『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」   作:城元太

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第百四拾話(最終話)

 坂東下総。夜も更け、寒々とした茅葺小屋の灯火の下で作業を行う百姓達の人影がある。

 風が吹いた。藁を編む手を止め、互いの顔を見合わせる。

 

「聞こえたか?」

「お前も聞こえたのか」

 

 作業場にいた者が、息を潜め耳を澄ます。

 

「ゾイドの足音。これは……村雨ライガー!」

「小次郎様だ、小次郎様が帰ってきたんだ!」

 

 百姓たちが立ち上がり、風に紛れる足音を聞き分けようと試みる。

 

「おれにも聞こえる……間違いない、村雨ライガーと三郎様のソードウルフ、員経様のデッドリーコング、孝子様のバンブリアンだ」

 

「それだけじゃない、あの羽音は良子様のレインボージャーク、遂高様のソウルタイガー、そして玄明様のランスタックブレイクも」

 

 小屋の外では夜風に雲が流れているだけであった。それでも小屋にある者すべてが立ち上がっていた。

 

「みんな御無事だったんだ。生きて下総に、石井(いわい)にお戻りになられたのだ」

「そうだ、小次郎様たちは生きている。そしてまた、我らの前に戻ってきてくださる」

「それまでに、おれたちはこの大地を甦らせてみせる。小次郎様が愛し、守ってくれたこの星を」

「今度はおれたちが戦う番だ。隕石や噴火なんかに負けていられるか」

「小次郎様、いつでも帰ってきてくだされ。必ずやそれまでに、豊かな大地に戻しておきます」

「小次郎さま、どうかお元気で」

「いつの日か、戻ってきてくだされ。必ずや、戻ってきてくだされ」

「こじろうさま……」

 

 雲間から顔を出した満月の周りに、白虹が輪を成す。

 百姓衆の脳裏には、土まみれになって共に大地を耕す小次郎の破顔の笑みが浮かんでいた。

 

『俺は死んでなどおらぬ。こうしてまた帰ってきたぞ!』

 

 小次郎の力強い声が、心に響く。

 聞こえぬゾイドの足音と平将門の声に、百姓衆達はいつまでもいつまでも、耳を(そばだ)てるのであった。

 

 

 

 漆黒の虚空に虹が生じる。

 虹色の空間が球状に拡大し、球体中央の特異点より位相変換が開始された。

 

量子転送解除(エンタングルアウト)

 

 球殻が弾け、集束した光の粒子の中、四肢を後方に向け広大な両翼に赤いビームスマッシャーを備える宇宙海賊戦艦が出現した。頭部に〝南無八幡大菩薩〟の海賊旗が誇らしく靡く。

 

「エヴォルト完了、装甲再生に異常なし。転送障害なし。機関正常。コア、異常なし」

「客人たちの様子はどうだ」

「どうやら転送酔いに罹ったようです。坂東武者も、宇宙(うみ)に出ては形なしですな」

「休ませてやれ。どうせ長い旅になるのだ」

 舵輪を握る男は、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 舵を切り、黒い翼を翻す。左舷には、掌に載るほどの大きさとなった青い惑星が浮かんでいる。

「惑星Zi、所詮俺たち海賊には似合わぬ場所であった。

 これが見納めだ。嫌な星だったが、こうして遠くから眺めれば美しいものだ」

「貴方様と一緒であれば未練はありません」

 舵輪を握る純友に、媚眼秋波(びがんしゅうは)な美女が枝垂(しだ)れかかる。

「白浪、皆の前だ。あまり纏わりつくな」

「釣れないお言葉です。やっとお逢いできたと申しますに」

 妖艶な仕草で執拗に絡み付く白浪に、一頻り逡巡した後、純友は力強く抱きしめた。

「焦らずともじっくりと相手をしてやる。今は俺の言うことを聞け」

「はい――」

 火照る視線を投げ掛けつつ、美女は楚々と下がっていった。

 

 

 大宰府での最終決戦に於いて、アーカディアは龍宮の放った最後のバイオゾイド、バイオブラッディデーモンと共に爆発したかに見えた。だが幣帛使の調伏の真言に抗い唱えられた咒〝光明真言〟によって呪縛を解かれたアーカディアは、エヴォルトシステムによる再生と、量子転送による瞬間移動を同時に行っていた。

「糞坊主め、返せぬ借りを作りおって」

 純友が囁く。光明真言の咒を唱えた乞食僧の正体は、薄々察していた。

 

