47話「誕生日会準備」
「せんぱ~い! 待ってくださいよ~っ!」
「モタモタしてっと置いてくぞ~っ!」
「……何やってんだあれ」
珍しく大抵の〈碧の野薔薇〉のメンバーが非番の日、〈碧の野薔薇〉拠点内で謎にゆっくりな追いかけっこをしているキリヤとその後を追う少女を見てソルは呟いていた。
テーブルに肘をついて見ていたが一向に意味が分からず、対面に座っていたシィナもよく観察し、
「あれは多分キリヤさんが先輩の振る舞いがよく分からなくて『後輩は先輩の背を追うもの』と考えて走ってるんだと思います」
「すごいなシィナ……本格的にキリヤの専門家みたいになってきてるな」
「分かりやすい人ですから」
確かに、とソルは今までのキリヤのことを考えれば納得の意を示す。
単純で馬鹿だが真っ直ぐとした行動、確かに分かりやすい。男は女よりも遥かに馬鹿と称されているがキリヤを見れば充分過ぎるほど頷ける。
「てゆーかあの後輩キャラ誰だ? 〈碧の野薔薇〉のローブ羽織ってっけど見たことないし」
「確かに言われてみればそうですね」
「団長から何か言われてたかしら?」
話を聞いていたプーリも頭に疑問符を浮かべる。
髪を二つ括りにしてその童顔もあって可愛らしく、シィナもまた童顔だが彼女は実年齢に比例した幼さを見せているようだ。ローブを羽織った姿も背伸びしている感が否めないが不思議なことに身に纏う
実力は不明だが圧倒的に場慣れしているように見え、〈碧の野薔薇〉でもかなり上位に食い込むかもしれないほど。思えば不思議になってくるのが彼女の出自だろう。
「先輩やっと捕まえましたよ~っ!」
「はははっやるなー」
ようやくキリヤが後ろから抱きしめられる形で捕まったところでシィナが軽く挙手する。
「あのキリヤさん? その女の子は一体誰なんですか?」
「んー? ああ、コイツはオレの後輩ちゃんだ!」
「いやそれは見ていて何となく分かりましたけどどこの誰なんですか?」
「申し遅れました! アタシはフィオレナ・ミライズデオルナ、これからお世話になります!」
「――的な感じで姫様からも許可貰ったし新入りってわけだ」
近付いて頭を下げて挨拶する少女――フィオレナ。
突然の新入団員、しかもこんな時期外れにとなれば不思議な話だがソルはそんなこと気にしていないようで、
「おうよろしくな! 私は――」
「ソル先輩ですよね! それにシィナ先輩とプーリ先輩! 昨日までに名簿見て全員覚えました!」
「なかなかやるなオマエ! よし気に入った!」
「ありがとうございま~すっ!」
早速ソルはフィオレナと意気投合したようで乱雑にフィオレナが撫でられる。フィオレナも嫌がる素振りなく撫でられており、早くも周りの面々から受け入れられていた。
その様子を見てキリヤもどこか嬉しそうにし、近くの席に座ればシィナも近付いて耳打ちする。
「(あの子何か訳アリなんですか……?)」
「まあそんなトコ。つい最近までやりたくないことしてたみたいだし任務のついでに連れ帰ったんだ。で、魔法帝とか姫様とか色々説得して〈碧の野薔薇〉の魔法騎士になったってワケ」
「な、なるほど。聞くに聞けないですがなかなか壮絶な人生を送ってそうですね……」
「そうなんです! でも荒れてたアタシをキリヤ先輩が救ってくれたんです! すごいですよね!」
女子の輪から離れてフィオレナはキリヤの膝上に勢い良く飛び乗ってくる。
その姿はもはや先輩後輩というよりも――
「何だか兄妹みたいですね」
「それイイですね! お兄ちゃん先輩って呼んじゃおっかな!」
「おう、イイぞイイぞ」
