魔力形状変化も物にして数日経ったある日。
「人が持つ魔力は四大元素……つまり火、風、水、地のどれかの
言ってメレオレオナは自らの掌に炎を灯す。
それを見てキリヤは「うぉお!」と気分を高揚させて拳を握り、
「火と炎の違いが正直分からないですけど俺も火がイイっス! レオナ様と同じのがイイっス!」
「貴様、私を超えたいというのに何かと真似したがるな……だが残念な知らせだ」
「……?」
「貴様の魔力の色は――無だ」
「なん、ですと……って、無って何ですか?」
「知らんのに言ったのか貴様は」
キリヤの適当な反応に凄んでくるメレオレオナ。
威圧感に両手を出して制止しつつ後ろへ下がるとメレオレオナも額に手を当てる。
「無とは何もないことだ。貴様の魔力は色を持たない故に火も放つことは出来ない」
「ええっ! 何てこった!!」
終わったと言わんばかりにショックを受け、地面に蹲るキリヤだが即座に拳骨が飛んで来る。
相変わらずの威力に身悶えるキリヤだがメレオレオナは「最後まで聞け」とキリヤの前に座り込む。
また拳骨される、そう思ったキリヤだが今度は違った。
拳をキリヤの額にこつんと軽く当て、メレオレオナは笑みを浮かべる。
「――何色も持たないからこそ貴様は何者にもなれる。貴様は私を超えたいのだろう? だったら私の予想を超える面白い成長をしてみせろ」
「レオナ様……オレ頑張ります!」
「フン、貴様はいつもそればかりだな。だがイイ返事だ」
「よっしゃあ! 頑張ると決めたから次は何するんスか!?」
「そうだな。実力はまだまだだが最初に比べればマシになった。しかし、このままただ修行させるだけでは貴様の社会性は一向に育まれないな」
そう言いながらメレオレオナは顎に手を当てる。
やがて考えついたのか、目を軽く見開いて今度は不敵な笑みを浮かべた。
「よし、社会見学に行くぞ」
「……へ? しゃかい、けんがく?」
社会見学。
今まで森林や山で暮らしてきたキリヤにとってはあまりにも未知な言葉。
だがメレオレオナが決めた以上異論を唱えることなど許されるはずもなく、キリヤはとりあえずついて行くことに。
◎
広がる光景は今まで見たこともない物ばかり。
石、いや煉瓦というもので作られた建築物が並び、今まで見たこともないほど人々が群れを成している。
「すげえ、いっぱいヒトがいる!」
初めての光景に気分を昂ぶらせるキリヤ。
忙しなく視線を動かして景色を眺めていると背後からいきなり拳骨が叩き込まれる。
「あまりはしゃぐな。私から離れるな。迷子になったら殴るぞ」
「す、すでに一発入れられたんですけど……」
メレオレオナに連れられてやってきたのは城下町キッカ。
何でも商業が盛んらしく、ここに来れば大抵の物が手に入るらしい。
「でも心配しなくて大丈夫ですよレオナ様。オレ、迷子にはならないんで!」
「そうやって親指立てるヤツの言葉が一番信用ならん。それにはぐれた先でもし貴様が貴族にでも絡めば面倒なことになる」
「貴族?」
「この国には人を階級分けしているのだ。生まれによって下から下民、平民、貴族、王族とな。中でも貴族、王族はそれ以下の人間を蔑む傾向にある。どんな理由があれ貴様の階級は分からんが手を出せば確実に罪に問われることになる」
「変な風習ですねー。ヒトがヒトの価値を分けるなんて驕りっスねー」
「それだけではない。国も三分割……恵外界、平界、王貴界と分かれている。今いるのが平界で主に平民が訪れるが貴族に出会う確率も低くない」
「だから気をつけろってことですね。大丈夫ですよ! オレ、レオナ様と手ぇ繋いでおくんで!!」
「貴様の行動力にはたまに驚かされるな……」
すでにばっちりとメレオレオナの手を握っていたキリヤは空いた手で親指を立てる。
手を繋いでいるのだからこれでもう大丈夫、なんてキリヤも思っていたが――
◎
「迷った……」
手を繋いでから数分、気付けば完全にメレオレオナとはぐれてしまっていた。
少々人混みを侮っていたようで、加えて路上で魔法を使った大道芸に目が行ってしまい、そのうちに手を離してしまった。
(絶対怒られる……拳骨も三発は来るだろうな……)
なんて考えながら遠くを見つめていると何やら男の荒げた声が聞こえてくる。
人混みを掻き分けながら進むと二十代後半と言ったところか。
同じ紋章が刻まれた外套を身に纏った男二人がまだ十歳にも満たないだろう女の子を抱える母親らしき女性に怒鳴りつけている。
(何であんな怒ってんだ?)
