オレが愛した女は過剰スパルタアネゴレオン   作:ホスパッチ

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70話「最強の証明」

 とてつもない魔力のぶつかり合いの余波は観客席まで届いており、シィナも観客席の手すりに掴まっていなければ危うく吹き飛ばされるところだった。

 傍にいたフィオレナもシィナに抱きついて暴風を防ぎ、風が止んだところで一息吐く。

 

「と、とんでもない試合ですね……」

 

「先輩は……先輩はどうなったんですか……?」

 

 抱きついたままのフィオレナがバトルフィールドを覗く。

 爆発の中心地であるキリヤ達がいた場所は未だに濃い砂埃が包んでおり、その姿は一切見えない。

 見ていた魔法騎士達が固唾を呑んで見守る中、徐々に砂煙が晴れていき――

 

「あ……」

 

 二人が描いた巨人は両方とも倒れてはいなかった。

 だが〈水色の幻鹿〉団長リルが描いた巨人の片腕は吹き飛び、キリヤが描いたメレオレオナの巨人の拳は見事に相手チームの魔晶石(クリスタル)を打ち抜いていた。

 観客席から見ればその光景はまさに一枚の絵。何故か不思議な魅力を持ち、見ていた人間の視線を釘付けにする。

 

『しょ、勝者Lチーム……』

 

 団長の敗北、それはアナウンスしていた者にも衝撃で言葉に詰まっているようだが〈碧の野薔薇〉の者達はそれどころではない。

 フィオレナは勢いのままシィナに抱きつき、ぴょんぴょんと跳ねる。

 

「先輩が勝っちゃいました! すごいすごいっ!」

 

「フィ、フィーちゃん……私達同じくらいの身長ですから跳ねられると首が……」

 

「あ! ごめんなさい!」

 

 同じくらいの身長で抱きつかれてはしゃがれてしまえば首がやられてしまう。

 だがとうとうキリヤは新人の枠を超えて団長にも匹敵するレベルとなってしまった。魂魄同化を習得しただけではまだまだその背には追いつけないようでシィナも笑みを浮かべる。

 

「やりましたねキリヤさん……」

 

 ◎

 

「あふふ……負けちゃったか~」

 

「ああ、オレの勝ちだぜ団長さん」

 

 絵の具だらけとなったバトルフィールドで大の字になって倒れているリルにキリヤは手を差し伸べる。

 その手を掴み、起き上がればリルは負けたにも関わらずどこか楽しそうだった。

 

「ありがとうキリヤくん! 君のおかげでほんっとうに最高の一枚が描けたよ!」

 

「コッチこそすんげー楽しかった! でもこれからまだまだ人生あるんだから最高の一枚なんていくらでも出来るさ! だから今のは今日の中で最高の一枚だ!」

 

「あふふ! それいいね!」

 

 そのまま二人は固い握手をし、朗らかに笑う。

 

「君さえ良ければ僕と友達になってよ! また絵を描き合おうよ!」

 

「おうイイぜ! 何だかんだ描くの楽しかったしな! 今度基礎教えてくれ! 最後のメレオレオナ様以外オレの絵ヤバイみたいだし!」

 

「でも芸術は自由だからね~! ただ上手く描くだけじゃダメなんだよ~!」

 

『あの盛り上がってるところ大変恐縮ですが、決勝戦がありますので一度お下がりしていただけません!?』

 

 リルとキリヤが二人で盛り上がっていたが今は試験中だ。

 しかもアスタとランギルスのチームが引き分けたことで次は準決勝戦でありながらも事実上決勝戦。

 キリヤの相手となるのはシィナが棄権したために不戦勝で進んだユノだ。

 まともに戦うのは初めて、だが相手にとって不足はない――

 

 ◎

 

 決勝戦。

 戦局は二つに分かれ、メガネとビスが相手魔晶石(クリスタル)の破壊に。キリヤは自軍の魔晶石(クリスタル)防衛に立っていた。

 魔晶石(クリスタル)を破壊しにやってきたのはユノで、キリヤと攻防を繰り広げる。

 下民だろうが恵まれた魔力と四つ葉の魔導書を持つユノの風魔法は多彩で強力。だがキリヤの守りはなかなか崩せない。

 

