とある転生の幻想交差 Re:birth   作:僧侶

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旧版の修正ばかりではあれなので、オリジナル話を追加
主人公の家系の話しです。


姉弟×お風呂=雀宮の一端

 

「ん~…… んー?」

 

 薄暗い部屋の中で、目を覚ます。三日月が照らす淡い光の中で、ここが自分の部屋である事を理解する。普段寝るときに閉じているはずの障子は、開かれたまま。そこから差し込んだ光がちょうど瞼を撫でたらしい。淡いとはいえ光は光。中途半端な眠りを妨げるには月光で十分だったようだ。

 直前の記憶は、病院ですずかの診断結果を聞いた時から途切れていた。色々あったせいであのまま寝てしまったのだろう、と欠伸をしながら推察する。寝ている間に家に連れ帰られたらしい。時計を確認してみると深夜二時。草木も眠る丑三つ時である。

 なんとなく身体の匂いを嗅いでみると、汗と、そして少しだけ塩素の匂いがした。急いでプールを出ようとしたせいでシャワーもおざなりだった気がする。時間も遅いけど風呂に入ろう、と桐のタンスから着替えとタオルを取り出して風呂場へと向かった。

 

 

 

「ん?」

 

 脱衣所に足を踏み入れると、こんな時間だというのに風呂場の中から水音が聞こえてきた。しかも電気はつけられていない。一瞬訝しんだが、すぐに思い至る。我が家には夜こそが活動時間の姉がいる事を。

 

『……くびがしまる』

 

 風呂のガラス越しに、くぐもった声が聞こえてきた。内容は不穏だが、翔太は慌てることなく服を脱いで、そのまま浴室の扉を開いた。

 

「だから一人で風呂に入るなっていつもいってるじゃん。白鳥(しらとり)姉」

 

 自らの長く白い髪が絡まって、身動きの取れなくなっていた少女がそこにいた。

 

 

 

「はぁ、ようやくほどけた」

「……感謝」

 

 なでりなでりと翔太の頭に触れる白い少女。翔太の三学年上の姉、白鳥(しらとり)だった。もっとも、体質の問題で学校には通っていないが。

 透き通るような、と言うよりも実際に透き通って血管が見える白い肌。そして身長以上に伸びた真っ白な髪の少女。それが白鳥だ。先天的な遺伝子疾患で、メラニンの欠乏により日光に弱い。所謂アルビノである。

 日中は離れの地下室で寝て過ごし、日が沈んでから目を覚ます。実際のところ、太陽の下を全く歩けないと言うわけでもないが、そのために行う日光対策を面倒がって、昼間に外に出たことはほとんどない。アルビノ関係なく、出不精なだけとも言う。

 

 天窓から差し込む月光だけに照らされた浴室。白鳥の目は強い光に弱いのでいつも電気は付けない。その所為で髪を解くのに時間がかかった。

 

「なんでこんな時間に一人で風呂にはいってんの?」

 

 姉の髪を洗いながら翔太は問いかける。手慣れた所作でシャンプーボトルを消費していく。

 白鳥は髪を生まれた頃から一度も切っていない。身長を超えて伸びた髪は、今では歩くと引きずるほどの長さだ。一人で洗うには少々難易度が高く、大抵他の誰かと一緒に入浴して世話をしてもらっている。

 

「……そろそろ起きる頃だと思ったから」

「俺が?」

「……ん」

 

 その中でもメインのお世話係が翔太だった。次いで長女の鶴義(つるぎ)、次女の美羽。そこから大きく頻度は減って三女の燕、四女の鶫である。

 

「俺以外に頼めばいいのに」

「……鶴ちゃんと美羽ちゃんは丁寧だけど遅い。……燕ちゃんと鶫ちゃんは早いけど雑」

「俺は丁度良いって?」

「……ん」

 

 身体が冷めないように何度もかけ湯を繰り返しながら、「かゆいところはないですかー?」「……少し、左」と言ったやり取り以外は特に口を動かすことなく黙々と洗っていった。

 

「泡流すから目閉じてー」

「……ん」

 

 洗い終われば次はトリートメント。なじませる間に身体を洗う。互いの背中を流し合い、最後にトリートメントを流してようやく浴槽に身を沈める。

 

「はふー」

「……御苦労様」

「いつものことー」

 

