オレが愛した女は過剰スパルタアネゴレオン   作:ホスパッチ

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18話「約束」

 大魔道士ディオルグはそれは偉大な人間だった。

 元々は貧困な村に生まれ、疫病が蔓延したことによって村は全て焼き尽くされ、それでも一人生き延びたディオルグは二度とこのような悲劇を生み出さないために魔法を研究し始めた。

 

 幸いにもディオルグは魔力、才能に恵まれていた。

 (マナ)にも愛され、魔道具を次々と開発し、いつしか一人で国力ほどの力を担うようになっていた。

 

 しかし、あまりに出た杭は打たれるもの。

 ディオルグは強大な力を持つばかりに多くの国から狙われ、そして自衛のために人を殺めてしまったのだ。

 いつしかディオルグはただ恐れられる存在となり、人間は誰もディオルグに関わらなくなった。

 

 ある日、ディオルグは狩りによって死に瀕していた一匹の兎を助ける。

 (マナ)に順応した兎は精霊となりサキムニと名付けられ、サキムニは命を救ってくれたディオルグのために献身的に我が身を捧げ続けた。

 サキムニはいつしか数を増やし、ディオルグはいつも感じていた孤独から解放されたように失っていた笑顔を取り戻した。

 

 こんな幸せな日々がいつまでも続く、寿命の概念のないサキムニ達はそう思っていた。

 だが、如何なる大魔道士でも死期というのは唐突に訪れる。

 ディオルグの身体は不治の病に襲われてしまったのだ――

 

『サキムニ、私はね今まで沢山人を殺め不幸にしてきたんだ最低の人間なんだ』

 

『そんなことないヨ。マスターはボク達を助けてくれた優しい人』

 

『きっとそれもまた自らの罪悪感を薄めるための自己満足に過ぎなかったんだよ』

 

 死期を悟り、自らの本音を打ち明けるディオルグ。

 救われた身としてサキムニ達は懸命に首を横に振り、その姿にディオルグも微笑む。

 

『私の夢を、聞いてくれるかい?』

 

 サキムニ達は何度も頷く。

 

『私の夢は誰か一人でも良いから幸せにしたかった……。いっぱい楽しませて、笑わせて、心から喜んで貰いたかった。だから私は人に楽しんで貰うために娯楽施設を作ったんだ。この夢を――キミ達に託していいかい?』

 

『任せテ、マスター……』

 

『そして私の夢が果たされたなら――キミ達は自由に生きて欲しい。キミ達は私にとって家族なんだ。だから私はキミ達にも幸せに生きて欲しいんだ』

 

『うン……』

 

 サキムニ全てが了承すれば最期の力を振り絞ってディオルグは自らの首から下げていたペンダントを一匹のサキムニに手渡す。

 受け取れば大事そうに抱きしめ、その姿にディオルグは安堵し天井を見上げる。

 

『私の我儘を最後まで聞いてくれてありがとう……出来れば最期に故郷で聞いたあの鐘の音を聴きたかったな……』

 

 その言葉を最期にディオルグは静かに目を閉じた。

 いくら声を掛けても答えてくれず、大魔道士ディオルグの生は――終わった。

 

 ◎

 

「結局、ボーヤも大したことなかったわねぇ。久しぶりに好敵手が現れたと思ったけど――ボーヤの師匠も大したことないんじゃないかしらァ?」

 

「こんの野郎レオナ様のことまで……クソがァ!!」

 

 今サキムニの目の前では一人の少年が戦い続けてくれている。

 死ぬはずもない精霊であるサキムニを庇い、血を流しながら懸命に守り続けてくれている。

 助けて、そう見ず知らずの者から言われただけなのに。

 

(マスター……この人なラ、この人ならきっト……)

 