 ――身体進化魔法”斬滅嵐の風魔神鳥鎧(レベル66・ディーレイドシグルゼルアーマ)”。

 翠を基調とした鎧に黒のラインが何条も入り、全体的に鋭利な形状で特に兜には牙を思わせる凹凸が掘り込まれている。背にはシムルグを模した鋼鉄の一対の翼が生え、周りには黒き風が薙ぐ。

 

 シムルグとベルゼヴィーヴィアを掛け合わせた鎧が巻き起こす黒き風はユノの風を喰らい、刃となってユノを襲うもマナゾーンの域に達したユノの魔法もまたあらゆる角度からキリヤを襲う。

 魔晶石(クリスタル)を砕こうにもすでにノームによって性質を変化させ、ノームの絶対防御を崩すとなれば相当な魔力を練り上げなければならないだろうがそれをさせないのがキリヤだ。

 

「はは、こうしてまともに戦うのは初めてだけどやるなユノ!」

 

「……そっちこそ」

 

『何なのよアイツ~っ! 何やってもあの黒い風が防ぐじゃないのっ!』

 

 ただの風魔法ならばシムルグはシルフに劣るかもしれないが今はベルゼヴィーヴィアの魔喰魔法(戦う前に聞いた)を組み合わせたことで来る風魔法を全て封じられる。ユノにとってこの組み合わせはとことん相性が悪いだろう。

 

「どうする未来の魔法帝! このままだとジリ貧になっちまうけど!!」

 

 戦況は徐々にキリヤの一方的なものになっていく。

 だがユノもこれでは終わらない。黒き風の刃を潜り抜け、一度キリヤから距離を取れば立ち止まる。

 

「……?」

 

「ベル、アレをやる……っ!」

 

 大気中の(マナ)、そして風の四大精霊シルフ。

 そしてメレオレオナから学んだマナスキン、キリヤが見せた精霊同化。

 その全てが組み合わさってユノの身体は風の魔力に包まれ見えなくなっていく。

 

「本当はアスタとの決勝戦で使うつもりだったが……オマエ相手なら不足はない」

 

 ――”精霊同化”スピリット・ダイブ。

 ベルと一体化したユノの左半身は有り余る(マナ)の輝きで淡い翠に染まり、一翼を背負う。

 その魔力は団長クラスに匹敵、いやそれ以上かもしれない。

 何より―― 

 

「スゲェなユノ。あんなちょこっと教えただけで出来るようになったのか……」

 

 いやそれだけではないだろう。

 ユノは魔導書や魔力に恵まれていながらも努力を惜しまず、圧倒的な才能と組み合わさった結果だ。

 だが、

 

「風ってことに変わりねぇよな!」

 

 いくら魔力が増大したところで風属性に変わりはない。

 黒き風の刃と共にキリヤが飛び立てばユノは左手を構え、放たれるのは圧倒的な魔力。

 風精霊魔法”スピリット・ストーム”。

 圧縮された風属性の魔力の奔流がキリヤと真っ向から対立し、黒き風の刃を正面から受けて触れた瞬間から削られるもすぐに魔力によって補填し突き進む。

 

「マジか!」

 

 奔流が傍まで迫れば手に携えていた銃剣を振るおうとするもここで別の方向から魔力を探知。躱そうとするも別の”スピリット・ストーム”が上空からキリヤに背を撃ち、正面のと合わせた挟み撃ちを受ける。

 

『キリヤっ!!』

 

「だーいじょうぶっ!」

 

 威力は鎧越しで受けるもキリヤは魔力を吸収し、そのまま今度はキリヤが返す。

 マナゾーン”黒風刃の輪舞”。

 ユノから円状に地面から黒き風の刃が飛び出し、一斉に覆い隠すようにしてユノを襲う。

 マナゾーン”静かなる精霊の舞踏”。

 全方位からの攻撃をまるで踊るように軽やかに(マナ)の流れに乗って躱すユノ。あまりにも自然な動きに思わずキリヤも笑いが出てしまう。

 

