ダンまち×バキ外伝 疵面《スカーフェイス》   作:まるっぷ

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お久しぶりです。

刃牙道連載が再開したので書きました。ダンまち×刃牙道もそろそろ書きたいと思います。

もう少しお待ち下さい。


そこは豊穣の酒場+花山

「【疾風】ねぇ」

 

賞金稼ぎである『黒拳』、ヒューマンのルノア・ファウストは簡素なベッドの上で仰向けになりながら、先ほど受けた依頼についてぼんやりと考えていた。

 

片手で二枚の羊皮紙を弄びながら、その内の一枚に目を通す。

 

「潜伏場所は『豊穣の女主人』って酒場か。これは自分の目で確かめるしかないか」

 

ルノアは面倒くさそうな調子でそう呟いた。

 

 

 

「【疾風】ニャア~」

 

暗殺者である『黒猫』、猫人(キャットピープル)のクロエ・ロロは簡素なベッドの上でうつ伏せになりながら、今しがた引き受けた依頼書をぼうっ、とした目で読んでいた。

 

両手にある二枚の依頼書を見比べながら、その内の一枚に目を通す。

 

「潜伏場所は酒場兼レストランの『豊穣の女主人』……とりあえず行ってみるかニャア」

 

クロエはやる気のない調子でそう呟いた。

 

 

 

ルノアは渡されたもう一枚の羊皮紙に目を通す。

 

そこに描かれていたのは裏社会の超大物の顔だ。その名を聞いた時は流石に驚いたが、確かに最後の仕事にするには相応しいのかも知れない、とも思った。

 

「これなら【疾風】とも見劣りしないね。報酬も悪くないし」

 

 

 

クロエは渡されたもう一枚の依頼書に視線を落とす。

 

極東の裏社会においては超が付くほどの大物と言われている人物が標的と聞かされた時には驚いたが、同時に暗殺業の締めくくりには相応しいとも感じた。

 

「報酬も十分釣り合ってるニャ。【疾風】と同じくらいに」

 

 

 

 

 

賞金稼ぎと暗殺者。彼女たちが今回、標的として言い渡された人物は二人。

 

一人は【疾風】という名前で呼ばれている覆面の冒険者。オラリオに消え残っていた闇派閥(イヴィルス)を単身で壊滅させた実力者で、種族がエルフであるという事しか情報は公開されていない。

 

そしてもう一人。それは裏社会の超大物。

 

オラリオの繁華街に公然と居を構える、極東から来たとされる反社会的勢力『ヤクザ』。

 

当主の姓を掲げる『花山組』……その第十六代目当主、花山(ハナヤマ)薫である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだメインストリートに人気(ひとけ)のない早朝。左右に多くの店が立ち並ぶ中、ある一件の店の中では、あわただしく開店の準備がされていた。

 

その時、ガシャン!という特有の甲高い音が店内に木霊した。板張りの床には白い陶器の欠片が散乱し、続いて女傑の怒声が轟く。

 

「何やってんだい、まったく!今月で何枚目だと思ってるんだい!?」

 

「くっ」

 

こめかみに血管を浮かばせながら厨房から出てきたのは『豊穣の女主人』の店主、ミア・グランドだ。太腕をいからせ、皿が落ちた場所へと……正確には皿が割れる元凶となった人物へと、ずんずん歩み寄ってくる。

 

そこにいたのはウェイトレス姿のエルフだった。

 

若葉色の生地に純白のエプロン。薄緑色に染められた髪を揺らすこのエルフこそ、ついこの間までオラリオ中に名を轟かせた【疾風】こと、リュー・リオンである。

 

この店の看板娘との出会いから従業員として働く事となった彼女は、慣れない接客業に苦悩していた。現にこうして皿を割る事も日常茶飯事で、そのたびにミアの雷が落ちている。

 

「もうすぐ開店なんだから手間増やすんじゃないよ!ほら、さっさと片付ける!」

 

「わ……分かりました……ッ!」

 

エルフとしての誇りか、元上級冒険者としてのプライドか。肩を震わせながらもリューは手に掃除用具を持ち、割れた皿の処理を始める。

 

そんな彼女に、近寄ってくる者がいた。

 

「ちりとり、持つね。手伝うよ」

 

「シル……」

 

薄鈍色の髪を揺らし、人懐っこい笑みを浮かべながらやってきたウェイトレス。リューがこの店で働く一番の要因ともなった少女、シル・フローヴァである。

 

シルはさっさとちりとりを奪い、有無を言わさず無理やり手伝いに加わる。

 

「勝手に持ち場を離れては、またどやされますよ」

 

「大丈夫。ミアお母さんには上手く言っておくから」

 

それに一人じゃ危なっかしいから、と微笑む少女に、リューは何も言えなかった。これ位一人でも出来る!と怒鳴っても良いはずなのだが、どうにもこの少女に対してはそう言った事が出来ないのだ。

 

居心地が悪いような、そんな事はないような。他者との極端な接触を好まないエルフであるリューが、そんな奇妙な空気を肌で感じつつ割れた皿の処理をしていた……その時だった。

 

カラン、という軽い音と共に、店の扉が開かれた。

 

「あっ、ごめんなさい。まだ開店前でして……」

 

咄嗟にシルが入ってきた客に対応する。何気なくリューも顔を上げ、その客のいる方へと視線を泳がせた―――――その瞬間。

 

 

 

「―――――ッ!?」

 

 

 

蒼い双眸が見開かれる。箒を持ったまま身体が硬直し、向けた視線が釘付けになってしまった。

 

入ってきたのは二人の男で、オラリオではあまり見ない、極東の人間に多いとされる顔立ちをしていた。一人は黒っぽいスーツを着込み、髪はオールバックに決めている。

 

そしてもう一人の男。オールバックの男とは対照的な白のスーツに身を包んだ男は非常に大柄で、店の扉を潜って入ってくるほどだ。これほどの巨躯は、オラリオの冒険者の中でもそうそういないだろう。

 

しかしリューが目を奪われたのは、そんな事(・・・・)ではない。

 

特徴的な切れ長の瞳に、顔面を斜めに縦断する二つの刀傷。学者に多く見られる縁なしの眼鏡をかけているが、とても堅気には見えない。

 

早朝のオラリオの街並みには全く似合わないこの男の正体を、リューは知っていた。

 

「ハナヤマ……薫……ッ!」

 

オラリオでも突出して異色の存在。反社会的勢力であるにも関わらず、繁華街に公然として居を構えている極東のならず者……『ヤクザ』。

 

彼らはリューがいた【アストレア・ファミリア】と直接的に敵対していた訳ではないが、それでも良からぬ連中である事に違いはない。過去には対立していた『富沢会』との抗争で多くの一般人にも被害が出た事もある。

 

その時の当主、花山景三の急逝が理由で花山薫が第十六代目当主の座に就いた事により、これまでのように表立った抗争はぱったりと途絶えた。ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】が今でも花山組を捕縛できないのも、これによる所が大きい。

 

が、しかし。

 

そんな輩を目の前にして、誇り高いエルフが……リューが黙っていられる訳がなかった。

 

「止まれッッ!!」

 

「!? ちょっと、リュー!?」

 

リューは手にしていた箒を槍のように構え、花山と対面するシルを守る形で間に割り込んだ。突然のこの行動にシルは驚き、花山の隣にいたオールバックの男、木崎(キザキ)は片眉を上げて訝しむ。

 

「あー、シルのお嬢ちゃん?こっちのは……?」

 

「すみません、キザキさん。彼女は……」

 

「彼女と喋るなッ!」

 

困惑する木崎に対して、またしてもリューの鋭いけん制の声が飛ぶ。

 

擦り切れて果てる運命にあった恩人とも言える少女が、ヤクザと僅かにでも面識を持ってしまう。それによって何らかの因縁を付けられる……そこまで想像し、元とはいえ【アストレア・ファミリア】の矜持がリューを突き動かしたのだ。

 

とは言え、今すぐこの場でこの男たちを倒してしまう訳にもいかない。何故ならこちらはまだ何の被害も受けていないのだから。

 

どうする?どう動くべきか?

 

リューの脳裏に様々な選択肢が浮かび、ついに強行手段に出ようとした……その瞬間(とき)

 

 

 

「こンのアホたれがあぁぁッ!!」

 

 

 

「ッッッ!!?」

 

ゴンッッ!!という凄まじい音と共に、突如としてリューの視界が激しく揺れた。

 

冗談でも比喩でもない。星が、【ルミノス・ウィンド】(星屑の光)が、頭の上をぐるぐると回っている。

 

手にしていた箒を取りこぼし、思わず両手で頭を押さえてうずくまるリューの姿にシルは口を押さえて驚き、他の従業員たちは身に覚えがあるかのようにその身を(すく)ませた。

 

うずくまるリューを見下ろし、怒りの形相を浮かべるミアは怒声を浴びせる。

 

「客相手に何やってんだいアンタは!!不愛想ならともかく、なに喧嘩までおっ始めようとしてんのさ!?」

 

「ま、まァまァ、ミアさん!俺らはまだ何にも手ェ出されてませんから、そんくらいで、ねっ?」

 

怒髪天を衝くミアに対し、木崎は苦笑いを浮かべながら(なだ)める。よりにもよってヤクザにかばって貰うなどとは思いもしなかったリューはその事実に肩を震わせるも、未だに頭部を襲う激痛は治まらず、結局その姿勢のまま動けずにいた。

 

そんな騒動の最中……我関せずを貫いていた花山は、終始無言のままだった。

 

 

 

 

 

それから少しの間を置き、準備中の『豊穣の女主人』に落ち着きが戻った頃。木崎はようやく本題に入る。

 

「そんでミアさん、例の物(・・・)は……」

 

「ああ、奥に仕舞ってるよ。今出してきてやるから待ってな」

 

そう言ってミアは厨房へと戻っていった。その背を見送りながら、リューは木崎が言っていた例の物(・・・)とは何なのかと思考を巡らせる。

 

(何の事だ……武器?爆薬?……まさか、麻薬……!?)