「最後まで、将門と桔梗の世話になってしまったな」

「その分、我らは将門殿の配下を収容したではありませぬか。さすがにゾイドまでは搭載できませんでしたが」

「挙げ句の果てが量子転送酔いか。坂東武者も災難だのう」

 唐突に艦橋後方の扉が開き、ふらつく足取りで青白い顔をした武士が現れる。

「おい純友、貴様ら何処へ向かうつもりだ。よもや坂東に戻る気ではなかろうな」

「案ずるな、もうあの星には戻らぬ。

 それにしても――玄明と言ったな。同じ藤原とはいえ、貴様の如き粗野な男は初めてだ」

「黙れ海賊」

 殴りかかる、というよりアーカディアの旋回に伴う慣性に揺られ、純友の元に向かった玄明は、取り舵をとった機体に逆方向に振られ、艦橋の左壁に吸い寄せられていった。

「操舵は荒いぞ、なにせ海賊だからな」

 口元を押さえて下を向く玄明を、慌てて手透きの艦橋待機員が医務室へ連れ出す。純友は上機嫌であった。

「して船長(キャプテン)、我らは何処へ向かうおつもりか」

 藤原三辰が副長席より振り返る。

「渡来人の故郷、銀河系対蹠点にある惑星だ」

「ブルースターですか」

 佐伯是基が身を乗り出す。

「嘗て巨大移民宇宙船、グローバリーⅢ世号が飛来した〝地球〟という惑星。そこには我らと同じ人類が文明を築いていると聞いています」

「俺たちは自由に生きる海賊だ。だがいつまでも地に足を着けずに生きるのでは、あの遊行の糞坊主と同じになる。

 俺は新しい惑星で、新しい歴史を作りたい。誰にも縛られず、自由に生きる世界を作る。それが奴の夢でもあったからな」

 純友はコアの方向を振り向き、続いて艦橋に居並ぶ海賊衆の魁師に向け告げた。

「長い旅になるが、貴様ら音を上げずについて来られるな」

船長(キャプテン)、見縊ってもらっては困る。俺たちは最早宇宙海賊なのだ。宇宙の船旅如きに音を上げる筈も無かろう」

 津時成の言葉に、艦橋に集う全員が力強く頷く。

「是基、ワームホールドライブ航法とやらは完成しているな」

「是非も無く。ただ、一つだけ問題があります」

 空間座標軸調整装置を頻りに操作していた佐伯是基は、一度作業を止めて立ち上がる。両掌を水平にし、胸の前で指の先端を着けた。

「銀河系対蹠点までの距離を移動するに当たり、空間座標の設定はコアが計測を済ませております。ですが時間軸の設定が不安定で、場合によっては数千年単位の誤差で、過去か未来かの地球に到着してしまう可能性があります」

 是基は指先が上下にずれる仕草で、時空間移動の困難さを説明する。

「宇宙の歴史から見れば、数千年など僅かな誤差に過ぎませんからね」

「仰る通りです」

 博覧強記の学士がそこにあった。

「四郎殿には算術の補助を願っておりますが、我らが求める時代に到達するとは限りませぬ。宜しいですか」

 純友は無言で、只管に前を見つめている。

「……愚問でした。ではこれより、銀河対蹠点、地球に向けて長距離量子転送を行いまする。多少の宇宙酔いは避けられぬので、坂東の方々の世話を願います。四郎殿、お仲間達を地球にお連れすることに異論ある方はなかったのでしょうか」

「我らも小次郎兄上と共に追捕官符を受けた身の上、玄明殿同様に今更地上に戻ることはできません。

 ただ、三郎兄上がこんなことを申しておりました。『俺は理想の嫁を娶るためなら、何処へでも行ってやる』と」

「お元気でなによりです。地球で嫁を見つけること、願っております。

 ゾイドコア出力上昇、ハイゼンベルグコンペンテーター作動、位相変換用意、量子転送準備完了」

「さらばだ惑星Zi、さらばゾイドの星よ。両舷全速、量子転送開始」

 人の心を得た宇宙海賊戦艦のゾイドコアが雄々しく鳴動した。海賊旗が翻る。

「アーカディア號発進。進路、地球」

 

 再び現れた虹色の球殻に包まれ、宇宙海賊戦艦は巨大な機体を瞬時に消滅させていた。

 

 

 