 岩の槍が雨の如く降り続ける中、僅かな隙間から遠くの景色を眺める。

 見えたのはどのアトラクションよりも大きく作られた鐘塔。

 何でもディオルグの故郷である村から離れた場所には豊かな街があり、そこには一日に一度だけ鳴る大きな鐘塔があったらしい。

 ディオルグはそれをよく聞きに街の近くまで行っていたらしい。ディオルグにとって鐘の音を聞くことだけが貧困な村で生きる心の糧だったと言っていた。

 

 だから最後のアトラクションはあの鐘塔の鐘を鳴らすことがクリアとなる。

 鐘の音を鳴らすことはディオルグにとって最大の供養となり、そして全てのアトラクションが終了する。

 だがそれは同時に――

 

『…………』

 

 一匹のサキムニが他のサキムニを見ればすでに全員が同じ気持ちのようだった。

 言わずとも頷き、異論を唱える者などいるはずもない。

 だったら、迷うこともない。一匹のサキムニが走り出せば一斉にキリヤの背中に向かって勢い良く飛び込んだ――

 

 ◎

 

「うぉ……っ!?」

 

 急に背後から何かが飛び込んできたかと思えば後ろにいたウサギ達だった。

 一体どうしたのか。何か気に食わないことでもあったのか。

 しかし今は戦闘中。今も岩の槍は降り注いでいて一瞬でも気を抜けば――

 

『大丈夫、新たなご主人! ボク達も、守りたいんダ!!』

 

「新たなご主人って――」

 

 言葉の意味も分からず、しかし岩の槍が眼前に迫る。

 しまった。そう思ったが――岩の槍はキリヤの少し前で全て砕け散り、キリヤには何一つ届かない。

 

「何ですって……っ!?」

 

「コレは……」

 

 手を差し出したキリヤの前には大質量の魔力がまるでオーロラのように揺らめく。

 こんな魔力、キリヤは見たことがなくさらにキリヤの魔導書(グリモワール)はより一層輝きを見せる。

 

「新しい……魔法……」

 

 どれだけ身を鍛えても、メレオレオナと戦っても、現れなかった新たな魔法。

 小さな魔導書に刻まれた新たなページを見ればキリヤは酷く納得してしまった。

 

(なるほど、だからオレの魔法は一つだったのか)

 

 身体進化魔法は相手の魔力を利用して自らを無限に進化して強くなれる、ずっとそう思っていた。

 だが違った。あくまで”強化鎧旋(レベル2・ガイガーアップ)”までは進化のきっかけに過ぎないのだ。

 進化というのは環境に適応するためにするもの。だからキリヤは自らの魔力では進化出来ない。

 

『ボク達の名前はサキムニ。さあ、ボク達の名前を呼んデ――』

 

 キリヤの魔導書はキリヤ自身の鍛練を求めていたのではない。

 多くの者と触れ合い絆を紡ぐことによって力を鎧に付与し、さらに進化していく鍵とする。それが二つ目の魔法。

 突如として溢れ出た魔力量にベレラファスラは驚きを隠せなかった。

 

「バカな! こんな魔力、もうボーヤには――」

 

「嘗めたこと言ってんじゃねえぞ、〈七剣総統〉さんよォ!!」

 

 全身も傷だらけで目の前すらも朧げに映る視界。

 一見すればそんな者に何が出来るのか、いや何も出来るはずがない。

 だがキリヤは拳を握り締め、こちらを見下すベレラファスラを睨みつけて叫ぶ。

 

「オレがテメェを許せない理由は四つある!! 一つ目はオレの家族を侮辱したこと!! 二つ目はマスターの夢をブッ壊そうとしたこと!! 三つ目は自分勝手にウサギ達を傷つけたこと!! そして何より四つ目ェ!!」

 

 どれだけ身体が傷だらけになろうとも拳の一つあれば敵を討ち取れる――ッ!!