 

先ほどのミアと木崎とのやりとりから察するに、彼女は『花山組』とかなり親密な関係である事は想像に難くない。

 

おまけに上級冒険者のリューを拳骨の一発で行動不能に追いやる馬鹿力の持ち主が営む酒場だ。何の変哲もないバーが裏で良からぬ組織と繋がっている、なんて事は稀にある。つまりこの『豊穣の女主人』は、『花山組』の息がかかった“密会所”なのでは?

 

割れた皿の欠片を処理しながら、そのような想像を頭の中で展開させていたリュー。その肩に、ポンと小さな衝撃が伝わった。

 

「シル?」

 

「大丈夫だよ」

 

彼女の肩に手を置いたヒューマンの少女、シルは柔らかな笑顔をたたえて、険しい顔になっていたリューに語り掛ける。

 

「キザキさんが言ってた例の物(・・・)って、多分リューの考えているようなものじゃないから」

 

シルがそう言うと同時に、バン!と厨房のドアが開かれた。

 

そこから出てきたミアは、大きめの木箱を三段重ねにしたものを両手で抱えて出てきた。中身が入っているとすれば相当な重量であるはずのそれを、彼女は軽々とした歩みで花山と木崎の前に持ってくる。

 

「ほらよ。今度のもかなり質の良いのが手に入ったからね、きっと満足出来るはずさ!」

 

「ありがとうございやす、ミアさん」

 

ドンッ!と大きな音と共に床に置かれたその木箱。運んでいる時は見えなかったその中身に、リューは目を丸くして固まる。

 

「これは……?」

 

「ふふ、見るのは初めて?」

 

傍らのシルが無邪気に笑いながら、木箱の中のものを説明する。

 

「これはウィスキーって言うお酒だよ。正確にはバーボンで、銘柄は“ワイルド・ターキー”。13年物の逸品なんだって」

 

それは透明なボトルに入った琥珀色の液体で、ドワーフが好んで飲む火酒に酷似している。口の部分をしっかりとコルクで栓がされているものが1箱に20本。計60本もの酒瓶が、ミアから花山へと渡された。

 

「毎度の事ですが、すんませんね」

 

「良いって事さ。こんな高い酒を箱で買ってくれる上客なんてそうそういないからね!」

 

大口を開けて笑うミアと木崎が談笑する中、ここでようやく花山がようやく動きを見せた。

 

一番上の木箱の中から無造作に1本の酒瓶を取り出し、懐に仕舞う。木崎は金貨の詰まった袋をミアへと手渡し、そして店の入り口へと声を投げかけた。

 

「おいお前ら、これを屋敷に運んどけ」

 

「へい、代貸し!」

 

表で待たせていた若い衆にそう命令する木崎。花山はさっさと店から出てゆき、そのすぐ後を木崎も追って出ていった。

 

“相変わらず、すげぇ量だな”とか“これでも1ヵ月保たねぇんだろ?”とか言いながら酒の入った木箱を外の台車へ運んでいく構成員たち。彼女が知る『ヤクザ』のイメージから余りにかけ離れたその光景に、リューはただただ唖然とする他ない。

 

「ほら、手が止まってるよ!ちゃっちゃと準備する!」

 

パンパン!と大きく手を叩き、ウェイトレスの少女たちを動かすミア。リューもその例に漏れる事なく、シルに手を引かれて仕事へと戻っていく。

 

食材の皮むきのために厨房へと入って行く二人。その直前、リューは振り返って店の扉をちらりと横目で見た。

 

その目には険しさを湛えながらも、若干の戸惑いの色があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオはもう住民が目を覚まし、身支度を終えて動き始める頃合いだ。しかし街中には活気はなく、しかもところどころには壊れた屋台の木片や、割れたガラスといったものが落ちている。

 

それも仕方のないことで、少しまでまでオラリオは治安が悪かったのだ。今もまだ良いとは言えないが、それでも大分マシになったのは確かだ。

 

しかし、それでもやはり不安なのだろう。人影はあるにはあるがまばらで、心なしか顔も暗く見える。『暗黒期』と呼ばれたオラリオを知る者たちにとっては、まだ完全には安心できないのだろう。

 

が、そんな人々ばかりではない。

 

「おや、ハナヤマの大将じゃないか!こんな時間に珍しいねぇ」

 

「ハナヤマさん、おはようございます!」

 

「これ、ウチで採れた野菜なんだけど、良かったらどう?」

 

メインストリートの端に立ち並ぶ店。そこには肉や野菜といった食料品を売る店もあり、そこの店主たちは開店の準備を終えていた。客の姿はあまり見えないが、歩いている花山を見るなり、彼らは口々に挨拶の言葉を述べる。

 

なぜヤクザである花山が、街の住民にこうも親し気にされているのか?その理由は単純で、花山たちの組織が彼らに何の危害も加えていないからだ。

 

確かに反社会的勢力として『ギルド』や【ガネーシャ・ファミリア】に目を付けられているが、表立っての暴力行為などは行っていない。裏での活動も、監視の目は特に注意しているので、捕縛に至る証拠は一つも漏らしていない。

 

このように、いくら『ヤクザ』とは言っても、実際には何の不利益も被っていない街の住民からしてみると、花山は必要以上に恐怖する存在ではないのだ。おまけに花山はしょっちゅう街中を歩き回っている。そして途中で馬車が溝に嵌まって動けなくなっていたりするのを見かけると、ひょいと片手で溝から引っ張り出して、手助けしてしまうのだ。

 

そのような光景に最初は面食らっていた住民たちも、花山の温厚な性格を知る事となった。そして次第に親しくなってゆき、こうして食材まで渡す程の仲になる者もいた。

 

「はい!新鮮だから生でもイケるよ!」

 

「ん……」

 

八百屋を営む老婦人から渡された野菜。トマトにキュウリ、ナスといった旬の味覚を受け取る花山は不愛想ながらも、確かにそれを受け取る。

 

「ほら、キザキさんも!」

 

「あっ、ハイ。すんません……」

 

半ば無理やり野菜を押し付けられる木崎。愛想笑いを浮かべながらそれを受け取り、二人は商店が連なるメインストリートを去って行った。

 

「はぁ~……」

 

「どうした、木崎」

 

「どうしたじゃないですよ、大将。こんなにちやほやされちまって」

 

頭痛を堪えるように頭を押さえ、木崎は前を歩く花山に言葉を返した。

 

「俺たちゃ『ヤクザ』なんですよ?なのにこんな人気の冒険者みたいに扱われちまって……」

 

【ロキ・ファミリア】じゃないんすから、と言いながら、木崎はどうも釈然としない風に愚痴り始める。

 

ヤクザは舐められたらお終い。とはよく聞くが、彼らの態度はむしろ信頼のそれだ。悪感情ではなく友好の意をもって接してくる分、木崎も蔑ろにできない。当主である花山が全く気にしていないので、これはもうどうしようもない。

 

ぶつぶつと愚痴る続ける木崎。それは前を歩く花山に向けているようにも聞こえるが、やはり花山は聞く耳を持っていないようだ。

 

「大体俺らをヤクザだって分かってんなら、なんでわざわざ近付いてくるのか……大将?聞いてま……」

 

 

 

「ハナヤマァ!!」

 

 

 

と、それは突然だった。

 

商店街を過ぎ、あまり人気のない住居区画に入った辺り。そこで突如、花山の名を叫ぶ声が響いた。同時に花山と木崎の前に一つの人影が躍り出し、行く先に立ちはだかる。

 

それは汚い身なりの男だった。被っていたフードをたくし上げ、血走った目で花山を睨みつけ、手には刃渡りの長いナイフを持っている。

 

「おどりゃあ、何者(ナニモン)じゃぁ!!」

 

花山の後ろを歩いていた木崎は素早く前に出て、ドスの効いた声で相手をけん制する。同時に懐に忍ばせていた刃物を抜き放つ。一触即発の空気を察したのか、ネズミの足音すら聞こえなくなる。

 

「ハナヤマ、テメェの事は知ってるんだぜぇ!ヤクザだ何だと言われてるが、恩恵(ファルナ)も持たねぇ一般人らしいじゃねぇか!?」

 

恐怖か興奮か、引きつった顔でそう捲し立てる男は唾を飛ばしながら、ナイフの切っ先を花山へと向ける。木崎はさらに険しい顔つきで睨みつけ、相手を出方を窺う。

 

「俺はこれでもLv2の元冒険者でなぁ!テメェを殺せば、あとは遊んで暮らせる金が手に入るってモンよ!」

 

「! てめぇ、鉄砲(テッポー)玉か!?」

 

口ぶりから察するに、この男はどうやら何者かに雇われた殺し屋らしい。わざわざ前に出てくるあたりは間抜けだが、Lv2というのが自信の根拠になっているようだ。

 

チッ!と舌打ち、木崎は内心で焦る。

 

当然ながら、木崎は恩恵(ファルナ)を持っていない。ヤクザであるが故に荒事には慣れているが、それでもLv2の元冒険者が相手では分が悪すぎる。差し違える覚悟でやれば恐らく撃退出来るだろうが、それも確証はない。

 

周囲に人気はなく、街の守衛である【ガネーシャ・ファミリア】の姿もない。つまりこの事態を乗り越えるには、自分がどうにかするしかないのだ。

 

「大将、ここは俺がどうにかしやす!屋敷へ戻ってどうかこの事を伝えて……」

 

そこまで言った木崎。しかしその肩に、ポン、と巨大な手が添えられた。

 

「た、大将……?」

 

「下がってろ」

 

思わず見上げる木崎を他所に、花山は暴漢の前へとその身を晒す。手にしていた野菜の入った紙袋を木崎へと押し付け、そして唐突に懐から酒瓶を―――『ワイルド・ターキー』を取り出した。

 

悠然とした動作でそれの首部分を掴むと、バキャ!という音と共に豪快にへし折る。本来開けるべき蓋ごと破壊して開封した花山は、なみなみと満たされているその酒を、これまた豪快に喉奥へと流し込んだ。

