「ホンッッット無駄に硬いわね!!」
キリヤとサイルが転移魔法によって飛ばされてから十数分。手駒であるトロールを全て倒されてしまったフィオレナは魔法で強化した鞭を振るう。
結晶化し今は動くことの出来ないウンディーネを庇い、ジブラウストは鞭に打たれるまま必死に耐えていた。
耐える中、ジブラウストの頭に過ぎるのはキリヤの言葉だった。
――人は『物』を宝物にするのではなくそのものに込めた『想い』を宝物にする。
王女のことはウンディーネとジブラウストが誰よりも知っている。なのに気付けなかった。
いや、きっとウンディーネは気付いていたのだろう。だがジブラウストがここを守ると決めた時、そして譲らないと言った時、ウンディーネはジブラウストの心の拠り所を守ろうとしてくれた。
何も気付かず、知らなかった愚鈍な自分が憎い。
だがそんな自分にでも誰かを庇うことぐらいなら出来る――
『オデ、トモダチマモる。ウンディーネ、キズつけさせない……っ!』
「造られた金属如きが友情語ってんじゃねえよ!!」
苛立たしげに言葉を零し、何故かフィオレナは鞭による攻撃をやめる。
次いで後方に一歩ステップを踏んで下がれば魔導書が光り輝き、
「今のプリティーな見た目が崩れるからやりたくなかったが……これ以上手間がかかるんなら仕方ねえ。
水晶強化魔法”
指輪を外し、指先に水晶の針が顕現したかと思えばそれを自らの胸に刺した途端にフィオレナの身体が大きく脈打つ。
身体の表面に無数の血管が浮き出たかと思えば小柄だったフィオレナの身体がどんどんと巨大化し、数秒すればジブラウストと大差が無くなってしまう。
少女から離れた筋骨隆々とした巨躯。肌の色は青へと変化し、人外のものへと変化する。
「ぐぁあああ……この姿になんのは久しぶりだな。こうなりゃブリキを壊すのに十秒もいらねえ!!」
『っ!』
巨躯に似合わない速度で駆け出したフィオレナの拳は次の瞬間深々とジブラウストを穿つ。
あれほどトロールに滅多打ちにされ、魔法で強化された鞭で打たれても傷一つつかなかったジブラウストに拳型のはっきりとした窪みが出来上がり、あまりの威力に足裏が地面から離れそうになる。
それでもジブラウストはただじっと耐える。
どんな相手でも自分は傷つけることが出来ない。今、ウンディーネを守れるのは自分だけだというのに何も出来ない。あまりにも無力だった。
(ごめんオウジョサマ……やっぱりオデ、デキソコないだったよ……)
身体も限界、心もまた今にも折れそうになっていた。
だが、その時――
「やっと開通したぁあああああああああああああああああああ――ッ!!」
破砕音と共に快活な少年の声が地底湖に響く。
ジブラウストもフィオレナも同時に声の方向に目を向ければそこには――キリヤがいた。
ツルハシ片手に土塗れになりながらもトロール達を率いて壁から飛び出し湖の水面上に着地すれば、
「オレの友達に手ェ出してんじゃねーよっ!!」
すぐさまフィオレナに肉薄し、その顔面を殴り飛ばす。
『キリヤ……』
「遅くなって悪かったな。助けに来たぜ」
○
「てんめぇ……」
殴り飛ばされたフィオレナは島から落ちることはなかったが口端から零れた血を手の甲で拭う。
憎々しげに見られたところでキリヤは言葉を返すことはなく、背を向けて視線をジブラウストへ向ける。
ジブラウストに手を触れ、キリヤはにこっと笑い、
「よく頑張ったな」
見ればジブラウストの身体は拳の痕だらけでひたすらに耐えていたことが分かる。
守るためにただ一方的に攻撃を受け続ける、そんなことキリヤにだって出来ない。尊敬の念を抱くほどだ。
ジブラウストは自分の信念を身をもって見せてくれた。ならば――
「今度はオレの番だな」
『キリヤ、オデもタタカう』
「でもオマエは……」