 

「――オマエ程度がオレが惚れた女(レオナ様)以上なわけあるかァアアアアアアアアアアア!! 行くぜサキムニ!! オレに力を貸してくれ!!」

 

 溢れ出た魔力が全てキリヤの身体に収められる。

 未だかつてないほど眩い光を放ち、崩れた鎧はキリヤが受けた傷の回復と共に新たな形へと進化していく――

 

「身体進化魔法”兎々戦の鉄鎧(レベル3・ビビットアーマアルナブ)”!!」

 

 光を裂いて飛び出したキリヤの鎧は凄まじい変貌を遂げていた。

 線の細い形となった鎧。兜の額にはV字のウサギの耳を模した装飾が成され、魔力が帯となって首元から伸びて風に靡く。

 

「まさか、あのウサギ達こそ大魔道士が遺した魔法だったというの……?」

 

「ゴチャゴチャうっせぇ!!」

 

 地を押し込む足はまるでバネの如き伸縮性を発揮し、キリヤの姿はもはや消える。

 肉薄したキリヤにベレラファスラは大斧を振るうがあれだけ重かったと思った一撃も今では――

 

「軽いんだよ!!」

 

 篭手に触れた傍から岩石の刃は砕け、中の棍棒を肩脇に挟めば手刀を落とす。

 手刀を受けた棍棒は真っ二つにへし砕かれ、得物を失ったベレラファスラの胴部に目にも留まらぬ速度で拳の連撃が叩き込まれる。

 

「ぐ、がは……ッ!」

 

 この時初めてベレラファスラはまともに膝をつき、口端から零れた血を拭う。

 明らかな焦りと狼狽。睨み付けてくるベレラファスラにキリヤは笑い、

 

「ようやくオマエ自身の本当の表情(カオ)を見た気がするぜ!!」

 

「黙れッ!! 岩石魔法”岩帯濁流”!!」

 

 怒り狂ったベレラファスラを中心に岩石の濁流が発生する。

 数多のアトラクションを飲み込み、キリヤは岩石の流れを受けながら見上げる。

 そのうちにもベレラファスラは岩の塔を築き、上空からキリヤを見下ろせば――

 

「アンタみたいなボーヤに私が……ッ! 今まで痛みでしか生きて来れなかった私を超えるなんてありえない!! そんなこと許されるわけがない!!」

 

「オレもオマエが許せないからオアイコだな!!」

 

 極大の魔力が練られ、放たれるはベレラファスラ必殺の一撃。

 岩石創成魔法”岩痛通ノ乎戦斧(イワツツノオディーロ)”。

 嵐の如く吹き荒れる砂埃を裂きながらこのテーマパーク全てを破壊する威力で放たれた極斧。

 対しキリヤは右拳を左手で抑え、体勢を低めて腰を曲げる。

 

「これで最後だッ!!」

 

 真正面から極斧を捉えた拳の一撃――

 

「ブッ飛べェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――ッ!!」

 

『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パンチ!!』『パァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンチ!!』

 

 キリヤの拳に合わせてサキムニ達の声が夥しい数響く。

 その度拳の威力は上がっていき、拮抗していた力は徐々に崩れ――極斧は弾け飛ぶ。

 勢いはそれだけでは止まらず、極斧を放ったベレラファスラにまで届き、まるで風に飛ばされた紙吹雪のように一直線に吹き飛ばされる。

 

 ベレラファスラが飛んだ先、そこにあったのは――大きな鐘塔。

 寸分違わず巨大な鐘に叩きつけられたベレラファスラ。身体はそのまま地面に向けて落ち、まるで勝敗を決めるゴングの如く鐘は大きく、はっきりと響き渡る。

 瞬間、キリヤの目の前には『アトラクションオールクリア』の文字が現れ、最後の鍵を受け取る。

 

「ハハ! 何だか分からねえけどクリアには持って来いだな!」

 

 唐突に風景が夜になったかと思えばクラッカーの音がいくつも響き、空には火花……花火と言ったか。とにかく夜空を美しく彩る。

 

『マスター……マスターの願いは全部叶ったヨ……』

 

 いつまでも鳴り止まない鐘の音にキリヤの肩に乗ったサキムニは誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟いた――


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