オレが愛した女は過剰スパルタアネゴレオン   作:ホスパッチ

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31話「シャーロット・ローズレイ」

「く――ッ!!」

 

 シィナは目的のグランドドラゴンが棲むサシガレ高山帯の手前にある森で苦戦を強いられていた。

 箒で空を飛んでいたがその森自体が危険地帯であり、多くの危険生物が棲む猛獣地帯とされている。

 名に違わず空でも巨大な怪鳥に襲われ、シィナは魔導書(グリモワール)を開き――

 

「影魔法”影乱喰い堕とし”!!」

 

 一度箒から離れ踏みつけた怪鳥に自らの影が映ればその形は変わり、夥しい杭となって怪鳥に突き刺さる。

 悲鳴を上げる怪鳥に構わずに影は締め上げれば即座に絶命させ、シィナは再び箒に乗るも眼前に新たな怪鳥が迫っていた。

 

(さっきの悲鳴は仲間を呼んで――)

 

 気付けば怪鳥は群れを呼んでおり、突撃されればシィナは地上へと避難する。

 だが避難したところでこの森全てが危険地帯。地上にはさらに別の猛獣が迫るが影を展開して防ぐ。

 

(キリがない――ッ!!)

 

 時間が経つにつれて増えていく猛獣達。

 グランドドラゴンと戦う前に必要以上の魔力を消費するわけにも行かず、最小限の魔法で迎撃するもこの一帯に棲む猛獣はそれだけでは倒れない。

 

 ――だが、一度大きな炎が瞬く。

 その炎を見ただけであれほど獰猛だった猛獣達は震え上がり、逃げ去っていく。

 

「少し力を振るっただけでこれか。全く、危険地帯が聞いて呆れる」

 

 現れた女性にシィナは目を見開いて驚く。

 何せその女性は――メレオレオナ・ヴァーミリオン。

 キリヤの師匠であり、女性最強の魔道士――

 

 ◎

 

「あ、あの!」

 

「……何だ?」

 

 シィナに目もくれずに踵を返したところで呼び止めればメレオレオナは振り返る。

 その迫力は昔から健在で今目の前にするだけでも軽く萎縮してしまうがとりあえず頭を下げる。

 

「助けていただきありがとうございました!」

 

「別に助けたわけではない。もういいか?」

 

「あ、あの!!」

 

「……今度は何だ」

 

 二度目の振り返りは少し不機嫌そうになったメレオレオナ。

 昔から正直顔を合わせるだけで怖かったがキリヤの師匠なのだ。今キリヤを襲う危機について話しておかなければならない。

 

「今キリヤさんが”ダッコウバ”のせいで苦しんでいます……どうか会ってあげてくれませんか?」

 

「何故だ」

 

「そ、その方がキリヤさんも元気になれるかと……」

 

「あの莫迦がそう言ったのか?」

 

 弟子の命の危機だというのに師匠であるメレオレオナに心配する様子は微塵も見られない。

 ましてや――

 

「せっかく修行をつけてやったというのに莫迦弟子め、熱程度に倒れる軟弱者だったか」

 

 倒れたキリヤのことを”軟弱者”だと称する始末。

 これにはいくら相手がメレオレオナだろうとシィナは憤りを隠しきれずにはいられなかった。

 

「そんなことありません!! キリヤさんは私を守ってそうなってしまって、だから――」

 

「だったら何故貴様はそんな表情(カオ)をしている?」

 

「え……?」

 

「本当に守られたのならば貴様はそんな不安を抱えた表情をしていない。結局、あの莫迦がそうさせているのだからアイツは何一つ守れていない軟弱者だ」

 

 言われてみればキリヤが倒れてからシィナの心には不安と焦りしかなかった。

 メレオレオナはそれを見透かしており、気付いたシィナは勢い良く自らの両方を叩く。

 存外力を込めたために頬は痛いがこれで目は覚めた。

 

「例えあなた様でもキリヤさんを”軟弱者”だなんて呼ばせません。だって私は――キリヤさんの一番の友達ですから……っ!!」

 

「だったらさっさとあの莫迦を元気にすることだ」

 

 ◎

 

「…………」

 