『あのトキ、オウジョサマがオデをトめたのはオデがニクしみにトラわれないためだったとオモう。だけどイマ、オデがこのままヒきサガったら、キリヤにマカせるだけだったら――きっとオデ、ナンにもカわれない。ツヨくなるんだ』
強くなる、その言葉にキリヤは自分を重ねてしまう。
がむしゃらに力を求めたところでただ闇雲に誰かを傷つける暴力になる、キリヤは身をもってそれを知っている。あのままだとメレオレオナに顔向け出来ないほどに。
ただジブラウストは違う。守りたいもののために。過去の自分と決別するために。明確な意志を持って強さを求めている。
その覚悟に満ちた眼はキリヤもずっと見てきた――
『キリヤ、”強さ”というのは何も腕力や魔力だけではない――”心”もまた”強さ”だ。”心”がなければ自らの力に溺れ、私利私欲に走り闇雲に他者を傷つける輩と化す。貴様の魔法は身体を進化させる、だからこそ貴様は今以上に人間として”心”を成長させなければならない。分かるな?』
(レオナ様……あの時は適当に頷いちゃったけど今やっとその言葉の意味が分かりましたよ)
どうして今まで忘れてしまっていたのか。
本当に自分は愚か者で馬鹿だと思い、笑ってキリヤはジブラウストに拳を向け、
「じゃあ一緒に戦おうぜジブラウスト」
『うんっ!』
ジブラウストの大きな拳がキリヤの拳と合わさればキリヤの魔導書が光り輝く。
心の成長、それがキリヤに新たな魔法を授け、そして――
『推奨。我とジブラウストの交差』
魔導書の中にいたノームがキリヤの肩に乗り、キリヤもその意図が読み取れた。
言葉にせずとも、何の証拠がなくともノームとジブラウストは今までにないほど相性が良いと感じ取れた。
ならばそれだけで根拠は充分だ。
「ノーム、ジブラウスト! オマエ達の力を貸してくれ!!」
魔導書の輝きと共にキリヤの身体も光に包まれ、新たな鎧が形成されていく。
さらに重厚となった装甲。身体の各所には魔力を放出し推進力と変える砲口の数々。兜にはクロスのラインが走り、鎧の胴部から具足にかけて銀色の線が何条も刻まれる。
重量に特化し、一撃によって万物を砕き破壊するその鎧の名は――
「
「んな虚仮脅し通じるかよッ!!」
間髪入れずフィオレナの拳がキリヤの顔面を打つ。
湖の水面を割るほどの衝撃が走り、後方にいたトロール達が吹き飛ばされるもキリヤの身体はその場から微動だにすることはなかった。
「な……ッ!」
「らぁあああああああ――ッ!!」
通常ならば振るうことすら出来ない重量であってもマナスキンによる身体能力超向上によって無理矢理振るい、さらに魔力を推進力に変えて加速させることでそれを補助して爆発的な火力を生む。
重量、速さ、力、何もかもが合わさり何倍も膨れ上がった一撃を受ければどうなるか――想像に容易い。
「ぐげぇえあああああああああ――っ!!」
叫び声と共に鳩尾を打たれたフィオレナの身体はまるで跳弾の如く地底湖の壁、天井に叩きつけられめり込み、再びキリヤがいる島へと受け身もなしで落ちてくる。
「な……そんな、バカな。アタシがこんなガキに……」
立ち上がろうにも相当効いたのか足は震え、強化された肉体も元の可憐な少女へと戻ってしまう。
そんなフィオレナの前にキリヤはゆっくりと佇み、
「まだ戦う? 戦うってんなら今まであんたに虐げられたトロールの分とジブラウストの分とか全部返すから数百は殴るけど」
「ひ……っ」
拳を少し上げるだけでフィオレナの目から明確な恐怖が見えた。
もう彼女自身分かっているのだろう。心が折れてしまえば勝ち目がなくなり二度と立ち上がれなくなると。
ただ相手は〈七剣総統〉、何をしてくるか分からない。なので油断せず――
「どうする?」
「ま、まま……参りましたっ!! 降参降参降参しますっ!! 大人しく投降しますからぁ!!」
――意外とあっさり降参した。
魔導書を前に置いて土下座。あまりの速度と変わり身の速さにキリヤも一瞬驚かされる。
