「へぇーアスタは今回の修行で反魔法を全身に回して強化出来るようになったのか!」
「おう! オレも初めて魔法を使えた気分になれたぜ!」
「ブラックアスタ! オレがそう名付けた!」
「何それカッコイイな! レオポルド義弟くん!」
「そ、その呼び方はどうにかやめて欲しいものだが……」
男湯にてキリヤは早速アスタから今回の修行の成果を聞いていた。
当のアスタはさりげなくキリヤの肩に乗っているサラマンダーに触ろうとするも寸でのところでがぶっと噛まれてしまい、
「いでぇーっ!?」
「あ、こらサラマンダー! 噛むんじゃない!」
「あの〈
キリヤが背を軽く触れるとサラマンダーもアスタの手を離し、離れればアスタも痛がる。
何故触ろうとしたのかさっぱりだが口を離したサラマンダーはキリヤの頭に移動してしまう。
「やっぱり火属性だから湯は嫌いなのか?」
『…………』
ぺちぺちと尻尾で叩かれれば何となく嫌なのだと察する。
サラマンダーは炎の塊だが髪が燃えることもなく、不思議だと思っていれば珍しくユノからキリヤに話を切り出してくる。
「キリヤ、少し教えて欲しいことがある」
「ん、どした急に?」
「キテンの時、オマエは魔法で精霊と一体化してた。それはオレでも出来るのか?」
「おう。実際元〈白夜の魔眼〉のサイルって女がしてたしな」
「どうすれば出来る?」
「どうすれば、か……」
キリヤの場合は今まで身体進化魔法で精霊と一体化してきた。
だから方法など考えたこともなかったがそこでアルーグの言葉を思い出し、
「ちょっと見ててくれ。サラマンダー行くぞ」
精霊と一つになる。自分の身体のように。手足のように。混ぜ合わせて一つになる。
――精霊同化”スピリット・サラマンド”。
サラマンダーがキリヤに溶け合うように吸収され、同化が完了すれば一気に湯の温度は跳ね上がる。
「どあっちゃーっ!!」
「あづっ! 何やってんだデシゴレオン!」
思わぬ余波にアスタやヤミ、〈紅蓮の獅子王〉の面々が湯から飛び跳ねる。
女湯の方でも「うわ熱ッ!」というソルの声が聞こえ、キリヤも慌てて同化を解除する。
「すみませんっ! ちょっとユノが精霊との同化の仕方知りたいって言うからまずは見せる的なことしたんスけど! ってユノ大丈夫か!?」
一番近くにいたユノが一番熱の影響を受けているようだったがユノは不敵に笑う。
「ぜ、全然大丈夫だけど……」
「……マジでごめんな。ウンディーネ、ちょっと湯を冷まして元に戻してくれ!」
『あいあいさーっ!』
壁越しで伝えればウンディーネの力で湯は先ほどの温度に引き下げられる。
見本を見せたところでキリヤは改めて湯に浸かり、
「マナスキンと同じ感じさ。精霊を着る感覚で自分に混ぜ合わせる。ただ取り込むんじゃなくて心から一つになるんだ。まあオレも最近教えてもらってまともに出来るようになったけど」
「そうか。ありがとう」
「何こんなところでも修行してんだ真面目過ぎんだろ。ここは温泉、向こうは女風呂、そうなりゃもっと楽しみ方あるだろーが」
「……?」
「覗くぞ女風呂」
ヤミの突拍子のない発言に男湯、特に〈紅蓮の獅子王〉の面々に衝撃が走る。
向こうにいるのは現〈紅蓮の獅子王〉団長メレオレオナを筆頭に女性でも猛者ばかり。下手どころか見ようとした時点で殺されるだろう。
ざわめく〈紅蓮の獅子王〉の面々をヤミは一発で黙らせる。
「男に生まれたなら命を賭してでもやるだろうが。なあクールくん?」
「いや見たくないです」
「やめてやってくださいヤミ団長! ユノは本当に見たくないんですよ! 子供の頃から男としか風呂に入りませんでしたし!」
「オイアスタ。誤解を生む言い方はやめろ」
「デシゴレオンはどうだ! アネゴレオンのが見たくねーか!?」
「オレ見たことありますよ? というか何度も一緒にお風呂入ったことありますし」
『え?』
しれっととんでもないことを言うキリヤに〈紅蓮の獅子王〉の面々の中でもレオポルドが度肝を抜かれてしまう。