 二人入っても十分な広さの浴槽で、手足を伸ばして息をつく。

 風呂の扉を開いてから40分が経過していた。今はまだマシだが、冬場に髪に集中しすぎてかけ湯を忘れると、風邪をひきやすくなるので気を抜けない。雀宮家の風邪の原因は大抵これである。でも不思議と白鳥本人は風邪をひかないのだからなんか納得いかない。

 

「……翔ちゃん、こっち」

 

 寄りかかっておいで、と手招きをする。

 

「えー」

「…………」

「うっ」

 

 少し悲しそうな目をする白鳥。

 翔太と白鳥は基本的に活動時間が異なっているため、風呂場は数少ない重なり合った時間で、貴重なコミュニケーションの機会だ。だから白鳥は僅かな時間を最大限に活かすように、スキンシップを好む。

 

「………………」

「……」

「…………………………」

「……うぅ」

「……………………………………」

「わかった、わかりました……」

「~♪」

 

 根負けした翔太が、白鳥の身体に背を預ける。慣れているとは言っても、さすがに羞恥心はある。だがそんなことはお構いなしに白鳥はすかさず胸に手を回してぎゅっと抱きつき、翔太の右肩に自らのあごを乗せてご満悦だ。ここまでされるともう諦めるしかない。姉が喜んでるならそれでいっか、と素直に力を抜いた。

 

 

 

 それから数十秒。

 

「……翔ちゃん」

 

 不意に白鳥が口を開く。

 

「ん~、なにー」

 

 脱力して間延びした返答を返す。

 

「……翔ちゃんにとって、今のこの世界は、……楽しい?」

「楽しい」

「……即答」

 

 間髪いれずの答えに少し驚く白鳥。

 白鳥には不思議な力がある。雀宮家の祀る神である朱雀に言葉を届けることができるというのが筆頭だが、それ以外にもいろいろある。

 毎年お盆辺りには11年前に亡くなったお爺さんの言葉を婆ちゃんに伝えたりしていたし、人見知りが激しく上がり症で物凄く強い鶴義が、何か騒ぎに巻き込まれて(をまきおこして)怪我をして夜遅く帰ってきた日には、薬箱を持って玄関の前に立っていたし、厨二病に見えて厨二病じゃない長男の翼が「お、俺の中の黒い衝動が!」と唸っていた時にビンタ一発で黙らせていたし、宝物をなくしたと半泣きの美羽の探し物を一発で見つけたり、髪をほどいたらどこからどう見ても同位体にしか見えない燕と鶫を見分けたり、三年生進級時のクラス替えで翔太が、アリサ・すずか・なのはと同じクラスになる事を言い当てたりと、枚挙に暇がない。普段どこで何をしているのかわからない両親の帰宅時期を知らせるのはいつも白鳥の口からだ。何の連絡もないはずなのにそれがわかり、家族も疑うことなくそれを信じている。

 

「……翔ちゃんの元の世界にないような危険も、この世界には、あるよ?」

 

 おそらく白鳥は、翔太の周りで起こった出来事についても把握しているのだろう。

 

「うん、身をもって経験した。多分俺が思ってる以上に危険なんだと思う」

 

 (ウェイブ)の起こした大波にのまれ、意識を失いかけた。あそこですずかに助けられなければ、もしかしたらあのまま…… という未来もあったかもしれない。

 

「……じゃあ」

「それでも、楽しいよ」

 

 それでも、翔太は言い切った。

 

 翔太に宿る魂は、白鳥が神に願った事によって召喚された。本来ならこの世界にいるはずのない魂。通常ではありえない危険が潜んだこの世界に呼び出した事に、白鳥は引け目を感じている。

 翔太は"魔法少女リリカルなのは"の物語をよく知らない。どんな結末を迎えるのかわからない。どんな危険があるのかもわからない。先読みして避ける事もできない。

 

 でも自分の意思で関わった。誰に言われたからでもない。偶然ジュエルシードの暴走体に襲われたからでもない。自身の異能を、幻想交差(クロスオーバー)を使うために、とある魔術の禁書目録を書き始めた時点で、翔太の意思は決定していた。

 

 この世界で生きる事を。他の誰でもない、雀宮家の末っ子として、生きる事を。

 

 

 

「だから、一つ訂正」

「……?」

 

