オレが愛した女は過剰スパルタアネゴレオン   作:ホスパッチ

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32話「女の覚悟」

 シィナはあれからメレオレオナとこれと言った会話もなく猛獣地帯を抜け、高山地帯に入っていた。

 山を登っていけば徐々に酸素が薄くなっていき、だがメレオレオナは平然としている。歩く速度も速い。下手すれば少し遅れただけで姿が見えなくなるほどだ。

 ついて行くだけで精一杯だがメレオレオナは先に足を止め、先を指差す。

 

「あれを見ろ」

 

 指された先、見下ろせばそこには山を不自然に切ったような草原がありそこでグランドドラゴンらしき竜が暴れていた。

 全長にして五十メートルほど。四足歩行型でその背には多種多様な植物が自生しており、さらに中央には火山のような噴火口が見え、そこから炎に包まれた岩塊が幾度となく噴き出す。

 

 凶暴期とあって身に纏う魔力がとてつもない。

 シャーロットに一個部隊あってもまだ足りないと言わしめたのは納得出来る。

 

「手を貸してやろうか?」

 

「い、いえ! 私一人で充分です!!」

 

 自らがやると決めたのだからシィナはメレオレオナの助力を受けまいと飛び出す。

 グランドドラゴンもシィナの接近に気付けば背の火山が噴火。数多もの火山弾がシィナへ迫り、シィナは影を広めて受け止める。

 

(マナ)が濃い……自然界の(マナ)を多く取り込んでるからですか!)

 

 影に受けた衝撃が今までの魔法生命体のどれよりも大きく、シィナは歯を食い縛る。

 シィナの影魔法は主に影に飲み込む、相手の影を利用する、影に飲み込んだものを再現する魔法。

 当然飲み込める質量には限度があり、あまりに巨大なものであれば飲み込むことすら出来ない。

 

 魔法生命体の中でもグランドドラゴンの(マナ)は段違いに濃密。下手に飲み込み続ければ許容量を上回り、やられてしまう。

 加えて相手の有利(アドバンテージ)はそれだけではない。

 体躯の大きさが有利を物語っているのだ。

 大きければ小回りが利かないなどよく言われるがそんなもの大したことではない。

 単純な話、力は大きさに比例する部分が多い。現に歩くだけで地面が揺れ、尾は振るうだけで凶器になる。

 

「ぐ――ッ!!」

 

 影の防御など関係なく吹き飛ばされるシィナ。

 断崖の壁に激突するも影を敷くことによって自らを飲み込ませて衝撃を殺し、飛び出せば火山弾が追加で飛んでくる。

 

 飲み込めるとはもう思っていない。今度はいなすように振るえば火山弾は逸れ、壁を砕く。

 別にグランドドラゴンを倒すのが目的ではない。その背にあるだろう果実を取れば良いのだ。

 ならば――と、シィナは正面からグランドドラゴンへの肉薄を試みる。

 

 先ほどから噴き出して襲い掛かってくる火山弾は必ず一度は直上に撃ち出される。そして目標物であるシィナに向かって放物線を描くように迫る。

 火山弾に追尾性能はあるものの大まかであり、この程度ならば上空から帰ってくるまでに直進すれば放物線を描く火山弾は当たらない。

 

 接近にグランドドラゴンは口を開け、口内から莫大な(マナ)を吐き出す。

 一直線に伸びた(マナ)の奔流は凄まじく、しかし回避出来ないものではない。

 影を足下から展開し板状にすればまるで波に乗るようにして(マナ)の奔流を突き進む。

 

(よしっ!!)

 

 グランドドラゴンの頭部直上を抜け、とうとうその背に着陸する。

 数多の植物が自生した背、火山があるために傾斜になっているがグランドドラゴンもここならば攻撃出来ない。

 ここに来るまでにグランドドラゴンに関する文献を読んだがどうにもグランドドラゴンは普段背から日光を吸収してエネルギーに変え、食物はとらずそうして吸収した日光を主なエネルギーに活動している。

 だから生命線であるこの背だけは狙えず、揺らされたところで影の上ならば揺れなど関係ない。

 

(あれだ……っ!)