「即答過ぎるだろ!」
あまりの受け入れの早さにソルも思わずツッコミを入れるもキリヤは笑って返す。
単純と言うよりももう何も考えずに反射で返しているような、そんな風にシィナも思っていれば不意に間に出現した何かに押されて引き離されてしまう。
『ちょいちょいちょーいっ! あーしのだーりんにちょっち気軽に触れすぎじゃね!?』
現れたのは人型ではあるものの人ではなかった。
身体の隅から隅まで水で形成されており、滑らかな曲線によって女性の肢体を描き、まるで芸術品のような上品さを醸し出している。対照的にその話し方は軽快で何やらぷんぷんと怒っているようだった。
しっしとフィオレナも退かせば現れた水の精霊はふんと胸を張り、
『だーりんに気安く触れようなんてあーしの目が黒いうちは許さないかんね!』
「黒には見えねえけど……」
『確かにあーしの身体全部水で出来てるから黒くないけど比喩だからイイの!』
「え、えーっと、この精霊は一体……?」
『聞いて驚け! あーしはだーりんに一目惚れしてついてきた水の四大精霊ウンディーネ様よ! さあメス共! このあーしにひれ伏せひれ伏せぇい!』
「こ、これがあの四大精霊の……何か思ってたのと違うような……」
『説明。昔は慎ましかったが初代契約者にフラレて素になった』
『こらノーム! 元カレの話は禁止! だーりんが気にしちゃうでしょ!』
『訂正。元カレですらない。あとだーりんですらない』
『んだと~っ! もうあーしがだーりんって言ったらだーりんなんですぅ! 相手に別の女がいようが構わずいちゃついてやる! あとあんた昔から変わらなさすぎよ!』
魔導書から現れたノームの辛辣なツッコミにとうとう喧嘩を始めてしまう始末。
同じ四大精霊で面識もあったのか、互いに知り合いのようだが拠点内で喧嘩されてしまえばその濃密な魔力もあって被害がえげつない。
「あ、あの、キリヤさん!? 止めてもらえませんか!?」
「ん、あー、うん。二人ともそこそこにしとけよー」
そこでシィナに疑問が過ぎる。
何せいつものキリヤなら「こらーっ!」とか言いながら走り出しそうだが今日は不思議なほどおとなしい。どちらかと言えば元気がないように見える。
元気と根情が実体を持ったようにいつも元気なキリヤが落ち込むというのか。
半ば失礼なことを考えてしまうもシィナはキリヤに目を合わせ、
「何か悩み事でもあるんですか?」
「……大したことじゃないし一日経ったら終わりだし大丈夫」
「大したことじゃないって言うことは何かあるってことですよね。いつもキリヤさんにはお世話になっていますしたまには私にも力にならせてください!」
「シィナ……」
一瞬言うのを躊躇う素振りを見せるもやがて、
「今日さ、オレの”タンジョウビ”ってヤツなんだ。修行してた時いつも厳しいレオナ様だけどこの日だけは超優しくてさ。何かメシも豪華ですんげぇ楽しかった。でもオレもう魔法騎士だしひょいひょいレオナ様のところ行ったら絶対『甘えるなァアアアアア!!』ってガチ拳骨だろうしちょびっとだけ寂しいなって思ってさ」
あの過剰スパルタなメレオレオナにも『超優しい日』なんて存在するのか。
申し訳ないがそのインパクトが強すぎて寂しそうなキリヤの言葉が少し入ってこなかった。
だがこれで元気がない理由が分かった。となれば――
(とにかくいつもお世話になっているお礼をしなくては!)
拳をきゅっと握り締め、人知れず気合いを入れ直すシィナ。
と、今度はキリヤの魔導書から何匹かのサキムニが静かに飛び出し、そそくさと出入り口の方へ向かっていく。
(あれ……?)