「貴様、平民の分際で貴族の私の服を汚すなど――万死に値する!!」
「お許しください……お許しください……」
母親は懇願するように頭を下げ続けるが男達は一切聞こうともしない。
見れば男の穿いているズボンには何か液体のようなものが付いており、女の子を見れば手に器らしきものを持っていた。
キリヤはすぐに理解した。
恐らく走っていたのか、女の子はあの男達にぶつかってしまったのだ。それで因縁をつけられた。
「命が惜しければもっと頭を下げたらどうだ!?」
「ぐっ……も、申し訳ありません……」
「おかーさん!!」
とうとう側頭を踏みつけられても謝り続ける母親。
女の子は目に涙を浮かべ、それでも誰も何も言わないことにキリヤは猛烈な違和感を覚えていた。
(何だこれ……)
誰もが自ら巻き込まれないように目を逸らし、我関せずと離れていく。
どうして誰も助けようとはしないのか、これが身分の差というものなのか。
拳を握り締め、キリヤの表情は怒りに満ちる。
「まだだ!! もっと深く頭を下げろ!!」
「――っ!」
足を上げた貴族。再び来る痛みに耐えるために瞼を閉じた母親。
瞬間、キリヤは我慢出来ずに飛び出す。
「こんのぉ……クソ野郎がァアアアアアア――ッ!!」
思い切り拳で男の顔面を捉える。
バキバキと男の顔面から骨が砕ける音が幾多にも響き、拳が離れたところで勢いは止まらない。
何回転もしながら舗装された道を砕き、キリヤがいる遥か先にあった広場の噴水に叩き込まれる。
「な――」
もう一人の貴族は驚きで絶句し、目の前で起こったことが分からず母親も女の子も目を見開いて驚く。
母親達の前に立ったキリヤは大きく息を吐く。
「レオナ様ごめんなさい……でもやっぱり許せねえよ」
同じ人間なのに格差を設け、誰かを蔑むなど。
そして、誰かが目の前で虐げられているなど。
「貴様何をしているのか分かっているのか!? 我々は貴族で、魔法騎士なのだぞ!!」
「かかってこいよクソが。テメェなんざオレがブッ飛ばしてやる!!」
相手は
「何を勝手に離れている莫迦者がァアア!!」
「ぎゃふんっ!?」
いきなり目の前に影が落ちたかと思えば幾度となく体験した拳骨が脳天に炸裂。
キリヤはこれで体勢を大きく崩したが相手は――
「何者か知らんが――石創成魔法”
「レオナ様あぶな――」
「――誰に危ないと言っている大莫迦者」
飛んで来たのは石で創られた無数の槍。
どれも鋭い切っ先で当たればただで済まないことなど明確だが現れたメレオレオナは拳を握れば――
「この程度で魔法騎士を名乗るとは呆れたものだな」
一瞬で焼却。
拳を振るったと同時に炎が放出され石の槍など影も残さず消え去る。
「で、こんなつまらない魔法を得意げに放った莫迦は貴様か?」
「な、な……」
自らの魔法をいとも容易く消されれば貴族も驚きを隠せず、メレオレオナは一歩、また一歩と尻餅をつく貴族へ近付いていく。
「一発は一発だ。私は力なき者に拳を振るうのは何とも気が引けるが――先に
拳を握りながら近付くメレオレオナの容貌を見て、何かに気付いたのか今度は別の驚きを見せる。
「な、何故王族であるあなた様がこのような場しょぶるしゅんっ!?」
拳骨を叩き込まれた貴族は身悶えるどころかそ下半身が丸々舗装されているはずの地面にめり込む。
手を軽く払ったメレオレオナはフン、と鼻を鳴らし、
「この程度でなれるのならば魔法騎士団も安いものだな」
「レ、レオナ様……」
「何だ?」
「あのー……そのー……勝手に離れてごめんなさい……」
勝手に離れて迷子になったので後二、三発は拳を叩き込まれると思ったがどうにもメレオレオナにそのつもりはないらしい。
しかも何故か分からないがやや上機嫌にも見える。
「確かに貴様は離れるなと言ったのに勝手に離れたがすでにその分の
手を向けられ反射的にキリヤは瞼を閉じてしまうが拳骨のためではなかった。
酷く乱雑だががしがしと頭を撫でられ、
「――よくやった。もし私の言いつけを無駄に守って黙って見過ごしていれば余計に怒っていたぞ。貴様は莫迦だが屑ではない」
「レオナ様……」
と、そこでキリヤはメレオレオナに両肩を掴まれ後ろへ回される。
いきなりのことで何かと思えばそこには先ほど貴族に踏みつけられていた母親と女の子が目に入る。
「本当にありがとうございました……。何とお礼を申せばいいのか」
「別にお礼を言われるほどのことしてないけど。オレは気に入らなかったヤツをブッ飛ばしただけで――」
「かっこよかったよおにーちゃん!」
「っ!」
純粋無垢な女の子の眼差しを受け、そう直球で言われるとムズ痒いのかキリヤは頭を掻く。
「ま、まあ無事なら良かったよ。これからはきちんと周りを見るんだぞ」
「うんっ!」
ばいばい、と手を振って親子と別れをすれば隣を歩くメレオレオナが軽く笑って、
「どうした、人助けにでも目覚めたか?」
「そんなわけないっスよ。つうかレオナ様って王族だったんですか?」
「ああ、そうだ。まさか私が王族と言って今更態度を変えるつもりか?」
「いやいや変えませんって。王族といえば王貴界ってトコロにいるんじゃないかなって思っただけですよ」
「あの場所はただ息苦しいからな。と言ってもそんな物好きは私ぐらいだがな」
言ってメレオレオナは少しだけ歩く速度を上げ、キリヤもその後をついていく。
社会見学はもう少し続く――