『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」 作:城元太
亜光速で飛来するハービック・ハロージェットは、ブラックホール中心軸の歳差運動より、確実に惑星Ziを照射範囲に捉えると予測されていた。
極超新星爆発によって生成される破滅の洗礼が惑星を覆うのは一瞬に過ぎない。しかし、刹那の照射であっても生命を根絶やしにするには充分な時間である。唯一の幸運は、ジェットを噴出する軸線に捻じりモーメントが働いていたため、アーカディアが惑星Ziとガンマ線バースト飛来面との間に割り込むだけの時間的猶予が与えられたことだった。
大気抵抗の無い宇宙では、機体の進行方向と機首の向きは無関係である。アーカディアを中心として、八機のスターウルフが円形の編隊を組み、惑星の公転軌道に沿って横向きのまま慣性飛行を行う。
誘導フィラメントとしてフェムト秒レーザーと呼ばれる短パルスのビームが、アーカディアからスターウルフに照射された。
「プラズマ・リフレクター展開」
レーザー誘導の八本の線条が放射状に伸びる。セルフチャネリング効果(※プラズマの集束)により横糸が蜘蛛の巣状に縦糸を繋ぎ、広大な楯を形成する。
第二次惑星Zi防衛作戦に於いて、本来アーカディア號を覆うべきウィングバリアとの混同を避けるため、電磁防壁には〝プラズマ・リフレクター〟の呼称が与えられていた。
「到達予定時刻は」
「あと半刻(※1時間)程。電子ジェットのバウ・ショックによる、オールトの雲由来の
「来るのだな」
「来ます」
艦橋に集う海賊衆の魁師全員に緊張が奔る中、純友の脳裡には詮無い望みが浮沈していた。
(ギルドラゴンとの共闘があれば、防御戦略も変わったはずだろうに)
軌道エレベーターという寄生虫の胎内に引き籠もったソラに、最早期待はなかった。肥大化した官僚制は、前例の無い事態に即応できない。破滅が
『民を見捨てた
宇宙海賊戦艦アーカディアのコアの声が聞こえる。
「俺にも〝無限なる力〟は扱えるのだろうか」
恐れを知らぬ海賊頭も、惑星存亡をかけた攻防戦は、鋼鉄の意志を揺るがしていた。純友の眼前で、アーカディアとスターウルフの展開した蜘蛛の巣状のプラズマが、各機体を中心に円を描き始める。
「貪狼、巨門、禄存、文曲、廉貞、武曲、破軍、輔星の各スターウルフ及びアーカディア、プラズマ・リフレクター展開完了」
八つの小円と一つの大円。太極と北斗を示す巨大な九曜の紋章であった。報告に無言で頷き、殲滅の光が到来する虚空の果てを睨む。
現存する生物種が経験したことのない未曾有の大災厄に、無法者と蔑まれる海賊が敢然と立ちはだかる。
それこそが、ヒトとゾイドとの最後の希望であった。
惑星Zi表面は末法の世に陥っていた。
平衡状態のオールトの雲への衝撃的な摂動が、内惑星系への激しい彗星シャワーをもたらす。恰も数十億年前の冥王代、岩石惑星形成期の隕石重爆撃期を想起させる激しい流星雨が地上を襲う。
衝撃波の伝搬により、パルス状に増加する過剰気圧は構造物を薙ぎ倒し、閃光を間近に見た者は角膜に炎症を起こし多くが失明した。
行き場無く人々は逃げ惑い、石造りの家屋が燃え上がる。隕石を撃ち落とすことのみに執着するバイオデスザウラーは、人の生命など拘らず無差別にバイオ荷電粒子砲を撃ち放つ。
デルポイ、エウロペ、ニクス、テュルク。惑星Zi全域に流星は降り注ぎ、刺激を受けた地殻が火山活動を活性化させ、内に外に惑星を焼き尽くす。東方大陸とて例外ではなく、都のある畿内はもとより、海道も坂東も劫火に覆われ、赤黒い閃光の先端は陸奥の地にも達していた。
陸奥の地で、少女が流星と閃光を見上げていた。
少女は呟く。
「私たちはみんな死んでしまうのですか。母上も、小太郎も、ゾイドたちも、全部ぜんぶ」
無垢な瞳は曇り、絶望に
傍らに、幼子を抱えた母親がいる。美しい女性であった。凜とした瞳は輝きを失っていない。
「姫の父は、誰よりも何よりも、強くて立派な方です。私たちもこの惑星も、きっと守ってくれます」
少女の母は、揺るがぬ希望を持っている。母は父に劣らず、強い人間であった。
「最後まで信じましょう」
