オレが愛した女は過剰スパルタアネゴレオン   作:ホスパッチ

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1話「スパルタ訓練」

「何をしているかァアア!! さっきからまるで進んでいないぞ、貴様ァアアアア!!」

 

「ごめんなさいっ!」

 

 メレオレオナの弟子になったキリヤを待ち受けていたのは、当然生易しい修行ではなかった。

 今キリヤの身体には縄が巻きつけられており、その先にあるのは身体より遥かに大きい岩の塊。

 その岩の塊にメレオレオナが乗った状態で、それを引き摺りながら急勾配な坂の山道を登っている。

 

「ていうか、質問いいですか!?」

 

「何だァアア!!」

 

「何でオレ岩引っ張って山登ってるんですかァ!?」

 

「…………」

 

 問いかけるとメレオレオナは一瞬黙ってしまう。

 反応がないので訝しげに首を傾げると、目の前にいつの間にかメレオレオナが立っていた。

 

「貴様、私の采配を疑っているのか?」

 

「そういうわけじゃないんですけど、マナスキンってヤツを鍛えるのにどうしてかなーって思って……」

 

「いいか、魔道士は多かれ少なかれ魔力で身体能力を向上させて戦っている。それは基礎的なものであり、中でもマナスキンは基礎魔法の極地だ」

 

「極地ってことは、それが出来るレオナ様ってやっぱりスゴイんスね!」

 

「莫迦者が。この程度上級魔道士ともなれば大抵の者がしている。極地と言っても上を目指すならば出来て当然だ」

 

「でも、まだこの修行とイコールになってないんですけど」

 

「話は最後まで聞かんかァア!」

 

「ぎゃふんっ!」

 

 恒例の拳骨に悶えるキリヤ。

 呆れて吐く息も出ないメレオレオナは構わず続ける。

 

「いくら身体能力を向上させたところで、自らの肉体がついてこなければ宝の持ち腐れもイイところだ。生半可な身体で戦ったところで先に体力が尽きる。そんなことで死ぬなど愚か者にもほどがある」

 

「つまり、今オレは身体を作るために頑張ってるんですね!」

 

「それもそうだが、同時に貴様のマナスキンの精度も上げるためだ。ほら集中が切れて放出量が疎らになっているぞ!!」

 

「ひえーっ! 頑張ります!」

 

 尻を蹴られ猫背気味になっていたキリヤの姿勢がピンと跳ね上がる。

 言われた通り、疎らだった魔力はいきなりの蹴りで驚き、一定となってキリヤの身体を覆われる。

 それを見て、メレオレオナも大きな声で笑う。

 

「その意気だ!! あと十分以内に登りきれなければもう一セットだ!!」

 

「スパルタ!!」

 

 結局、この後十分で登り切れず、最終的に七回ほど山を上り下りする羽目になったのは言うまでもなかった。

 

 ◎

 

「貴様はこの数週間で飛躍的にマナスキンの精度が上がった!! 褒めてやる!!」

 

「ありがとうございまぁす!!」

 

「だがまだまだだァア!!」

 

「何でっ!」

 

 初めて褒められたかと思えば、またいきなりの拳骨。

 何がそこまで不服なのか。というよりマナスキンをどれだけ練習したところでメレオレオナの拳骨の威力はまるで衰えず毎度初めて受けたように痛い。

 悶え苦しむキリヤだが、メレオレオナは構わず話を進める。

 

「何故今マナスキンを解いている?」

 

「……え?」

 

「何故解いていると聞いているのだからさっさと答えんかァアア!!」

 

「ぎゃーっ怒らないで! ……えっと、戦闘時じゃないから……ですかね?」

 

「莫迦者がァアア!!」

 

 本日二発目の拳骨。

 正確無慈悲に一発目と全く同じ箇所に打ち込まれ、キリヤは地面をのたうち回る。

 

「"常在戦場"という言葉を知らんのかァア!!」

 

「ごめんなさい全く知りません!!」

 

「いいか"常在戦場"とは常に戦場……命の駆け引きをする場にいる心構えでいろという意味だ。だが私は心構えだけでは許さん。常に戦える状態でいなければならん」

 

