64話「風神鳥が語る真実」
『ねーだーりん。ホントにここでイイの? 森だよ?』
「ああ、うん」
温泉合宿の翌日、キリヤは一人である森に来ていた。
本来ならばフィオレナの監視と共に連れてこなければならなかったが今回の一件はそうはいかず、信頼のおけるシィナに任せた。
キリヤの手には一枚の手紙。そこには――
『愛するキリヤへ。
私はあなたの出自の全てを知る者です。
夕暮れにあなたが目覚めた森へと来てくれればそこであなたの真実を話しましょう』
自室で目覚めればこの手紙が置かれており、一瞬誰かの悪戯を疑ったがその手紙はどうにも風属性の魔力で刻まれものでウンディーネ達精霊が言うにはこの文字は風属性の精霊によって刻まれたものらしい。
ユノと契約している風の四大精霊であるシルフ――ベルがそんな真似をするはずもなく、ならば行って確かめるしかない。そのためにキリヤは自らが最初にメレオレオナと出会った森へ赴く。
「ここだな……」
メレオレオナと初めて出会った場所、そこがキリヤとして目覚めた地。
森の中でも拓けた地であり、手頃な岩に座るといつも騒がしいキリヤは無言で自らの手を見つめる。
「ボクチャン、不安なの?」
「楽しみ半分怖さ半分、かな」
来るのが一体誰なのか。何故自分の記憶は十三歳以前のものがないのか。
アルーグからも多少聞いていたが今まであまり深く考えてこなかった自らの出自。
自分が知らない自分を知られているというのは一種の恐怖になり得る。
だが――
『だーりんにはあーしらがいるじゃん』
「どんな過去があってもボクチャンはボクチャンでしょ?」
精霊達はそんなキリヤを案じて半ば震えていたキリヤの手に触れてくる。
その言葉や温かみでキリヤは思わず笑い、
「そうだな。誰が何と言おうがオレはオレだよな」
『うン! そうだヨご主人!』
「じゃあ決心もついたし――出てきてくれよ」
『……気付いていましたか』
女性の声と共に周囲の
全長は縦に五メートルほどか。身体の各所に風を纏い、翼を畳み二足で立つ風神鳥だがその風は他者を傷つける者ではなく優しく包むような爽快なものだった。
「あんたがオレをここに呼んだのか……?」
『そのとおりよ、キリヤ。私の名はシムルグ、キリヤがキリヤとして生まれたその時から貴方を知る者です』
どこか申し訳なさそうにしながら名乗った風神鳥――シムルグ。
それが何故か分からずキリヤは不思議に思いながらも立ち上がり、
「あんたの言葉を疑うワケじゃないけど何か証拠とかあるのか?」
『ええ……』
そう返せば再びシムルグの傍につむじ風が起き、晴れれば何枚かの写真がそよ風に乗ってキリヤへと手渡される。トゥルー達も肩から覗いて来てその写真にはシムルグと共に赤ん坊から少年までの成長過程が映し出されていた。
「うわ~ホントにボクチャンがボクチャンの頃ねぇ」
『調査。魔法による偽造もなし』
『ガチモンってコトかー』
キリヤ自身見間違えるはずもない。
赤ん坊の頃はよく分からないものの年齢を重ねるにつれてキリヤそのもの。それを見せられては納得するしかない。
「分かった。あんたの話を信用する」
『ありがとうございます。……この場に来たということはやはりあなた自身の真実を知りに来たということですね』
「うん。魔女の森で死に掛けた時アルーグにオレはアルーグが記憶消されまくった結果生まれた人格って教えて貰ったけど、それだとオレがちっちゃい頃何で記憶がないか分かんないし」
『アルーグの人格がまだ貴方の中に……そうですか。なるほど、深層心理の中に自分の人格を
「さっぱり分からん!」
『それでは一から……元々私はアルーグと契約していた精霊の一体でした。ですがエルフ族が襲撃されたあの日、私の契約はアルーグからガルガンへ移し変えられ瀕死のアルーグはそのままガルガンへと攫われました。そしてガルガンは自らの消滅魔法によってアルーグの”時間”を消し、自らの身体に宿したのです』
時間を消す、身体に宿した、その言葉の節々が分からず首を傾げるキリヤ。
だがトゥルーやウンディーネは分かったようで、
「じゃあボクチャンはそのアルーグとしての時間を消されてもう一度ガルガンが産んだってこと?」
『そのとおりです。それも一度や二度ではなく何十、何百と産み直してアルーグとしての記憶、サイルのことも何もかも全て着実に消してガルガンは魂を転生させずに自分だけの”アルーグ”を創った……それこそが”キリヤスフィール”――貴方なのです』
「ほーう……」
『だーりん何で他人事みたいな感じ!? えげつないことされてるけど!?』
「こう、よく分からんからなぁ……」
会った時、アルーグも記憶を消されていると知りながらもガルガンに怒りを示すことはなかった。
だから不思議とキリヤも憤りを感じることはなく、むしろ知りたいのはそこからだ。
「でもそれだったら何でオレってばガルガンから離れたんだ?」
