52話「トモダチのために出来ること」
『だーりん起きてー朝よー』
「……ん、ああ。もう朝かー……」
誕生日会の翌日。
身体を揺さぶられ目覚めればキリヤの目の前にはウンディーネが小さな水球を二つ掌に乗せていた。
『はーい、朝の準備ねー』
一つは洗顔、一つは歯磨きとして水球は使用され、目覚めて数秒で完全覚醒だ。契約してからと言うもののウンディーネは何かと甲斐甲斐しく世話をしてくれて人として駄目になってきている気がする。
ともあれ時計を見ればいつもよりも早く、キリヤは首を傾げる。
「何か早いけどどうした?」
『いやー昨日ちょっち言いそびれたことがあっちゃってさ……言うに言えなくて』
「……?」
『あの両腕骨折のおチビちゃんの話なんだけど』
「アスタのことか。でもあの傷は治るんだろ?」
キリヤの問いにウンディーネは嘘を吐けないのか難しい表情を浮かべる。
やがて言葉を選ぶようしながら静かに言い始める。
『あのおチビちゃんの腕はただの骨折じゃないの。むーっかしの呪術って呪いが含まれてて、治すには解呪してからじゃないと治せないの』
「……つうことはアスタの腕は――」
『クローバー王国の医者のレベルは知らないけど多分このままだとあのおチビちゃんの腕は一生使えない』
「そんな……」
魔力がないアスタだからこそ振るうことが出来る反魔法の剣。
だが腕が使えなくなればそれを振るうことすら出来ず、もうアスタには何も残らない。
そうなればアスタの夢は――
「どうにかならないのか……?」
『あーしも解呪魔法使えるけどちょっちやり方思い出せなくて時間がかかりそうだし……』
「皆何か知らないか?」
『不明。役に立てず申し訳ない』
『ごめんわかんないヤ……』
『オデも』
「いや大丈夫だ。何か他に手があるはずだ」
きっとアスタの腕のことは〈黒の暴牛〉にも伝わっているはず。
ならば彼らも何かしら動いているだろう。キリヤに出来ることはないかもしれないが無い頭を振り絞って思考を巡らせる。
サイルなら何か知っているか、いや彼女にこの場で頼ることは出来ない。下手な接触をすればシィナ自身にも危険が及ぶ可能性ぐらいキリヤでも知っている。
どうするべきか。
今までの人脈、たった一度でも会った者、普通とは違う者――
「あ……」
もしかしたら、とたった一つだけ浮かんだ可能性があった。
あの時、キリヤ自身あまり気にしていなかったが一人だけ人間とは違う氣だった。可能性にしてはかなり低いが――
「聞いてみる価値はあるよな……」
◎
「あのー朝早くからすみませーん」
あれからキリヤが記憶頼りにやってきたのは一つの店の前だった。
扉を何度かノックすればドアノブが開き、そこから顔を覗かせたのは一人の女性。
「なぁにぃこんな時間から……ってあれ、あなたこの前ヤミさんと来た男の子?」
そう。キリヤがやってきたのはヤミに連れられて一度来たキャバクラだった。
女性はキリヤの顔を覚えてくれていたようで不思議に首を傾げ、
「どうしたのこんな時間から? ウチはお昼からも一応営業してるけどちょっと早いよ?」
「今日来たのはお客としてじゃなくて、あの、淡い蒼色の髪したお姉さんいませんか?」
「ああ、トゥルーちゃん? まあとりあえず入って。中にいるから」
「ありがとうございます!」
頭を下げ、店内に入れてもらえばまだ準備中なのか椅子の多くがテーブルに上げられていた。
その中でキリヤはソファ席に案内され、ジュースまで出されてしまう。
「すみません急に来て気を遣わせて……あとこの前はすみませんでした。オレの仲間がいきなり乗り込んじゃって」
