装填することにより、そのデッキに眠るモンスターのいずれか1体の精霊を呼び出す、という仕組みだ。
その装置が全部で5体、体育館の入り口から見て一番奥のステージ側に置かれている。1年生は全部で5組あるため、それぞれ1年A組からE組まで、生徒たちが装置の前に50音で括られた出席番号順に一列になって並ぶ。
アリアと遊煌は苗字が同じ「か」で始まるため、アリアのすぐ後ろに遊煌が並ぶ。
「いよいよだね……」
「あぁ、ちょっと緊張するな」
今一度自分のデッキを固く握りしめる遊煌。
このカードの束の中にこれから自分の相棒となるモンスターが眠っている。そして、それを今から呼び起こす。それを考えただけで、期待で胸が高鳴った。
装置の傍には大学部の研究員だろうか、白衣を着た人たちが装置を操作し、調節している。
そして、ついに始まった精霊召喚の儀式。
列の一番前にいる生徒が5組ずつ装置の前に出て、ホルダーにデッキを装備する。遊煌はその様子を、列の後ろで眺めていた。
装置が起動しはじめ、駆動音と共に青白い光がより勢いを増す。同時に、六角形の上面の描かれた魔法陣が大きく広がる。
眩い光が溢れ、俺達の視界を塞ぐ。
一瞬の後光が収まり、再び装置の方を見てみる。そこには、何か羽音のような音と、獣のような鳴き声が聞こえた。
「『スケルエンジェル』に『幻獣王ガゼル』……!」
目の前の装置の上には、半透明の体を持つ小さな天使と、その隣の装置には茶色い毛並みに黒い
続けて隣の3列の装置も光を放ち、光の中からモンスターが現れる。3列目のC組が召喚したのは『エレクトロ軍曹』、4列目のD組は『原始太陽ヘリオス』、そして5列目のE組は……。
『おおーっ!!』
そのモンスターが姿を現した途端、集まった生徒たちは驚きの声をあげた。
「すごーい! 『メタファイズ・ホルス・ドラゴン』! 上級なうえ、シンクロモンスターだ!」
白銀の翼を広げ、装置の上から飛び立つハヤブサの頭をした竜。召喚されるやいなや、『メタファイズ・ホルス・ドラゴン』は体育館内を飛び回り、生徒たちの喝采と視線を浴びる。しかし、それを召喚した男子生徒は気が気ではない様子だった。何度も『メタファイズ・ホルス・ドラゴン』に「戻ってこい!」と命じても全く手元に戻ろうとはしない。体育館内を5周ほど飛び回ったところで、『メタファイズ・ホルス・ドラゴン』は飽きたのか、主人の元に戻った。どうやら召喚したはいいが、あまり主人のことを快く思ってはいないようだ。このように、上級モンスターであればあるほど自我が強く、召喚したデュエリストの思い通りに動かないことが多い。
とはいえ、レベル6の上級モンスターなうえ、召喚に制約があるシンクロモンスターを呼び出したのだから、このデュエリストの潜在能力はよほど高いと思われる。
「エクストラデッキのモンスターを召喚できるデュエリストもいる……なら、俺だって!」
それを見ていた遊煌は決意を新たにする。もしかしたら、自分はそれよりももっと凄いモンスターを召喚できるのかもしれない。現にああしてシンクロモンスターという、特殊なモンスターを召喚するデュエリストが、自分と同じ年代・教育期間で確かに存在する。もちろん自分にもその可能性がある。期待するなという方が無理な話だ。
そうこうしているうちに、列はどんどん進み、生徒たちは次々に順調に自分のバディ・スピリットを召喚していく。
「ふひひ、僕は『水霊使いエリア』たんを召喚してみるでござるよ」
「ドゥフフ、ぼぼぼボキは『雷電
と、遊煌の右斜め前方に並んでいるB組の生徒2人がそんな話をしているのが聞こえた。遊煌が冷ややかな視線を送った直後、順番が回り、2人が召喚したのは……『沼地の魔神王』と『雷仙人』だった。お目当ての精霊でないことに対し、目に見えてがっかりしている様子だった。
そんなこんなで順番はついに俺の一つ前まで、つまりアリアの番が回ってきた。
「……よし」
「頑張れよ、アリア」
「うん、行ってくるね」
はきはきとした返事と共に深呼吸を一つし、壇上へと歩む。装置にデッキを装填し、魔法陣が輝く。その光の中から出現したのは……。
「あらぁ~? 私を呼び出した貴女なのかしらぁ~?」
壇上より、聞いている側の気が抜けるような舌っ足らずで穏やかな声が聞こえてきた。
ふわり……と、花びらをかたどったスカートと、ピンク色のふわふわした長い髪を靡かせ、アリアの元に降り立つ少女。それを列の中から見守っていた者たちは、彼女の元からいい匂いが漂ってきたことに気が付いた。花の匂いだ。
「え、えぇ。そうよ。貴女は……」
「御覧の通り、『フレシアの蟲惑魔』よぉ。フレシアちゃんって呼んでねぇ」
「私は加護アリア。よろしくね、フレシアちゃん」
そう言って二人は壇上で挨拶を交わした。『フレシアの蟲惑魔』はレベルを持たないエクシーズモンスターであるため、召喚制約のあるモンスターの中では比較的呼び出しやすい部類だが、それでも出現率が低いことには変わりない。それをアリアは見事に呼び出した。しかもアリアが願った通り、話ができる女の子のモンスターだ。
遊煌はそれを心の中で祝福していると、アリアが壇上からフレシアと共に降りる。次はいよいよ自分の番だ。壇上へと上がる階段でアリアとすれ違うと、「頑張って」と、小さくアリアが囁いた。それに対し無言で頷き、遊煌もまた数多の生徒たちと同じく、デッキを装置に装填する。装置は起動し、光を放ち始める。何もかもがこれまでの生徒と同じ。おかしなところなど何一つとして無かった。
だが。
「……あれ?」
遊煌が不安げな声を漏らす。それもそのはず、精霊を召喚するために描かれていた魔法陣が、突如消えてしまったのだ。同様に、青白い発光も突如として止む。突然のことに慌てふためいていると、装置の隣に立っていた白衣の研究者たちが数人集まり、装置を調べ始めた。どうしたのだろうか? 装置の故障だろうか? だとするのらば、早く直してもらいたい。と、遊煌は心の中で急き立てた。だが、研究者たちは装置のパネルを開けて、軽く中の基盤等を見るだけで首を振り、パネルを閉めてしまった。特に異常は無かったようだ。
それでも念のためと、隣の装置を使うこととなった。改めてデッキを装填し直すために装置の前に対峙する遊煌。嫌な予感が遊煌の背筋を悪寒として撫で、額からは冷や汗が流れる。それでも一途の望みを消さずに、意を決してホルダーにデッキを装填した。
青白い光が溢れ、魔法陣が広がる。「よかった……」と、思わず安堵の言葉を漏らす遊煌。
だが、先程感じた不安は現実のものとなった。
光りが途切れ、魔法陣も消える。
もちろん、召喚されるはずだった精霊は影も形もない。
「な、なんで……?」
疑問だけが募る中、どこかの生徒の一人が発した声が遊煌の耳にも届いた。
「ファンブルだ……」
その言葉に、他の生徒たちもざわざわとざわめきあう。
(ファンブルだって……? この俺が……? いや、そんなはずはない!)
