「そうか、ただの山賊狩りではなかったということか」
山での一件の後、無事商人を届けることが出来たキリヤ達三人は〈碧の野薔薇〉の拠点に戻り、事の顛末をシャーロットに報告していた。
「それと、これ姫様にあげます」
言ってキリヤが懐から取り出したのは商人から譲り受けた魔石。
手渡すとシャーロットは訝しげに魔石を見つめ、
「……これは?」
「襲ってきた連中が欲しがってた石です。オレらもよく分かんないんでとりあえず姫様に渡しておこうかなって」
「分かった、これは私から魔法帝に献上しておく――ご苦労だったな」
「ね、労われた、だと……」
労われたことにむしろ驚く様子を見せるキリヤ。
その様子にシャーロットは眉を顰め、
「例え男であろうとも任務に対して成果を挙げれば相応の労いはするに決まっているだろう。私をそんな礼節もない女だと思っていたのか?」
「正直、ソル見てたら多少……ちょっとだけ思ってました」
「オマエ姐さんを侮辱したな! このっ!!」
「うんごめんなさいだから殴りかかってくるのはやめろ!」
当然のように近くにいたソルは拳を振り上げて襲い掛かってくるので団長室で追い掛け回される。
その光景に溜息しか出てこないシャーロットだがキリヤはようやく気付く。
「あ、姫様もう兜のスペアないんですね」
「貴様のせいでな……」
衣服の上に軽装の鎧を着ているシャーロットだがキリヤが兜を二回取ったことでスペアもなくなったのか、後ろで束ねていた髪も下ろしていた。
そんなシャーロットの姿にキリヤは親指を立て、
「兜被ってるよりもソッチの方が姫様キレイだと思いますけどね」
「姐さんを口説くなバカ!」
「ぎゃーっ! 関節技はやめて!」
素直な感想を言ったのにキリヤはソルからコブラツイストを受け身体が悲鳴を上げる。
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人にシャーロットは手でソルを制止し、
「とにかく、此度の任務報告書は提出するように」
「何でっスか?」
「話だけでは忘れてしまいますから記録を残しておくためですよ」
関節技から解放され素直な疑問を口にするキリヤに隣にいたシィナは小声で教えてくれる。
だがキリヤはと言うと――
「オレ文字書けないっスし、読めないっス」
自慢げに言い、シィナとブーリ、ソルはズッコケる。
シャーロットも額に手を当て、首を横に振るうが任務報告は必要不可欠なためにシィナを見て、
「シィナ、貴様が書いておくように」
「は、はい!」
「……あと何故貴様も私の兜を被っている?」
「す、すみません……」
もう被っていること自体自然になっていたのかシィナは急いで返す。
机の傍らに兜を置いたシャーロットの話はこれで終わりかと思えばそうではないようだ。
「未知数な敵の撃退、その働きが魔法帝に認められ我が団には星が一つ授与された」
「星……?」
「九つの団は星の取得数を名誉として競いあってんだ。年に一回合計数でランキング付け功績を讃えられるんだ」
早くもキリヤの無知が〈碧の野薔薇〉に浸透してきたのかソルはキリヤの思考を先読みして教えてくれる。
当然のようにトップは〈金色の夜明け〉団らしいがキリヤは拳を挙げると、
「オレ、姫様のために頑張ります!」
「頑張るのは皆だけどな! 姐さんに恥かかせないためにも私も頑張るんだ!」
二人してやる気を見せているうちにシャーロットは机の引き出しを引くと紐で縛られた革袋を二つ取り出し、キリヤとシィナに手渡す。
「今月分の給料だ」
「わーやったーって……食えねえ」
「食べれるわけないだろ! 本当にバカだなオマエ!」
革袋の中は紙幣や硬貨でいっぱいになっており、試しに一枚取り出して齧ってみるキリヤ。
だが何とも言えぬ味で「うぇー」と言っているとまたソルにツッコミの張り手をされ、シャーロットも何とも言えない表情でキリヤを見る。
「……まさか貴様、金銭のことを知らないのか?」