声を掛けようとすればサキムニがジェスチャーで『しーっ』とし、そうされてしまえば黙って見送る。
不思議に思うも今は誕生日会が優先、そう心に決めてシィナは密かに心の中で奮起する。
○
「というわけでフィオレナちゃんが上手い具合にキリヤさんを連れ出してくれたので作戦会議をしましょう!」
「何で私まで……」
「何だかんだでソルさんもキリヤさんのこと何かと気にしてるじゃないですか。つまり同志です。ということで皆さんも一緒にキリヤさんのお誕生日を祝いましょう!」
シィナの掛け声と共に〈碧の野薔薇〉でもキリヤと仲良くしている温厚派の面々が『おぉー』と声を上げる。
魔法で壁に『キリヤさんお誕生日会プラン』と書き、早速会議が始まる。
〈碧の野薔薇〉は九割が女性の団なのでそれ相応に手料理や菓子の役割分担は容易く決定されていくも問題はここからで――
「プレゼント……どうしましょうか」
問題はこれだ。
今までキリヤと行動を共にすることも多かったが未だにキリヤの趣味嗜好は分からないことが多い。
ここにいるメンバーが共通して思い浮かぶとすれば、
「やっぱり『レオナ様』って人だよなぁー」
ソルが後頭部に手をやって天井を見上げながら呟けば周りも同調して頷く。
一貫してキリヤが好きなものと言えばメレオレオナ、これに限る。キリヤのテンションが低いのはメレオレオナが祝ってくれないことにあり、そうなればキリヤにとって最大のプレゼントはすぐに分かる。
「メレオレオナ様を何とかして呼びましょう……」
最大のプレゼント、最大の試練、あらゆる意味で最大だがキリヤの元気を取り戻すためには仕方がない。
だが絶対に一筋縄で行かないのは確かだ。というより行く前から無傷で終われないことなんて想像に容易すぎて本当に怖い。
とりあえずそこから料理班は先に決め、もはや死刑宣告と言っても過言ではないメレオレオナを呼ぼう班を決める時になってシィナも言葉を詰まらせる。
「い、言い出したのは私ですから私が行くのは決定で……」
シィナが目線をやると一斉に逸らされる視線。
すでにメレオレオナが〈七剣総統〉の一人を一撃で倒したことは〈碧の野薔薇〉では有名な話(キリヤが自慢していたため)でその実力の高さは周知の事実だ。
しかもメレオレオナの性質もあって絶対に「来てください!」「分かった」で来てくれるような人ではないため必ずと言っていいほどバイオレンスな展開になるだろう。
(流石に私一人では――)
「騒々しい……何を騒いでいる」
「だ、団長っ!」
すでに料理担当の団員達は話し合っているために騒々しく、その騒ぎを聞いて団長室から出てきたシャーロット。その美貌と今の状況もあいまってまさに女神降臨だ。そうに違いない。
「団長~っ!」
「な、何だ急に抱きついてきて……」
「あ、こら! 姐さんにいきなり抱きつくな!」
思わず抱きついてしまってソルに引き剥がされるもシィナの高揚は止まらない。
一方全く状況の分からないシャーロットは頭に疑問符を浮かべ、
「それで何の騒ぎだ?」
「それが――」
説明を求められれば包み隠さず伝えるとシャーロットも納得したように頷く。
「なるほど。キリヤスフィールの元気を取り戻すためにメレオレオナ様を呼んで誕生日を祝う、か……。メレオレオナ様の人柄を知っている分はっきり言って難しいな」
「そこを何とかお願いします! このまま今日が終わってしまうといつも頑張ってるキリヤさんが報われないんです! 明日から突然モチベーションを失ったらと考えると!」
「あいつに限ってそんなことはないと思うが……」
「キリヤさんは今この団で誰よりも頑張ってるんです! 団長から労いの意味も込めてどうか! どうかお願いします!」
「分かった。分かったからしがみつくな」
「姐さんが行くっていうなら私も行くっス! 姐さんあるところに私ありっス!」
『メレオレオナ様見つけたヨー』
『たヨー』
仲間同士でどこからか受信したのか拠点内にいたサキムニが耳を立てる。
どうやら先ほど秘密裏に拠点から抜け出していたのはメレオレオナを探すためだったようで、シィナはサキムニを手に乗せる。
「ありがとうございます。それでメレオレオナ様は一体どこにいるんですか?」
『行ったことがある魔獣がいっぱいいる森だヨー』
「”ダッコウバ”の時の……」
キリヤが”ダッコウバ”の高熱で苦しめられている際に治療に必要な果実を取りに行った魔獣の森。
まさかそこにもう一度行くことになるとは思ってもいなかったがシャーロットがいれば何とかなるだろう。
誰かの影響もあって楽観的に考えてしまうも本当の苦労はここからなのは言うまでもない――