首を横に振りながら、遊煌はデッキを抜き取ると隣の生徒を押し退け、C組用の精霊召喚装置にデッキを装填する。しかし、これも何も起きない。続いてD組用の装置。これもダメ。そして最後、E組用の装置……しかし。
「そんな……」
とうとう5台全ての精霊召喚装置にデッキを装填したが、遊煌の精霊が召喚されることはなかった。
………………
…………
……
“ファンブル”……TRPGの用語で“大失敗”を意味するそれは、精霊召喚に際してはデュエリストが相棒となる精霊を召喚できなかった際にそう呼ばれる俗称である。通常、滅多なことでは起こらない事態だが、今回はその滅多なことが起きてしまったのだ。その原因は不明だが、毎年数名の生徒がファンブルに見舞われるのだという。そして、そういった精霊を召喚できなかったデュエリストのことを、
そして……神奈遊煌はその一人となった。
「はぁ……」
そんなことがあった日の夕方、遊煌は一人学生寮の一室でため息をつき、荷物を纏めていた。なぜ纏める必要があるのか? それは、遊煌が明日にはこの寮を出て行かなければならないためである。
なぜ出ていく必要があるのか? それは、この由俱戸学園はあくまでデュエリストと精霊とのデュエル的、ひいては将来の社会的な連携を行うことを前提としてカリキュラムが作成されており、その精霊を所有することのできなかった遊煌は由俱戸学園の教育課程を受けることがそもそもできなくなってしまったのだ。
結果、今日づけでこの寮を離れ、明日には別の普通なデュエル
こういったことが起こらないとも限らないため、精霊召喚の儀式はその日の授業が全て終了した後に行われるのだった。
「はぁ……なんで俺が……」
再びのため息と共に、思わずぼやく。アリアとは儀式が終わった後、色々と励まされたが、やはり気分は晴れない。そのアリアとも今日づけで離ればなれとなってしまう。小学生の頃からの幼馴染だったのに……。
こんなはずではなかった……予想では今頃相棒となった精霊と共に会話をしたり(会話ができない精霊ならばそれに近いコミュニケーションをとったり)、明日からの新たなデュエル授業にどう励むべきかを相談したり、時にはゲームの対戦相手になってもらったりと、色々とやりたいことがあったのだ。
しかし、そのどれもができずに、今の遊煌は心ここにあらずといった様子でせっせと荷造りをしている。幸い、この学園に入学して月日はまだ3ヶ月程度しか経っていないため、片付ける物自体はさほど多くは無い。家具類は元々この室内に常備されていたものだったし、持ち出す必要があるものといえばカード、デュエルディスク、教科書類、それと少しのゲームと漫画と雑誌類、生活に必要なちょっとした小物ぐらいだ。それらを自分の鞄やダンボール内に詰め込み、荷造りは済んだ。
隣や上の部屋からは、何やら笑い声やどたどたと騒がしい音が聞こえてくる。大方、同級生たちが……いや、元同級生たちが自分の精霊をカードの中から呼び出し、じゃれ合ったり遊んだりしているのだろう。正直、うるさいので止めてもらうよう一言言いに行こうかとも思ったが、止めておくことにした。というのは、遊煌が精霊を呼び出せなかったのは既に同学年の生徒の間では周知の事実となっていた。そんな状態で遊煌が文句を言いに行きでもすれば、ひがみだ八つ当たりだのと言われるのは目に見えている。いや、言わないにしてもきっと心の中ではそう思われるだろう。
そんな風に自分が思われたくはないので、遊煌はしばらくの間外に出かけることにした。外の空気を吸えば、遊煌も自分の心が落ち着くだろうと、そう思っていた。
………………
…………
……
「……さすがに陽が落ちるとちょっと冷えるなぁ」
今は7月だから、半袖のまま外に出ても涼しいくらいだろうと思っていたのだが、いざ外に出て、陽も落ちてしまうと少し体が冷える。外出して1時間、特にどこかに行く目的もないので、適当に街の中をブラブラとしてから寮に戻ろうと思っていた。さすがに夜になってまでも騒ぎ続けるような奴はいないだろうと思っているため、暗くなってきた頃合いを見計らっている。
現在時刻、午後19時過ぎ。長くなってきた陽もとっぷりと暮れ、辺りは街頭とビルの明かりが街の中を照らしている。人通りもまだ多く、そのほとんどが学生であるとはいえ、制服姿のままの者たちがよく目立つ。大方、授業終了後自分の寮やアパートには戻らずにそのまま道草をくっているのだろう。そして、この場にいる学生のほとんどが、きっと精霊を所有しているのだろう……。もしかしたら、この場にいるデュエリストの中で、精霊を召喚できなかったのは自分一人だけなのかもしれない……そんな感覚にさえ陥った。
そう思うと、ここも自分にとって煩わしい空間となってしまったと、遊煌は感じた。俯き、大通りを避けて路地裏を歩む。
人通りのほとんどない路地裏はジメっと湿っぽく、冷えた外気をより冷めたものに感じさせた。喧騒から避けるように、遊煌はずんずんと路地裏を進んでいく。こういった場所は不良の溜まり場になっている場合があるため、普段は歩んだりしないが、今日はなんだかこういった静かな場所に居たい気分だった。
「はぁ……」
今日何度目かのため息をつき、コンクリートの壁に背中を預け、じっと佇む。そして考える。これからの自分のことを。明日からはきっと普通科の授業を受けることになるのだろう。今という時代は、確かに精霊を所有するデュエリストが優位な時代になっているとはいえ、自分のように精霊を召喚することができなかったデュエリストや、様々な理由で初めから精霊を必要とはしないデュエリストは確かに存在する。そして、それらの数は決して少なくはない。ならば、きっと普通な学生生活を送れるのだろう。しかし、入学前から、ひいては本格的にデュエルモンスターズを始める前からカードの精霊に憧れていた遊煌は、そういった普通のことですらとても退屈なことのように思えてしまっている。なまじ期待をしていただけに、その落差は大きい。
