『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」 作:城元太
瑠璃色の大気層に萌黄色の
ツインメーザーに翻る〝南無八幡大菩薩〟の文字を艦橋より凝視し、拱手した純友が呟く。
「俺たちは戻って来た。此処までは」
成層圏での緒戦は、螺鈿色の天空龍ギルドラゴンの迎撃によって撤退の憂き目に遭った。だが、小次郎の魂を得た今のアーカディアに最早仇為す敵はない。
漆黒の艦体を太陽光に晒すと、程なくしてビームスマッシャー発射口より光の欠片が溢れ出す。アーミラリア・ブルボーザを素体に構成された宇宙海賊戦艦は、植物が光合成を行う様に、装甲全体から荷電粒子を吸収する機能を有していた。巨大な艦体を維持するには膨大なエネルギーが必要となる。大気圏内で充分な荷電粒子を得るための黒体輻射を利用したリアクターシステムは、空気遮蔽のない宇宙空間に浮上したことにより、必要量を上回る荷電粒子を得ることとなる。そのため、余剰分の荷電粒子が翼より排出されたのだ。
舞い散る光の欠片の行く末、惑星表面の瑠璃色の大気層に、白い曳痕が刻まれ続けていた。薄皮の如き大気の壁は、地上を襲う流星雨に無力であり、この瞬間にも降り注ぐ隕石と衝撃波によって荒廃が進んでいるに違いない。
時折赤黒い輝線が奔る。宇宙からも目視できる、バイオ荷電粒子砲の閃光である。惑星の破滅を防ぐ術は、暫し不死の死竜に委ねられた。しかしそれは、地上の破滅をも導く諸刃の剣でもある。全ての死竜が目覚める前に、一刻も早く宇宙から飛来する災厄を阻止しなければならない。
惑星の自転に伴い、赤道上空から緩やかに湾曲した白い糸が現れた。惑星直径の数倍に及ぶ超巨大建造物を睨み、純友が吐き捨てる。
「下衆め」
ジオステーション、ペントハウスステーション、そして最も地上に近いスカイフック〝ソラシティ〟に逃げ延びた天井人の棲む軌道エレベーターは、純友にとって直腸よりはみ出た寄生虫の体節にしか見做せなかった。
民を搾取する時は傲慢に搾取し、救済すべき時には民を見捨て己の保身のみを優先し、無責任を決め込む輩が、ケーブルの節々の膨らんだ居住区に巣食っている筈だ。
純友は寄生虫の巣に向け、ビームスマッシャーを放ちたい激情を懸命に抑えていた。
アーカディアのコアが鳴動する。諭し、語りかけるように、鳴動は純友の心に響く。
「……そうだな。俺たちは地上に守るべき者を残してきたのだった。
腑抜けたソラを頼りにするのも虚け者だが、この惑星を自らの手で守ろうとする俺たちは大虚けだ。のう、同胞よ」
コアの鳴動は、怒ったようにも、笑ったようにも受け取れる。或いは単なる偶然かもしれない。奇しくも船体の揺れが終息した。
「重力圏、離脱しました」
生命を育んだ惑星の
静寂に閉ざされた虚空で、粛々と岩塊が粉砕されていく。惑星全域を遠望できる位置まで移動する間、アーカディアは進路上に浮遊する直径五尺(約2m)を超える隕石を、照準調整を兼ねて頚部に装備されたニードルガンにより掃討していた。観測された大量絶滅を導くであろう小惑星の数は九つ。各小惑星にはその重力に曳かれた星間物質が無数に付随し、小惑星落下に先行し微細な宇宙塵が惑星に降り注いでいた。惑星Zi近傍で小惑星を破壊すると、その砕片が地上に落下する危険性がある。アーカディアは充分な距離を得るため、航行していたのだった。
慣性飛行に移行し、束の間の安息を得たアーカディア艦内で、興奮を抑えられない者が一人いた。
「信じられません、既に飛来する隕石群の軌道が全て解析されていたとは」
〝庭の澱み〟を経て以降、佐伯是基は何度目の感嘆を口にしたか覚えていない。
「現在把握している破滅的な破壊力を秘めた九つの小惑星は、各々が二重小惑星の
「そんなに凄い事なのか」
「もの凄いことです」
純友と是基の、若干滑稽な遣り取りは、他の海賊衆にとって加わり難い会話であった。
「有り体に言えば、巨大隕石の道筋全てを知っているのです」
「優秀だな」
興奮した是基を前に、他に言葉が見つからない。
(
純友は出掛かった言葉を呑み込んだ。
アーカディアに意識を転送する媒介となったタブレット端末には、小次郎が北山の合戦に挑むに際し、四郎将平による隕石群飛来の軌道計算方程式が組み込まれていた。ゾイドコアと化した意識は量子転送の結果、
底知れぬアーカディアの算術能力に、純友は満足すると共に苦笑する。
「お前は様々な意味で、怪物になったわけだ」
コアの反応はない。まるで罰悪く、無言を決め込んだかの様に。
「目標座標が決定できたのは好都合です。既に第一標的を補足しております」