 惑星Ziに残った良門が入植した客人(まろうど)村は、いつしかミロード村と名を変えていった。良門(よしかど)は追捕を避ける為に読みを変え、「リョウモン」と名乗ることとなる。やがて音韻は変化し、「ファミロン」を称する一族がミロード村にて代を重ね、末裔に「ルージ・ファミロン」を輩出する家系の祖となる。海泥に沈んだ村雨ライガーは雌伏し、蘇った後に「ムラサメライガー」としてルージ少年の愛機となり、龍宮の成れの果て「ディガルド武国」と戦う。これは別の物語に譲るが、経緯を簡潔に記しておこう。

 村雨ライガーと同じく長い眠りについたデッドリーコングも、火雷天神の後裔である「雷鳴」の名を持つ男「ガラガ」に託される。

 北辰の神を祀り、九曜を紋章とする平良文の血を引く一族「木田」氏は、常陸国鹿島より得たランスタックの牧を吸収し、「キダ藩」を成立させる。後の藩主「ラ・カン」とその姪「レ・ミィ」は、村岡五郎良文の末裔である。

 武蔵武芝が仕えたことにより、製造データを残したバンブリアンはソラシティにて少数生産され、ソラの地上監察官「ロン・マンガン」に2機が譲渡された。

 ルージの剣術、及びゾイド操縦の師となる「セイジュウロウ」は、無口な故に字名である「サカノウエ」を名乗ろうとはしなかった。つまり彼は、生き延びて地上に残った坂上遂高の子孫であった。生来の寡黙さは先祖由来とも言えるが、過去に主従として仕えた氏が、再び主の血を引く少年を教え諭すことになるとは、奇妙な時代の繰り返しである。

 バイオゾイド製造に先鞭をつけたアイアンロックの里は、純友が日振島に残したサークゲノムを解析し、ついにヘイフリック限界に制約されない制式生産型バイオゾイドを完成させる。更には量産型バイオゾイドであるバイオラプター及びバイオラプターグイを大量生産し、最終的に『神の雷』と呼ぶバイオ粒子砲を持つ最強バイオゾイド、バイオティラノを産み出した。バイオデスザウラーは制御が難しく製造も困難であったため、ディガルドは生産を放棄したのだ。

 小野好古が搭乗し、純友のアーカディアと大気圏格闘戦を繰り広げた天空龍ギルドラゴンは、機体整備の為に舞い降りたアイアンロックにて自らクリプトビオシス状態となる。純友との激闘が祟り、充分な稼働が不可能となっていたからだ。再びギルドラゴンが目覚めるのは、山窩に連なる謎の美女「コトナ・エレガンス」の咒を待つことになる。

 北山の合戦にて擱座の後、再度スタトブラスト化されていた秀郷のアースロプラウネ「ディグ」は、ディガルド武国によってバイオラプターグイの母艦として再生され、ルージたち解放軍との最終決戦に投入されたのも周知の事実である。

 スカイフック「ソラシティ」がディガルドによって陥落し、再びソラノヒトが大地に足を着けて生活を始めるころ、植樹されたジェネレーターを糧に、惑星Ziは新たな創世記(ジェネシス)を刻むのであった。

 

 

 




 追記


 地球人類がワームホールドライブ技術を完成させ、グローバリーⅢ世号を代表とする宇宙移民船団を次々と出航させていた時期に、その記録は改めて注目された。
 嘗て地球には「日本」と呼ばれた国があり、古代に『将門記』という英雄の物語が残されていた。
 その物語に登場する人々と、この物語に登場する人々の名が、奇妙に付会していると気付いた者は、筆者である私を含め、極々僅かである。
 遠い過去に宇宙から飛来した者達の話が語り継がれる内、恰も古代の英雄譚として、惑星Ziの伝承が『将門記』として纏められたと考えるのは論理の飛躍であろうか?

『将門記』の冒頭は欠落し、その物語の初めに何が記されていたかは永遠の謎である。或いはそこに、遠く銀河の対蹠点より飛来した宇宙海賊達が、敢えて「藤原純友」と海賊の記録だけを消去し、残したものだと考えるのもまた、荒唐無稽であろうか。


 星は巡り、歴史は宇宙に刻まれる。
 しかし、このちっぽけな有機体〝ヒト〟と金属生命体〝ゾイド〟が紡いだ物語は、二つの青い惑星を通し、未だに語り継がれていく。

 そこに、風と雲と虹とがある限り。




           『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』(完)
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