それでもこれが現実だ、受け止めるしかない。それに、そんな気持ちの人間はおそらく自分一人だけではない。と、自分自身に言い聞かせて、遊煌は背中を壁から離し、また路地裏の通路を歩もうとする。もう大分暗くなったし、そろそろ来た道を戻って寮に帰ろうとしているのだ。
しかし、その時遠くの方で誰から走ってくる足音が聞こえてきた。
同時に、おそらくその者と思わしき息を切らせた吐息も。
「なんだ……?」
小さく呟き、路地裏の先を見据える遊煌。すると、フードを目深に被り、口元だけが見える人物がこちらに走ってくるのが見えた。その口から洩れる吐息から、おそらくは女性だということがわかる。脇目もふらずに必死で走ってくる。まるで何かに追われているかのように……。
その時、路地の隙間から吹きつけるビル風により、目深に被ったフードが飛び、女性の素顔が露わになる。宝石のように鮮やかな色彩を持つ青い眼と、流れるように靡く若干青みがかった長い銀髪、肌は陶磁のように白く透き通っており、それらが相まってとても美人だった。年齢は遊煌とさほど変わらないようだ。
その少女は不安げな表情を浮かべながら、長いこと走っていたのだろうか、玉のような汗を額や頬から流しながら尚も走る。そして、その最中面食らっている遊煌の姿を見つけると傍に駆け寄り、その手を掴む。
「えっ!? ちょっ……!」
「お願いします! 私を助けてください!」
「た、助けるってそんな、急に言われても……」
困惑する遊煌をよそに、青い眼の銀髪少女はやたらと後方を気にしてしきりに振り返って視線を送る。その尋常ではない様子から、遊煌はこの少女が何者かから追われているのではと悟った。
「……こっちだ!」
意を決した遊煌は、自分の手を掴んでいた少女の手を握り返し、少女を連れて走り出す。学闘都市内で暮らしていた遊煌は、この複雑に入り組んだ路地裏もどこを進めばどこに出るのかをわかっているつもりだった。
そうしてしばらく走った矢先、路地を抜けて開けた場所に出た。そこは、建設中の工事区画だった。この時間帯はもう工事は行われていないらしく、作業に必要な資材や重機がそのまま残されている。障害物が多い分、身を隠すにはもってこいの場所だ。
二人は柵をよじ登って工事区画内に入ると、手近に停車されているパワーショベルの影に身を隠し、キャタピラに背を預けるとその場に座り込み、荒い呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……ここなら、大丈夫……」
「あ、ありがとうございます……」
「それはそうと、君は一体……?」
何者なの? と聞こうとしたが、その時砂利を踏みしめる足音が前方から聞こえてきた。しかも聞こえてきたのは、背後ではなく前方。つまり、建設中のビルの中からだった。工事現場の職員が残っていたのだろうか? とも思ったが、この時間まで人が残っているとも思えない。闇の中から響く足音は次第に近づき、明らかに遊煌達の居る方に迫ってくる。
「ったく、手間取らせやがって。ようやく追い詰めたぜぇ」
足音の方から声が聞こえた。低い、男の声だ。足音は俺達が佇む位置から数メートル先の場所で止まった。視界を上に向け、男の姿を確認する。暗闇に目が慣れてきたのか、その出で立ちが目視できた。
この少女同様の黒いローブを羽織り、スキンヘッドで目つきの鋭い男性だ。頭部から頬にかけて炎を象ったタトゥーをいれており、明らかに事を穏便に済ませてくれそうな雰囲気の人には見えない。
「なんだ、アンタは?」
「あぁ? そりゃこっちのセリフだ。誰だオメェ」
質問を質問で返してきた男に対し、遊煌は困惑する。だが、考えてみればこの男はこの少女を追いまわしていた者にまず間違いは無い。それはこの男の口ぶりから考えてみても明らかだった。だったら、律儀に自己紹介などする必要は無い。
「誰だっていいだろ! こんな奴に構う必要は無い。早く逃げよう!」
少女を連れて、元来た道を戻ろうとした時だった。
「バカか! せっかく追い詰めたのに逃がすかよ!」
男は左手を少女の方に向けると「パシュッ」と何かが放出される音が響く。そしてローブの袖部分から飛び出した何かが、少女に迫る。
「危ない!」
それが何なのかはわからないが、気が付いた時には体が動いていた。遊煌はその身を挺して少女の前に立ちはだかり、突出した何かをその身に受けた。
「ぐわっ! わ、ワイヤーロープ!?」
その男が射出したのは先端が輪っか状になっているワイヤーだった。その輪が、遊煌の首に嵌められてしまった。しかし、これは遊煌にとっては好都合だった。このワイヤーが自分に嵌められている限り、この男は少女を追うことができないからだ。
「チッ、邪魔しやがってからに……!」
「こ、こいつは俺に任せて早く逃げて!」
だが、少女はその場を動こうとはしない。遊煌の身を案じているのか、物憂い気な表情で遊煌の傍を離れない。
「なにしてるんだ!? 早く逃げて!」
「へへっ、なんだか知らねぇがこいつは好都合だ」
男は、ローブの裏から小型の装置を取り出す。遊煌はそれが何なのか一目でわかった。
それを男はワイヤーの繋がっている左腕にそれを装着し、起動させる。機械音を立てて板が展開し、電子光が輝き盤状へと変貌を遂げる。
「俺とデュエルしろ小僧。俺が勝ったらその女を渡してもらうぜ」
「っ……仕方がない」
遊煌も同様に、自分の胸ポケットからボックスタイプのデュエルディスクを取り出す。と言っても、このディスクは男の物とは形状も機能も異なり、もっと小型化された最新の物だ。通常時は箱状となっているが、デュエル時には光波状のデュエルプレートが展開される仕組みだ。また、備え付けられたタッチパネルでフィールドの状況確認やカード効果の確認が行える。更にタブレットとしての役割も持っており、学生証の役割も担っているのだ。
そのため、このタイプのデュエルディスクは学生であれば誰もが持っている筈なのだが、目の前の男は通常に流通しているタイプのデュエルディスクを付けている。故に、学生関係者ではないということだ。となれば一体何者なのか……?