 

ゴブォ、ゴブォ、ゴブォ。

 

見る見るうちに無くなっていく琥珀色の液体。一連の動作を『挑発』と受け取った暴漢は顔を真っ赤にし、怒りに任せて怒声を放った。

 

「テ、テメェ!!舐めてんじゃねぇぞコラァ!?」

 

そんな怒声も花山には届かない。

 

中身の無くなった瓶を、花山はぞんざいに道路の端に放り投げる。ガラスが割れる音が木霊し、それがきっかけであるかのように暴漢はついに走り出した。

 

「死に晒せぇ!!」

 

ナイフの切っ先を構えたまま詰まる花山との距離。木崎は動こうにも花山の巨体が視界を遮り、初手で反応が遅れてしまう。

 

「大将!!」

 

木崎の焦った声が上がる。そして―――――。

 

 

 

 

 

その光景を、ルノアは建物の上から見ていた。

 

早朝の『豊穣の女主人』へと赴いた彼女は、最初は標的である【疾風】の下調べを行うつもりだった。しかしなんとそこにいたのはもう一人の標的、花山薫であった。

 

急きょ予定を変更し、ルノアは花山の調査を先に行う事にした。バレないように建物の上を軽業師のように渡り、花山の動向を全てその目に収めた。

 

(なんでヤクザが、街の連中に慕われてるのよ……)

 

道中での出来事。花山が八百屋の老婦人から紙袋いっぱいの野菜を貰ったり、街の連中から気さくに声を掛けられている様子に、当然ながら困惑の色を示した。

 

『ヤクザ』という反社会的勢力。街の秩序を壊す者でありながら、人々はまるで怖がっていない。むしろ歓迎されている風でもあった。

 

(あたしはこんな風にこそこそしてるのに、なんでアイツは堂々と表を歩いて……)

 

ルノアの胸の内に悶々とした思いが募ってゆく。

 

賞金稼ぎとして暗躍する彼女は、その後ろめたさからか、あれほど堂々と街中を歩けない。汚い裏路地がお似合いだと思っていたが、花山の姿を見て嫉妬のようなものがこみ上げてきたのだ。

 

そうこうしている内に、事態は思わぬ方向へと進んでいた。突如現れた暴漢が、花山の命を狙ってナイフを構えている。  

 

(殺し屋!?私と同じで、誰かに雇われたのか……!?)

 

花山は裏社会の超大物である。故にその命を付け狙う輩は少なくなく、現にこうして目の前に現れている。ルノアは自分の標的が他の者に殺されそうになっている状況を前にして、どうしようかと高速で頭を回転させる。

 

(どうする、どさくさに紛れてここで殺るか?いや、事前に準備も何もしていない。それなら花山が殺された後、あの殺し屋を仕留めて手柄を……!) 

 

そんな考えが頭を過ぎったが、どうもすっきりしない。元来の性格が災いして彼女が動けない間に、とうとう暴漢はナイフを構えて走り出した。

 

「死に晒せぇ!!」

 

 

 

その声にハッとし、ルノアは建物の屋上から身体を乗り出す。せめてどうなるのかを見届けなくてはと思い、緊迫した面持ちで事の顛末をその目に焼き付ける。

 

そしてそれは、予想も出来ないものだった。

 

「………は?」

 

惚けたような声がルノアの喉から漏れた。

 

視線の先にはナイフを突き出した格好の暴漢がおり、その状態のまま固まっている。何事かと思いそのナイフの切っ先を目で辿ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

「なっ、なんっ!?ク、クソッ!?」

 

もがく暴漢。ナイフを握っている彼の手は花山を突き刺す前に、なんと花山自身の手によって止められていたのだ。

 

暴漢の手は花山の巨大な手によって握られており、びくとも動かせない。どうにか抜け出そうともがいているが、花山がほんの僅か握力を強めただけで、まるで万力に絞められているかのように絶叫してしまう。

 

「ぎゃああぁぁぁああああ!?」

 

「………」

 

苦痛に満ちた濁声が上がるも、花山の瞳は全く動じていない。これまでの道中と変わらず、静かな目をしていた。

 

やがてその手を握りしめたまま、花山は軽い調子で、ぶんっ!と暴漢を放り投げる。宙を舞った暴漢の身体は建物の屋根の高さを軽く飛び超え、そしてルノアのいた建物の屋上に叩きつけられた。

 

「ぐえっ!!」

 

「ッ!?」

 

潰れたカエルのような悲鳴と共に、暴漢の意識は刈り取られた。すぐ隣にいたルノアは驚愕した表情で彼に釘付けとなり、声を失ってしまった。

 

「……木崎、拾ってこい」

 

「……ぁ。へ、へぇ!」

 

呆然としていた木崎は花山の声で我に返り、命じられた通りに暴漢の回収に向かう。急ぎ足で建物の中へと入り、階段を駆け上がって屋上を目指す。

 

「やばっ!?」

 

ルノアも我に返り、急いで別の建物へと移動した。程なくして屋上へとやって来た木崎は暴漢を連れて建物を後にし、花山と共に再びメインストリートを歩いて行った。

 

彼らの背を眺めつつ、ルノアの口は自然と呟いていた。

 

「あ……あれで恩恵(ファルナ)を授かってないって……?」

 

滅茶苦茶だ。

 

その言葉に、ルノアの抱いた思いが総括されていた。

 

 

 

 

 

しかし、ルノアの驚愕はまだ止まらなかった。

 

花山と木崎がやって来たのは、なんとギルドだった。オラリオの秩序を守る神殿に、あろう事か真正面から入り込んできた花山の姿に、ギルド職員と冒険者たちは騒然となる。

 

「おい、あれって……!」

 

「ああ。ハナヤマだ……」

 

「それって、あの『ヤクザ』の……!?」

 

ひそひそと、こちらに矛先が向かないように囁く冒険者たち。彼らには目もくれずに、花山は一人の受付嬢の前までやって来た。

 

山の如く巨大な身体を持つ花山を前にして、受付嬢の少女は泣きそうな顔でその顔を見上げる。

 

「あ……ぁの、何か、御用でしょうかぁ………!」

 

見ている方が気の毒になる程に怯えている受付嬢に、花山は単刀直入にこう切り出した。

 

「土産だ」

 

「うひぃ!?」

 

そして床に投げ出されたのは先ほどの暴漢だ。鼻血を出して気絶している彼は受け身も取れずに倒れ込み、受付嬢は引きつった悲鳴を上げる。

 

やがて男性職員がやって来て、暴漢の身柄は拘束される事となった。人だかりが出来るその場から去りながら、花山は手近にいた職員に声をかける。

 

「便所、借りるぜ……木崎。お前は先に戻ってろ」

 

「えっ、ちょ、ちょっと大将!?」

 

引き留める木崎の声には耳も貸さず、我が物顔でギルドの奥にあるトイレへと歩いていく花山。猛獣が闊歩するかの如く、周囲にいた人だかりは慌てて道を譲り、その大きな背中は奥の方へと消えていった。

 

一部始終をギルドの入り口で見ていたルノアは、もう考える事を半ば放棄していた。

 

常識外れという言葉では到底追いつかない、もはや規格外とも言える自由っぷりに、頭に手を当ててその場にしゃがみこむ。

 

「あんなのが標的ですって……?あー、頭痛くなってきた」

 

美人と言って差し支えない顔を歪ませ、ルノアは今後の事を考えながらギルドを後にする。ひとまずは情報収集が先、それから先の事はその時考えようと、今だけは花山の事を忘れたかった。

 

なお、ルノアが去った数分後にギルドのトイレから怒号が響く事となるのだが、それは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕暮れ時が差し迫っていた。場所はメインストリートから離れた、オラリオで最も貧しいとされる『ダイダロス通り』の入り口である。

 

その場所に設けられた簡素なベンチの上に、花山は座っていた。足を組んだ状態で、不用心にも目を閉じている。

 

そう、今朝がたあのような事があったにも関わらず、花山はベンチの上で熟睡していたのだ。

 

(ま、マジかニャ……)

 

その姿を遠くの建物の影から見ていたクロエは、内心素の口調で引いていた。

 

彼女は今朝の出来事を知らない。しかし裏社会の超大物が、こんな汚い場所でベンチに座り、あまつさえ熟睡している。色々とぶっ飛んだ花山の行動に、流石の暗殺者も顔が引きつってしまう。

 

(もう、ここで殺っちまうかニャ?いや、でもまだ下調べも済んでニャいし……)

 

腰のポーチに入った毒針をさすりながら、クロエは思案する。

 

確かに今、この毒針を放てば簡単に始末できるだろう。しかし近辺に護衛の姿がなくとも、どこかに潜んでいる可能性もある。僅かでもリスクがある以上、迂闊な行動には出られないのだ。

 

と、そんな事を考えていた時であった。

 

クロエとは反対側の方向。その建物の影から、3人の子供がこちらへとやって来たのだ。正確に言えば、ベンチに座っている花山の方へ、だ。

 

「うわぁ、すっごい大きい!」

 

「だろ!それに見てみろよ、この靴!」

 

「蛇の皮靴!?すげぇ!」

 

子供は全員が男の子だった。汚れた身なりからして、スラム街に住んでいるのだろう。彼らは子供ながらの好奇心からか、普段見慣れない豪華な服装に身を包んだ花山の姿に、皆一様に興奮しているようだ。

 

(ああ^~。癒されるニャア~~~)

 

でへり、とだらしなく鼻の下を伸ばすクロエの視線は、少年たちの尻を凝視する。

 

美少年を侍らせて暮らしたいという欲望に塗れた彼女にとって、ごろつきも泣いて逃げるような強面の花山を見続けていた後のこの光景は、まさに眼福ものだった。

 

しかし、事態はクロエの思わぬ方向に向かう。

 

「なぁ、この靴、ちょっと触ってみようぜ!」

 

「え!?そ、それは不味いよ!」

 

「絶対に怒られるって!」

 

「平気へーき!こんなにぐっすり寝てるんだから!」

 

3人の内の1人の少年が、花山の靴を触ってみようと言い出したのだ。残る2人の少年の制止も聞かず彼は無謀にも花山の靴に手を伸ばす。

 

(ちょっ!?待つニャ少年、それは流石に不味いニャア!!)