「……と、言うと?」

 

「マナスキンを一日中しろということだ」

 

「いやいやいや流石に持たないですって!」

 

「初めから諦めてどうする莫迦者がァアアアアアア!!」

 

 また怒られた。

 ついでに三発目の拳骨。

 

「大気中には微量の(マナ)が存在している。人間は呼吸することで大気中の魔を吸収し、使用した魔力を補充しているのだ。つまりマナスキンの放出量をより調整し、呼吸などで吸収し続ければ――」

 

「永遠にマナスキンし続けられるってことですか?」

 

「その通りだ。マナスキンは洗練すればするほどより少ない魔力で下手に魔力放出せずとも薄く、堅固に自らの身体能力を高めることが出来る。何より身体能力だけではなくありとあらゆる環境にも適応することができ、会得していて損はしない」

 

「すげえ! レオナ様って粗雑で乱暴だと思ってたけど何と言うか……技巧派だったんですね!!」

 

「……貴様が私を莫迦にしていたことは分かった」

 

「ぎゃああああああ!! 違うんス違うんですよーっ!!」

 

 拳骨どころか顔面にアイアンクローされてしまい身悶えるキリヤ。

 とりあえずこの後猛烈に謝って何とか許して貰えたが、頭は縦も横もとにかく全体がめちゃくちゃ痛かった。

 

 ◎

 

「さ、寒い……」

 

 修行を始めてから数ヶ月経過し、初めての冬の夜。

 今年の冬は大気中の魔に異常があったのかとんでもなく寒く、マナスキンがあっても寒くて震えるキリヤ。

 一方メレオレオナは何でもない様子で寝転がっていて、獣の毛皮で作った毛布一枚で何一つ寒さを感じていないようだ。

 

「レオナ様ー」

 

「……何だ。さっさと眠らんか」

 

「寒すぎて一緒に寝ていいですか?」

 

「断る。自らの力でどうにかしろ」

 

「お邪魔しまーす」

 

「貴様、話を聞け」

 

 拳骨される覚悟でメレオレオナの毛布の中へ素早く移動。

 いつ来るかとキリヤは思っていたがいつまで目を閉じても拳骨は来ない。

 

(あ、あれ……?)

 

 絶対ブン殴られると思ったが、どうにも怒りよりも眠気の方が勝っているようだ。

 キリヤを睨みつけるわけでもなくすでに眠っていて、キリヤは『これはチャンス』だとメレオレオナに抱きついて抱き枕にする。

 

(レオナ様のニオイ……何か安心する……)

 

 何というか、野性味に溢れているというか。

 と、メレオレオナを堪能する前にキリヤも眠気の方が勝ってしまい、いつもよりも深い眠りについてしまった。

 

 ◎

 

「レオナ様レオナ様」

 

「そう何度も呼ばずとも聞こえている」

 

「何でこんな場所にわざわざ来たんですか?」

 

 キリヤが視線を向けた先、そこにあったのはこれまでにないほどがっつりとした谷だった。

 弟子になって一年経ったある日。初めての修行ということで森林から出て山に行くぞと言われついてくればこれ。

 山と山の間に出来た谷を覗き見てみるととんでもない深さで底など暗すぎて見えない。

 

 説明求めるキリヤに前を進むメレオレオナは「このあたりで良いか」と立ち止まり、振り向く。

 

「獅子は我が子を谷底に投げ落とし這い上がることが出来た強い子だけを育てるという……この意味、分かるか?」

 

「今からオレがここに投げ落とされそうって感じは分かります」

 

「その通りだ。説明し終えれば蹴り落とす」

 

「せめて投げ落として!」

 

 早くも殺害宣告を受けたのと同義だが、すでにメレオレオナは落とす気満々。

 こうなれば止められないと弟子であるキリヤは逆らえず、そのうちにもメレオレオナは腕を組む。

 

「貴様はこれまでに常に一定基準の魔力放出量でマナスキンを出来るようになり、それに応じた肉体にもなってきた」

 