 女医が帰ってからもシャーロットはキリヤの傍で椅子に座っていた。

 サキムニ達は主人の危機に忙しなく動き、困惑の一途を辿っている様子を見せ、

 

「落ち着け」

 

 サキムニは一匹の感情が全員に共有されているために一匹が不安になれば全員に伝染する。

 前主人も病で亡くしたのであれば尚更のことでシャーロットが一匹を撫でて落ち着かせれば自然と周りにいたサキムニも落ち着きを取り戻す。

 

「キリヤ! これ買ってきてやっ――ね、姐さん!?」

 

「病人の前であまり騒ぐなソル」

 

「す、すんません……」

 

 部屋にシャーロットがいると思っていなかったソルは驚いて後ろに何かを隠してしまう。

 一連の動作を見ていたシャーロットは訝しげな視線を向け、

 

「それは?」

 

「これは、その、平界で売ってる氷枕というもので。い、いや! 別にキリヤのために買ってきたんじゃないですよ!? 姐さんの下僕がこんなことで死ぬなんてアレじゃないですか!」

 

「理由はどうでもいい。買ってきたのなら置いてやれ」

 

「はい!」

 

 ソルが入ってきてまた騒々しくなったがソルは今置いてあるキリヤの枕を退けると氷枕を置く。

 ダッコウバの高熱に氷枕など本当に気休めにしかならないが少しだけキリヤの表情が和らぐ。

 

「どうだ? その氷枕は魔道具で中に入れた氷は溶けない優れものなんだぞ」

 

「……あ、後でお金払う……」

 

「いらないって。私は借りを残しておかない女だ!」

 

 シャーロットもその魔道具を知っているがソルにとって高価なもののはず。

 少し驚かされるがソルはキリヤの毛布をかけ直すと、

 

「熱なんかに負けるなよ。じゃ、姐さん私急用があるんで後はよろしくお願いします!」

 

 すぐさま部屋から出て行ってしまう。

 いつもならばシャーロットから離れないソルだが今日は任務もないのに急いだ様子を見せる。

 少し考えればその意味が分かったシャーロットはふと笑みを零せばキリヤが酷くゆっくりとシャーロットの方へ首を向ける。

 

「何で……姫様は付き添っててくれるんスか?」

 

「……私も幼少の頃に同じ症状を患ったことがあってな」

 

 眠ることさえ出来ない高熱。

 一人でいれば気が狂いそうになるほど魘されるのを知っており、そっとキリヤの手に触れる。

 今までまともに見ることはなかったがキリヤの手は大きく、包むように優しく握る。

 

「私の場合、グランドドラゴンの果実を手に入れるのに三日かかった。熱による衰弱が判断を鈍らせ、もう無理かもしれない……私でさえそう思った。だが支えてくれたのは私の母だった」

 

「姫様の、お母さん……?」

 

「ああ、母はこうして手を握ってくれた。三日三晩自らも眠らず懸命に私を支えてくれたのだ。だから私も治るまで傍にいてやる」

 

「……ということは、姫様はオレのママ様だった……?」

 

「そうなる理由がまるで分からないがな」

 

 高熱のせいかいつにも増してどういう思考回路をしているか分からないキリヤ。

 これも判断力が鈍っているとして、母はただ手を繋いでいるだけでなくずっと何かを話し続けてくれていた。少しでも熱から意識が逸れるように気を遣ってくれた記憶があるが――

 

(な、何を話せばいいんだ……?)

 

 いつもはキリヤが先に話し、答える形だったためにまるで会話の種がない。

 少し重い沈黙が流れてしまい、迷った末に――

 

「キリヤスフィール、何か私に聞きたいことはないか……?」

 

 キリヤに丸投げした。

 唐突な丸投げにキリヤはうーん……と悩めばやがて、

 

「ママ様って……幼少の頃どんな子だったんですか……?」

 

「絶対に認めないからな、その呼び名は」

 

 さりげなく呼び名を変えようとするのは完全阻止。

 ともあれ、会話を振られたのだから答えるしかないとシャーロットはやがて言葉を紡ぐ。

 

「至って普通、と言えばいいだろうか。特に際立ったことはない……何だその疑いの目は?」

 

「いや……流石に姫様が『普通』って、ないな的な……?」

 