「考えるのは後だ……いくぞ!」
「ヘッ……随分と威勢がいいじゃねぇか。来やがれ!」
「「デュエル!!」」
YUUKI LP4000
VS
??? LP4000
重なる2人の掛け声と共に、互いにデッキからカードを5枚引き、自分の手札とする。
「先攻はてめぇにくれてやんぜ」
男はそう言い、遊煌を指さす。デュエルにおいては、一般的に先攻よりも後攻の方が有利とされている。なぜならば、後攻からはドローフェイズがあるが、先攻にはそれが無いからだ。更に、モンスターによる攻撃を行えるのも後攻からだ。加えて、初めての対戦相手となれば相手の使うカードでどのようなデッキなのかを探る理由も含まれているのだろう。
しかしそれを承知で、遊煌は素直に先攻を受け入れた。
「なら……俺のターン!」
だが、先攻を選ぶ利点はもちろんある。先にトラップカード等を伏せておくことにより、次の相手のターンでカードの発動を妨害したりできるからだ。遊煌の手札はまさに、罠を張るのにはベストな状況といえた。
「俺は、『ブンボーグ
【ブンボーグ
「ハッ!」という掛け声と共に黄色い体色で武器がコンパスと定規を模したもので、ボディも文字通り文房具で構成されているモンスターが現れた。
このように、デュエルディスクは召喚したモンスターを
「このカードが召喚に成功した時、デッキから『003』以外の『ブンボーグ』モンスター1体を特殊召喚できる。俺はチューナーモンスター、『ブンボーグ
【ブンボーグ
『003』と同様、文房具でボディを構成されたモンスターが、シャープペンの芯を模した武器を構えてフィールドに出現した。
「ケッ、んな雑魚並べてなにしようってんだ?」
男が遊煌のフィールドに並んだモンスター達を見て嘲笑する。
「確かにこいつらはレベルも攻撃力も低い。しかし、それだけに内に秘めた可能性は高い。それを今見せてやる! 俺は、レベル3の『ブンボーグ003』に、レベル1の『ブンボーグ001』をチューニング!」
「チューニングだと……? まさか……!」
驚愕する男を余所に、『001』はその身を光の輪に変えて、その輪の中を『003』が潜る。そして『003』も三つの星へと変わり、光の道が出現する。
シンクロ召喚は、チューナーモンスターとそれ以外のモンスターをフィールドから墓地に送ることにより、そのレベルの合計分となるシンクロモンスターをエクストラデッキから特殊召喚することで行われる召喚方法なのだ。
「勇気と知性、一つに束ね、響き鳴り渡れ虹色の宣歌! シンクロ召喚!
【
虹色の光が辺り一面を照らし、その光の中から虹色に輝く翼を持った白い結晶状の天使族モンスターが出現する。遊煌はそのモンスターを守備表示で、デュエルフィールドの上部に2ヶ所のみ存在するエクストラモンスターゾーンに特殊召喚する。
エクストラデッキから特殊召喚されるモンスターは、このエクストラモンスターゾーンに配置される。メインモンスターゾーンの上部にあるこの箇所には、通常エクストラデッキから召喚されるモンスターはどちらか片方をのみを用いり、尚且つ互いに1体までしか召喚することができない。だがそれだけに、エクストラデッキから召喚されるモンスターには強力な効果を持ったカードが多い。
「1ターン目からシンクロモンスターをシンクロ召喚かよ。だが、攻撃力も守備力も相変わらず雑魚ェなぁ」
わざわざシンクロ召喚したのにこの攻守では心もとない、というのは当の遊煌本人もよくわかっていた。しかし、この『虹光の宣告者』にはそのステータスの低さを覆すほどの強力な効果が備わっている。
「こいつがフィールドに存在している限り、互いの手札・デッキから墓地へ送られるモンスターは全てゲームから除外される。さらに、モンスターの効果・魔法・トラップが発動した時、こいつをリリースすることでその効果を無効にして破壊できる」
「ふ~ん」
わざわざ口頭で説明したにも関わらず、男は特に驚愕する様子もなく関心を示さない。ということは、手札に『虹光の宣告者』を戦闘破壊できるモンスターカードがあるということだ。
そういうことならば、と遊煌は手札の一番端のカードに手をかける。
「俺は更にカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
遊煌のフィールドに裏側のカードが1枚表示される。
これで遊煌のターンは終了。相手のターンへと移る。
□ ―
― ― ― ― ―
■ ― ― ― ―
遊煌:手札3枚 LP4000
エクストラモンスターゾーン:『虹光の宣告者』
メインモンスターゾーン:なし
魔法・罠:セット1枚
(□…表側守備表示モンスター、■…セットカード)
「さぁて俺のターンか。ククク……俺の前に手間暇掛けたモンスターを召喚しておくことがいかに恐ろしいか教えてやるぜ。ドロー!」
男が不敵な笑みと共に、デッキからカードを1枚引く。そして、真ん中のカードに手をかけた。
「こいつは相手フィールドのモンスター1体をリリースすることにより、てめぇのフィールドに攻撃表示で特殊召喚される! 『虹光の宣告者』をリリース!」
遊煌のフィールドが突如大海原に変わり、場の『虹光の宣告者』が海面より現れた何者かの頭部によって食いつかれ、そのまま吞み込まれる。
「俺の『虹光の宣告者』が……!?」
その突然のことに困惑する遊煌。“リリース”とは、モンスターの召喚や効果の発動コストとして場のモンスターを墓地に送ることである。通常、リリースは自分の場のモンスターを墓地に送って行うものなのだが、そうではなく相手の場のモンスターをリリースし、相手の場に特殊召喚される……そんな特殊な方法で呼び出されるモンスターを、遊煌はまだ知らなかった。
変化したフィールドから荒波と共に出現する、巨大な影……。水しぶきを上げ、背中の甲羅より生えた一対の翼を羽ばたかせ、空中へと舞い上がる。やがて大海原だったフィールドは元の地面に変わり、そこに特殊召喚されたモンスターが降り立つ。そのモンスターは、建設中のビルよりも全高が高く、とてつもなく巨大だった。
「大海より出現する孤高の守護獣よ! 宿命に従い、眼前の敵を撃ち滅ぼせ! 出でよ! レベル8、『
その巨影を後ろに立つ遊煌に落としつつ、巨大モンスターは首を伸ばして天に向かって咆哮する。まるでガラスを鋭い爪で引っ搔いたかのような甲高い鳴き声だ。その咆哮のあまりの大きさに、遊煌もその後ろに立つ少女も思わず両手で耳を押さえて顔をしかめる。
【
「いきなりレベル8の巨大なモンスターが……俺のフィールドに召喚されただと!?」
「ククク……喜べよ。さっきみたいなちまちました低レベルモンスターなんかとは違う、最上級モンスターをてめぇにくれてやったんだからよ」
そう言って男は『ガメシエル』のカードを投げて遊煌に渡す。
(一体何を企んでいるんだ……?)
