教室を出て扉を閉めた後。
磯貝くんをあんまり良いように使うんじゃない、という意味を込めてトウヤの右手の甲を抓る。
統也の方はこれに対して烏間さんの手前騒ぎ立てることはしなかったが、抓った部分をさすりながらの苦笑いで返された。
烏間さんが校舎を出て用具倉庫の前に私たちを連れてくる。手には二つの銀色に光るアタッシュケース。
私にはトウヤほどの観察眼はない。
トウヤみたいに身なりや動き、言葉の癖などの些細な情報からどんな性格でどんな趣味趣向を持っているのか、どんなスキルがあるかを明快に言語化して導き出すことはできない。
だけど殺し屋の端くれとして、向き合った時に対象の危険度が大なり小なり分かることがある。
その判断基準は私自身にも掴みきれておらず、無意識下での感覚的なものに依るがこれがどうして割と当たる。
そんな鋭利な感覚が身についてしまうくらいには対人の経験を積んだつもりだ。積んでしまった、つもりだ。
烏間さんを見た時、一瞬『やれない』と思ってしまった。
信じられないことに殺せんせーと対峙した時以上に、私の感覚がこの人は危険だと告げていたのだ。
別に烏間さんが殺気を放ったり威嚇行動を行ったわけではない。こちらに敵意は向けていない。なのに殺せんせー以上に、ダイレクトに『やれない』と分かった。
防衛省と名乗ったということは、烏間さんは味方にあたるのだろう。
私の場合、単独での仕事の遂行が多いので今までそこまでの実力者が味方陣営にいたことは無い。大抵それほどの実力者は、ターゲットかターゲットを守護する障害のような立場にいた。
それ故に味方という立場に実力者がいることに逆に安心しきれず、統也ほどこの人と言葉のやりとりをする気にはなれなかった。
「君たちの編入予定日は四日後のはずだが。何故既に編入を終えている。」
「げぇっ、バレるの早ぁ。まだ始業もしてない朝方なのになんで分かんのさ。」
「こら、質問に質問で返すな。答えろ。」
ちぇーっ、とわざとらしく口を尖らせてトウヤが自分の頭の後ろで手を組む。
「正式に学校の方に手続きは済ませてますよ?政府の方で全部やってもらうよりも戸籍取得日に自分でやっちゃった方が早いと思って、独自に色々進めさせてもらってました。」
「編入手続きは必要書類も多い。君たちだけでどうやって」
「学校側が゛本物゛を求めたのは戸籍だけでしょう。」
「……。」
悪びれずにトウヤが言ってのける。
こういった仕事に関する交渉事や事務手続きは、こういった二人での仕事でも私単独の仕事でも基本的に統也に一任する形にしている。
特に交渉については、結果で動くものは大小さまざまなれども、方法自体は人と人での言葉のやり取りだ。
それなら私よりもトウヤの方が向いている。
「いくらそちらの方が早いとはいえ、勝手にこちらが把握していない行動をとってもらっては困る。」
「この早期の編入は仕事の成功率上昇の為でもあります。四日前に潜入すれば、チャンスが増える分達成の確率は上昇。
加えて、今回のターゲットは世界ぐるみで国家機密にされていて情報がごく僅か。弱点らしい情報に関しては皆無です。それなら、早入りして少しでも情報をかき集めるべきだ。
つまりは地球存続のために僕らはサービス早入り残業してるわけです。ほら日本人、サービス受けるのって大好きでしょう?」
「ただより高いものは無い、とも言う。一体何が目的だ。」
「やだなぁ、そんなに眉間にしわ寄せて疑わないで下さいよ。本当に邪なことは何もないですって。」
トウヤが両手を頭ほどまで上げて降参のポーズをとる。
先程よりあからさまでは無いものの、口角を軽く上げるくらいの笑みで。
「……はぁ。仕事に対する意欲が高いのは買うが、俺達も君達の動きをある程度把握しなければ迅速な支援が出来ん。
例えば、これだ。」
ため息の後に烏間さんが二つのアタッシュケースを私達それぞれに一つずつ差し出す。
「おっ、何?追加報酬?」
「違う。」
差し出されたケースのうちの一つを受け取る。あまり重くない。
開けてみると、そこには緑色のナイフが四本入っていた。
トウヤが受け取ったアタッシュケースの方には銃と小さな弾がたくさん入ったプラスチックの容器が入っている。
「君たちにも人間には無害だがヤツにのみ効く銃と弾、そしてナイフを支給する。その特殊繊維で作られた衣服のプロトタイプよりも特殊物質の配合純度が高い分、ヤツへの殺傷効果も高いはずだ。他の皆にも同様の物を配っている。」
取り出してみると、刃の感触はゴムに近くよくしなる。刃にあたる部分を手の甲に当てて軽く滑らせてみるが、肌は全く切れていない。
人間には無害、というのは本当らしい。
「うひょー!最先端技術を使った武器を無償配布だなんて、随分太っ腹ですね。ナイフも弾も、頼めば追加分支給されます?」
「ああ、なにせ地球存続の危機だ。こちらが出せるものは全て出す。」
「刃に当たる部分以外にターゲットが触れた場合でも、破壊は可能ですか?」
「ああ、持ち手部分に至るまで全て特殊素材で出来ている。」
「……なるほど。」
私の質問に烏間さんが首をしっかり縦に振って淀みなく答えた。
つまり殺せんせーに対しては触れさえすればこれは殺傷力を持つようだ。それなら武器として使うだけでなく、地面においてトラップにしても良いかも知れない。
「どうだ、やれそうか?」
「今聞かれたって、僕らが現状破壊できたのは触手一本きりですよ。すごく悔しいけど、自信を持ってはいとは言えませんね。」
「反応速度から胴体視力まで、本当に地球外レベルです。どうやって完遂しようか思案しています。」
そうぼやいた瞬間、烏間さんの目に驚愕の色が見えた。
「まさか、君たちはヤツにダメージを与えたのか!?」
「いやいや確かに与えたは与えられましたけど、たった一発だけで目的から移動ルートまでほぼ全部見破られましたよ。
こちらが生徒である限り危害は加えないって話じゃなきゃ、100%こっちが殺られて終わってるレベル。完全敗北。」
突然の烏間さんの驚愕故の気迫に若干押されながらトウヤが答えた。
トウヤの言うとおり、触れることが出来たのは初撃のみ。更に分析される隙も与えてしまっていたのだ。これを完全な敗北と言わずになんと言おうか。
「……ヤツは最新鋭の戦闘機でも傷一つつけられなかった怪物だ。それの体の一部を切り落とす事に成功しているとは、さすがだな。」
「なるほど。となると、仰々しいのは逆効果なのかもしれないですね。」
「今後は他の暗殺者の投入や3年E組の生徒に実践的な訓練も行っていく。その際には君たちに助けを乞うこともあるだろう。
こちらの都合に付き合わせてしまっているが、彼らは学生だ。本来歩むべきだった学校生活に障ることはしたくない。君たちも、生徒となった以上は同様だ。共にヤツを殺せる様によろしく頼む。」
「……。」
「りょーかいです。」
驚いた。共に、というその言葉には悪意も皮肉も混じっていなかった。
トウヤとあの人以外から、こんなに澄んだ言葉を聞いたのは久しくて
背中がぞわりとした。