「ここも修行の時何度も来ましたしその時に一緒にお風呂入ったり背中を流したりしました!」
「そうか、確かそんな記憶もあったな……」
キリヤの記憶を見たことがあるヤミはそういえばと思い出し、しかしキリヤは立ち上がれば手を合わせ指を絡めて腕を伸ばしてストレッチする。
ヤミの言葉に意味がないとは思えない。現に覗きにはいつもの戦闘とは違う隠密性、そして大胆性を求められる。つまりこれはヤミからの一種の修行なのだろう。
「――でもやりましょう!」
「ははは! その意気だ骨は拾ってやる!」
「兄上ならば……」
「オイ爆発ヘッド。あの熱血真面目大王と一緒でどーするよ。テメーはアイツを超えるんだろ?」
「ッ!! そうだ、オレは兄上を超える! よォオオオオし覗くぞォオオオオオオオ――ッ!!」
巧みなヤミの扇動に乗せられたレオポルドは猛り声を上げ、それに同調した〈紅蓮の獅子王〉の団員達がさらに声を上げる。絶対に女湯に聞こえていることは間違いない。
アスタやユノはノリ気ではないので放っておき、キリヤも拳を上げ、
「行くぞオマエらァアアアアア――ッ!!」
◎
「な、何なの!?」
最初に男達の雄叫びに気付いたのはノエルだった。
そこからバシャバシャと湯を蹴る音が響き、それが男女を隔てる壁に近付けばソルも事態を察し、
「まさか男のヤツら……ッ!」
「この死をも恐れぬ気迫に満ちた声、それでこそ〈紅蓮の獅子王〉だ」
「やってることただの覗きですけどね!?」
メレオレオナは愉快そうに笑うもすかさずノエルのツッコミ。
壁を登る気だろう男達にソルは再び土魔法を発動して壁を高くするもそれより早く男達がその奥で元のサイズを取り戻したジブラウストが手に〈紅蓮の獅子王〉の団員を乗せて立つ。その肩にはノームもいた。
『あ、ノームっ! ジブリンっ! あんたら覗きなんかに加担して!!』
『……謝罪。我、主の命に逆らえず』
『オデ、よくワかんないけどキリヤにタノまれた……』
「なになにボクチャンが覗きたいって言ったの!?」
「何嬉しそうにしてんのよ! 不埒者はブッ飛ばすわよ! ウンディーネ、力を貸して!」
『りょーかいっ! だーりんだけなら全然許したけど他の野郎に見せるモンはナシナシ! ちょっとお灸を据えっちゃう必要あるし!!』
水精霊創成魔法”大海竜の轟咆哮”。
ノエルの魔法にウンディーネが後押しすれば三つ首の巨大な海竜が撃ち出され、ノームもジブラウストも驚いた様子を見せるもすぐさま魔法で対抗する。
土精霊創成魔法”
ジブラウストの両腕にノームの魔力で大きな盾が創り出され、真正面から海竜を防ぐ。
ただでさえ頑丈なジブラウストにノームの防御が掛け合わさった盾は例えノエルの魔力でも砕くには足りないが――
「倒れるには丁度良いでしょ!!」
大海竜の勢いは止まらず盾ごと押し倒し、男湯の方で悲鳴が上がる。
ジブラウストの大質量が倒れ込めば男湯の温泉は壁を超えるほど湧き出し、何人か〈紅蓮の獅子王〉の団員が空を舞うのも見えた。
「やった!」
『ざまーみろってんのよ!』
「ま、まぁ、その……協力してくれて……ありがと」
『え!? 何て!? おっきな声で言ってくれないとあーし聞こえない!!』
「ありがとうって言っただけ!」
ツンデレキラーなウンディーネはノエルに耳を近づければ勢いに押されてノエルも礼を言う。それに満足げに頷けばウンディーネはもう一度壁を見ればあれだけ騒がしかった男湯が静かになる。
「随分と静かになりましたね」
「多分あのゴーレムが倒れて下敷きになったんじゃないかしら」
「バカな男共にはお似合いだな!」
温泉ほどの巨体なジブラウストが倒れればどうなるかなど想像に容易い。
簡単に終わってしまった男達の覗き作戦に楽しんでいた節があったトゥルーは退屈そうにまた湯船に浮かぶ。
「にゃ~んだかつまんないな~」
「覗きに面白さとか求めないでくださいいトゥルー先輩っ!」
「でもフィーちゃんは見られても平気っしょ?」
「失礼な!