 

それを見ていたクロエは気が気でなかった。何しろ相手は反社会的勢力のボス、花山薫である。裏社会で生きる彼にとってこの少年たちは、きっとゴミ同然のような存在なのだろう。

 

汚らしいネズミが近寄ってくれば誰でも追い返すか、その場で駆除するだろう。花山が起きた時に同じ事が起きるのではないか。男児(ショタ)をこよなく愛する彼女にとって、目の前の光景は看過できない重大事案であった。

 

どうするか。

 

ここから毒針で殺す?いや、効果が出るまで時間がかかる。

 

姿を現して少年たちを避難させる?いや、暗殺者が姿を晒してどうする。

 

様々な意見が浮かんでは消えていく。そうこうしている内にも少年の手は花山の靴へと伸ばされ、もう数Cも距離はない。もしここで花山が起きたら、と焦るクロエだったが、遂にその時は訪れた。

 

「はい、タッチー!」

 

ぺたり、と少年の汚れた手が花山の靴に触れる。2人の少年はひっ、と目をつむったが、花山は全く起きる気配がない。穏やかな寝顔のまま、変わらずに寝息を立てていた。

 

「お、起きてない……?」

 

「だから大丈夫だって言ったろ?お前も触ってみろよ!」

 

「う、うん……」

 

少年が触って見せた事に安心したのか、2人の少年もおずおずとした様子で、花山の靴に触れてみる。そして今まで触れた事のないつややかな皮靴の感触に、彼らは興奮した。

 

いつの間にか少年たちはわいわいと騒ぎながら花山の靴をぺたぺたと触っていた。はしゃぎ、楽しそうにしているその様子は微笑ましいものだが、やはり影から見守っているクロエは気が気でない。

 

(も、もう十分なのニャ!だから少年たち、早く離れるのニャー!!)

 

あれだけ騒ぎながら靴に触れているのだ。これではいつ起きても不思議ではない。しかし当の少年たちは触る事に夢中で、もはや花山の存在を忘れてしまっている。

 

少年たちに囲まれている花山を羨ましく思いつつ、クロエが心の中で必死にそう念じるも、その願いも空しく少年たちは一向に離れる気配がない。

 

いよいよ焦ってきたクロエ。そんな彼女の前に、新たな子供がやって来た。

 

「ちょっと!みんな何してるの!」

 

やって来た子供は女の子であった。透明なガラス瓶を手にしている彼女は、きっとこの少年たちの友達なのだろう。いかにも高そうな服に身を包んでいる花山、その靴を触っている彼らに駆け寄り、止めさせるように説得を始める。

 

「こんな高そうな靴に触って!もし起きたらどうするのよ!」

 

(おお!良いニャ、少女!もっと説得するニャ!)

 

思わぬ救いがやって来たクロエはガッツポーズと共に少女へとエールを送る。少年たちもその言葉に我に返ったのか、ようやく靴から手を放し始めた。

 

しかし、最初に靴に触れた少年は違った。1人だけぺたぺたと触り続け、逆に少女にも触れてみるように促している。

 

「大丈夫だって!ほら、こんなにぐっすり寝てるんだぜ?お前も触って……」

 

そう言いながら、少年が振り返った瞬間だった。

 

勢いよく振り返った事により、少年の腕が少女に当たった。さほどの衝撃は無かったが、それが原因となり少女の手からガラス瓶が滑り落ちてしまう。

 

(! やばい……ッ!!)

 

クロエがそう感じた時には遅かった。

 

ガチャン!という甲高い音が響き、ガラス瓶は真っ二つに割れてしまった。その音は静かな『ダイダロス通り』に響き渡り、少年たちは硬直する。

 

「………ん」

 

そして、ついに花山が目を開けた。

 

 

 

 

 

薄く開かれた切れ長の双眸は、自分を取り囲む少年たちへと注がれている。彼らは恐怖からかその場に立ちすくみ、微動だにする事も出来ずにいる。

 

「あっ……!」

 

花山の目は少女に留まった。次いで、その足元に転がっているガラス瓶へと移る。やがて花山はゆっくりとベンチから立ち上がると、地面に落ちたガラス瓶を手に取った。

 

「……お前のか?」

 

静かな口調で少女に話しかける花山。しかし少女は目に涙を浮かべるばかりで、ロクに返事も返せない。やっとの思いで口にした言葉は、か細く今にも消えてしまいそうなものだった。

 

「……は、はぃ……!」

 

「そうか」

 

その言葉を聞き、花山は手に取ったガラス瓶に目をやる。そして二つに割れたそれの断面を合わせ、両手で握り絞めた。

 

意図が分からず困惑する子供たち。しかし花山がその手を開くと、彼らの目は大きく見開かれる事となる。

 

「えっ!?」

 

驚きに声を漏らす少女。その目は花山が握っていたガラス瓶へと向けられている。

 

割れたはずのそれは、何と断面がくっついていたのだ。糊など使った形跡はなく、うっすらと一本の線が見えるだけで、ガラス瓶は割れる前の状態に戻っていたのだ。

 

花山がやった事は至極単純な事だ。ただ断面を合わせた状態でガラス瓶を握りしめ、圧縮(・・)する、これだけだ。単純、故に素手での行使は無謀極まりないこの行動を、花山は難なくやって見せたのだ。

 

オラリオの学者曰く、海の深い場所には圧力というものがあり、それは凄まじい力で圧縮をかける事を指すと言う。冒険者であっても到底真似できない芸当を、花山はその神がかり的な握力で再現した、という事である。

 

花山は直したガラス瓶をそっと差し出し、少女はおずおずとそれを受け取る。しっかりと手にしたのを確認すると、花山は踵を返してその場から立ち去っていく。

 

「気を付けな」

 

そう言い残し、懐から紙煙草を取り出して火を付ける。未だ呆然とする少年たちを残し、紫煙をくゆらせながら、花山は『ダイダロス通り』を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

一部始終を見ていたクロエは、内心複雑な思いだった。

 

(ヤクザなのに、何であんなに子供には優しいのニャ……?)

 

頭の中は疑問だらけだった。ヤクザと言えば乱暴者の集まりで、他人などゴミのように扱う。そんな存在ではなかったのか。

 

しかし現に花山は、子供たちを怒鳴りつける事なく、しかも割れたガラス瓶まで直した。どうやって直したのかは分からないが、わざわざそんな事までする人間が、果たしてオラリオには何人いるのか。

 

少なくともクロエには無理だ。暗殺者という負い目があるので、あんな風にいたいけな子供たちに接する事は出来ない。それを事もあろうか、ヤクザである花山がやってのけたのだ。

 

嫉妬か、羨望か。そんなよく分からない気持ちが募っていくのを感じたクロエは、静かにその場を後にした。

 

どこか釈然としない、悶々とした気分のままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。ついに事態は動き始める。

 

『黒拳』、ルノア・ファウスト。

 

『黒猫』、クロエ・ロロ。

 

【疾風】、リュー・リオン。

 

『ヤクザ』、花山薫。

 

4人は月が照らすある日の夜、ついに集まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宴ニャーーーッ!!!」

 

『豊穣の女主人』従業員の猫人(キャットピープル)、アーニャの声により、店内はお祭り騒ぎとなった。

 

個人的な事情によりミアとシルが不在となり、店は臨時休業する事になったのだ。日ごろから酷使されている従業員の少女たちはここぞとばかりにハメを外し、飲めや歌えやの宴会を催すのだった。

 

離れの食堂に並べられた料理を食べ、ついにはミア特性の果実酒にまで手を伸ばす。これで怒られる事は確定となり、ついに諦めたリューもまた、その輪に加わるのだった。

 

しかし彼女の顔色は冴えない。それはこの場にいる、あの男(・・・)の存在が原因であるからだ。

 

「さぁさぁ、ハナヤマの旦那!ミャーがお酌するのニャ、たくさん飲むのニャ!」

 

「ん……」

 

見目麗しい少女たちが並ぶ長椅子。その真ん中に、およそ3人分の面積を占めて座っている巨漢がいた。

 

リューが初めて出会った時と同じ白スーツに身を包んだ男、花山薫は、アーニャから注がれるままに果実酒をグラスで受け取り、そして飲み干していく。全くペースは落ちていないが、酔いが回っている様子はない。いつも通り、淡々と飲み、そして食事をとっていた。

 

「良い飲みっぷりニャ、ハナヤマの旦那!よーし、ミャーも負けないニャー!!」

 

花山に対抗するように、自らも果実酒を呷るアーニャ。他の少女たちは止めるどころか囃し立て、それを肴に宴会を盛り上げていった。

 

そんな中で一人納得がいかないのがリューだ。

 

何故ヤクザ者がここに?という疑問が頭の中を占めているが、この楽し気な雰囲気に言い出せないでいる。やがて千鳥足となったアーニャが隣に座り込んできて、彼女の酒臭い息に顔をしかめながらも、リューは思っていた事を吐露する。

 

「アーニャ。何故ハナヤマまでいるのです?」

 

「そりゃあ、ハナヤマの旦那がご飯を食べに来たからニャ。でも母ちゃんがいなくて、それじゃあ一緒に飲もうって事になったのニャ」

 

「そういう事ではなく……っ!」

 

「んー?なんニャ、おミャーはまだハナヤマの旦那に目くじら立ててるのかニャ?」

 

「……と言うよりも納得がいきません。何故ヤクザがこんな、まるで真っ当な客のように扱われているのか……」

 

リューは悪事を働く輩を嫌悪している。そしてそれは当然、ヤクザである花山にも向けられていた。

 