「……えと、イイの?」
「はい! もう悪いことはしませんっ!」
「潔過ぎね……キリヤ、まだ警戒した方が良いわ」
「とりあえずサキムニ、捕縛と魔導書の没収」
『あいあいサー』
『いサー』
決着と同時に傍に来たサイルも警戒の色を強めるもあっさりとフィオレナはサキムニに拘束魔法で捕縛され、特に抵抗する気は見られない。
その姿に不思議に思ったキリヤは鎧を解くとしゃがんで視線を合わせる。
「何かおとなしくなったな……」
「だってあんたに勝てないしこのまま捕まってトロールに殺されるかクローバー王国で捕虜になるかここから逃げても任務失敗でスペード王国で殺されるし。逃げても行くアテもないし人生詰んだし」
口を尖らせ拗ねたようにフィオレナは肩を落とす。
「素のアタシはこんなのだよ。小さい頃から訓練ばっかでたまたま才能あったから〈七剣総統〉になっただけ。で、威厳的なの欲しくてあんな乱暴な振る舞いしてたの。実際は〈七剣総統〉の中でも一番雑魚だけどね」
「じゃあベレラファスラはどのくらい強いの?」
「アタシの一個上、元々〈七剣総統〉は一から七まで割り振られててアタシが《七鞭》、ベレラファスラが《六斧》。入れ替わり激しいけど《三矢》《二槍》《一剣》は強過ぎて誰も倒せないんじゃないかな」
「〈七剣総統〉なのに一以外ほぼ剣使ってなくね……?」
「どうでもいいとこツッコむな!」
随一の軍事大国と称されるだけあって未だに底知れぬスペード王国。
だが今は余計なことを考えるとキリヤ自身賢くないためにショートしてしまうので一先ず置いておき、
「行くアテないなら〈碧の野薔薇〉に来いよ」
「……は?」
「だから行くアテないなら――」
「いやいや聞いてたよ!? 聞いてた上での『は?』だったんだけど!」
「オマエ死にたくないんだろ? だったらクローバー王国来て何か色々洗いざらい吐いて魔法騎士団来ればイイんじゃね。オレだって協力するしウチの団長ならイイって言ってくれるだろ!」
「ア、アタシらさっきまで戦ってたんだけど……それにアタシはそこのトロールだって――」
「それはそれ! これはこれだ!! まあ確かにオマエがしたことは許されないことだろうけどここでのトロールの死者はゼロだから暴力振るったこととかは謝って許して貰え!」
キリヤの発言にその場にいた皆が驚かされる。
腕を組み、キリヤは鼻をふんっと鳴らす。
「さっき採掘所埋める時ついでに湖の中も探知してみたら沈んだの全員眠ってるだけで生きてるって分かったしな。ウンディーネに感謝しろよ。盗人相手でも優しさ見せてくれたんだから」
「で、でもさ……」
「――自分を騙して生きるのなんて楽しくないだろ? 今まで〈七剣総統〉で息苦しかっただろうがこれから変わっていけばイイんじゃね? したいこととか見つけてさ」
「…………」
そこまで言うとフィオレナは黙ってしまう。これでフィオレナも多少反省するだろう。
踵を返せばキリヤはウンディーネが封印されている結晶の前まで行き、その場に座り込む。
「ようやく話せるな、ウンディーネ。オレの名前はキリヤスフィール・フィン・ガルガン、キリヤって呼んでくれ。王女様のことはジブラウストから聞いたよ。あんたの望んだ結果じゃないかもしれないけどオレが勝手に終わらせちまって……悪かった」
『良いのよ、あーしだって本当は姫ちゃんの気持ち知ってたし。こうして封印してたのはジブリンがここ守るって言い出したからあーし自身も最後の付き合いかなーって思って協力してただけだし――それももう終わりっ!』
やけに軽い口調で女性の声が響いたかと思えば結晶に皹が入っていき――
『あーしってば真実の愛を見つけちゃったから! ねっ! だーりんっ!!』
全身水属性の魔力で出来た女性が思い切り飛び出しキリヤに抱きついた。
その光景に何がどうなっているのか、全く理解出来ない一同だった――