「五十音を順に書いていけ」
「うすっ!」
あれから二日後、キリヤはシャーロットの元で文字の読み書きと計算を教わり、その成果を試されていた。
まだ自ら見ても汚いがキリヤは勢い良く五十音を書き進め、シャーロットへ見せる。
「まだまだ綺麗とは言えんが覚えてはいるな」
「修行しながら繰り返し復習したんで!」
食堂でしているために周りからの嫉妬の目線が物凄いがとりあえず気にしない。
五十音はこれでクリアしたので問題は――
「なら2足す4は?」
「24!!」
「そんなわけあるかーっ!!」
自信満々に答えればいきなりのソルからの横槍。
手刀が側頭部を捉え、イテテと振り向くとソルはガニ股でぷんすか怒っていた。
「6だ6っ! 姐さんに二日もみっちり教えて貰っといて何だその成果の無さは! あとちょっとスルーしてたけどにーよんって何だ!」
「そう言われても計算だけは全然慣れないんだよなぁ」
キリヤ的にはむしろ2に4を足して6になる方が意味不明だ。そもそも6とは何なのか。
横に置いて24の方がよほどしっくり来ると思いながらもソルから見れば問題はそこではないようで、
「キリヤさん、一度一から順に数えられるだけ数えてみてくれませんか?」
様子を見ていたシィナもやってきて試すような真似をしてくる。
このままでは莫迦にされるがままだとキリヤは腕を組むと、
「1、2、3、4、5……24!!」
「そんなわけあるかーっ!!」
本日二度目の手刀。
しかも今回はヘッドロック付きでキリヤは後頭部に柔らかい感触を感じながら「ぐへー」と舌を出す。
思っていた以上にレベルが達していなかったのかシィナは冷静に、
「団長、これは計算どころではないですね……」
「そうだな。しかし、五十音を覚えられたのならば数字の50まで覚えるのも簡単なはずだが」
「いつもどういう風に覚えていたんですか?」
「えーっとな……手頃な岩がないな。それじゃあ――」
「え――」
「ちょ――」
周りを見渡してもキリヤが望むものがなかったので手近にいたシィナとソルの背に手を当てて軽々と持ち上げる。
いきなりのことでシィナもソルも驚き目を見開く。
「キ、キリヤさん!?」
「下ろせって!」
「いやいつもこんな感じで岩持ってんだけど二人共軽いな。で、この状態であ、い、う、え、おー的な感じでやってんの」
上下に上げたり下げたりと回数を数える感覚でキリヤは五十音を覚えていた。
と、ここでシャーロットが呆れた表情をしているのが見え――
「え、どうかしましたか?」
「それを数字に変えれば覚えられていたのではないのか?」
「確かに!」
言われてみれば確かにそうだった。
キリヤがいつもしている筋力修行も五十音だけではなく数字でも挑戦していれば数など簡単に覚えられたはず。
そう思えば悔しくなってきたキリヤは持ち上げていたシィナとソルをゆっくり下ろすと、
「身体動かすか!」
「待て。それならば一つ貴様に課題を課す」
「……へ?」
ソルにまた絡まれている中、不意にシャーロットがそう言って懐から一枚の硬貨をキリヤに手渡す。
見ると5と丸が二つ記されていてキリヤは怪訝そうに首を傾げる。
「お小遣いですか?」
「そんなわけがないだろう――その硬貨を使って好きな物を三つ買って来い。数字を理解し、計算が出来れば容易にクリア出来る。貴様が好む実践だ」
「なるほど! じゃあ早速行ってきます!」
「……何故毎度私の兜を取っていくのだ」
すでに兜を被っているのに出て行く時になればまたシャーロットが被っている兜を取る。
硬貨一枚と兜を手にキリヤは駆け出し、さりげなく拘束魔法を放ってくる女魔道士達を躱しながら扉を出て行く。
「あ、あの、キリヤさんが心配なんでついていきますっ!」
言ってシィナもそそくさと走り出しキリヤを追った――
◎
(買い物と言えばやっぱりレオナ様と一緒に来たここだよな!)