「いいのよいいのよ。でもヤミちゃんはいつか本当に逮捕されちゃいそうだけど」
笑って女性は控え室らしき場所に視線を向け、
「トゥルーちゃん! この前の可愛い坊やが来てるよーっ!」
「え、ホントホントーっ!? すぐ行く行くーっ!」
名前を呼ばれれば控え室から飛び出したのは淡い蒼色の髪をした女性――トゥルー。
相変わらず胸も大きく如何にもお姉さんといった顔立ちでこれが大人の色気というものだろう。
キリヤを見るなりトゥルーは軽い足取りで近付いて隣に座ると抱き寄せて頭を撫でてくる。
「どうしたのーボクチャン。またお姉さんに会いたくなっちゃった?」
「簡単に言ったらそうなんです」
「キャー! キタコレ!」
「力を貸して欲しくて!」
「……へ?」
期待した展開とは違ったのかトゥルーは怪訝そうに首を傾げる。
困惑気味のトゥルーの手を握り、キリヤはその目を見つめ、
「お姉さん人間じゃなくて――精霊ですよね?」
「……アハハ、精霊みたいに可愛いってこと? もーうボクチャンってば褒め上手ぅ!」
「茶化すのなし! オレってば人間の氣とか
力説すれば圧されたトゥルーは一瞬戸惑う素振りを見せるもやがて決心がついたのか、一度息を吐く。
「ボクチャン大正解。確かにワタシはケット・シーっていう精霊だよん。それでボクチャンはケット・シーなワタシに何のご用なのかな?」
「――トモダチを助けたいんだ。古代の呪術魔法……ってやつで両腕が治せなくて。その両腕を治してやりたいんだ!」
「うーん、あるっちゃあるけど……」
「あるの!?」
「でもねーその、ねぇ?」
「お願いします!! オレが出来ることなら何でもする! だから教えてくれ!!」
トゥルーの手を握り、ソファの上で押し倒す形で顔を近付けるキリヤ。
あまりの勢いに先ほどまで主導権を握っていたはずのトゥルーも驚き、勢いに圧されて話し出す。
「あのね、ボクチャン。魔女って知ってる?」
「魔女……?」
「魔女っていうのは普通の魔道士よりも呪術とか使い魔とかトクベツな魔法に長けた女魔道士のことなの。そんでその中でも多分魔女の王様――魔女王なら解呪の方法知ってるんじゃないかな~」
「じゃあその魔女王にあって治して貰えばイイのか!」
「でも魔女の森は強魔地帯だけどボクチャン大丈夫?」
「強魔地帯はレオナ様と行き慣れてるんで大丈夫! というかオレ強いから!」
親指を立てるとトゥルーは少し考え、やがて頷く。
「やっぱり道案内は必要だしワタシも行くしかないか! でも何かあったらボクチャン守ってくれる?」
「ああ! オレの手の届く範囲にいれば必ず守るさ!」
小指を差し出してきたトゥルーにキリヤも合わせて差し出し指切り。
「あ、そうだ! フィオレナのこと忘れてた!」
監視しなければならないのにすっかり忘れていた後輩のことを思い出し、まずは呼びに行くことに――
◎
「あ、あの先輩? どうしてこんなところにアタシ呼ばれてるんですか?」
寝ていたところを叩き起こされ急ピッチで準備させられたフィオレナは魔導具の”飛ぶ絨毯くん”に座りながら眠たそうにしていた。
「仕方ないだろ。オマエはオレが監視しなきゃいけねぇから必然的にオレの行動に合わせてもらうし」
「それは分かってますけど……どこに向かってるんですか?」
「魔女の森」
「何で!?」
全く状況を察することの出来ないフィオレナの頭は疑問符だらけになってしまう。
とりあえず移動中にアスタのことを説明し、現状を伝えると腕を組んで頷く。
「なるほど。先輩のお友達先輩の腕を治すためにキャバクラのお姉ちゃんさんと一緒に魔女の森にいる魔女王に頼みに行くんですね……さっぱりわかりませんけど!」