心の中で不審に思いながらも、遊煌はそのカードを受け取ると自分のデュエルディスクのメインモンスターゾーンに攻撃表示で配置した。
エクストラデッキ以外でフィールドに召喚されるモンスターは、5ヵ所のメインモンスターゾーンに召喚されるのだ。たとえそれがエクストラモンスターゾーンのモンスターをリリースした場合でも同じである。
「だが、『虹光の宣告者』の3つ目の効果もここで発動する! このカードが墓地に送られた時、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法1枚を手札に加える」
「儀式だと……?」
「俺は儀式魔法、『エンド・オブ・ザ・ワールド』を手札に加える」
デュエルディスクが自動的にデッキの中からカードを選び出し、遊煌はそれを手札に加える。その後、デッキはデュエルディスクの機能により自動的にシャッフルが行われた。
「ヘッ、そうかい。俺がせっかく最上級モンスターを渡しても、てめぇはあくまで自分のカードで戦いたいわけだな。ならこうしようぜ」
男が手札の一番端のカードに手をかけ、そのカードを俺に見せる。
「魔法カード『所有者の刻印』発動! フィールドに存在する全てのモンスターのコントロールは、元々の持ち主に戻る!」
「なにっ!? ということは……!」
「そうよ、返してもらうぜ。俺の『ガメシエル』をよぉ!」
歯噛みしながら遊煌はフィールドに配置していた『ガメシエル』のカードを手に取り、男に投げ渡す。受け取った男は自分のメインモンスターゾーンに『ガメシエル』のカードを攻撃表示で配置した。
それに伴い、出現していたソリッドビジョンの『ガメシエル』も動き出し、のそのそと地響きを立てながら歩いて男の元に付き、またも咆哮をあげて遊煌と対峙する。
「さぁ~て、これでてめぇのフィールドはガラ空きなわけだ」
「クッ……お前、最初から『所有者の刻印』を発動するつもりだったんだろ」
「当たり前だろ? なんで俺のカードをてめぇみてぇな雑魚デュエリストに渡さなきゃいけねぇんだよ」
自分のことを「雑魚」と呼ばれ、遊煌は内心憤っていた。
「いくぜ、バトルだぁ! 『ガメシエル』でプレイヤーにダイレクトアタック!!
『ガメシエル』の口内に炎が溜まっていき、長い首を後ろに引き、今まさに火球が放出されようとしている。
「そうはさせない! 永続トラップ、『デモンズ・チェーン』を発動!」
遊煌のフィールドに裏側で配置されていたカードが表側となり、そのカードイラストから幾本もの鎖が伸び、『ガメシエル』の巨体を捕縛する。動きを封じられた『ガメシエル』は口内の炎が消え、雄叫びをあげてもがき苦しむが、鎖は堅くその身に食い込む。
「『デモンズ・チェーン』はモンスター1体の攻撃と効果を無効にする」
「チッ……防御用のカードを伏せてやがったか。俺はこれでターンエンドだ」
― ―
△ ― ― ― ―
― ― ― ― ―
???:手札4枚 LP4000
エクストラモンスターゾーン:なし
メインモンスターゾーン:『海亀壊獣ガメシエル』
魔法・罠:なし
(△…攻撃表示モンスター)
「よし……俺のターン、ドロー!」
場にモンスターが居なくなってしまったが、『デモンズ・チェーン』のお陰で窮地を脱した遊煌は意気揚々とデッキからカードを引き抜く。そうしてしばらく考え、そして動く。
「俺は『召喚僧サモンプリースト』を召喚!」
【召喚僧サモンプリースト】 ☆4 闇 魔法使い族 ATK/800 DEF/1600
遊煌の場にローブを纏った老人のモンスターが出現した。『サモンプリースト』は出現するや否や、その場に座り込み守備体勢をとる。
「『サモンプリースト』は召喚した時、守備表示になる。そして1ターンに1度、手札の魔法カード1枚を墓地に送ることで『サモンプリースト』は召喚呪文を唱え、デッキからレベル4のモンスター1体を特殊召喚できる。俺は手札の『サイクロン』を墓地に送り、効果発動! 呪文詠唱!」
『サイクロン』のカードが墓地に置かれると、『サモンプリースト』が聞いたことのない言語で呪文を謳う。そして遊煌のデュエルディスクがデッキよりカードを1枚選び、そのカード1枚がデッキ内よりせり出る。遊煌はそれを引き抜き、自分の場に召喚する。
「俺は『聖鳥クレイン』を特殊召喚!」
【聖鳥クレイン】 ☆4 光 鳥獣族 ATK/1600 DEF/400
『サモンプリースト』の隣に呼び出されたのは白い翼に嘴の長い鳥、そして甲高い鳴き声、要は“鶴”をモチーフにしたモンスターだった。
「『聖鳥クレイン』が特殊召喚に成功した時、俺はデッキからカードを1枚ドローする。更に魔法カード、『マジック・プランター』を発動!」
遊煌がそのカードを発動した途端、魔法・罠ゾーンで発動していた『デモンズ・チェーン』のカードが消え、同時に『ガメシエル』を縛っていた戒めが解かれる。
「なんだぁ? 自分から『ガメシエル』の拘束を解いてやがる」
「『マジック・プランター』は自分フィールドに表側表示で存在する永続トラップカードを1枚墓地に送ることでカードを2枚ドローできるんだ。俺は『デモンズ・チェーン』を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドロー!」
これで遊煌の手札はターン開始時と同じ枚数の4枚になった。加えてモンスター2体が場にいるこの状況、カードアドバンテージでは遊煌に分があるといっていいだろう。
「ケッ、さっきからカードを引きまくりやがって、そんなに手札が悪ぃのかぁ?」
「どうかな、俺は自分のターンにやれるだけのことをやっているだけだ」
「フン……だがなぁ、所詮てめぇの場には雑魚モンスターが2体しかいねぇ。対して俺の場には重量級モンスターの『ガメシエル』がいる! しかも拘束が解かれた状態でなぁ。わざわざ自由の身にしてくれて、礼が言いたいくらいだぜ」
その言葉と共に、『ガメシエル』が雄々しく鳴き声をあげる。ソリッドビジョンのモンスターではあるが、まるで本当に拘束が解かれたことに嬉々としている様子にも見てとれた。
だが、遊煌はそれを聞き、僅かに口元を緩めてほくそ笑む。
「それはどうかな」
「なに?」
「俺のフィールドにいるモンスター達をよく見てみな」
言われるがまま、男は自分のデュエルディスクで遊煌の場のモンスター達の詳細なステータスを表示する。
「あん? 見てみろもなにも、効果は使いきった雑魚モンスターにしか―……っ!?」
その時、男は気が付いた。特に注目したのは、遊煌の場のモンスター2体の
「同じレベルのモンスターが2体……まさか!」
「そう……その通り!」
