「いえーい快勝! な、メガネ! ビス!」
「い、いぇーいですね……」
「何で私達は肩を組んで帰ってきてるのかしら……」
観覧席に戻ってきたキリヤは何故かメガネとビスと肩を組んで帰ってきていた。
勝利の余韻とノリだったために深い理由はないがそうしているとふとアスタが目に映る。キリヤの勝利と同じ〈黒の暴牛〉であるラックの敗北、喜ぶべきかどうするべきかと微妙な表情でいた。
(まあ仕方ないか)
本当はアスタとも喜びを分かち合いたいと思ったがここでは互いに戦うべき相手だ。
敵チームと余計な馴れ合いをするべきじゃないと思い、絡むのはやめて周りを見渡すとノエルの兄――ソリド・シルヴァがノエルに話しかけているのが見えてしまう。
話が終わったのを見るとキリヤはメガネやビスから離れてソリドの前に立つ。
立てばソリドもキリヤのことを覚えていたのか明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、
「……あァ?」
「またノエル様に何か嫌味でも言ってたのか?」
「出来損ないで恥晒しの分際でこの試験に参加してる方が悪いだろうが。むしろ余計な恥をかかないように排除してやろうって兄の優しさだよ優しさ」
優しさなどと言うがその言葉のどこにも優しさなど存在しない。
ただ見下して、ただ闇雲に傷つける言葉の刃、ノエルを虐げるだけのものだった。
「なあ、何でアンタはそんなに心の器が狭いんだ?」
「……は?」
「アンタが王族で
気に入らないとか何だとかキリヤにも思うことはある。
だが今はただ――純粋に悲しかった。
「強いヤツほど誰かに優しくなれるはずなんだ。レオナ様もグテー様も魔法帝も……みんなそれぞれ強いからこそ優しさを持ってる。何でそんなことも分からないんだよ」
「オイオイ、血の繋がった家族すらいねぇヤツがオレに偉そうな説教してんじゃねえよ!」
「そっか。まあ分かってたらこんなこと言ってないもんな」
血の繋がった家族がいなくとも魔法騎士になって出会えた家族と呼べる人達がいる。
だがソリドには分からないだろう。血筋や才能ばかりで人を見下すことしか出来なくなれば当然視野だって狭まってくる。それが何年続いていれば当然になってしまって、その自尊心が他者を拒絶する。
一度ブッ飛ばされなければ分からないだろうとソリドとの話を切り上げると次の対戦カードを見て、
(きょうだい、か……)
シィナとリィナ。
戦う前から向き合い対面する二人がキリヤの目に映る――
◎
「ふふ、久しぶりねシィナ」
「ええ、久しぶりですリィナお姉様」
バトルフィールドに移動する直前、移動しようとするシィナの前にリィナ・シュヴァルツが現れる。
艶やかな黒髪を伸ばし、長身で大人びた容姿はまさにシィナを大人の女性にしたものと言っても過言ではない。
〈銀翼の大鷲〉に属する一等上級魔法騎士、黒氷魔法の使い手。生まれてからシィナは常にリィナの背中を見ていた。
「ノゼル団長に挙手されながらどうして〈碧の野薔薇〉なんて選んだのか、今までお姉ちゃんの言うこと全部聞いてくれてたのにどうして、なんてシィナがいなくなってから考えてたの」
「…………」
「でも分かったの。大丈夫、許してあげる。妹のちっぽけで可愛い反抗だもの。お母様達の言う通りにするのも嫌になっちゃうよね」
朗らかな笑みを向けて上機嫌に話すリィナ。
〈碧の野薔薇〉に入って、姉のことを考えなくなっていたから忘れていた。
ノエルの兄――ソリドのように見下し、直接悪意を持った言葉で傷つけるのではない。リィナ自身には悪意はなく、ただ思ったことを直球で言っているだけだ。
出来る自分が当たり前。出来ないシィナが当たり前。リィナの中ではそう決め付けられていて、だからこそ平然とシィナの覚悟を可愛い反抗と言い切ってしまう。
「でもね、この戦いが終わったらそろそろお姉ちゃんと同じ〈銀翼の大鷲〉に移籍しよ? 〈碧の野薔薇〉は女性ばかりで悪い虫はつかなさそうだけど、王族としての振る舞いを覚えるにはやっぱり王族が団長を務めてる〈銀翼の大鷲〉の方が良いの。ね、お姉ちゃんが言うことは正しいって昔から知ってるでしょ?」
近付いてきて、抱きしめてきて、頭を撫でてきて、懐柔しようとする。
昔から何も変わらない。ずっとリィナの中でシィナはいつまでも成長しない小さいままのシィナ。
だから――
「……しません」
「……え?」
シィナの否定にリィナは目を丸くして唖然とする。
今まで姉の言葉に逆らったことがなかったシィナの真っ直ぐとした眼差しにリィナは理解出来ないでいた。
「何で? お姉ちゃんの言うことだよ?」
「お姉様の言葉だからです」
撫でられていた手を振り払い、一歩下がってリィナと距離を取る。
「私はお姉様から離れ色んなことを体験し、学びました。時には無力を痛感し、心が折れそうになることもありました。でも、そんな私に〈碧の野薔薇〉で出会った仲間は……家族は手を差し伸べてくれて、共に進んでくれました。私を私として認めてくれる方々にも出会いました」