城下町キッカ。
メレオレオナに社会見学だと言われて連れて来られた場所だが何やかんやここから始まった気がする。
思い出に少し耽っていると、
「キリヤさんっ!」
「ん、シィナ?」
振り向けばシィナが走ってやってきて、キリヤに追いつけば肩で息をする。
何故そこまで急いできたのか分からずキリヤは首を傾げるとシィナは顔を上げる。
「キリヤさんが心配で……」
「別に暴漢とか現れても殴り飛ばせるし大丈夫だけどな」
「いえ、そういうことではなくて……」
いつもはそこまで走りこんでいないのかシィナに体力はなさそうだった。
買い物の前にシィナの体力回復を待っていると、キリヤの耳に聞いたことのある声が届く。
「あれは――」
身長は小さいが声は大きい。
黒の外套に黒のバンダナをした少年が走っており、間違いないとキリヤは手を振るう。
「おーいアスターっ!!」
「ん、あっ! キリヤじゃねえか!」
向こうもキリヤに気付いたのか大きく手を振って近付いてくる。
「どうしたんだこんなところで!」
「いやー給料貰って何に使おうか考えてたらバネッサ姐さんに連れられてここに来たんだよ!」
「バネッサ姐さん? ということは連れがいるのか」
「あんまり先行かないの坊やー」
言った途端に女性の声が聞こえてくる。
人数は二人。片方は女性にしては身長が高く三角帽子に露出の多い服装の二十代と少しと言ったところか。
もう一人は薄い銀、と言えばいいのかともかくそのような色の髪をそれぞれ側頭で括っているそう年齢は変わらない少女だ。
「なになに? 坊やの知り合い?」
「トモダチっス! 入団試験の時、バカにされてたオレのために怒ってくれたんスよ!」
「キリヤです! アスタの友達で〈碧の野薔薇〉にいるっス!」
「私はバネッサ、よろしくね。でも〈碧の野薔薇〉ってあの男にとんでもなく厳しいあの〈碧の野薔薇〉でしょ?」
「何だかんだで楽しくやってますよ! この兜だって団長の姫様に貰ったものですし!」
盗ったの間違いだが。
しかしそんな事情は知らないのでアスタは目を輝かせる。
「キリヤやっぱスゲェな! 流石全部の団に選ばれてただけあるな!」
「よせよせ、あんまり言われると照れるじゃねえか――で、そっちの
「おう! なあノエル!」
「口を慎みなさい下民」
「という感じでノエルは王族だ!」
「じゃあノエル様って呼ばないとな。よろしくお願いしまァす!」
「……わ、分かってるじゃない」
暫く王族扱いされていなかったのか紹介された少女――ノエルは照れくさそうにそっぽを向く。
そのうちに体力回復させ完全に面を上げたシィナを見てキリヤも手でシィナを示す。
「この子はシィナ、オレの同期で影魔法ってスゲェ魔法使うんだ!」
「影魔法……? 聞いたことないわねー」
「種別としては闇属性の派生になります」
「スッゲェな! よろしくシィナ!!」
「アスタさん……キリヤさんに悪影響を及ぼしたら影の奈落に沈めますから」
「オレにだけ厳しくね!?」
「え、何? 保護者なの?」
何故かシィナはアスタにだけは対応が厳しく、バネッサも怪訝そうにキリヤを見るがそれはキリヤにだって分からないことだ。
一方、流れを見ていたノエルだったがシィナの姿を見るなり驚いた様子を見せる。
「シィナ久しぶりね!」
「はい、お久しぶりですノエルさん」
「あれ、二人共知り合いなんですか?」
「えぇ、シィナは私と同じ王族でシュヴァルツ家の次女なのよ」
「そ、そうだったのか……数々の無礼お許しくださいシィナさ――」
「――やめてください!! 今までどおりで良いですから!!」
ノエルに対するように目上の人間だから敬意を、と思ったがめちゃくちゃ怒られた。
今までにないほど声を荒げてシィナにキリヤも勢いに圧され「ご、ごめん……」と思わず返してしまう。
「ふふ、コッチの坊やもまだ全然女の子の気持ちが分からないみたいね」
「女心は複雑怪奇ってのは教えてもらったんスけどねー……」
「てゆーかキリヤこそ何でここにいるんだ?」
「よくぞ聞いてくれたアスタよ」
アスタ達に会って一瞬忘れかけていたが思い出し、キリヤは懐から硬貨を出す。