遊煌は思い通りの反応を示してくれたことに嬉々として、大仰に片手を振り上げ、そして声高らかに宣言する。
「俺はレベル4の『召喚僧サモンプリースト』と『聖鳥クレイン』でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
そう宣言するや否や、『サモンプリースト』と『クレイン』はフィールドに出現した光の渦の中に飲み込まれる。飲まれた渦の中で2体のモンスターは2つの光の球となり、渦の周りを回る。そして新たなモンスターが姿を現す。
遊煌はエクストラデッキから、1枚の黒いカードを取り出す。エクシーズモンスターだ。エクシーズモンスターのエクシーズ召喚は、場の同じレベルのモンスターをオーバーレイユニットとし、カード同士を重ね合わせることで特殊召喚できる。遊煌はそれをエクストラモンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する。
「無貌の暗黒神よ! 悠久の時を経て、深淵より這い出て
すると、渦の中より新たに構築されたモンスターが、文字通り這い出る。そのモンスターは到底“形”と呼べるものは持っていない。不気味な灰色の体色に、形容しがたいずるずるとした長い体をくねらせると、口にあたるものが複数その身に出現し、僅かに口元を緩めて嗤う。その周囲には先ほどの光の玉が二つ回っている。
【外神ナイアルラ】 ★4 地 悪魔族 ATK/0 DEF/2600 エクシーズ
「なっ、なんだそのモンスターは!? 気色悪ぃ……」
その異形さに、思わず男は慄いた様子でそう口にする。それは男だけでなく、遊煌の後ろに立つ少女も覆わず身構えて少し後ずさりするほどだ。
「アンタの壊獣だって似たようなモンじゃないか」
「ざけんな! 俺のモンスターをてめぇのそんな気色悪ぃモンスターと一緒にすんじゃねぇ!」
「まぁ……この際形は気にするな。俺は『ナイアルラ』の効果を発動! 自分の墓地のモンスター1体を指定。そしてこのカードのオーバーレイユニットを全て取り除くことにより、指定したモンスターをこのカードの新たなオーバーレイユニットとする!」
オーバーレイユニットとは、エクシーズモンスターの周囲を回っている光の玉のことだ。この玉は実は先ほどエクシーズ素材にした『サモンプリースト』と『クレイン』であり、エクシーズモンスターは自身のオーバーレイユニットを取り除き、墓地に送ることで様々な効果を発動できる。
「俺は『虹光の宣告者』を指定する。その身を偽れ、フェイスレス・オーバーラップ!」
デュエルディスクの
「そして『ナイアルラ』の種族と属性はこの効果でオーバーレイユニットとしたモンスターと同じになる」
【外神ナイアルラ】地属性→光属性 悪魔族→天使族
「だが属性と種族が変わっただけで、攻守の数値が変わったわけじゃねぇ! そんなことになんの意味がある!」
「あぁ、確かにこの効果は現状あまり意味の無い効果さ」
「なら何故……!」
「保険さ、保険。それに、お前のモンスターの相手をするのは『ナイアルラ』じゃない。俺は『外神ナイアルラ』で、オーバーレイネットワークを再構築!」
先ほどと同じオーバーレイのエフェクトが『ナイアルラ』を包み込み、その姿が渦の中に消えると新たなモンスターの姿が構築される。
「盲目白痴たる万物の王よ! 夢限の中核にその身を宿し、暗愚の地平へと万象を誘え! ランクアップエクシーズチェンジ! 現れろ、ランク5! 『外神アザトート!』」
『ナイアルラ』の代わりにエクストラモンスターゾーンに姿を現したのは、黒い影が幾重も折り重なり、その中から白い牙、黄色い瞳がいくつも覗かせ、『ナイアルラ』の時とはまた違う形容しがたいモンスターの姿だった。
【外神アザトート】 ★5 闇 悪魔族 ATK/2400 DEF/0 エクシーズ
「また気色悪ぃ奴が出てきやがった……」
『ナイアルラ』に続き『アザトート』も、正直に言って使う人を選ぶ容姿をしているため、相対している男は明らかな嫌悪感を示す。
「『外神アザトート』は『外神』エクシーズモンスターの上にこのカードを重ねることで、エクシーズ召喚することができるモンスターだ。そしてこいつの攻撃力は、お前の『ガメシエル』を上回っている!」
「なんだとっ!?」
「いけっ、『外神アザトート』! 『ガメシエル』に攻撃! 夢幻の崩壊、コズミック・クライシス!!」
『アザトート』が己の体から黒く巨大な腕を2本生成すると、『ガメシエル』に掴みかかる。腕に掴まれた『ガメシエル』は苦しそうな雄叫びをあげながら、腕を通してその身に影が巻き付き、全身を取り囲むと影は徐々に縮小していき、やがて『ガメシエル』の姿は巻き付いた影の中に溶けるかのように消滅した。
「チッ……! 俺のライフポイントをよくも……!」
???:LP4000→3800
攻撃の余波が男にも襲い掛かり、その身からライフポイントを『ガメシエル』と『アザトート』の攻撃力の差分、200ポイント分を削る。男は舌打ちをし、『ガメシエル』のカードをディスクのセメタリースペースに送ると体勢を立て直した。
「よし! なんとか先制点はこっちが得たか」
このままこちらにゲームの流れが向いてくれればいいんだが……と、遊煌は祈るように手札の一番端の手をかけ、それをデュエルディスクの魔法・罠ゾーンにセットする。
「俺はリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ」
△ ―
― ― ― ― ―
■ ― ― ― ―
遊煌:手札4枚 LP4000
エクストラモンスターゾーン:『外神アザトート』
メインモンスターゾーン:なし
魔法・罠:セット1枚
「俺のターンか。ククク……一ついいことを教えてやるぜ」
デッキからカードを引き抜きながら、男は不敵な笑みを浮かべる。
「誰にも侵しちゃならない自分の
「……何の話だ?」
遊煌は唐突にそんなことを言い出した男に対して眉を顰め、質問を投げかける。それに対し、男は尚も不気味な笑みを浮かべてこう答える。
「てめぇは足を踏み入れちまったんだよ。俺様と『壊獣』たちの領域になぁ。そして見せてやるよ、ここからが……真の領域内での戦いだ! 魔法カード発動ぉ!」
息を荒げながら男は手札の1枚を勢いよくディスクの魔法・罠ゾーンに設置し、発動させる。そのカードは……。
「『妨げられた壊獣の眠り』ぃ!!」
「『妨げられた壊獣の眠り』……?」
長い名前のカードだな……と思いながら遊煌はそのカード名の意味を考える。あの狂暴な『壊獣』モンスターの眠りを妨げたら、一体どうなってしまうのだろうか……?