最初はただの反抗だった。
だけどその先で出会った仲間達は何よりもかけがえのないもので、血よりも固い絆で結ばれていた。
今まではリィナが用意した道を歩くだけだった。だが離れてシィナは自分で自分の道を決め、進めるようになった。
「もう思考停止してお姉様の言うことを聞く人形ではありません。あなたの代替品でもありません。私はシィナ・シュヴァルツ、今日私はこの場をもってお姉様を超えてみせます」
「……何で? 何で何で? お人形さんだったのにシィナがお姉ちゃんに反抗するわけないのに……やっぱり悪い虫がいたのね」
言ってリィナの視線は遠くにいたキリヤへ向けられる。
シィナと唯一同期の少年、そのキリヤに対するリィナの目は憎しみに歪んでいた。
初めて見る姉の表情にシィナは臆することなく、
「はい、キリヤさんのおかげです。あの人は私にとって憧れで少しずつでも近付くために努力してきました。ですからもう昔の私とは思わないで下さい」
「……生意気」
親指を噛み締め流れ出る血。
あれだけ余裕な笑みを浮かべていたというのに一変し、シィナから踵を返して離れていくリィナ。
その姿に少しだけ溜飲が下がる思いで胸を撫で下ろす。
(本番はここからです。キリヤさん、どうか見ていてください)
◎
『それでは一回戦第七試合を開始します!』
「作戦は……どうしましょうか」
「ワハハ! 私は
「ッ! 避けて下さい!!」
言葉の途中でシィナはしゃがめば髪を何かが掠る。
間一髪シィナは躱せたものの〈水色の幻鹿〉フランシス、〈紫苑の鯱〉ウィンストンは額、側頭部を撃たれ、そのまま受け身もなく地面に倒れてしまう。
見れば額で小さな氷が炸裂しており、狙撃されたことは明らか。そしてこの黒い氷は――
「避けれたのはえらいと思うけど――これで二人はもう駄目ね」
「姉さん……っ!」
黒い氷に乗って現れたリィナ。傍には同じように黒氷に乗る他の二人の魔道士もいて先ほどのは間違いなくリィナの黒氷魔法による狙撃。
あれほど多角的な攻撃、どうやってしたのかは不明だが圧倒的不利であることは間違いない。
「今ごめんなさいって言えば許してあげるし、痛い思いをしなくて済むけどどうする?」
「しませんよ」
影魔法”怨邪の濁流”。
間欠泉の如く噴出した影が
ルール上セーフなのか分からないが影の中に仕舞ってしまえば相手はシィナの意識がある限り
一対三、キリヤがいつもやってきていたような戦況だ。
だからこそシィナは逆境こそ不敵に笑い、
「お姉様こそ今降参すれば、痛い思いをせずに済みますよ」
「……そう」
黒氷魔法”咎人への冷塊”。
影魔法”影の執行者”。
リィナから放たれる夥しい黒氷の弾丸。対し、宙で放たれたことで地面に影が生まれればシィナの魔法によってその影から全く同数の弾丸が返される。
だが弾丸は宙で突然角度を変えてシィナを多角的に襲い、シィナもその異常に気付く。
(あれは――黒氷の結晶ですか!)
太陽の反射によってかなり見にくくなっていたが、リィナの周りを含めこの近辺の空中には無数の黒氷の結晶が張られていた。
それぞれの弾丸はそれに反射され跳弾してシィナへと返ってきていたのだ。恐らく狙撃にも使われたのだろう。
黒氷創成魔法”冤罪の断殺”。
”
ならば
「捕まえて!」
シィナが手を握れば弾丸と化していた影が空中で伸び、互いに連結。網状となれば粘着性を持ち、氷の弾丸ごと捕まえて急速に収縮し、地面に落ちれば影と消える。
あまりの一瞬の出来事にリィナも驚くもその隙を逃さない。
影創成魔法”泥沼ノ導キ手”。
黒氷に乗っている三人の足元から影で出来た鬼の手が迫り、一人の魔道士が火属性の魔法で閃光させて影を消そうとするも光を上回った影の手は構わず相手を捕まえる。
影魔法”影極”。
関節技を極める形で拘束するもリィナだけは元から黒氷の分身だったのか砕き割れ、見越していたシィナは影で二人の魔道士を叩いて気絶させる。
「これで一対一ですね」
「〈碧の野薔薇〉に入って強くなったのは本当みたいね。でもシィナは絶対にお姉ちゃんには敵わないの」
魔導書から何かを出したのが見え、その瞬間にシィナはリィナの身体を影で拘束する。
今度こそ本体――だが右手を中心に影は吸われて拘束が解かれてしまう。
「それは……っ!」
「あら知ってるの? ちょっと前にお姉ちゃんの前に現れたんだけど相性が良いみたい」
ふふ、と笑うリィナが持っていたのは一丁の拳銃。
しかもただの拳銃ではない。それは――
「キリヤさんが持っていた……」
魔宮の宝物庫で見つけた”吸魔の銃”。
それがどうしてこんなところであるのか。あれはキリヤの話によれば封印されるてはずになっていたがまさかリィナの手にあるとは。
「これがある限りシィナに勝ち目なんてないからね」
言って今度はリィナが不敵に笑う――