 

 駆ければ見えたのは数多の大樹に守られた実の数々。

 一際強大な(マナ)が漂う樹には二メートルほどの果実がいくつもなっており、一目見ただけでそれが目的の果実だと分かる。

 だが――急に地面全てが光を帯、輝きを見せる。

 

「これは――ッ!!」

 

 瞬間、夥しい光がシィナの視界を覆い尽くす――

 

 ◎

 

『まあ、何て不気味な魔法なのかしら』

 

 魔導書(グリモワール)が授与され、家族の前で初めて魔法を披露した時に姉から言われた言葉がそれだった。

 シュヴァルツ家は代々既存の魔法を黒く染め、他の家系にはない唯一の魔力を持ってきた家系だった。

 姉の魔法は黒氷魔法、妖しくも美しいと称され今では〈銀翼の大鷲〉に属するほどの魔力の持ち主。

 そんな正当な力を持つからこそシィナに対する蔑みも生まれたのだろう。

 

 シィナの魔法は姉のように美しく彩ることは出来ない。

 出来ることと言えば他者の模倣をし――殺すこと。

 これほどまでに殺戮に特化した魔法は見たことがないとさえ言われたものだ。

 

 諦めた自分はもうそれでも良かったし、姉の言葉に反抗する気さえ起きなかった。

 だからシィナは姉を避けるように〈銀翼の大鷲〉を避けて〈碧の野薔薇〉に入ることを決意したのだ。

 当然両親からも姉からも責め立てられた――オマエは(リィナ)から逃げたのだ、と。

 

(その通りです。私は姉に言葉を向けられるのが怖かった……姉と比べられるのが心の底から嫌だった)

 

 両親が求めるのは姉のようになること。

 そこにシィナの意思など関係なく、シィナはもしも姉に何かあった時の代替品扱い。

 だからきっと魔法も影で、他者の模倣をするばかり。

 

 だが、諦めたと言っても今思えばどうして姉を避けて〈碧の野薔薇〉に入ったのか。

 諦めたのならば両親や姉の言う通りにし続ければ良かったのに何故自ら波風を立てるような真似をしたのか。

 それは、きっと――

 

(誰かに、私を認めて欲しかったから――でしょうね)

 

 自分のことを知らない場所で誰かに認めて欲しかった。

 姉の代替品などではなく、シィナ・シュヴァルツとして――

 

『見てたけどオマエの影魔法もスゲェな! カッコイイな! アレか攻守万能ってヤツか!』

 

 自分でさえも不気味だと思っていたのにそう言ってくれたのは〈碧の野薔薇〉に入った同期の少年だった。

 思えばその少年はいつも嘘偽り無く純粋で、自分に正直な性格をしていた。

 羨ましい、シィナは素直にそう思った。

 

 入団試験の時も彼は友達が侮辱されて怒っていた。

 あっという間に三人を倒してしまって、自分のことでさえ怒れないシィナには誰かのために怒って実行出来るキリヤが羨望の的だった。

 女尊男卑と名高い〈碧の野薔薇〉に入っても何も変わらない。

 自らの拳を振るって実力を認めさせ、誰にでも分け隔てなく接する彼には気付けば沢山の人間が周りにいたのだ。そして気付けば入団して一年も経たないうちに上級魔法騎士になっている。

 

 同時に悔しいとも思った。

 自分は王族、他者よりも遥かに恵まれた魔力を持ちながらもそれを活かすことが出来ていない。

 初めは隣にいた彼も気付けば遠い存在になっていて、前の任務でも完全に足手纏いになってしまった。

 

 姉のようにはなりたくないと思ったが、彼のようにはなりたいと思ったのだ。

 自分の意思を持ち、それを真っ直ぐ貫く力を持つ――魔道士に。

 

 ◎

 

「ぐ……うぅ……まだ、生きてる……?」

 

 全身の痛みで目が覚めてみればシィナの目に映ったのは火山弾のせいで煤けた空。

 ということはまだ生きているということだ。身体には明確な痛みもある。

 

(さっきのは魔力放射ですね……)

 

 咄嗟に防御態勢を取ったが間違いなくグランドドラゴンの背から自生する植物を傷つけないように細い魔力が幾多にも撃たれた。

 影を纏ったおかげで外傷はないが衝撃は伝わり、今でも全身が痛い。

 だが思考は至って冷静だ。自分にはなかった目的を見出せていたことに心の中で感謝する。

 

「わざわざ待っていてくれるなんて意外と紳士ですね」

 

 いやこれは恐らくすでにシィナは死んだとして無視し暴れているだけだ。

 とそこにサキムニが顔を覗かせる。

 

『大丈夫……?』

 

「……正直、大丈夫とは言い難いですね」

 

 サキムニは回復魔法を施してくれるが身体はすでに限界(パンク)寸前、だが後少しだけなら戦えそうだ。だがこんな状態で何が出来ると言うのか。

 

『立ち上がり手を伸ばしなさい。諦めない覚悟があなたに新たな力を与えるわ』

 

