元々、この地底帝国と呼ばれしこの国は地底にあったわけではない。
地上にあり自然環境に恵まれた美しい国だったらしく、ジブラウストは門兵として国を守っていた。
国を守るために創られた
だがジブラウストに人を傷つけることは出来なかった。何が駄目なのか自分自身さえ分からないがとにかく相手を傷つけることが出来ない。そのことから失敗作だと罵られ続けた。
実質ただの置物としていつも一人で過ごすのが当たり前だったジブラウスト。そんな彼に声を掛けた人物がいた。
その人物こそこの国の王女だった。
王女は当時水の四大精霊ウンディーネと契約し、国の中でも有数の魔道士として国民からの支持も厚く、国には欠かせない存在。優しい王女はいつも一人で国を守っていたジブラウストをずっと気にかけていたのだ。
始めこそ遠回しに王女を遠ざけようとしていたが粘り強い王女にジブラウストも降伏し、気付けば王女ともウンディーネとも仲良くなっていた。
互いの夢を語り、数多の星を見て、創られた魔法生命体とは思えないほどジブラウストの日々は充実していた。
だが、平和とは脆く崩れ去るもの。あの日から全てが変わってしまったのだ。
偶然にも国民が発見したのだ――金や銀などの鉱石が無限に発掘出来る場を。
その日からこの帝国は大きく変貌を遂げる。
外交によって一気に豊かとなり、小国だったこの国は金という大きな力を得たのだ。
しかし、同時に敵国から一気に狙われるようになる。
採掘所を巡り侵略国との数多の戦争が起きた。
ジブラウストも王女も国を守るために必死に戦い、そして戦争が続いたことによって大気中の
その影響で帝国は地の中に丸ごと沈み、地上は四六時中岩の弾丸が降り注ぐ世界となってしまった。
結果的に降り注ぐ岩石によってこの地に近付く者はいなくなり、平和を取り戻す。
地の中というのは初めは慣れなかったにせよ特別な苔によって太陽や月が再現され、生活には困らない。数多の戦争によって疲弊していた国民達にとってまさに恵みだったに違いない。
訪れた束の間の平和、ジブラウストもようやく安堵することが出来る――そう思っていた。
安息を手に入れたと思えば今度は疫病が帝国に蔓延したのだ。
食糧は自給自足出来ていたが疫病に対する備えなどなく、人々は病に打ち負けて屍を積み重ねていく。
時が経つにつれて疫病に恐れるあまり人々は王女や王を糾弾するようになってしまった。
――おまえらが戦争さえしなければこうはなっていなかった。
――あの採掘所さえなければこんなことにはならなかった。
今まで採掘所の恩恵で豊かな暮らしが出来ていた者さえ掌を返し、責めた。
王女はそれでも諦めなかった。
どうにか国民の反発を抑えようと自ら飛び出したのだ。
ジブラウストも王女についていこうとしたがジブラウストが出れば力によって制圧しようとしていると見られる危険性がある。だから待っていて、そう言われ止められた。
だが、いつ思い出してもこの時動けば良かったとジブラウストは思い返す。
民衆を前に落ち着くように言葉をかける王女を国民はあろうことか魔法で撃ったのだ。
明らかに致命傷だった。助からない傷だった。
『ウンディーネ……オデ、アイツらユルせない!!』
そこからはもうウンディーネの言葉は聞こえなかった。
王女を傷つけた者達を皆殺しするために拳を振るおうとしたジブラウストを――瀕死の王女が止めた。
『怒らないでジブラウスト……』
息も絶え絶えになりながら今にも死にそうなのに、それでも王女は国民を庇った。
『どうして、どうしてそんなヤツらをカバうんだ……?』
『違うよ。今のはジブラウストを庇ったの』
ジブラウストにはその言葉の意味が分からなかった。
止められていなければジブラウストは国民を虐殺していた。その可能性以外ないはずなのに。
だが、王女は血塗れになりながらも微笑む。
『私は大丈夫だから――怒らないで』
『でも、でも……』
『あなたは失敗作なんかじゃないわ。心を持った優しいゴーレム、それでいいじゃない。こんなことでせっかく今在る心を失うような真似はしちゃダメだよ』
喀血する王女、その足は自らの体重を支えることも出来ず、倒れる。
ジブラウストはすぐにでも王女の身体を抱きかかえると王女はゆっくりとジブラウストへ触れる。
『ふふ……やっぱりジブラウストっておっきいね』
『シなないでオウジョサマ……オデ、オウジョサマがシんだらどうすればいいかワからないよ』
『だったら、約束しよ……私の宝物をどうか――守って』
宝物、それが何を指していたのか分からない。
王女はその言葉を最後に眠るようにして息を引き取り、ジブラウストは涙さえ出ない鋼の体躯を呪った――
◎
『でも、ミンナあのあとエキビョウでシんだ。オデ、どうすることもデキなかった。ノコされたのはサイクツジョだけ。だからオデ、ここマモることにキめた。ウンディーネ、ジブンをフウインしてサイクツジョにツナがるここのミズウミをツクった』