(魔力量はコッチが上だけど魔力の扱いはソッチの方が上か……)

 

 パワータイプなキリヤとテクニックタイプのユノ。

 はっきりと分かれる相性だがキリヤにはまだ秘策がある。

 

『キリヤ、あれをするつもりですか』

 

「ああ。オレも全力を見せたくなった」

 

 他の風魔法や”スピリット・ストーム”を喰らってリルの時に消費した魔力の補填は出来た。

 ならばキリヤは一度鎧を解除すれば拳を握り締め、

 

「だったらオレもこの日のために修行してきたハイパーとっておきを見せてやるッ!」

 

『とっておき? 何それ?』

 

『あんたは知らないだろうけどあーし達はこの日のために練習してきたの!』

 

 ベルゼヴィーヴィアは何のことだかさっぱり分からなさそうだが合わせて貰うしかない。

 ”エルフ覚醒”によって枷を外し、莫大な魔力を得たキリヤの傍に魔導書から全ての精霊が飛び出す。

 

「これは正直メレオレオナ様相手にする時に取っておきたかったけど。全力を出したユノに全力を出さないのは失礼だからな――皆、オレに力を貸してくれ!」

 

 身体進化魔法”強化鎧旋(レベル2・ガイガーアップ)”を纏ったキリヤに次々と精霊達が飛び込む。

 今までは相性の良い二体を組み合わせていただけだった。一度三体以上の組み合わせを試したことがあるがその時はキリヤが精霊達の魔力に耐えられず、魔法が強制解除されてしまったためだが今は違う。

 エルフとして覚醒し、魔力の器が桁外れになった今ならば全ての精霊の器となれる。

 メレオレオナを超えるために、いや今はユノに勝つために。キリヤは最高最強の鎧を身に纏う。

 

 ――身体進化魔法”精霊魂の絆鎧(レベル99・アルカディアサンクチュアリ)”。

 あまりの魔力量、そして当たり前のように(マナ)に紛れ、もはやその姿は陽炎のように揺らめき、まともに認識することさえも許さない。

 立っているだけで(マナ)の恩恵を受けた大地は草木や花が芽吹き、キリヤ付近に凝縮された魔力はもはや他者の魔力を近付けることも許さない。

 

「オレはまだ未熟だからこの姿だと十秒も持たねえが……悪いなユノ、こうなった今はオレの方が強いみてぇだ」

 

「――ッ!」

 

 精霊複合魔法”全能手(アル・マハト)”。

 陽炎のように揺らめくキリヤが手を握る素振りを見せればユノはその場から動けず、遥か遠くから砕け散る音が響く。

 ユノが振り向けば遠くで戦っていたノエル達付近にあった魔晶石(クリスタル)も砕かれ、ノエル達もユノと同様に動けず何かに拘束された状態となっていた。

 

「この状態になったらオレのマナゾーンはこのバトルフィールド全体に届かせるぐらいできうぇええ……」

 

 と、言葉の途中でキリヤは前のめりに倒れる。

 同時にユノ達の拘束はなくなり、普段の魔力に戻ったキリヤから精霊達が飛び出す。

 

『ご主人~っ!』

 

「ボクチャン大丈夫っ!? やっぱりちょっと無茶だったと思うよ!?」

 

「ヴェエ……」

 

 呆気に取られる周りに対し勝者であるはずのキリヤがダウン。

 気を失っているわけではないがレベル99の反動は凄まじく、たった十秒だというのにキリヤは現状指一本さえ動かせない上喋ることもままならない。こんなものルールありしの戦いでしか使えないのは見え見えだ。

 

『ゆ……優勝はキリヤスフィールチーム!!』

 

 だが勝ちは勝ちだ。

 高らかな優勝宣言と共にキリヤの気は失われていく――


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