「まあそうだよねぇ……ん?」
湯船を浮かぶトゥルーだが途中で頭に何かが当たって起き上がる。
見たところでそこには何もなく、ただトゥルーが触ってみればそこには何かがあるようで。
「どうかしましたか?」
シィナもそこに近付けばトゥルーは怪訝そうに首を傾げる。
「何かあるんだよん。円柱っぽいの?」
「何でしょうか……?」
手を伸ばしてみれば確かに何か透明な円柱があり、湯の中をまさぐると引っ掛かりがあって持ち上げると――
「や……やっほーシィナ……?」
「うわぁあああああああっ!? キ、キリヤさん!?」
本当に驚いてシィナが尻餅をついてしまい、そこに座っていたのはキリヤだった。
円柱の中を見れば外側からは見えないが内側からはばっちり外の光景が見える構造で、
「こんなところで何してるんですか!?」
「ヤミ団長からの修行で覗きに来た!」
「何誇らしげに言ってるんですか先輩! あと絶対騙されてますからねそれ!?」
「なるほど。ジブラウストとノームや〈紅蓮の獅子王〉を囮にして上へ視線誘導しそのうちにノームに創らせたそれを被って侵入か。少しは小手先が出来るようになったか莫迦弟子」
「いやだから褒めてもただの覗きですからね!?」
「こんのバカ! 姐さんの裸体を拝もうだなんて絶対許さん!」
慌てて湯に浸かって身を隠すノエルにもう自分の全裸関係なしに拳を握るソル。
キリヤはもうバレた時点で覚悟を決めているようで腕を組んだまま目を閉じているも――
「ご主人っ! ご主人来てくれたんだネ!!」
「もうボクチャンってば正直じゃないんだから~っ!」
『身体洗ったげるだーりんっ!』
「じゃあアタシ背中流します先輩!」
先ほどまで全く元気がなかったサキムニを筆頭に精霊達がキリヤに近付いてすぐさま洗い場へ。フィオレナもついていって一瞬でキリヤの身体や髪が泡でもこもこになっていく。
「オレてっきりボッコボコにされると思ったんだけど!」
『だーりんならイイの! あ、でもノエっちとかのは見るのやめたげてね!』
「分かってるって。事故で見ちゃったシィナは……何もなかったな」
「うわ今の発言めちゃくちゃ傷付きましたよキリヤさん!?」
「あと姫様のもガッツリ見ちまった……」
「許さんっ! やっぱりブン殴るっ!」
やはり一応罪悪感というものがあったのか額に手を当てるキリヤ。
結果的に言えば覗きは完全にキリヤの一人勝ちであり、先ほどの告白のこともあってまともに見られないシィナは思った。
(これ多分キリヤさんじゃなかったら本当に殺されていたかもしれませんね……)
ジブラウストの下敷きになった〈紅蓮の獅子王〉達はある意味幸運の持ち主だったのでは――と。
そんなことを思いながらユルティム火山で行われた修行は幕を閉じていく――