 唐突に声が聞こえた。

 サキムニではなく、聞いたこともないほど澄んだ女性の声。

 頭に直接響けばその途端、シィナの魔導書(グリモワール)は呼応するように輝きを強め、見れば魔法が一つ増えている。

 ――だったら戦う以外の選択肢などあるはずがない。

 

「行きますよ……ッ!!」

 

 影創成魔法”影重ノ天衣(カゲノエノアマゴロモ)”。

 シィナの身体の各所から影が漂う。ただ魔力を放出しているのではないのは当然であり、シィナはその場から跳び出せば再び火山弾がシィナを襲う。

 だが今回は躱すこともせずに真っ向から受けるがまるでシィナの存在自体が影の如くその身体がすり抜ける。

 

「これ、お返ししますね!!」

 

 手から伸びた影は着弾する前に火山弾を捉え、影が粘着すれば火山弾を影ごと振るって弧を描く起動で噴火口に叩き込まれる。

 これで一時的に噴火口は塞いだ。後は全身の動きを防ぎ、あの光に気を付ければ果実は手に入る。

 シィナは両手を地面に振り下ろせばシィナを中心に影が大きく、それこそグランドドラゴンの足下を覆うほどの影が展開される。

 

「”底なし影大沼(ボトムレス・シャドゥンプ)”!!」

 

 瞬間、黒い影が底なし沼のようにグランドドラゴンを足下から飲み込む。

 殺すことは意図していないために下顎までで止め、動きを拘束すればシィナは駆け出す――が。

 

「っ!?」

 

 不意に足から力が抜け、間抜けにシィナは地面に受身なく転んでしまう。

 新しい魔法は魔力だけではなく、相当な体力を消耗するようで限界寸前だったシィナはすでに立ち上がれなくなる。

 

「あと少しなのに……っ!」

 

 そう都合良く新しい魔法を得たからと事態を脱却出来るわけではない。

 動きを封じられたグランドドラゴンは背を発光させれば夥しい光が飛び出し、上空で軌道を変えてシィナに向けて降り注ぐ。

 これは流石に防げな――

 

「よォオオオオオオオオオし皆!! 根性見せたシィナを守れぇええええええええええええ!!」

 

 けたたましい少女の声。

 それと同時に一斉に飛び出した人影がシィナの前に立ち、魔導書を構えれば防護障壁が飛び出す。

 

「ソ、ソルさん……それにみなさんもどうして……?」

 

 シィナの前に立っていたのはソルを含めた〈碧の野薔薇〉の温厚派の女魔道士が数十人。

 全員の肩にサキムニが乗っていて防護障壁を展開してグランドドラゴンの攻撃を防いでおり、弾き飛ばせば中にいたブーリが親指を立てる。

 

「パンチボーイがピンチってサキムニちゃんに聞いて任務を即座に終わらせてきたわ! それに力を貸してくれって素直じゃないどこかの誰かさんも皆に頭下げて頼んでたし!」

 

「なっ! 言うな! これは別にキリヤのためじゃないっての!!」

 

「ハイハーイ! とっと終わらせましょーっ!」

 

「強引に話終わらせたな……まあいいや。目的はあのデッカイのの背中にあるデッカイ実だ!! とりあえず突撃ィ!!」

 

「「「「「おぉーっ!!」」」」」

 

 ソルの号令を機に女魔道士が箒に跨って突撃していく。

 思いの外数が多いことでグランドドラゴンも驚いている様子だが未だに底なしの影から抜け出せない。

 と、シィナの隣にメレオレオナが立つ。

 

「……ふん、あの莫迦弟子は一応仲間に恵まれているようだな」

 

「メレオレオナ様……」

 

「貴様は一人で全てを解決しようとしていたようだが何も今すぐに自己完結する必要はない。傍にいる者と共に悩み、研鑽を重ね成長していくことによっていつしか人間は強くなる――何より覚悟を決めた女は最強だ」

 

 ごつん、と荒く額に拳を当てられ、シィナも大きく頷く。

 だがどうにも冷静に考えてみればメレオレオナも今までどこか上の空のように思えた。それに何だかんだ言ってここまで来たのももしかして、いやこれはシィナの女の勘だが――

 

「も、もしかしてメレオレオナ様……キリヤさんのこととても心配してました……?」

 

「……口を動かす体力が戻ったならさっさと決めてこんかァアアアアアアアアアア!!」

 

「は、はいぃ!!」

 

 今にも拳骨が振るわれそうになったのでシィナは飛び起きて走り出す。

 こうして〈碧の野薔薇〉の働きもあって何とかグランドドラゴンの背から果実を入手することに成功する――

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