「オレこう見えて十三歳まで記憶ないですし、そこから基本レオナ様と野生動物狩って食って森で暮らしてましたから! ぶっちゃけ何にもこの国のこと知らないっス!!」
「誇らしげに言うな」
あまりにもリアル野人な生活を送っていたキリヤに周りは絶句。あと納得。
だからこんなにキリヤは戦闘以外ポンコツなのか、と。
流石にまずいと思ったのかシャーロットは顎に手を当て、何かを考え始める。
やがてシィナ、ソル、ブーリの顔を見てまた考えて、数十秒思案した結果息を吐く。
「仕方ない。私が貴様に教養をつけてやる」
「な、ななななな……なっ何で姐さんが直々に!? 文字とか計算だったら私が――」
「私が決めたことだ。下手に団員に任せれば余計な面倒になりそうだからな」
「だからと言って姐さんがわざわざしなくても……」
シャーロットの判断にソルはこれまでにないほど反対するがすでに本人は折れない気でいるのでそれ以上ソルは何も言えないようだった。
ともあれ何だかんだでシャーロットから直々に教わることになったキリヤはとりあえず、
「ここは喜ぶべきなのか?」
「全身から血を噴いて喜べ!!」
「めちゃくちゃ物騒!!」
嫉妬で血涙でも流す勢いでソルは拳を握り締めており、こうしてキリヤは初めて”勉強”というものに向き合うことになった――
◎
「姫様姫様」
「集中しろ」
「姫様もそうなんですけど何で〈碧の野薔薇〉は女装バンビ? ってのをしてるんですか?」
「全く話を聞いていないな……」
勉強を初めて十数分、見ていたシャーロットはキリヤにそう問いかけられていた。
聞いた瞬間は女装バンビの意味がまるで分からなかったが少し考えれば言いたいことが分かり、
「女尊男卑と言いたいのか?」
「そう! それです!」
女尊男卑、キリヤはろくに覚えていなかったところを見れば恐らく他の誰かから聞いていたのだろう。大方雑用係をしている男団員からでも聞かされたか。
男が浅ましく卑しい姿は昔から飽きるほど見てきた。
きっとキリヤも――そんな風に思いながら、シャーロットは反対にキリヤに問う。
「時に貴様も男は女よりも優れていると思っているか?」
男はまるで女を飾り程度にしか思っていない。
いつも口先だけで貧弱な者ばかり、優れたところなど何一つないくせに女だからと自らより下に見て、横暴な態度を取ってくる。
〈碧の野薔薇〉にいる女魔道士のほとんどがそうして何かしら男に傷つけられたことのある者ばかりだ。
ソルが名付けたパシリランクも結局は勝てば正当に扱われる。負けたからこそ雑用に使われる。
力を示す、ただそれだけのシンプルなルールだ。他の団と比べる時点で話にならない。
それなのに負けた男魔道士は口を揃えて陰で言う――女尊男卑だと。
反対に問われてしまったキリヤは一瞬言葉を選ぶように考えると、
「そもそもそういうの考えるのって苦しくないですか?」
「……何だと?」
「だって結局強さにしても色んな強さがありますし、競おうと思えばそれこそ無限に近いぐらい競えますし。結果男女どっちが優れてるーなんてオレには正直分かんないっス」
あまり難しいことは言えないキリヤはうーんと頭を悩ませながら腕を組み、言葉を続ける。
「皆、それぞれ違った良さってのがあると思うんスよ。自分には出来ないことでも他の誰かが出来ちゃいますし。だからオレは別に男が女より優れてるって思わないし、女も男より優れてるって思わないです」
キリヤは嘘を吐いているようには見えなかった。
自分がこう感じたから、自らの意思に愚直なまでに素直まとめた言葉の数々。
「それぞれ得意分野が違って、それぞれの強さを持った強いヤツらがいっぱいいて、頼れる仲間として共に戦う――それが魔法騎士団だとオレは思ってますから!」
その言葉はかつてシャーロット自身が”あの男”に聞いた言葉と似ていた。
あの男は自由奔放で、野蛮で、腹立たしくて、しかしその言葉を聞けばシャーロットの口元は自然に笑みを作り出していた。
「……貴様は少し、あの男に似ているな」