「はい」
少女の瞳に輝きが蘇る。
「父上を信じます」
振り向いた少女の顔は、驚く程に大人びている。
母は、母が思う以上に、娘が成長していたことを知った。
「ギルベイダーさん、みんなを守ってください」
祈りを捧げる少女の見上げる先、天空に霰石色の九曜紋が輝いていた。
惑星を覆う巨大な九曜紋が太陽風を浴び、鮮やかなプラズマシートを伸ばす。壮大なオーロラ発生の前兆である。
「光度急激上昇、ドップラー・ビーミング確認。ガンマ線バースト到達まで、あと
舵輪を握る紀秋茂の言葉の後に、虚無空間の静寂が海賊衆の耳朶を打つ。
「到達の刻限です」
宣言の後も、静寂は続く。展開したプラズマ・リフレクターに変化はない。誤差により到達は遅れた。海賊衆の内に予断が生じた。
鉄槌で艦全体を殴られるが如き衝撃が轟く。警報が鳴り響き、艦内は騒然となる。
「ガンマ線バースト、到達」
プラズマ・リフレクターの展開範囲を遙かに上回る荷電粒子の奔流、ハービック・ハロージェットのバウ・ショックが、虚空に描かれた九曜紋を直撃した。
「リアクター出力、全開」
ガンマ線バーストの光圧は、電磁障壁ごとアーカディアを押し潰す。後肢付け根の磁気振動装置噴出口から青白い炎が伸び、足場の無い空間に死に物狂いで機体を留めようと足掻く。
覚悟していたとはいえ、ガンマ線バーストの威力は強大であった。
忽ち九曜紋の端の小円に亀裂が生じる。
「プラズマ・リフレクターに侵食痕発生。巨門、禄存、文曲。
「鬼門か。コアの限界までチェンバー内の圧力を上昇、今は耐えろ、何としても守り抜くぞ」
純友に従い、コア出力は危険域を超える。依然、プラズマ・リフレクターとガンマ線バーストとの鬩ぎ合いは続く。
「まだ照射は終わらないのか」
「
「障壁、侵食拡大」
刹那の照射は、無限大にも思える時間であった。
「限界です。リフレクター、破られます!」
悲痛な絶叫に、純友は言葉を失った。
(所詮、陳腐な海賊風情には、守れないのか)
星の最期。種の絶滅。無慈悲な神々は、生命の血肉を生贄に欲する。
反荷電粒子の奔流に翻る〝南無八幡大菩薩〟の旗も、引き千切れんばかりであった。
涼やかな少女の声が聞こえた。
『ギルベイダーさん、みんなを守ってください』
流紋の端に、壮大なオーロラが出現する。光の
純友は幻を見た。だが幻と呼ぶには、あまりに明瞭であった。
巨大な二本の角を持つ雷神が、アーカディアに寄り添う。反荷電粒子シールドの上に、光背を負う貴人の姿が見える。
「火雷天神、道真か」
周囲が暗転した。純友の意識に直接語り掛けてくる。
『純友殿、〝無限なる力〟は不滅です』
「俺はこの星を守りたい。例え明日滅びると知っても、命を育む大地を救いたいのだ」
偽らざる想い。異空間の中、姿を現さない
『強き意志は言霊を介し、必ずや救いを齎します。告げる声を失った故、私に代わって詠じてくだされ』
純友の心に一つの言葉が宿った。
「――これを、声に出せばいいのか」
『無限なる力が、必ずや助力してくれます。最後に私の願いを聞き届けてください。
どうか、我が妻子をお頼み申します』
「船長、ご無事ですか!」
永遠に思える一瞬の後、純友の意識は再びアーカディアの艦橋に戻っていた。気付けば船長席から投げ出され、軽い脳震盪に陥っていたらしい。
その時銀狼は、滑らかに、踊るように、意志を持つ獣となって旋回を開始していた。
「全スターウルフ、アーカディアを中心に縦旋回。
暴走です、〝桔梗の前〟が自律稼働を行っています……ああっ!」
「状況を報告しろ、何が起きた」
「回転が侵食箇所を補っています。プラズマ・リフレクター位相変換、出力倍化、いや、三倍……十倍……無限級数的に上昇!」
虚空に描かれた九曜紋が変化し、虚空に壮大な流紋が描かれる。
〝九曜〟から〝流れ三つ巴〟へ。降り注ぐ極超新星爆発の荷電粒子を流紋の渦が弾き出す。
純友の脳裏にあの言葉が浮かぶ。
言霊の力など信じてはいない。だが
純友は叫んだ。
「発動、〝オーロラ・プラズマ・リフレクト〟」
無限なる力と人の意識。アーカディアとスターウルフ、そしてマッドサンダーが生み出した、究極の盾であった。
三つ巴の流紋が虹色に輝いていた。