人々を食い物にし、好き放題に暴れ回る。そんなイメージしか湧かないヤクザである花山に対し、リューはアーニャたちのようには、どうしても接する事が出来ないのだ。

 

「まーだそんな事考えてたのかニャ、リューは」

 

アーニャはハァ、とため息をついて首を振る。その仕草にカチンとしながらも、リューはとりあえずアーニャの言葉に耳を傾けてみる。

 

「良いニャ?ハナヤマの旦那は確かにヤクザだニャ、でも全っ然無害なのニャ。ちょっと前に『富沢会』って連中がいた時はひどかったけど、『花山組』しかいない今はむしろ街が平和になったくらいニャ」

 

「街が平和に?」

 

「そうニャ。『富沢会』って連中は街の娘たちの人身売買やら何やらに加担してたんニャけど、『花山組』はそう言う事には手を出していニャい。下手にハナヤマの旦那の縄張りで悪事を働こうものニャら、そういう輩はメレンの大汽水湖(ロログ)に沈められるのニャ」

 

サラッと怖い事を言うアーニャだったが、確かにリューにも覚えがあった。

 

かつて『花山組』と抗争を重ねていた『富沢会』。彼らがいた時には人攫いや殺人が絶えなかったが、ヤクザが『花山組』しかいなくなると、そういった事件は急激に減少したのだ。

 

【ガネーシャ・ファミリア】の功績もあるだろうが、今になって思えば少し出来過ぎているくらいだった。そう考えると、リューの中で花山の印象が少し違ってくる。

 

「ハナヤマの旦那は良い人ニャ。人にも好かれて、理不尽な暴力は絶対に振るわない。ミャーたちが困ってる時に出くわすと、何も言わずに手伝ってくれるのニャ。だからリュー、そんな過料に嫌う必要はないニャ」

 

「……過剰、ですよ。アーニャ」

 

「ニャ!?」

 

肝心なところで間違えたアーニャはうろたえ、リューはようやくクスリと笑った。それを笑われたと勘違いしたアーニャは顔を真っ赤にし、果実酒の入った容器を持ってくる。

 

「おら、リュー!こんだけミャーが語ってやったんニャ!おミャーもハナヤマの旦那にお酌して、距離を縮めてくるのニャ!!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさ……!」

 

その勢いに押され、加えて周囲の少女たちもそれに加担してくる。

 

“おー!やれやれー!”と囃し立てられて逃げ場を失ったリューは、半ば無理やり花山の隣に追いやられ、そして強制的にお酌の番をやらされる事となった。

 

「……!」

 

「………」

 

言葉を発さない両者。周囲も事の行く末を見守り、固唾を飲んで沈黙している。

 

やがてリューはぎこちない動作で容器を傾け、そして気恥ずかしさから若干顔を赤らめながらも、お酌の姿勢をとる。

 

「ど……どうぞ……」

 

「ん」

 

そんなリューとは正反対に、花山は変わらぬ調子で空いたグラスを差し出す。トクトクトクッ、と果実酒が注がれ、それはグラスの縁ギリギリでようやく止まった。

 

「あんがとよ」

 

「………っ!!」

 

くいっ、と一気に果実酒を飲み干す花山。不意打ち気味に言われた花山の言葉に、リューは思わず顔を背けてしまった。

 

「おおぉーーーー!!リューが、リューがデレたにゃあーーーーー!!」

 

アーニャの歓声と共に、途端に騒がしさが爆発する。その場にいた全員が立ち上がってグラスを振り回し、口笛まで吹いてリューの功績を称え始めた。

 

顔を真っ赤に染めたリューに抱き着くアーニャ。そしてお約束とばかりに背負い投げを決められ、それが新たな騒ぎを引き起こす。

 

少女たちの宴を肴に、花山は僅かに微笑みながら、再びグラスを傾けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴は騒がしさと共に終わりを告げた。

 

食べ、飲み、騒ぎ疲れた少女たちは離れの食堂にそのまま雑魚寝し、リューは彼女たちに毛布だけを掛けて部屋へと運ぶ事は諦めた。リューはその後離れを出て、先に外に出ていた花山へと声を掛ける。

 

「……は、ハナヤマさん……」

 

「何だ」

 

紙煙草を咥えて一服していた花山は、振り返らずにそう返事をする。

 

未だに気恥ずかしさが抜けきらない彼女は躊躇いながら、しかしいつまでもこうではいけないと自身を奮い立たせ、ようやく言葉を口に出す。

 

「今までは、すみませんでした」

 

「何がだ」

 

「……あなたはヤクザだ。だから私はあなたの事を嫌っていた。しかし今日、この宴会の席でその認識を改めました」

 

「………」

 

「もしあなたが許してくれるのならば……今後もどうか、よろしくお願いします」

 

「……おう」

 

そうして短い挨拶を終え、二人は別れた。

 

花山は夜の街へ、リューは離れの部屋へ。

 

騒がしい宴の後は、静かな夜の始まりだ。花山は振り向きざま、小さくなり始めた離れを一瞥して―――――そして。

 

離れの食堂の反対側にある建物。その屋上に立つ、不審な人影を見つけた。

 

「………」

 

そう言えば、と花山の脳裏をある事が過ぎる。数日前に店で食事をとっていた時、ミアが零したある言葉を。

 

『最近、またきな臭い連中が増えたねぇ』

 

花山は咥えていた紙煙草をつまみ、地面に放る。革靴の底で火を消し潰すと、今まで歩いていた方角とは逆の方に歩き始める。

 

行く先は、その人影が見えた建物である。

 

 

 

 

 

「うわ、先越されちゃってるじゃん」

 

そう言ったのは賞金稼ぎのルノアである。彼女は強化された視覚により、離れで繰り広げられている戦闘の様子を明確に捉えていた。

 

恐らくは同業者と思われる黒づくめの人物が、標的である【疾風】と短い剣戟を交わしている。機敏な動きは生半可な殺し屋ではない。自分と同じ、実力のある殺し屋なのだろうと、ルノアは当たりを付けた。

 

「このままじゃ手柄が横取りされちゃうなぁ……よし、いっちょやりますか」

 

屈んでいた体勢から起き上がり、身体を深く沈ませる。目的地は正面にある離れの食堂、その廊下である。ルノアの力ならばここから跳躍し、窓枠を拳で破壊して侵入する事は容易だ。

 

軽く息を整え、いざ飛び出そうとしたて―――――そして。

 

 

 

ガチャリ、と、屋上へと通じる扉が開かれた。

 

 

 

「ッ!」

 

その音に勢いよく振り返るルノア。緊張した顔のまま後方を見た彼女の顔は、そして驚愕に染められる事となった。

 

「なっ……ハナヤマ、薫……!?」

 

目の前に現れた人物に、自然とそんな呟きが漏れた。よりによって【疾風】を仕留めようとしていた時に現れた、もう一人の標的。恩恵(ファルナ)を持たない身で元冒険者の殺し屋をいとも容易く捻じ伏せた規格外の存在に、思わず身体に力が入る。

 

「おめぇ、リューの(タマ)ァ狙ってる輩か……」

 

どすの利いた声で語り掛ける花山。並み外れた巨躯と強面の彼に話しかけられれば、大半の者はそれだけで硬直してしまうだろう。

 

しかしルノアはこれまでに何度も修羅場をくぐってきた賞金稼ぎである。この程度の事で動けなくなる程、やわな精神は持ち合わせていなかった。

 

「ふん、まさかこんな所で出会う事になるなんてね。ま、アンタも私の標的の1人だし、良いんだけどさ……」

 

けど、と区切ると、ルノアは花山から視線を外した。そして素早く踵を返すと、一息でその場から跳躍してのけたのだ。

 

「今は【疾風】が先だよ!アンタは後で始末してやるから、そこで待ってな!」

 

ダンッ!と屋上の地面を蹴って宙を舞うルノア。

 

既に飛び移る準備の出来ていた彼女は先んじて行動に出たのだ。そして空中で拳を引き、力任せを一撃を離れの窓枠に喰らわせる。けたたましい破壊音を出しながら離れに侵入を果たしたその後ろ姿を、花山は慌てずに目で追っていた。

 

ここで花山もようやく動きを見せる。ルノアが立っていた場所まで移動し、離れとの距離を大まかに測る。そしてコキリと首を鳴らすと、花山は静かに眼鏡へと手を伸ばした。

 

「………」

 

ゆっくりと外し、縁の部分を持っていた指を離す。カシャンッ、と軽い音と共に地面に落下した眼鏡を気に掛ける事なく、花山はぐぐぐ……と身体を深く沈ませて―――――。

 

 

 

 

 

「はい、邪魔するよ」

 

「うっ!?」

 

「ウニャア!?」

 

窓枠を爆散させながら派手な着地を決めるルノア。既に交戦していたリューともう一人の殺し屋……暗殺者のクロエの前に立った彼女の登場により、この場に三つ巴の混戦状態が完成した。

 

ここでふと、ルノアの脳裏には背後に控えているであろう花山の存在がかすめた。

 

(どんだけ馬鹿力か知らないけど、あの巨体でここまで飛び移る事は出来ないでしょ。さっさとこの場を終わらせて、今度はハナヤマを……)

 

この後の行動を考えつつ背後の建物……正確にはそこにいるであろう花山の姿を確認しようと、ルノアが肩越しにちらりと目をやる。

 

そして、思考に空白が生じた。

 

 

 

「………は?」

 

 

 

目の前に広がるのは雲一つかかっていない見事な満月。

 

その光を背に浴びて―――2M近くある花山の巨体が、宙を舞っていたのだ。

 

「~~~~~ッッ!!?」

 

声にならない叫びが聞こえた。それはルノアのものか、クロエのものか、それともリューのものか。いや、全員のものかも知れない。

 

月明かりを覆い隠す程の巨体が、反対側の建物の屋上から跳躍してくる。恩恵(ファルナ)を持っていない人間の常識を軽く覆す花山の身体能力に、この場の誰もがこう思った。

 

(((め、滅茶苦茶だッッッ!!?)))