「だからウンディーネは結晶の中にいて、この地底にこんな湖があるのか」
『いつのマにかトロールがここにクるようになった』
『探査。主、確かにこれよりさらに深層に採掘所の気配』
「話は本当みたいだな」
疑っていたわけではないが確証を得たキリヤはうーんと悩む様子を見せる。
「ジブラウスト、オマエはこれからどうしたいんだ? 王女様の宝物を奪おうとするトロールを皆殺しにすればいいのか?」
『トロール、ダレかにオソれイダいてる。だからデキるならタスけたい』
「優しいヤツだなー。敵として来るんだったらブッ飛ばせばイイと思うけどなぁ」
その方が手っ取り早いと思う脳筋発想なキリヤだがそうなればこの状況は変わらないことになってしまう。
このままではいつまでも一定周期で来るトロールにジブラウストが痛めつけられるだけ。
そんなことは見過ごせないと、その前にキリヤは純粋な疑問を浮かべる。
「そもそも王女様の宝物って本当に採掘所のことなのか?」
『え?』
考えてみればそうだ。
話を聞く限り王女は金銀財宝に目が眩むようには思えない。ジブラウストの反応からもそれが見て取れる。
だったら――
「これはオレの勝手な勘だが王女様の宝物ってオマエやウンディーネのことだったんじゃねえか?」
答え合わせをする相手はすでにこの世にはいない。
ならば勝手に言わせて貰うことにする。
「人は『物』を宝物にするんじゃなくてその物に込めた『想い』を宝物にする。だから王女様の宝物はこの国の資源なんかよりも一緒に絆を深めたオマエらだと思うけどな」
となれば、とキリヤは立ち上がる。
「サッサとこの地に終止符打とうぜ。二度と悪用されることのないようにな」
『で、でも、ウンディーネのフウインはウンディーネがトこうとオモわないとトけない。ムリヤリすればウンディーネがシんじゃう』
「じゃ、ウンディーネの封印を解かずに採掘所を誰も触れないように埋めますか! やるぞノーム!」
『御意』
呆然とするジブラウストを尻目にノームが創り出したのは地底帝国の中でも地底湖下の立体模型。
見れば確かに採掘所と思わしき空洞があり、それを見たキリヤは――
「このあたりなら届きそうかな……サイル、ちょいと魔力貸してくんね?」
「ええ、わかったわ」
キリヤのしようとしていることが分かるのかサイルは問うこともなく差し出されたキリヤの手を握る。
「身体進化魔法”
ノームを身に纏ったキリヤはさらに空いた手で
「精霊達、オマエらもオレに力を貸してくれ」
言えばすぐに魔導書から次々と濃密な魔力がキリヤの身体に流れ込む。
多種多様な属性が混じった魔力だがそのおかげでキリヤの魔力制御範囲が広がっていく。
要するに地底帝国に入った途端に会った〈白夜の魔眼〉戦でした広げた魔力範囲から獅子の手を出したことと同じようなことをしようとしているのだ。
そしてサイルや精霊達の助力もあって地底湖下全体にその範囲が広がる。
――土精霊創成魔法”
瞬時に湖の全てが下層から金剛石で固められる。
その光景にジブラウストも驚き、キリヤはそのまま誰もいない方向を睨みつける。
「これでオマエが欲しかったモンはキレイサッパリ固めちまったワケだがどうするよ!?」
一見何もないが氣の流れを読めれば分かる。
トロール達が去った後でもこの場を監視出来るように限りなく大気中の
キリヤの言葉に気付かれているのを察したのか透明化をやめ、現れたのは胴体に水晶が埋め込まれた魔法生命体の蝙蝠。
『あっははははははは! 地底湖固めてドヤ顔とか笑っちゃうわ~っ!!』
突如として蝙蝠から甘ったるい少女の高笑いが響く。
やがて地面と同化した蝙蝠は魔法陣となり、輝く魔法陣から一人の少女が現れる。
年齢にしてキリヤよりも幼く見えるほど低身長で童顔。軍服を身に纏い、背には背丈に不釣合いな外套。どう見ても少女が背伸びをしたように見えるがその目元に見える深い傷痕は歴戦を潜り抜けた証。
何より胸元にスペード王国の紋章があり、少女は一頻り笑ったと思えば――
「このクッセェ下水場みてえな場所を開拓すんのにどんだけ時間がかかったか分かってんのかクソ餓鬼ィ!! テメェなんぞの命で足りるワケねえ事態だ!!」
「ハッ! こっちだって友達イジメてたヤツは子供だろうが容赦しねえぜ!!」
いきなり凄む相手にキリヤも怯まない。
言葉を返された少女は見るからに青筋を立てたかと思えば指に嵌めていた指輪を外して投げ捨てる。
「アタシをそこらのガキと一緒にすんじゃねえ!! アタシはスペード王国が誇る〈七剣総統〉フィオレナ・ミライズデオルナ様だ三下魔法騎士野郎!!」
「残念だったな!! オレはすでに三等下級魔法騎士を超えた三等上級魔法騎士だってーの!!」
言葉を返す二人の視線が固まった地底湖を挟んで火花を散らす――