「理解しなくてイイから納得してくれ!」
「強引っ! でも先輩ホントに人脈広いですね……まさかキャバクラまでとは」
「にゃはははは! 頼まれた勢いに押されちゃってワタシも困ったんだけどやっぱりボクチャンの目を見ると助けたくなっちゃったのよん」
「というかクローバー王国は未成年でもキャバクラ行けるんですね」
「いやダメだったけど」
「ダメだったんかーいっ!」
フィオレナのツッコミが冴え渡る中、キリヤ一向は魔女の森を視界に捉える。
その途中フィオレナが小さく挙手し、
「キリヤ先輩、何で先輩はそのアスタ先輩のためにここまでするんですか?」
「友達だからに決まってんだろ。それにアスタは未来の魔法帝になる男だ。こんなところで躓かせるワケにはいかねぇだろ。まあもう一人魔法帝目指してる友達いるけど、こんな形で脱落すんのは違うだろ」
「優しいねーボクチャンは」
「そっちだって何で手伝ってくれるの? 場所さえ教えてくれれば何とか出来ると思いますけど」
「あーもうタメ口でいいよん。さっきから割とタメ口だったけど。で、まあ質問に答えるとボクチャンの熱意に負けたってのもあるけど過去との決別もあるかなー」
「過去との決別?」
「ワタシ元々魔女王と契約してたけど嫌気が差して逃げたの。で、その先がクローバー王国で気付いたらキャバ嬢やってたってワケなのん」
『だーりんを誑かすだけのファッキンクソアマだと思ってたけど事情があったのねー』
「ボクチャン女の精霊とも契約してたんだ。それでワタシを口説くなんてこのウワキモノ~っ!」
「ウワキ……? よくわかんないけどそんなこと言ったらサキムニだってメスだしな。なあサキムニ」
『うン。浮気とか言ったらボク達いっぱいいるからわけわからなくなるヨー』
「ボクチャン結構精霊と契約してるのね~」
『あ、あんたはダメだかんね! サキムーは無害だからイイけどあんたは絶対だーりんに悪影響及ぼすから!』
「でもギャルとキャバ嬢の精霊って度合いで言ったら変わらなくない? ね~ボクチャン?」
「ぎゃる……きゃば……字で言ったら大した違いないんじゃない?」
「ほらーね~?」
『ぎゃーっ! だーりんがキャバ嬢の毒牙に!! あと抱きつくなーっ!』
「と、とりあえず魔女の森ですし集中しません?」
至極真っ当なフィオレナの指摘にキリヤに抱きついたトゥルーやそれを引き剥がそうとするウンディーネの動きが止まる。
確かにそうだね、と皆頷き本来の目的を思い出して冷静になってしまう。
「あ、ここ裏道あるから……って何か騒がしいね~」
すでに何か交戦状態になっているのか魔力を放出する音が響いており、誰か先にこの場にやってきたのかそのおかげで入った瞬間に魔女達の視線がキリヤ達へ注がれる。
「……マズイかなーこれは」
監視用と思われる小さなゴーレムの大群がキリヤ達に向けられ、キリヤはすぐに魔導具の絨毯を叩く。
「最高速度で突っ切る! 多分あのスゲーデカイ樹に魔女王はいるだろ!」
絨毯の先頭に立てば夥しい数の魔力弾がキリヤ達に向け放たれるも
何発か受けるも構わず突き進めば大樹の屋敷の中に見えたのは――
「ア、アスタっ!?」
「え、キリヤっ!?」
着地すればその場には見知った顔とそうではない顔が多数あった。
アスタ、ノエル、フィンラル、バネッサ。知らない男性に知らない女性。シィナに結構似ている少女。
奥にいる異様な魔力の持ち主は恐らく魔女王だろう。
「は、初めまして魔女王様……?」
全員の視線が突き刺さったキリヤはそう挨拶するしかなかった――