 

そんな彼女たちの胸中など知る由もなく、花山はルノアと同じ地点に着地を図る。

 

尤もそれは体重の軽いルノアだから出来た芸当であり、体重160kgを超える花山が木造の、しかも半壊しかけた廊下に着地すればどうなるか。

 

それは明確な形で訪れる事となった。

 

「ちょっ、ハナヤマさ……!?」

 

「うっ、わああぁぁぁあああああああああっ!?」

 

「ニャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 

困惑した声に、絶叫に、カエルがひき潰されたような声が上がる。それらを巻き込み、木造の離れは盛大な音をたてて崩落していく。

 

彼女たちはどうにか落下の衝撃を和らげ、煙を上げる瓦礫の中から立ち上がった。全身に擦り傷を負ってはいるものの、大した傷を負っていないのは奇跡的な事だ。

 

そして、この惨状を生み出した当の本人である花山はと言うと、何事も無かったかのように瓦礫の中から立ち上がって見せる。白いスーツは見る影もないほど汚れてしまっているが、本人には傷一つない。

 

「ば、化け物かっての……」

 

「も、モンスターニャ……」

 

店主(オーナー)に、殺される……」

 

狼狽える3人(約1名は別の事で)を他所に、花山は瓦礫に埋もれる足を引き抜いて彼女たちに近付いてゆく。それによって再び空気は緊張し、それぞれの得物を手に戦闘の構えを取った。

 

「あぁ、もう。【疾風】とハナヤマが一緒になんて……!」

 

「ハナヤマって……『黒拳』、お前も二人を?」

 

「そう言うお前は『黒猫』か?……なら話は早い」

 

同じ標的を持つ商売敵ではあるが、今回は場合が場合なのだろう。ルノアとクロエは2人を警戒しつつ、即席のパーティを結成した。とは言え互いに賞金稼ぎと暗殺者。後ろから刺される事も覚悟した、油断ならないパーティではあるが。

 

一方のリューも花山へと駆け寄り、得物である二本の小太刀を構える。花山は言わずもがな、素手のままである。

 

「……すみません、ハナヤマさん。あなたを巻き込んでしまった」

 

リューは花山の隣に並び立ちながら、謝罪の弁を述べた。その言葉を聞きながらも、花山は黙したまま動かない。そして彼女は、自らの正体を明かした。

 

「私の正体は【疾風】。かつて闇派閥(イヴィルス)に粛清をおこなった、復讐に身をやつした愚かなエルフです。……ハナヤマさん、あなたも彼女たちの標的なのでしょうが、ここは私がどうにかするので……」

 

逃げて下さい、という言葉をリューは言えなかった。

 

それよりも先に、花山が口を挟む。

 

「関係()ぇ」

 

「っ……」

 

「俺が好きでやった事だ……お前さんの事情とは、関係()ぇ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

この場においても全く動じない花山に、リューは感謝を述べた。謝罪ではなく、素直に。

 

思えばこの男はいつもそうなのだ。いつも表情を崩さず、寡黙で冷静で、そして何事にも動じない。そんな心強い存在が隣にいる事に、リューは気が付けば笑っていたのだ。

 

「悪いわね。待たせちゃって」

 

剥がれかかった暗殺者の仮面を被り直したクロエが高らかに声を上げる。その目は花山ではなく、その隣に立つリューへと向けられていた。

 

ルノアはと言うと、やはり花山を見ていた。どうやら一度に2人を狙うのではなく、一対一で分かれて戦うらしい。

 

「【疾風】は私とやりましょう?さっきの続きといこうじゃないの」

 

「ハナヤマは私と。お互い素手だし、その方がアンタもやりやすいんじゃない?」

 

不適に微笑み、挑発じみた発言をぶつけてくるクロエとルノア。相手のペースに飲まれまいとするリューは眦を裂き、クロエを鋭く睨みつける。

 

そして、戦況は動いた。

 

走り出したリューに対し、クロエは後方へと飛んで身を隠した。まともに正面からやり合うつもりは無いらしく、暗殺者らしく障害物を利用した立ち回りをするらしい。

 

「さ、こっちもおっ始めようか」

 

両拳をぶつけて戦闘開始を告げるルノア。

 

クロエとは正反対の脳筋気質な彼女は、正直リューよりも花山の方がやりやすいとほくそ笑んでいた。純粋な筋力(パワー)勝負が出来るという事もあったが、なにより強い相手と戦える事を、彼女は喜んでいたのだ。

 

恩恵(ファルナ)がないからって油断はしない。今まで散々馬鹿げた力を見てきたんだし)

 

Lv4の彼女に慢心は無い。全身全霊でぶつかり合い、そして仕留める。最後の仕事に相応しい戦いをしようと意気込んでいた彼女は、しかしその顔を怪訝そうに歪ませる。

 

「どうしたの?構えなよ」

 

「………」

 

そう。肝心の花山が構えないのだ。瓦礫まみれの地面に立ったまま、両手をだらりと下げ、拳も握らぬまま立ち尽くしているのだ。

 

明らかに戦闘態勢ではないその出で立ちに、ルノアはカチンときた。まさか相手が女だからと見くびっている?いやいや、あれだけの殺意を向けて流石にそれはないか……と様々な考えが過ぎっては消える中、花山がようやく動き出す。

 

しかあしそれは……ルノアの思っていたものとは正反対のものだった。

 

「ちょっと……何してんのよ」

 

「………」

 

花山は動いた。しかしそれは戦闘の構えではなく、地面に座るという行動だった。

 

胡坐をかき、背中をルノアに向け、それ以上は動かない。不動の山の如く、根の張った大樹の如く、微動だにしていない。

 

「女を殴る趣味は()ぇ。終わったら言え」

 

決して大きくはない花山のその言葉。しかしルノアはその発言に、頭が沸騰しそうになる程の感覚を覚えた。

 

その正体は“憤り”。“女”だから殴れないなどと言う花山に対し、舐められていると受け取ったのである。

 

「こッ……この………ッッ!!」

 

ぶるぶると震える両肩。それはこみ上げる怒りを抑えるには余りに頼りなく、故にその激情が決壊するのは、必然であった。

 

「ふざけんなぁぁああああッッ!!!」

 

ルノアは走り出した。目力をいっぱいに、歯を食いしばって拳を固める。十分な助走の乗った拳を振りかぶり、花山のがら空きの背中へと力任せの一撃を叩き込む。

 

「ッ!?」

 

鈍い殴打音。Lv4の全力の拳は並みのモンスターなどは容易く殴り飛ばし、硬い外皮や骨を諸共に砕く事だろう。

 

しかし、ルノアが味わったのはそのような慣れた感覚ではなかった。

 

(硬っ……!?)

 

素手に伝わる花山の肉体の感触。それは筋肉などという生易しいものではなく、まるで岩のそれだった。

 

巨岩に動物のなめし皮を幾重にも巻いた代物、そのような光景を幻視してしまったルノアは、しかしそれでも殴るのを止めなかった。この拳で砕けないものなど認められないとばかりに、力任せに殴打の猛攻(ラッシュ)をかける。

 

「うっ、おおおぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

ドゴッ!!バキッ!!ゴッ!!バキャッ!!ガスッ!!

 

殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 

一撃ごとに花山のスーツは破れ、布切れとなったそれが周囲に散乱する。しかし当の花山に堪えた様子はない。俯き、寡黙な表情を保ったまま、一向に動じない。

 

「くそっ、クソッ、糞ォッッ!!!」

 

一方のルノアは息が切れ始めていた。

 

これだけの連撃を続ければそれも無理はないが、それでもルノアは止めない。殴っている拳の方が悲鳴を上げても、皮がめくれても、殴るのを止めなかった。

 

「戦えッ!!私と戦えッ!!お前は『ヤクザ』だろ!?何をやられっぱなしでいるッッ!?」

 

やがてルノアはそんな事まで口にしていた。殴る拳に力が入らなくなっても殴り続け、悲鳴にも似た罵声を浴びせかけ、最後まで花山に戦うように促し続ける。

 

「こっ、の……!」

 

しかし、花山は動かない。

 

殴られ続けた背中は布地がなくなり、背中の彫り物が見えなくなる程に流血に濡れている。その全てが花山のものであるというのに、追い詰められているのはルノアの方であった。

 

「あああああぁぁああああああああああッッ!!!」

 

絶叫と共に、渾身の力で拳を振るう。返り血で真っ赤になった拳は花山の背の中心へと吸い込まれ―――――。

 

そして、骨の砕ける音がした。

 

「―――――ッ」

 

ルノアはよろよろと体勢を崩し、殴った方の拳を押さえる。その手は甲の部分の肉を突き破り、折れた骨が露出している。花山の規格外の肉体を殴り続けた事により、ルノアの拳が先に壊れてしまったのだ。

 

「くッ、そぉ……!!」

 

出血する拳を押さえていた手を離し、ルノアは再び構える。無事な方の手を握り固め、なおも殴りかかろうとしているのだ。

 

舐められっぱなしでは終われない。何て事ない、ただの負けず嫌いの矜持の為だけに、ルノアは弱弱しく拳を突き出した。

 

「……もう良い」

 

ポン、という感触が伝わった。

 

その手が捉えたのは花山の背中ではなく、武骨で大きな花山の掌だった。いつの間には片膝立ちになっていた花山は振り返り、ルノアの弱弱しい拳をその手で受け止めていたのだ。

 

「ハナヤマ……」

 

「……良い素手喧嘩(ステゴロ)だった」

 

「!」

 

標的であるハズの相手から称賛を送られる。そんな奇妙な事態を前にして、ルノアは笑ってしまった。同時に疲労が一気に回って来たのか、その場に尻もちをついてしまう。

 

「へへ……どんな、もんだい」

 

立てない彼女をその場に置き、花山は悠然と立ち上がる。相変わらず堪えた様子のないその立ち姿に、ルノアは苦笑いを浮かべた。

 

傷ついた両拳を見下ろし、しかしその顔はどこか満足気であった。そしてこれほど殴っても倒れない相手は初めてだと、達成感にも似た感覚を味わう。

 

(最後の仕事としては大失敗だけど……うん。なんか、気持ちいいや)

 

世の中にはこれだけ殴ってもびくともしない奴がいる。しかもそれは恩恵(ファルナ)も持たない人間だ。少し前の彼女であれば一笑に付していたであろうこの真実に、今は心地良ささえ感じている。

 

そんな感情を与えた花山は周囲を見渡している。どうやらリューは未だ戦闘中であり、その姿を探しているのだろう。

 

首を回して探している花山であったが、突如彼の手に、チクリとした痛みが走った。

 

「………」

 

「? ハナヤマ、どうし……ッ!」

 

口を開いたルノアであったが、唐突にその目が大きく見開かれる。

 

彼女の視線の先―――花山の左手の甲には、黒い針が刺さっていたのだ。

 

 

 

 

 

(聞いてニャい、聞いてニャい、聞いてニャいッ!!)