それを見たアスタや〈黒の暴牛〉の二人は訝しげに硬貨を眺める。
「オレさ、何だかんだで世間知らずで教養なくてさ。数字や計算を覚えるために姫様からこの硬貨で三つ好きなモン買ってこいって言われてよ」
「はした金にもほどがあるわね……」
「うーん、この金額だったら安売りのものでも三品買うのは難しいわね」
「そんなに価値低いのかこれ……」
「だってこれ五ひゃあいだだだだだだだだッ!?」
「答えを言うのはキリヤさんのためにはならないので」
影魔法”
何か言おうとしたアスタの影が飛び出しアスタ本人の腕に関節技を極める。
「やっぱり保護者ね……っととにかく、多分ソッチの坊やは社会見学も含めてのことだろうし私がとっておきの場所に案内してあげるわ!」
「とっておきの」
「場所?」
キリヤと関節技を極められたままのアスタは同時に首を傾げ、バネッサの案内で新たな場所へと誘われる――
◎
やってきたのは表では絶対に取り扱われない物ばかり取り扱われている
キリヤとアスタは目を輝かせるがシィナは闇市に入ってからというもののずっと機嫌が悪そうに見える。
「さっきからどうしたんだ?」
「アララ、随分と嫌われちゃったものねココも。でも王族や貴族はこういう場所毛嫌いして近付かないものね」
「ここはキリヤさんの教育上良くないと思うので一刻も早く出ましょう。団長もきっと私と同じ考えです。だから早く出ましょう」
「……やっぱりこの子、坊やの保護者なんじゃない?」
バネッサが少々呆れ気味で警戒して唸り声を上げるシィナを見て言う。
しかしすでにキリヤの目は別のものに移っており、その視線は一際賑わっている場所へ向けられる。
気付いたバネッサは「あー」と納得した声を上げ、
「あそこは賭博場よ。坊や達にはまだ早いわね」
「賭博場って?」
「お金を賭けてゲームをするのよ。勝ったらお金が沢山手に入るけど負けたらその分のお金はなくなっちゃうから下手に素人が手を出すと身を滅ぼすわよ」
「そうですキリヤさん、帰りましょう」
この時キリヤは考えていた。
先ほど言われたこの硬貨で三品買うのは難しいという言葉が引っ掛かっていた。
だったらここは――
「行ってくる!」
シィナの話も聞かず、キリヤは賭博場に向かって走り出す。
この行動の速さにバネッサもシィナも目を見開き、
「キリヤさん待ってください!」
焦ってシィナも後を追った――
◎
「も、もう勘弁してください……」
賭博場でそう言ったのはキリヤ――ではなくディーラーの男だった。
このゲームは至極単純で飛ばしたコインの裏表どちらかを当てるだけ。
挑んできたのは五百ユールしか持っていない少年。しかし、その少年が豪運の持ち主だった。
イカサマしようが何しようが当ててくる。
おかげでたった五百ユールが毎度全賭けしていたためにすでに数百万に到達してしまっていた。
一瞬店の者を集めて追い返そうとしたがこの二人は魔法騎士団。しかも後ろにいる黒髪の可愛らしい見た目の少女がとんでもなく怖い。
――余計な真似をすれば殺す。
これまでにないほどマックス殺意の篭った双眸だった。
「よし、これだけあったら何か三つぐらい物買えるかな?」
「…………いいえ、まだまだ足りないと思います」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ!! 足ります足ります!!」
今日だけでこの店は赤字もいいところ。
ディーラー決死の土下座で帰って貰えることになったが去り際――
「見てるだけで分かるのに何でこんなことでお金貰えるんだろうな」
「私には分かりかねますね」
「もう二度と来ないで!!」
◎
「――誰がそんな頓知でクリアしろと言った?」
結論を言えばめちゃくちゃ怒られた。
シャーロットへのお土産や色々なものを買って帰り、どうやってこんなにも手に入れたか説明すると正座させられてこれ。
賭博とは良いものではなかったようで、しかもそれが闇市なら尚更のことのようで。
「シィナ、貴様がついていながら聞いて呆れる」
「め、面目ありません……」
ついでに何故かシィナまで怒られていた――