「このカードはまず、フィールドの全モンスターを破壊する!」
「なにっ!?」
男が宣言した通り、遊煌のエクストラモンスターゾーンに存在する『外神アザトート』の姿があたかもガラス細工であるかのように、バリンと音を立てて割れると消滅する。ソリッドビジョン特有の汎用破壊エフェクトだ。
デュエル中何度も見たことのあるエフェクトなのだが、それを見て遊煌は思わず狼狽える。なぜなら、いきなりノーコストで全てのモンスターが破壊されることになれば、理不尽極まりないと思うのも道理だろう。しかし、相手は遊煌のそんな思いを知ってか知らずか、更なる追加効果を提示する。
「その後、俺のデッキよりカード名の異なる『壊獣』モンスターを1体ずつ、自分と相手のフィールドに攻撃表示で特殊召喚する!」
「俺のフィールドにもだと……?」
「ホラよ、ありがたく受け取りなぁ!」
そう言って男は、デッキの中より選び出した2枚のカードのうち、1枚を手裏剣にして遊煌に投げ渡す。遊煌はそれを自分の顔面に刺さるスレスレのところで掴み取った。
「そして俺のフィールドに君臨するカードは……こいつだ!」
意気揚々ともう1枚の『壊獣』カードをモンスターゾーンに召喚する。カードイラストのキラキラとしたエフェクトが特徴的なそれは、シークレットレア仕様のカードだということが、遠目からでも判別できた。
「紅蓮纏いし大いなる暴君よ! 怒れる神の力を解き放ち、進撃の炎で全てを焼き滅ぼせ! 出でよ! レベル10、『
地面を踏みしめ、現れたのはまたも巨影の破壊獣。その巨体に紅蓮の炎を纏い、不自然なまでに小さな一対の目玉をギョロつかせ、大翼を広げた姿は一見ドラゴンのようにも見える。だが、巨躯を支える太く発達した筋肉を持つ脚と、それとは対照的に退化したであろう小さな腕、そして巨体のバランスを取るために長く後方に伸びたしっぽと、恐竜らしい特徴も持ち合わせている。
『ドゴラン』という名のその壊獣は、己の足もとに立つ遊煌に向かって大きく咆哮する。まるで数多の弦楽器を一斉に奏でたかのような重厚感ある雄叫びは、思わず遊煌の魂が吹き飛ばされそうになるような感覚に陥るほどだった。
【
「さらにてめぇの場に特殊召喚! 『
遊煌は先程投げ渡されたカードを攻撃表示でメインモンスターゾーンに特殊召喚する。
そうして出現したのは、全身の幾何学模様と鋭利なシルエットが特徴的な機械の壊獣だった。『ジズキエル』は甲高い機械音らしい鳴き声をあげ、眼前の『ドゴラン』と対峙し合う。
【
「また俺のフィールドに『壊獣』が……。この瞬間、『アザトート』のエクシーズ素材となっている『虹光の宣告者』の効果が発動する。墓地に送られた時、儀式モンスター、または儀式魔法を1枚手札に加える。俺が手札に加えるのは、このカードだ」
そう言って遊煌はデュエルディスクが選び出した1枚のカードを相手に見せ、それを手札に加える。そして改めて自分の場に召喚された『ジズキエル』のステータスと効果を確認する。なにせ自分が使ったことのないカードが突然自分のフィールドに召喚されてしまったのだから、こういった確認は欠かせない。
だが、遊煌はそこであることに気が付いた。
「ん……? ちょっと待てよ、こっちの壊獣の方が攻撃力高いじゃないか」
そう、改めてよくステータスを確認したら、『ドゴラン』の攻撃力は3000ポイントなのに対し、『ジズキエル』はそれよりも高い3300ポイントだったのだ。こちらの方に攻撃力の低い『壊獣』を送りつけることもできたはずなのに、なぜわざわざ攻撃力が3300もある『ジズキエル』を送ったのか……?
しかも『妨げられた壊獣の眠り』のテキストには、「この効果で特殊召喚したモンスターは表示形式の変更が行えず、攻撃可能な場合には必ず攻撃しなければならない」と記されている。このまま『ドゴラン』と『ジズキエル』が戦闘を行っても、『ドゴラン』が戦闘に負けることは明白だ。相手もそれはわかっているはず。
遊煌がそのことを相手に指摘すると、相手は尚も「ククク……」と不敵な笑みを浮かべる。
「だから言っただろう、てめぇは俺の領域に足を踏み入れちまってるって……ここからが本当のデュエルだぁ! このターン、俺はデッキマスターを特殊召喚する!」
「なっ、なにぃ!?」
それを聞いて遊煌は思わず声を上げて驚愕する。
“デッキマスター”……それは本来このデュエルには用いられない特殊なルールによって召喚したり、特殊能力が使えるモンスターのことだったからだ。無論、そのルールでデュエルを行う場合には互いのデュエリスト合意が必要なのだが……。
「デッキマスタールールだなんて……俺は一言も聞いていないぞ!」
「あぁ、言って無ぇからなぁ」
そう言うと男はニヤリと意地悪く嗤う。この男は最初から途中でルールを変更することを前提としてデュエルを仕掛けてきたのだと、遊煌は悟った、
「てめぇが精霊を連れてねぇ時点で
「くっ……そんな俺ルール許されるわけないだろ!」
「青いことぶっこいてんじゃねぇよ! どんな手段を使おうとも必ず勝利する。それが俺達のやり方だ!」
この時遊煌は気付いた。今、この男は「俺達」と言った。つまり、この男は個人的でこの少女を狙っているわけではなく、狙っている者は他にも複数人いるということだ。
「御託はこれまでだ! これからたっぷりと見せてやるよ、俺様のデッキの真価をなぁ!」
男は手を掲げて何かを呼び込むポーズをとる。その呼びかけに応じるかのように、黒い靄が立ち込める。その途端、まるで喉の奥にコルクを詰まらせたのかのように息苦しくなる。そのように陥った錯覚なのだろうか? それとも……。
靄はぐるぐると渦を巻き始め、男のフィールドに停滞すると徐々に塊り始め、形を作る。
「闇より生まれし幻想魔獣よ! 歯向かう者を己の贄とし、邪眼の魔力で幻惑へと誘え! デッキマスター、召喚!! 出でよ、幻想モンスター『サクリファイス』!!」
形作られた闇がついにその姿を遊煌達の前に見せる。まるで生気を感じられない青い体色と全身を走る白い筋緯線のそれは、丸い外殻で前面を覆っている。そしてその中心部にある一つ目が輝くと、自身を覆う外殻が二つに分かれ、開いた。そうして露わになる、巨体に不釣り合いなほどに小さい一つ目。体の中心部に空いた穴が、これまた不気味に脈打っている。傍らにそそり立つ『ドゴラン』と比べるとかなり小さく、全長は男とさほど変わらない程度だが、遊煌はその威圧感をひしひしと肌で感じていた。
こんな不気味なモンスターがこの男の精霊か……と、遊煌は内心の慄きを思わず表情に出し、顔をしかめる。
【サクリファイス】 ☆1 闇 魔法使い族 ATK/0 DEF/0 儀式
「攻撃力0……?」
男の場に出現した不気味なモンスター……『サクリファイス』。ソリッドビジョンによってそのステータスがフィールドに表示されるが、その攻撃力は0。つまり単体では全く攻撃の役割を果たすことのできないモンスターだということだ。しかし、デュエルモンスターズにおいてはこういう攻撃力の低いモンスターにこそ、強力な効果が備わっている場合が多い。ましてや未だ自分のフィールドにはこの場にいるどのモンスターよりも攻撃力の高い『ジズキエル』が存在している。何も無い訳はない。遊煌はそれを警戒し、自分のリバースカードをいつでも発動できるよう注意を払っていた。
「俺は『サクリファイス』の特殊能力を発動する!」
「やはり来たか……!」
「1ターンに1度、相手フィールドのモンスターを装備カード扱いとしてこのカードに装備する!