 右肩に乗る姉の目を見ながら翔太がはっきりと宣言する。

 

「ここが、俺にとっての元の世界だよ」

 

 数瞬、固まる。その言葉の意味を理解した白鳥は、顔をほころばせ翔太にまわしていた腕に力を込めた。

 

「……んー♪」

「きつい、きついって」

 

 口では文句を言いながらも、楽しそうにじゃれあう二人は、本当に仲の良い姉弟にしか見えなかった。

 

 

 

 それから更に数分。

 温めのお湯とはいえ少々長居し過ぎな気もするが、伊達に火を司る朱雀を祀っているわけではない雀宮家。火や熱には人並み以上に強いので大丈夫だった。

 

「……翔ちゃんには、いろんな才が眠ってる」

 

 ぽそっと呟いた白鳥に、翔太は視線だけでその意を問う。

 

「……魂を持たない、空の子として生まれた事。

 ……翼ある者の神、朱雀を祀る雀宮家の血筋であること。

 ……長湯が大丈夫なのもそう」

 

 正直最後のはどうでもいいと感じる翔太。

 

「……雀宮にはいろんな秘密がある。翔ちゃんはそのすべてを知ることはない」

 

 どこか遠くを見ているかのような瞳で、確信をもった言葉を呟く白鳥。

 

「……でも、その中で、翔ちゃんのこれからの道に役に立つ事を少し教えてあげる」

 

 翔太を巡る世界は少し前に、変化を迎えていた。ユーノに出会う事、ジュエルシードと関わる事、そして魔法を知った事で。

 今はまだ小さな変化だが、きっとそれは時を追うごとにより大きな変化へと変わっていく。そんな中でも無事に家に帰ってこれるようにと白鳥は願い、翔太の力になりそうな事を語る決心をした。

 翔太は黙って頷き、白鳥の言葉を待つ。

 

「……うちには広い道場があるよね?」

「うん。でも特定の流派なんてないよね? 皆武器も動きもバラバラだし」

 

 早朝に白鳥を除く兄妹全員で道場に集まって体を鍛えるのが雀宮兄妹の日課だ。長姉の鶴義は長刀を振るい、長兄の翼は小太刀を二刀扱う。ここまでであれば翔太も雀宮家は代々剣術を扱うのかとも思ったが、それ以降がおかしかった。

 美羽は糸を操り、燕は手甲、足甲を用いた格闘術。ちなみに指にはメリケンサックが輝いている。鶫に至っては、"やがらもがら"というもはやわけのわからないものを振り回している。ちなみに白鳥は鉄扇だ。

 

「……雀宮の者は、己が扱うべき武器が、触れた瞬間にわかるの。翔ちゃんも気付いてるよね?」

「気付いていると言うか気付かない振りをしていると言うか…… というかアレは武器じゃない気がするんだけど」

 

 翔太も、己に合った武器の存在には気付いてはいる。何せ触れればわかるのだ。日常に普通にある物(・・・・・・・・・)なので、それに触れた瞬間に感じる独特な感覚にはずっと以前から気付いていた。

 ただ、それは本来武器として扱うものでなく、武器と定義するのも難しい代物だ。翔太はそれを使って鍛錬をしたことはない。鍛練中に首にかけていることはあるが、それは別の用途、というか本来の用途でしか使っていない。

 

「……確かに特殊は特殊だけど、歴代の雀宮で使い手がいないわけじゃない」

「え、ホント?」

 

 先祖が通った道ならば、武器としての扱い方や鍛錬の仕方がどこかに残されている可能性がある。自分ひとりで手探りでやるよりはよほど効率が良い。そう思った翔太は期待の眼差しを白鳥に向ける。

 

「……翔ちゃんが望むような奥義書なんてない。"あの武器(?)でこんなことをした"という逸話がいくつか残ってる」

「…………結果のみで過程はなしですか」

「……そこをどうにかするのが自分流」

 

 世の中都合のいい近道なんてそうそう存在しない。がっくりと翔太は落胆するが、できる事が見えただけで儲け物なのかもしれない。

 

「……己の武器を扱えるようになった時の強さは皆を見て知ってるよね?」

 

 雀宮家の兄弟姉妹は素の運動能力はもともと高い。だが、武器を手にしたときは更に動きの切れが増す。まるで欠落していた歯車がカチッとはまったかのように、覚醒とも呼べるような段違いな力量を見せる。