『それは完全にアルーグの記憶が消滅した際に私がガルガンとの契約を破棄して赤子の貴方と共にガルガンから逃げたからです。それからは私が親代わりとしてこの森で育て
不思議とその言葉で納得してしまう。
きっとメレオレオナに出会って最初に戦った時から荒削りながらマナスキンが出来たのも、形状変化に対応出来たのも、きっとシムルグが教えてくれた下地があったからだろう。
でも、とシムルグは言葉を付け足す。
『貴方が十三の頃にガルガンの追っ手が現れ、どうしても貴方を手放すしかなくなったのです。だから私は手紙を残し、そこに貴方に関する情報を全て載せました。一人になっても心優しき人間に出会えるようにと祈って』
思い返せばメレオレオナと出会った時、キリヤは手紙を持っていた。
自分の窮地にさえシムルグはキリヤを気遣ってくれて、それでもシムルグの言葉は罪悪感で溢れていた。
『私は本来貴方の前に現れて良い存在ではありません。私といた記憶がないのは精霊に育てられたことから人間に馴染めなくなることを恐れ、私がガルガンから盗んだ記憶消滅魔法の瓶を貴方に使ったからです。貴方のためなどと口実を作っても、結局私もガルガンと変わらないことをしてしまったのです……っ!』
独白し、涙を流すシムルグ。
真相を聞いてキリヤは少し考え、やがて笑って――
「なあシムルグ。オレさ、記憶消されてもずっと幸せだったぜ?」
思い返してみれば記憶がなかったキリヤだが、それを不幸に思ったことはなかった。
「レオナ様と出会って、友達が出来て、色んな場所に行って、いっぱい思い出が出来た。だからさ、記憶が消されたのは残念だけどシムルグが自分を責めることは何もない。あんたがオレを守ってくれたから今のオレがあるんだしな!」
記憶がなくともそれ以上に色んな経験をしてきた。
自分の無力に苦しんだことやつらい時もあったがそれもまた今のキリヤを作っている要因だ。
歩み寄ればキリヤはシムルグを抱き締め、
「――ありがとう、シムルグ。何と言おうがあんたがオレを救ってくれて、守ってくれて、育ててくれたことに変わりないよ。だから泣かないでくれ」
『ふぐ、うぅうう……良い子に育って……』
『もー泣きすぎよー。水の精霊のあーしより水出す気?』
抱きつけば余計に泣いてしまい、見ていたウンディーネも近付いてその涙を拭う。
思ってもいない再会にキリヤは魔導書をシムルグへ向け、
「せっかく再会出来たんだしオレに力を貸してくれよ。予定がなかったらでイイんだけど」
『ええ、勿論!』
『じゃーだーりんのお母さんってコトはあーしにとったらお義母様!?』
『絶対にその呼び方はやめてください』
『何でよーっ!』
早速精霊同士で馴染む姿にキリヤもつられて笑ってしまう。
シムルグの嘴が魔導書の空白のページに触れれば新たな魔法が刻まれ、一件落着すればキリヤにはふとした疑問が浮かぶ。
「でもどうして急に教えてくれる気になったんだ?」
『それは……魔女の森での貴方の覚醒は私に居場所を伝えると同時に――あの女にも知らせることになったからです』
「あの女……?」
『
◎
「《四拳》はともかく《二槍》まで倒されるとは……」
唯一国内に設置された教会の中で美しき女性は女神像に祈りを捧げながら呟く。
スペード王国が誇る最強にして至高の存在――《一剣》ゼネルラ。
その至高たる存在ゼネルラの魔力感知は国を超える。
クローバー王国やハート王国、ダイヤモンド王国までには届かないもののそれぞれの国の境界線となる地域まで届き、魔女の森で何があったか魔力の機微で把握することが出来る。
サラマンダーを従えたかつての同郷が反魔法の使い手や王族達と戦ったこと。ダイヤモンド王国が生み出した魔道戦士の力。そして――覚醒したエルフの魔力。
この世に現存する真なるエルフは二人しかいない。そうなれば自分を除き、後残っているエルフは――当然キリヤ。スペード王国を利用し、侵略行為をしながらも探し続けていた結果がようやく実った。
「ふふ……ふふふふふふふふ……見つけた。ようやく見つけました……」
祈りのままゼネルラの口元は今まで誰にも見せたことがないほど歪んだ笑みを作り出していた。だが同時に蘇ってくる憤りも感じていた。
契約していたにも関わらずゼネルラを裏切り、自分が何よりも大切にしていたやっと手に入った理想のアルーグ――キリヤを奪い、逃げたシムルグ。あの精霊だけは必ず殺す。
喜びと憤りが混ざり合って、しかし喜びが勝るゼネルラは恍惚の笑みを浮かべる。
「キリヤ……私の、私だけのアルーグ……」
そう。彼女はゼネルラであってゼネルラではない。
数百年前、エルフ族の壊滅の最中にアルーグを攫い、何百回も産み直しその度に記憶を消した狂気のエルフ。
「大丈夫ですよ。すぐに
真の名は――ディフォーレ・フィン・ガルガン。
同胞を裏切り自らの死すらも消して永劫の時を生きる女の狂気は止まらない――