『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」 作:城元太
清浄な空間であった。
この場所を訪れるのは三度目である。
紫雲の彼方に、長大な回転する二本角を持つ巨大な角竜型ゾイド、雷神マッドサンダーの姿があった。
反荷電粒子シールドの上に光背を負う貴人の影が見える。ふと貴人の影が消え、次には小次郎の目の前に立っていた。
光背が緩み、傍らより可憐な乙女が現れる。
「桔梗ではないか」
伊和員経より譲られた清楚な
「道真公、私は其処なる桔梗と共に冥界に堕ちたのですか」
「予は菅原道真などではない。捨てた名だ。些末なことである」
紫光を背負う人物が穏やかに告げる。責める口調ではないが、小次郎は敬服し言葉に従う。
「では、火雷天神殿とお呼びすることをお許しください。改めて問います。我らは死んだのでしょうか」
「ヒトとしての生命は絶えてしまった、と申し上げても宜しいかと思います」
火雷天神に代わり、桔梗が答えた。
「桔梗よ、其方も俺と同じく肉体を失った筈だ。しかしこうして心を通じて話している。
此処は地獄とも、空也上人より聞いた極楽浄土とも思えぬ。まるで三ツ瀬の河原に居るような、中途半端な気持ちだ。いったい此処は何処なのだ」
「死んではおりません、でも肉体は失ってしまい、魂のみ残っているのです。
僭越ながら、私がここに移しました」
「汝の記憶はこの女人を介し再生され、今は此の場所に仮に置かれておる」
火雷天神が補足するが、全く理解が及ばない。このような経験を何度もしてきたが、肉体を失ってまで同じような経験を重ねるとは、と苦笑する。
「お話させてください。
でも、私は小次郎様と戦いたくなかった。肉体が滅べば否応なしに新たな入れ物に移され、戦わされることを避けたかった。
偶然ですが、その時魂を移し替える別の入れ物を見つけたのです。魂を持たない空虚な入れ物、とある機械生命体のコアを」
なぜか、次第に桔梗の頬が赤らんでいく。耳たぶにも火照りを感じてか頻りに触っている。
「幸い藤原純友様より渡され、四郎様によって量子転送干渉を行えるよう改良されたタブレット端末を身近にする機会を得ました。私は能力を生かし、独自にタブレットを利用し機械生命体の中枢に侵入して神経系を解析、肉体が滅んだ後、その別の入れ物に魂を移すつもりでした。
ですが事態は急変し、小次郎様は戦いに挑み、御自身のお身体を失いました。
だから私は、私だけではなく、小次郎様の魂も一緒に移すことにしたのです……」
桔梗は恥じらいを浮かべ、顔を真っ赤にして
「メタバーコーディングと申す術を、この女人は使った。
汝の体液を採取し、それに含まれる汝の記憶と遺伝子情報を瞬時に読み取り増殖させたのだ。
汝らが接吻を交わすことによって」
思わず唇を押さえる。朧気に感触が蘇ってきた。
「……
黒い瞳を伏せ俯く桔梗の仕草は、ひどく初々しかった。
「
「惑星を救う? 火雷天神殿、それは如何なることですか。既に肉体もなく、共に戦うべきゾイド、村雨ライガーさえも失った私に」
桔梗が顔を上げる。まだ僅かに赤らんでいた。
「アーカディア號のクラスターコアに魂を移すのです。天空より飛来する『神々の怒り』に抗うため、良子様をはじめ、地上に住む全ての民を救うために」
「アーカディア號、純友殿の巨大ゾイドのことか」
自らがゾイドの意識となる。それは少年時代の憧れでもあった。
現世に遺してきた村雨ライガーの事を思い出す。そして村雨の仇である死竜の事も。
「だがまずは隕石より、地上のバイオデスザウラーを倒すのが先ではないのか」
「いまこの惑星の地殻内部に於いて、新たに十九の死竜が生み出されようとしておる」
火雷天神の言葉にまたも驚愕する。
「十九匹も。それは誠で御座いますか」
「惑星の意志は、全方位より飛来する隕石群を撃滅せんがために、必要最低限の数となる死竜を育んでおる。このまま隕石落下が続けば全ての死竜が目覚め、地表は弥勒下生の劫火に覆われるであろう」
「小次郎様、今は少しでも早く
戸惑いを隠せず、小次郎は改めて問う。
「俺に……私にそれが出来るのでしょうか」
答えを乞うべき火雷天神の姿はそこに無く、既にマッドサンダーの反荷電粒子シールドの上に戻り、去りゆく途中であった。心に声が響く。
〝平将門よ、汝に命じたはずだ。「無限の力を以て、この世界を救え」と。