 

少し時間は遡って、その時クロエは逃げ回っていた。瓦礫と化した建物を上手く使って逃げるも追手は同じくらいに素早く、そして強かった。

 

しかも、そんなのが2人(・・)

 

「アーニャ!あなたは右から行きなさい!私は反対側を!」

 

「了解ニャ!」

 

どこからともなくやって来た猫人(キャットピープル)のアーニャが加わり、クロエは防戦一方となってしまった。リュー1人でも気が抜けなかったのに、俊敏さにおいて一、二を争う種族のアーニャまでもが参戦したのだ。この逃走劇も無理はない。

 

アーニャは得物の金槍を構えて、逃走するクロエをリューとの連携で苦しめる。おまけに彼女特有の軽口まで混ぜてくるので、クロエのフラストレーションは堪る一方だ。

 

「ニャハハハハ!ほら、さっさとお縄につくニャ!」

 

「だあぁぁあああうるさいニャー!クロエ様の邪魔をするんじゃニャーい!!」

 

まるで鬼ごっこのようなこのやり取り。暗殺者として口調が剥がれたクロエはもはやただの厄介な猫であり、アーニャとのやり取りも含めて拍子抜けしてしまう。

 

(もうここはアーニャに任せて、ハナヤマさんの所に加勢に行った方が良いのでは……?)

 

アーニャがあれだけ動けるのは予想外だったが、結果としてリューにとっては助かった。見ればもうすぐにでも捕まりそうであり、いよいよ本格的に離脱を考え始めた、その時だた。

 

クロエが腰のポーチから何やら取り出した。それは筒状のもので、彼女は素早くそれに何かを装填し、そして構えたのだった。

 

一体何を?と考えたリューの視界に、花山の姿が映り込む。そしてクロエの一連の行動の意図を察したリューは、その目をあらん限りに見開いた。

 

リューが警告の声を発するよりも早く、クロエはそれ(・・)を発射していた。それ(・・)は花山の左手へとまっすぐに飛んでいき、そして鋭く突き刺さる。

 

それは紫色の液体を滴らせる黒い針……いわゆる、毒針であった。

 

 

 

 

 

「こっ、こうニャったら!」

 

逃走を続けていたクロエはリューとアーニャを相手にする事を諦め、より確実に仕留められる方を優先する事にした。

 

つまり、花山である。規格外の身体能力は先ほども痛感したが、それは真正面から戦わない限り脅威にはなりえない。

 

それならばやり様はいくらでもある。むしろこれこそが暗殺者であるクロエの本領である。

 

クロエは汗を滲ませつつも不適に笑い、素早く毒針を装填した。そしてアーニャの追跡の隙を突き、寸分の狂いもなくそれを花山へと向けて吹いた。

 

「ハナヤマさんッ!」

 

リューの悲鳴が飛ぶ。

 

毒針は花山の左手に突き刺さり、内蔵された毒液が体内へと注入された。クロエは内心でガッツポーズをとり、仕留めたと確信を得る。

 

「ハナヤマの旦那ッ!?」

 

「ウニャ!?」

 

と、その瞬間にクロエはアーニャに取り押さえられる。瓦礫の上に抑え付けられつつも、手応えを感じた彼女の笑みは消える事はなかった。

 

「ハナヤマさん、無事ですか!?すぐに解毒を……!」

 

「無駄ニャ!それはお前にも使った『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒液』!上級冒険者ニャら数時間は耐えられるけど、一般人ニャら数分でお陀仏ニャ!」

 

「!?」

 

誇らしげにそう語るクロエの言葉に、リューとアーニャ、そしてルノアまでもがその顔に焦りを滲ませる。

 

毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒液』。ダンジョンに生息するモンスターでも非常に厄介な事で知られており、放置すれば死に至る程の強力な毒を持っている。

 

今回クロエが使ったのはそれを更に精製し、致死性を高めたもの。恩恵(ファルナ)で強化された冒険者の耐毒性でも油断ならないそれを花山が受ければどうなるか、想像するに難くなかった。

 

「このっ、解毒剤を出すニャ!早く!」

 

「ニャハハハハハ!そんなもん持ってないニャ!」

 

焦るアーニャを嘲笑うような高笑いが響き渡る。リューはそれでも花山の元へと駆け寄り、その身を案じて声を荒らげる。

 

「ハナヤマさん、とにかく行きましょう!【ディアンケヒト・ファミリア】なら解毒剤を持っているはずです、そこまで行けば……」

 

「無理よ、【疾風】!今からじゃ間に合わない!」

 

「……ッ!!」

 

座り込んでいるルノアの発言に、リューは言葉を失う。

 

どうやっても間に合わない。その事実に泣きそうな顔をしてしまうリューであったが、そんな彼女の頭上に、花山の落ち着き払った声がかけられる。

 

「リュー」

 

「! ハナヤマさん……」

 

「心配いらねぇ」

 

そう言うと、花山は毒針の刺さった左手の手首付近を右手で掴んだ。

 

何をするのか?そう怪訝な顔をするリューを他所に、花山は躊躇いなくその行動を実行した。

 

無言で右手に力を込める。

 

その神がかり的な握力で、手加減なく。

 

「………ッ!!?」

 

その時の光景を、どう形容すれば良いか。

 

先ほどとは別の意味で言葉を失うリュー。ルノア、アーニャ、そして毒針を放ったクロエでさえもが、花山のとった行動に、己の目を疑った。

 

右手に握り締められている左手、それが徐々に膨らみ、風船のように肥大していったのだ。

 

ビシッ、ミシッ!と、異常な音が漂う。

 

やがて皮膚は膨らみに耐えきれず裂け出し、爪は弾けたように割れてしまう。皮膚の下にある筋肉、血管が露出し始め、そしてついに耐え切れずに―――――左手は爆発(・・)した。

 

撒き散らされる爪、皮膚、大量の血液、そして筋線維。

 

そう。なんと花山は毒に侵された患部諸共に、左手から毒を強制的に除去してのけたのだ。

 

「ニャ……ニャァ………!?」

 

治療とも言えない、そもそも原理すら分からない荒療治に、クロエは口をパクパクさせる事しかできなかった。リューたちも同様で、目の前の非常識な光景に言葉を失っていた。

 

花山が行ったこの行為……それは花山にだけ許された行動であった。

 

束ねたトランプの一部だけを千切り取る(・・・・・)程の握力を以って肉体を握り締め、逃げ場を失った血管を内部から破裂させる。言葉にしてみれば単純だが、それを出来るのは世界広しと言えども、花山薫を除いて誰一人いないだろう。

 

その名も『握撃』。

 

天性の握力によってのみ可能となる常識外れの必殺技を、毒の排出に転用して見せたのであった。

 

「……まだやるかい?」

 

左手から大量の出血を晒しながらも、花山の声はやはり落ち着いている。

 

もはや付いていけないリューたちは“花山薫だから”という結論で、無理やり納得する事にした。こういう諦めも必要だと、自らを説得して。

 

「も、もういいニャ……」

 

クロエは項垂れながらそう答えるので精いっぱいだった。きっとこの男は全身に毒針を打たれようとどうにかしてしまうのであろうと、そんな気がしてならなかった。

 

その時だった。

 

「はっはっはっは!!良い塩梅に潰し合っているなぁ、貴様ら!!」

 

と、そんな野太い高笑いが周囲に木霊する。

 

リュー、花山、そしてアーニャたちが声のした方を見ると、そこには恰幅の良い中年男性が立っていた。男はヒューマンで、ルノアに依頼を持ちかけてきた人物である。その隣に立つのはドワーフの男。彼もまた、クロエに暗殺の依頼を持ってきた男である。背後には大勢の男たちが武器を持って揃っており、にやにやと小物らしい笑みを浮かべている。

 

「今後は我々ブルーノ商会がオラリオの秩序を担う!その時に【疾風】や『ヤクザ』、そしてこの事を知る貴様ら殺し屋がいるのは、色々と不都合なのだよ!」

 

「「「………」」」

 

つまりはこう言う事である。

 

闇派閥(イヴィルス)のいなくなったオラリオで実権を得たいから邪魔者を排除してついでに俺たちブルーノ商会がトップに上り詰めてやるぜイエーイ。

 

以上。

 

「………ハァ」

 

気の抜けたような声が、どこからともなく聞こえてくる。このお粗末な展開に、流石の花山も目の光を消して半眼の眼差しを送る。

 

「こんなのが最後の仕事って……」

 

「あんなに死闘を演じていたミャーたちは一体……」

 

「……あいつら、やっちまっても良いニャ?」

 

「ええ、躊躇う理由も無いでしょう」

 

「………」

 

「あ、ハナヤマさん。離れの食堂に包帯が置いてありますので、どうぞ使って下さい。あとは私たちがやっておきますので」

 

「………おう」

 