 

「まあ、確かに皆の強さは次元が違うとは思ってたけど」

 

 日々の鍛錬の様子を思い出してみる。

 武器を持った姉や兄は、控えめに見ても人間技じゃない。長姉が九頭龍閃もどきを放った時は人間を止めたと思った。同時九か所攻撃ってどこぞの門番の三倍じゃないですかと問い詰めたい。

 でもそれ以上に、長姉と同等な技を放つ兄や姉達が暴れても、道場がビクともしてないのが一番異常な気もするが。

 

「……だから翔太に合った武器で自分を鍛えて」

「アレが武器かは本当に疑問だけど……」

 

 なのはにはデバイスが、アリサとすずかには封印の杖があるが、翔太にはない。ユーノから時々教えてもらっているミッドチルダ式魔法もデバイスがないので大した成果は上がっていない。翔太の今の武器は禁書の小説だけだ。それも補充に時間のかかる消耗品。

 今まで半信半疑だったせいでソレで鍛錬してこなかったが、白鳥が必要だと言うのならば迷いなく打ち込める。

 

「……ただし、私が良しと言うまで実戦投入禁止。最低でも武器に使える強度の物が手に入ってから」

「りょ、りょうかい」

 

 技術もなければ物もない。結局今すぐ使えるようになるわけではないので現状は変わらない。一歩一歩、一つ一つ積み重ねていくしかない。

 

「……それともう一つ」

 

 翔太から身体を離し、翔太の肩に触れて向き合うように促す。

 

「どうしたの?」

「……雀宮の戦名(いくさな)を翔ちゃんにつける」

「戦名?」

 

 とても大事な事をしようとしていのを察した翔太は、背筋を伸ばし、白鳥の赤い瞳を真っ直ぐに見詰める。

 

「……雀宮には、全身全霊をもって打倒する、と決めた相手にのみ名乗る事が許される名前がある」

 

 諱、真名とは真逆の意味を持つ名前である。

 

「……魂に刻み、相手と相対したときに名乗ることで、自分の持つ力を限界以上に引き出せるようになる名前」

「それこそまさにスーパーサイヤ人みたいなもの?」

 

 その言葉にふるふると首を振って否定する。

 

「……そんな便利なものじゃない。魂に刻むということは、魂を削るということ。一生で、そう何度も使えない。不用意に名乗るとそれだけで死ぬ」

「そんなに?」

「……ある種の呪い。その分効果は絶大」

 

 いつか必ず必要になる時が来る。白鳥はそう確信している。

 本来は十を迎えたその日に家族の中の誰かによって名付けられる。その名を知るのは本人と名付け親のみ。名付け親でなければ、例え生みの親でも戦名は知ることはできない。

 でもそれでは遅いと白鳥は感じた。根拠はない。明確に何かが視えたわけではない。ただ、今名付ける必要があると感じたのだ。

 

「……力を抜いて目を閉じて。心を開いて受け入れて」

「ん」

 

 指示通りに目を閉じて、心を落ち着ける。指が額に当てられるのを感じた。

 

 

 

「……告げる。朱雀の眷族よ。

 ……己に刻め。心に刻め。命に刻め。魂に刻め。

 ……猛き名を。勇ましき名を。忌むべき名を。呪いの名を。気高き名を。

 ……遍く数多の世界を超えて、ただ一つの戦名(イクサナ)を」

 

 湯船の水が光り出す。周囲に"力"が満ちていく。

 白鳥は最初からそのつもりで湯船を清めた水で満たしていた。

 

「……刻め。刻め。戦名"―――"!」

 

 どくん、と魂が波打ち全身を震わせ、熱さ冷たさ快楽痛みが混然一体となって突きささる。翔太の意識はここで途切れた。

 

「……完了」

 

 意識を失って湯船に沈み掛けた翔太を支えながら、一仕事やり遂げたような顔で満足げに呟く。目が覚める頃には魂に戦名が定着している。

 

「……これからいろいろ大変だと思うけど」

 

 浴槽から翔太を抱きあげて、脱衣所に連れていく白鳥。その顔は優しく微笑んでいた。

 

「……頑張れ、男の子」

 

 

 

 




戦名は今はまだ秘密
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