「あの男……?」
「さて話を逸らしてしまったな、貴様の質問に答えよう。別に女尊男卑を強いているわけではない――この団の女が強いだけだ」
「なるほど! 納得しました! レオナ様も強かったし、そんな感じの女のヒトがいっぱいいるんスね!」
レオナ様というのが一体どんな人物なのか分からないが納得したのだから良いのだろう。
そこから再びキリヤは集中して取り組み始め、シャーロット自身色々とキリヤのことで気付いたことがある。
(文句を言わないな……)
別にキリヤ自身が文字を読み書きしたいだとか計算出来るようになりたいと言ったわけではないが真面目に取り組んでいる。
根は本当に真面目なのか。それとも自分がしたいと思っているから続けているのか。
はたまた望まれていることに、期待されていることに全力で応えようとしているのか。
良くも悪くもキリヤは自分も含めて誰にでも正直な性格なのだからどれも考えられる。
――と、なれば気になってくることがある。
どうしてキリヤは九つの団から挙手を受けていたにも関わらず〈碧の野薔薇〉を選んだのか。
「キリヤスフィール」
「はい?」
「何故貴様は入団試験の際、〈碧の野薔薇〉を選んだのだ?」
そう問いかけるとキリヤは唐突に「あはは」と苦笑し、
「間違えたんですよ」
「……間違えた?」
呆気に取られ過ぎて思わず言葉を反復してしまった。
反復するとキリヤは頷き、
「レオナ様に勧められた団があったんでそこに入ろうかなって思ったら忘れちゃって。よくわかんないうちに全部の団が手を挙げてて、可能な限り消去法で狙いに行ったら外しちゃったみたいで……」
「……ふ、貴様らしいな」
キリヤの性格を知ってしまったために腹立たしいと思う気持ちなどなく、むしろ”らしい”と思って思わずシャーロットから笑みが零れる。
「そもそもだがその”レオナ様”というのは何者なのだ?」
「ヤダなぁレオナ様はレオナ様ですよ。メレオレオナ・ヴァーミリオン様っス!」
「――っ!?」
その名を聞いて思わずシャーロットは度肝を抜かれてしまう。
無冠無敗の女獅子――メレオレオナ。
ヴァーミリオン家の生まれでありながら戦事や
シャーロット自身もメレオレオナに尊敬の念を抱いており、弟子など取らないと思っていたが現にキリヤの戦闘能力を見れば頷ける。
あのマナスキンの精度、野性の獣の如き動き。頷ける部分も多い。
「オレ、レオナ様と結婚するために強くなりたいんス!!」
「――っ!?」
本日二度目の度肝抜き。
まさかあれだけの強さを持つメレオレオナと結婚したいと言える男がいたとは思ってもいなかった。
「だ、だがメレオレオナ様はそう易々と求婚を受けるとは――」
「初対面の時プロポーズして『参った』って言わせれば結婚してくれるって言ってくれたんで大丈夫っス!!」
「――っ!?」
本日三度目の度肝抜き。
その過程はさておき、キリヤのプロポーズが半ば成功してしまっていることにシャーロットも驚く。
「そ、それならば〈紅蓮の獅子王〉だったのでは?」
「あ、そこだ! 思い出しました! 勧められたのそこですよ!」
ようやく悩んでいた答えが出てきたのかキリヤは大きく頷いて思い出したようだ。
シャーロットは一度手を止め、
「キリヤスフィール、団の異動ならば双方の団長が合意すれば出来るが――」
「しませんよ」
メレオレオナのことを心酔しているならばてっきり異動願いをすると思ったが意外にもキリヤはこの申し出を断る。
「オレは姫様のために頑張りますって言いましたし! オレってば一回言ったことは曲げないから〈碧の野薔薇〉で頑張りますよ!」
任務報告の際に言っていた言葉。
あんなのは一時的な冗談だとシャーロットだがどうにもキリヤは本気だったようだ。
今日は笑うことが多い。そう思いながらシャーロットは計算を解くキリヤに、
「……だったらまず2足す4くらい合わせろ」
「え、24じゃないんスか!?」
どうにもやる気だが習得するにはまだまだ時間が掛かりそうだった――