「煩わしい段取りが省けたついでだ、以降、各小惑星を甲乙丙丁の十干にて呼称する。これより小惑星排除を行う。全員配置につけ」
艦内に警戒警報が響き、定められた各部署に海賊衆が散っていく。表示板には、漆黒の宇宙に溶け込んだ小惑星の輪郭がありありと捉えられていた。
「皆聞いてくれ」
艦橋内に響き渡る声で、純友が告げた。
「無限の広さを持つと思えた惑星Ziは、こうして宇宙から見下ろしてみればちっぽけな球に過ぎぬとわかった。見よ、あの星の薄っぺらな大気圏を。
あの青い星の表面上で、どの様な者達が日々を過ごし、どの様な夢を抱き育くんでいるのかを思い描いてくれ。
『神』という奴は、無慈悲に地上を紅蓮の炎で焼き尽くし、全てを無に返そうと企んでいる。
俺は海賊だ、難しいことは判らぬ。だから俺は戦う。俺は『神』に対し、悪足掻きして死ぬまで抗ってやる。
俺たちの星を、俺たちの手で守るために。秋茂、操舵を頼む」
「承知」
艦橋中央の舵輪の前に、直立姿勢で身体を固定した紀秋茂が答える。
「三辰、照準合わせ、報告せよ」
「仰角、誤差修正上げ一秒角。大小ビームスマッシャー発生装置の動力安定、船長、いつでも撃てます」
「氏彦、火器調整、宜しいか」
「ニードルガンの調整及び重力砲、プラズマ粒子砲発射準備完了。先の如く出力不足などありませぬ」
「時成、標的との距離確認」
「第一標的
純友が第一標的となる小惑星を睨み付け、下令した。
「全艦攻撃開始。両翼ビームスマッシャー、撃て――」
地獄の光輪と称される荷電粒子の塊が、赤い曳痕を水平に残し虚空の彼方に撃ち出された。間髪入れず、大型の光輪を追って縦回転の背部小型ビームスマッシャーが放たれる。
接近する小惑星とアーカディアとの距離は膨大だが、相対速度も極めて高速である。粟粒のような最初の切断の閃光を目視した直後には、垂直に切断する閃光が視界いっぱいに広がっていた。大小ビームスマッシャーによって四つに切断された小惑星を、プラズマ粒子砲の高熱とニードルガンが徹底的に破砕する。
「重力砲、斉射四連」
射線上の空間を歪ませ放たれた弾道が、無数に破砕された小惑星の岩塊を散開させた。塵と化した第一標的は、漆黒の虚空に消えた。
「甲、完全破壊」
艦内に歓声が湧き上がる。アーカディアのほぼ二倍に及ぶ小惑星は、敢え無く落下軌道上から排除されたのだった。
「第二標的
作戦は成功であり、小惑星排除は難なく遂行されるかに思えた。
純友の脳裏に、一抹の不安が過る。
この程度のものが『神々の怒り』の正体なのか、と。
先程破砕した甲と、現在攻撃中の乙を合わせ、丙・丁・戊・己・庚・辛・壬の残り八つを破砕すれば全ては終わる。〝無限なる力〟を得たアーカディアの性能は圧倒的であり、小惑星の襲来など恐るるに足りぬ相手に成り下がったのかもしれないと、己に言い聞かせてみても、黒い霧の如く不気味な予兆が湧き上がってくる。
海賊としての直感であった。
「是基、周辺宙域に何か無いか探れ」
「何か、とは如何に」
「わからん、とにかく〝何か〟ある。調べてくれ」
極めて要領を得ない指示にも関わらず、佐伯是基は忠実に、可能な限りの探索を試みるのであった。
「
第三標的を順調に破壊し、アーカディアは誇らしげに翼を振る。是基からの報告はなく、純友は心の中で、予兆は杞憂であったに違いない、と思いはじめていた時だった。
「船長!」
口調だけでわかる。是基が凶事を見つけたに違いない。それも、とてつもない凶事を。
「シンチレーターが三世代全ての膨大なニュートリノを検出しました。観測の結果、銀河系辺縁付近に肥大化した赤色巨星を発見、既に
「ガンマ線バーストだと」
是基ほど詳しくはないが、純友も概要は聞き知っていた。
「ブラックホール生成時に現れる、宇宙最大の爆発現象です」
形の見えない真なる『神々の怒り』の脅威に、さしもの宇宙海賊も戦慄した。
惑星Ziどころか、ゾイド星系全てが破滅される、と。
一度爆発が起これば、数十光年範囲の星々を焼き尽くし、生命どころか大気組成さえも根こそぎ吹き飛ばす現象。発生は突発的で、外宇宙に目を向ければ凡そ百年単位で観測されるが、一つの銀河に限定すれば、数千年に一度とも、数万年に一度とも言われる希有な出来事である。是基の顔にありありとした絶望が浮かぶ。
「ヒトの全てが死滅します。残る生命体は、惑星裏側のゾイドだけかもしれません」
思わず純友は呟いた。
「同胞よ、俺は今、何をすればいいのだ」
コアが鳴動する。
徐に翼を翻し、アーカディアが残る六つの小惑星へ向け変針した。