脱力した彼女たちの様子に、花山は素直に頷く。そしてその場を後にし、食堂へと入って包帯を頂戴した。包帯を巻いている間、何やらドタバタとうるさかったが、花山は全く気にしなかった。簡単な応急処置を終えた花山は、そのまま帰路につくのだった。

 

後にリューたちは帰ってきたミアの雷に打たれる事となるのだが、それは花山の預かり知る所ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将!ま~たこんな怪我しちまって!」

 

「問題()ぇ」

 

「大将には無くとも俺たちにはあるんですってッ!」

 

うららかな日が差す『花山組』の屋敷。その一室で、花山は包帯を巻きつけた手で火のついた紙煙草をふかしていた。

 

傍らに立つのは木崎。深夜遅くに血塗れで帰ってきた我らが大将の姿に度肝を抜かすも、返ってくる返事は『問題()ぇ』の一点張り。とうとう折れた木崎は、こうしてねちねちと小言を言うだけしか出来ないでいた。

 

「マジで何があったんですか。あんな怪我、そこらの鉄砲(テッポー)玉如きが負わせられるモンじゃないでしょうに」

 

「……問題()ぇ」

 

「………あ~~~、もう!」

 

ついに折れた木崎はそれ以上の追求を諦めた。これほど頑なに喋らないのには、きっと花山にとって譲れない何かがあるのだと確信して。

 

木崎は気を取り直し、女中に昼飯の準備をするように促す。怪我をした花山が少しでも早く治るように、栄養バランスを考えた健康的な食事だ。

 

「大将、もうすぐ昼食にしやすが、食べられますか?」

 

「……ああ、あそこ(・・・)で食ってくる」

 

「………そうですか」

 

しかしそんな木崎の心知らず、花山はさっさと外出の準備をしてしまう。いつも通りの白スーツに身を包み、蛇革の靴を履いて玄関を出てゆく。1人残された木崎は若干寂しげな顔をするも、やがて諦めたようなため息を一つ漏らした。

 

 

 

 

 

紙煙草をふかしながら歩く事、数十分。花山は行きつけの場所へと到着する。

 

店の扉を潜り抜けると、そこには見慣れたエルフとヒューマン、そして猫人(キャットピープル)の従業員の姿があった。

 

「おお!ハナヤマの旦那ニャ!」

 

「いらっしゃいませ!ハナヤマさん!」

 

「元気そうで何よりです、ハナヤマさん」

 

彼女たちと軽く挨拶を済ませた花山は、慣れた様子で店の席に座る。すると厨房の奥から、やけに疲れた様子のヒューマンと猫人(キャットピープル)の少女が出てきて、花山へと詰め寄ってきた。

 

「あーーー!お前!お前が離れをぶっ壊したせいでっ、ミャーたちは奴隷のようにこき使われてるのニャ!謝るのニャーーー!」

 

「どうにかして!?このままじゃ私たち、本当に過労死しそうなんだからッ!?」

 

悲痛な面持ちで詰め寄ってきた彼女たちであったが、それは儚くも落ちてきた雷によって霧散してしまう。

 

「コラァ、馬鹿娘どもッ!!くっちゃべってる暇があるなら床でも磨いときなぁッ!!」

 

「ニ゛ァア!?」

 

「ッひぃ!?」

 

その言葉に身を竦ませ、弾かれたように彼女たちは床を磨き始める。その姿を、花山は僅かに微笑みながら見ていた。

 

「ほら、注文は何だい?」

 

口の端を吊り上げながらの問いに、花山はメニューの書かれた表を見ながら思案する。

 

ステーキ、パスタ、揚げ物……どれもそそられるが、どうもピンと来ない。

 

そんな中、花山はある名前を見つけた。それはこの店に通って久しく経つが、一度も目にした事のないメニューであった。

 

「はいよ、ちょっと待ってな!」

 

それを注文した花山は、出来上がりまで紙煙草をふかす。やがて出てきたそれは、今まで花山が見たことも無いような見た目をしていた。

 

米なのにスプーンを使って食べる事には若干面食らったが、一口食べた途端にそんな思いは吹き飛んだ。卵とケチャップの相性が抜群のそれは、一瞬にして花山を虜にしてのけたのだ。

 

「………」

 

満足気な吐息を漏らし、花山は財布の中から金貨を一摘みして勘定を終える。明らかに多すぎるその金額に、エルフの従業員は花山を呼び止めた。

 

「ハナヤマさん、お釣りは……」

 

「いらねぇ」

 

短くそう言い、花山は店の扉を潜る。

 

そして出ていく直前、こう言い残した。

 

「美味かった。また来るぜ」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

~ギルドのトイレでの出来事~

 

 

 

私はフェルズ。ギルドの真の主、ウラノスに使える小間使いのような者だ。

 

今日は私が数日前に経験した、ある恐ろしい体験について話したいと思う。……実は、今思い返しても震えが湧き上がってくるのだけれどね。

 

そう……あれはつい先日の事だった……。

 

 

 

 

 

「便所、借りるぜ」

 

彼……ハナヤマ薫はそう言って、悠々とギルドの奥にあるトイレへと歩いて行った。

 

ああ、私もその光景には目を疑ったよ。まさかオラリオの反社会的勢力である『ヤクザ』のトップ、ハナヤマ薫が、まさかギルドのトイレを借りるなんて、と思ってね。

 

ハナヤマ薫。彼は調べれば調べる程に興味深い人物だ。

 

曰く、14際で単身『富沢会』に乗り込み、同組織を壊滅。

 

曰く、オラリオ近辺に出現したドラゴンを単純な腕力で捻じ伏せた。

 

曰く、束ねたトランプの一部分だけを千切り取った……(流石にこれはデマだろう)。

 

ともかく、彼に関する噂は枚挙に暇がない。そのような噂が飛び交い、私はつい興味本位で彼の後を付けてしまったのだ。

 

……思えば、それがそもそもの間違いだったのだろう。

 

 

 

用を足した花山は洗面台で手を洗っていた。正面には対面式の鏡があり、曇り一つもない鏡が花山の顔を映し出していた。

 

「………」

 

手を洗っていた花山の脳裏に、ふとある事が浮かぶ。

 

それはつい先日、街中を歩いていた時に耳にした内容だった。

 

 

 

『知ってるか?最近、ギルドで『幽霊(ゴースト)』が出るらしいぜ?』

 

『はぁ?なんだよそれ』

 

『なんでも未練を残して死んでいった冒険者たちの『幽霊(ゴースト)』らしいって、もっぱらの噂なんだと』

 

『ハハッ、ないない。でまかせに決まってるって』

 

 

 

「………」

 

ごくり、と花山は息を飲む。

 

まさか……いや、そんな訳……。

 

花山はそう自分を言い聞かせ、手を洗い続けた。

 

 

 

(ほう、彼がハナヤマ薫か……)

 

フェルズはトイレに忍び込んで花山を背後から監視していた。

 

姿を隠す魔道具(マジックアイテム)を使って不可視の状態にし、以前より噂になっていた『ヤクザ』をじっくりと眺める。

 

巨躯(おお)きいな……噂に聞く『猛者(おうじゃ)』と同じか、それ以上……?)

 

筋骨隆々のその姿は冒険者と言っても十分に通用するだろう。彼は念入りに手を洗っており、こちらに気付く気配はない。

 

(これで恩恵(ファルナ)を受けていないのか……にわかには信じがたいな)

 

フェルズはそんな好奇心から、つい一歩踏み出す。恩恵(ファルナ)を授かっていない一般人、その真実の程を確かめたくて。

 

そして、つい気を抜いてしまった。

 

(あっ)

 

姿を消す衣の形をした魔道具(マジックアイテム)。その端を踏んづけてしまったのだ。

 

 

 

「―――――」

 

ピタ……と、手を洗っていた花山の動きが止まる。

 

その目は正面、対面式となった鏡を凝視している。……正確には、そこに映っている自分の姿、その背後に揺らめく()を。

 

蠢く黒衣。

 

宙に浮いているような挙動。

 

そして、フードの端から見える白骨の顔。

 

……それは紛れもなく、噂されている幽霊(ゴースト)』のイメージにピッタリと合致した。

 

「………ッッ!!!」

 

ザァ……と、花山は両目を見開き、顔一面に冷や汗を落とす。

 

そして花山は………。

 

 

 

 

 

その時の出来事を、フェルズはこう語る。

 

「はは、あの時は流石に死ぬかと思ったよ。いや、既に不死の身だが、それでも、ね……」

 

 

 

 

 

フェルズは驚愕に染まった花山の顔を興味深く見ていた。

 

(ほう……彼でもこんな顔をするのか)

 

不可視となる魔道具(マジックアイテム)が剥がれてしまってなお、フェルズはそんな感想を抱いた。今まで抱いていたイメージとは全く異なる彼の反応に、つい好奇心が働いたのだ。

 

だからだろう。

 

花山の挙動に、一歩反応が遅れたのは。

 

 

 

 

 

「な゛ん゛た゛こ゛の゛ハ゛カ゛ァ!!!」

 

 

 

 

 

「~~~~~ッッッ!!?」

 

突如振るわれた花山の拳。

 

それはフェルズの鼻先を掠め、もの凄い風圧を周囲に撒き散らした。フェルズが直撃を免れたのは、奇跡と言う以外の何ものでもない。

 

直後、フェルズは脊髄反射で不可視の魔道具(マジックアイテム)を被った。姿の見えなくなったフェルズに、花山は息を荒げて周囲を窺う。

 

「………ッ」

 

やがて花山はトイレを後にした。その後ろ姿はいつも以上に丸く、そしてどこか恐々としていたと言う。

 

 

 

 

 

トイレに一人残されたフェルズ。

 

彼は尻もちをついたままの状態で、今はなき心臓の鼓動の幻聴を聞きながら、胸中でこう叫んだ。

 

 

(あ……危……(あっぶ)なァ~~~~~………ッッ!!)

 

そしてこう締め括る。

 

魔道具(これ)が無ければ………即死………?)

 

 




総括。

花山はかっこいい萌えキャラ。
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