「最後まで聞け」

 

 生まれた時から特別な人間なんてそういない。

 現にシャーロットは生まれながらにして今のような強さがあったわけではない。

 そこには明確なきっかけがあったのだ――

 

「私に変化を齎したのはローズレイ家を憎む者だった。その者は私が幼少の頃に齢十八を迎えれば発動する呪詛魔法を仕込んだのだ」

 

「呪詛魔法……?」

 

「ローズレイ家を全て飲み込み時の檻に閉じ込める……そういった呪いだ。父や母は嘆き、私は涙を流す両親に強くなると誓った。それから私は強さを求め、自らに架せられた呪いの十字架に打ち克つために”普通”を捨てたのだ」

 

「でも姫様って、美人だから男も言い寄ってきたんじゃないスか……?」

 

 確かにキリヤの言う通り男は寄ってきた。

 結婚してくれ、そう言ってきた男は数知れず求婚の言葉など聞き飽きているほどに。

 だが――

 

「私に勝てぬ者に我が呪いを受け止められるはずもない。どいつもこいつも口先ばかりの貧弱な者ばかりだった」

 

「やっぱり……女性って強さを求めるんスかね」

 

「自らよりも弱い者と共になったところで未来はない。私ならそう考えるがな」

 

 メレオレオナの考えはシャーロットには至らないところにあるが自らより弱い者と人生を共にするなど考えにくい。

 答えればキリヤは納得したように「あーそういうことスか」などと言って、

 

「だったらもっと……強くならないとっスね。今のうちに指輪も買っておかないと……」

 

「……それは気が早過ぎると思うが」

 

 正直あのメレオレオナが負ける姿など想像出来ない。

 あと純白のウエディングドレスを着ている姿も全く想像出来ない。

 

「今は治るかどうか瀬戸際なところだ。それどころではない」

 

「で、でもここでもし死んだらレオナ様に……軟弱者がァアって拳骨されちゃいますから死なないっス。何なら自然治癒でもいけますよ……」

 

「無理するな」

 

 動こうにも震える身体。

 如何に元気に見えようとも身体の内部を駆け巡る灼熱は本物。現にキリヤは起き上がれずに身体から力が抜けて再びベッドへ身を預ける。

 

「ところで……さっきの話、結局呪いはどうなったんスか……?」

 

「ああ、まだ途中だったな。結論から言って私の力では呪いに打ち克つことは出来ず、十八になって呪いは発動してしまった」

 

 起動した呪いはシャーロットを中心にして巻き起こり、ローズレイ家だけでなく街全てを荊に飲み込もうとした。

 シャーロット自身にはどうすることも出来ず、広がり続ける荊に自らの無力を噛み締めたのは記憶に新しい光景。

 

「だが、何も出来なかった私を救ったのは――一人の男だった。野蛮で腹立たしい男だと思っていたのに私は救われてしまった」

 

「それで姫様は案外その男のヒトに惚れちゃったとか……?」

 

「っ!?」

 

 突然の変化球な言葉に思った以上に動揺してしまった。

 キリヤは鈍感かと思っていたがこういうものには敏感なのか。それも野生仕込みの勘なのか。

 はは、とキリヤは笑い、

 

「……もしかすると呪いをかけた人は姫様の性格を知ってて、呪いを解除するには男に――」

 

「それ以上はやめろ!」

 

 今の状態だと答えを言いかねないのでシャーロットは荊でキリヤの口を塞ぐ。

 サキムニ達が心配する声を上げると「はっ!」と重病人であることを思い出し解除。

 

「私が話したのだから今度は貴様の番だ。何故メレオレオナ様に惚れたのか、その経緯(いきさつ)を聞かせてもらう」

 

「イイっスよ……ついでにレオナ様との修行経験談(ラブストーリー)も添えてやりますよ。でも、この話聞いてもレオナ様に惚れたらダメですからね……」

 

「心配するな、絶対にない」

 

 聞けば正直なところ何故キリヤがこうして生きているのか不思議なレベルの修行の数々だった。

 

 そして、キリヤが言おうとしていたことは分からないが呪いを解く方法はただ一つ。

 ――男に心を奪われる、たったそれだけだった。

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