 これまでの修行によってキリヤの身体は鍛え抜かれていた。

 身長も伸び、マナスキンの洗練もされ、今度は何かとキリヤも期待で胸を膨らませる。

 

「次はこれだ」

 

 言ってメレオレオナは魔力を放出すると、メレオレオナの腕を覆うようにして魔力は形状を変える。

 それはまるで獣の手のようでキリヤも思わず「おぉ……」と声を漏らす。

 

魔導書(グリモワール)なしでもこの程度までは創れるようにならなければ話にならん。今から貴様にはこれを谷に落ちながらしてもらう。出来れば壁にでも張り付いて戻って来られるが出来なければ死が待っている」

 

「……マジすか」

 

「生存本能に賭けろ――じゃあな」

 

「え、え、マジで言って――ぎゃああああああああ! ホントに落としたぁあああああああ!?」

 

 言葉の途中で谷へ蹴り落とされたキリヤは奈落へ真っ逆さま。

 臓器が浮く感覚に襲われ、逆風に襲われ、とにかく気分は頗る悪い。

 しかもこのまま行けば死ぬ――そんな明確なイメージが頭を過ぎる。

 

(ヤバヤバヤバァアアアアアアア!!)

 

 死、それは自らに途方もない緊張感を与え身体を萎縮させる。

 キリヤも実際蹴落とされ思考回路が一気に真っ白になっていく。

 だが――

 

「死んで……たまるかァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 真っ白になっていく思考の中でキリヤが思い浮かべたのはメレオレオナの姿。

 憧れたからこそ超えたい、その気持ちはキリヤの頭に新たなイメージを植えつける。

 

(とりあえずレオナ様のみたいなデッカイ手!!)

 

 両腕を中心に魔力を放出し、形状を変化させていく。

 それはまさしく獅子の如き爪を携えた巨大な手。しかしそれはメレオレオナのものとは違い何とも大雑把な形状をしているが――

 

「今はこれで充分だァアアアアア!!」

 

 この奈落の終着点がいつどこにあるか分からない。

 だからこそすぐさま爪を谷の壁に叩きつけ、抉りながらも徐々に減速していく。

 

「あイタ!!」

 

 と、いきなり奈落の終わりがやってきた。

 減速していたものの尻を強かに地面に打ちつけてしまったキリヤは「ひぃいっ!」と言いながら身悶え、そうしていると上からメレオレオナがやってくる。

 奈落の底だった暗き谷は一気に明るく照らされ、メレオレオナは不敵な笑みを浮かべる。

 

「どうやら生き延びたようだな」

 

「すげえ!! レオナ様浮いてる!!」

 

「これも基礎魔法の一つだ。後で教えてやる」

 

「え、今教えて貰った方が楽に帰れそうなんですけど!」

 

「貴様、たった一回でマスターした気になっているのか?」

 

「そう言われたら何も言えねえっス!!」

 

「だったら文句はないな」

 

 先ほどのはかなり荒削りでやっただけに本当に何も言えない。

 キリヤがそう答えるのは分かっていたとメレオレオナはキリヤへ背を向ける。

 

「帰りは当然先ほどと同じようにして登って帰って来てもらう――出来るか?」

 

「聞かずともオレはやってやりますよ!!」

 

「イイ返事だ。では私は上で待っててやる」

 

 あまり待たせるなよ、その言葉を最後にメレオレオナは空へ向かって飛んで行ってしまう。

 一人残されたキリヤ。再び沈黙が支配する空間。

 両頬を叩いて気合いを入れたキリヤは再び魔力を両腕に纏い、爪を壁に立てて登り始めるが――

 

「あっ……」

 

 つるん、と滑って再び地面に尻餅をついてしまう。

 

「ここ、滑りやすっ!!」

 

 異常な滑りやすさ。生半可なやり方では忽ち滑って今のように転落してしまう。

 恐らくメレオレオナはこれを知っていて課題を出していたのだろうか。

 ともかく、やるべきことが後は突き進むだけだ。

 

「あんまり待たせるとレオナ様マジで怒るから頑張る!!」

 

 ――と、粋がったものの普通に時間が掛かって普通に怒られたのは言うまでもなかった。

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