人の命は尽きるとも、『無限なる力』は不滅である。
争い絶えぬ
人の心を加えた時に、アーカディアはゾイドとなり、必ずやこの惑星に未来を
雷神は消え、残った桔梗が手を取る。
「私も一緒に参ります、小次郎様」
手を繋ぎ、一歩を踏み出す。
その掌は温かかった。
坂東を目の前にして、クラスターコアがこれまでにない程の慟哭を上げた。異常波動を察知し、機関室に赴いた佐伯是基の前で、不完全であった機械生命体の中枢が唸りながら形態を変化させていく。
「これは」
絶句した後、アーカディアの神経系が表示される回路図を睨み是基が叫ぶ。
「ニューロンが一斉に発火し、途絶していた神経系が接続されていく」
状況は言葉では伝え難い。是基は艦橋にいる純友を呼び寄せた。
「何が起きた」
純友は、いつになく冷静さを欠く是基に詰め寄る。興奮を抑えきれず、是基が叫ぶ。
「〝庭の澱み〟です。アーミラリア・ブルボーザが、完全体に羽化しようとしているのです。コアに意識が流れ込んでいます、とてつもなく強い意識が」
「意識だと」
「そうです、人の意識です。人の頭脳が加わった時、アーカディアはアーミラリア・ブルボーザに非ず、ゾイドに、真核金属生命体『ゾイド』に羽化するのです」
クラスターコア全体が光を放つ。コアを中心に無数の神経索が光を伴い迸った。
黒い怪竜が坂東の空で
モーダーナンマイト
モーダーナンマイト
京の都鄙、既に地上を離れ光学迷彩に姿を消したソラシティに取り残され、この世の終わりを待つだけの衆生の中、念仏を唱えていた空也がソラを見上げた。
「台密の幣帛使よ。貴公らは一つ大きな思い違いをされておられた。
空海和尚が告げた北天竺の黄金竜『善如竜王』とは不死山の死竜に非ず、
――極楽は なほき人こそまいるなれ まがれる事を 永く留めよ――
純友殿、将門殿、この惑星の未来をお頼みしますぞ」
「あなた様」
「父上?」
陸奥に向かう関を越えた裏街道で、良子と滝姫は同時に顔を見合わせた。良子に抱かれ眠る小太郎良門も、寝ながらにして微笑んでいる。
「いま父上が……」
「滝姫、あなたもですか」
愛しい人がまるで頬を撫でていったような感覚、すぐ隣を通り過ぎたような感覚であった。
そして。
「孝子殿、夫を頼みますね」
「母上、なぜ泣いているのですか?」
良子の頬に、一筋の雫が流れていた。
擱座したエナジー
〝これはどういうことだ藤太殿。桔梗の前の諸元が全て消去されてしまったではないか〟
「何を抜かす。桔梗は死んだ。全ての経験と記憶はディグに量子転送された筈であろう」
〝送られてなど来ぬぞ。それどころか、これまで桔梗の魂を封入してきた
謀られた。
桔梗は最初から魂を戻すつもりではなかったのだと、気づいた時には手遅れであった。
通信は続いた。
〝藤太殿、至急戻られよ。内部に侵入したソードウルフとランスタッグが艦内を滅茶苦茶に破壊している。このままではディグは撃沈されてしまう。早く、早く戻ってくだされ、頼む、早く戻って――〟
短い炸裂音の後、土師からの通信は途絶した。
身体中の節々が痛む中、老将は感情を露わにし、擱座したエナジーライガーの操縦席操作盤を激しく拳で叩いていた。
「おのれ桔梗の前。おのれ、おのれ、おのれ……」
拳に血が滲む。
秀郷は、小次郎にまたも敗北した悔しさを噛み締めていた。
海賊戦艦は黄金の輝きを終える。そこには〝無限なる力〟が宿っていた。
「コア、臨界点に達しました――まだ上昇する――行けます、ウィングバリア展開、磁気推進装置出力上昇。ビームスマッシャー及び重力砲のリミッター解除。第三宇宙速度到達も可能です」
湧き上がる歓声の中、一つの悲報が純友に届けられた。
『平将門、押領使藤原秀郷及び平貞盛と坂東下総の北山の地で合戦し、討死にせり』と。
「間に合わなかった」
悔悟の念に表情が歪む。だが電撃の如く、純友の脳裏を強い意識が過った。
「そこにいるのか?」
コアの方向を振り返る。純友の動作に呼応しコアが脈動した。
純友は瞬時に理解した。
「将門だ。我が
純友の問いかけに頷くが如く、コアは力強く咆吼する。
「征こう将門、この惑星を襲う災厄を倒すため、俺と、俺たち海賊と共に。
全艦最大戦速。掲げよ、俺たちの旗を」
頭部ツインメーザーの端に〝南無八幡大菩薩〟の幟が翻った。
純友が高らかに告げた。
「アーカディア號、発進」