『サクリファイス』の一つ目が妖しい光を放つと、『ジズキエル』の動きが止まり、そのボディに不気味な眼のマークが刻み込まれる。そうして『ジズキエル』が完全に沈黙した後、『サクリファイス』が中央に空いた穴を大きく開く。すると、周囲の空気の流れが変わった。全てがあの穴の中に吸い込まれていく。遊煌自身も吸い寄せられそうになるのを、地を踏みしめて耐える。だが、その吸引の標的は自分には向いていない。 隣に建つ建設中のビルほどの全長を持つ『ジズキエル』の方だった。『ジズキエル』の巨体がじりじりと『サクリファイス』の方に吸い寄せられていくと、ついにその体が地を離れ、全長もみるみる縮んでいくと『サクリファイス』の穴の中に吸収されてしまった。
「モンスターが吸収された……!?」
「その通り。『ジズキエル』は邪眼の呪縛に陥り、今やこの『サクリファイス』の装備カードとなった」
男が遊煌に対して手を招く動作を行う。どうやら「『ジズキエル』を返せ」と言っているつもりらしい。まったく……いちいちカードを渡されたり返したり面倒なデュエルだ、と遊煌は内心思い、『ジズキエル』のカードを手裏剣の要領で男に投げ返す。男はそれをキャッチすると、『サクリファイス』の下に配置されている自分の魔法・罠ゾーンにセットした。
「そしてこの効果で装備したモンスターの攻撃力と守備力分、『サクリファイス』の攻守はアップする」
サクリファイス:ATK/0→3300 DEF/0→2600
「一気に攻撃力が3300に……!」
「しかも、てめぇのフィールドにモンスターはいねぇ。『ドゴラン』と『サクリファイス』の波状攻撃でてめぇは終わりだ!」
そう、相手の場には攻撃力3000超えのモンスターが2体。対して遊煌のフィールドにモンスターは無し。このまま
「くっ……!」
もちろん本人もそれを悟っており、冷や汗が頬を伝う。遊煌の背後に佇む少女も、不安げな表情を浮かべる。
「いくぜぇ! 俺のバトルフェイズ! まずは『ドゴラン』の攻撃ぃ!」
『ドゴラン』の赤い胸鰭と鶏冠がより赤く輝き出し、口内に炎が溜まっていく。ソリッドビジョンとはいえ、その熱量に地上にいる遊煌にも熱波が降りかかるかのような錯覚を感じたほどだ。そして大きく息を吸い込むと、口を開き、その灼熱の火炎を吐き出す。
「
吐き出された火炎は一直線に遊煌の元に向かう。炎が全身を包み込むと、辺り一面が真っ赤に染まり、遊煌は思わず腕で顔を覆い、叫び声をあげる。
「うわああああああああああああああっ!!」
とはいえ、これは本物の火炎ではない。ソリッドビジョンが映し出す幻だということは、頭では理解している。しかし、実際にこの身が炎の中に曝されていると、体が本能的に感じとってしまい、熱が肌を伝わってくるようにも感じた。炎が止むと、遊煌は息を荒げて地面に片膝をつく。
遊煌;LP4000→1000
直接攻撃をモロに受けてしまい、今までノーダメージだった遊煌のライフポイントが僅か1000ポイントにまで落ち込む。次に攻撃力3300の『サクリファイス』の攻撃を受ければそれでゲームオーバー、遊煌の敗北だ。
「ここまでだなぁ、小僧! 『サクリファイス』でプレイヤーに
『サクリファイス』の一つ眼が輝き、中心部より赤い熱線が放出される。細長く、しかし熱く、威力が収束されていることがわかる。熱線は地面を抉りながら一直線に遊煌の方へと迫る。そして……。
「うあああああああああああああっ……!」
迫る熱線に思わず腕を交差して身を守る遊煌。だが、熱線は勢いを止めることなく、容赦なく遊煌の身を焼いていく。『サクリファイス』の攻撃は、遊煌を確かに捉え直撃を与えた。その衝撃は凄まじく、遊煌を中心に爆発を起こし、爆炎と共に砂塵を巻き上げる。
遊煌の背後に立つ少女は、自分を助けてくれた名も知らぬ少年が無残にも身を焼かれ、敗北したと悟り、静かに涙を流した……。
Twitterの方にて「遊戯王小説を復活させてほしい!」という要望があったため、心機一転して新シリーズを書き始めてみました。
一部キャラクターは前作より流用し、ルールは新マスタールール順守、オリジナル世界観、そこにアニメオリジナルルールのデュエルを取り入れています。
一応デュエルのルールを知らない人が読んでもわかりやすいように、専門用語は事細かに説明してあります。既にルールを熟知している方は煩わしいとは思いますが、次のデュエル以降からは省略しますので、ご了承ください。
また、デュエルフィールドやモンスターのステータスの表示の仕方は前作のままにしていますが、見やすいでしょうか…?
カードテキストはいちいち長ったらしい文を書くのも煩わしいのでキャラに説明してもらっています。
デッキマスタールールはアニメで登場したのとほぼ同じですが、詳しい説明は次回にしようかと思っています。
そんなわけで始まった新シリーズですが、デュエリストと精霊たちとの新たなデュエルの物語を、どうか見守ってください!