『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」 作:城元太
宇宙に開いた虹色の傘に白雪が舞い散る。中和され、六花の結晶の如き可視光となった荷電粒子の残滓が、プラズマ・リフレクターの縁から宇宙の果てへと流れていく。
やがて雪は止み、虹色の傘も消えた虚無の空間には、
「スターウルフ、耐久限界超過――ありがとう〝桔梗の前〟」
役目を終えた狼は銀色の細片となり、流星となって消えていった。
「
第二次惑星Zi防衛作戦の任務完了が告げられた。静寂に包まれていた艦内に、一斉に歓喜が広がる。声にならない声、喜びを超えた喜びが、宇宙を漂う海賊戦艦で爆発した。怒濤の歓声が湧き、互いに母星を守り抜いた偉業を讃え合う。
熱狂に包まれる海賊衆達が、歓喜の輪の中心に居るべき人物が欠けていることに気付くのは、暫く後のことであった。
「船長は何処へ行ったんだ?」
その時純友は、一人コアの前に佇んでいた。
「同胞よ、よくぞ耐えてくれた。礼を言う」
コアだけが脈打つ機関室で、純友は手にした碗に濁り酒を注ぐ。
「……わかっているさ。次は地上に戻り、あの死竜を退治せねばならん。まだまだやらねばならぬ事は残っている。
だが今は、お前と、桔梗の前のために、酒を手向けさせてくれ」
白濁したエタノールを満たした器を高々と掲げ、刹那の瞑目の後に一気に飲み干す。
「俺たちは、『神』に勝ったのだ」
目頭に熱いものが込み上げる。純友の満ち足りた笑顔を前に、人の魂を宿したゾイドコアは、淡々と脈動を続けていた。
惑星Ziの大量絶滅は阻止されたが、軌道エレベーターにまで電磁障壁の防御が及ぶことはなかった。元来それは、小惑星衝突から逃れるために建造された施設であり、宇宙放射線への遮蔽対策は不完全であった。膨大に降り注いだ中性粒子やニュートリノは、成層圏外のジオステーションや、ケーブル末端のペントハウスステーションを構成する金属材に衝突し、励起された金属元素より生じた夥しい重粒子線を施設内部に撒き散らした。
施設そのものが電磁調理器と化し、内部の蛋白質の塊を瞬時に沸騰させた。地上を少しでも遠く離れようとした者達の末路。権力に驕り、自己保身のみを優先した為政者達の骸は、土に還ることも叶わぬまま、半永久的に軌道エレベーターの末端に放置される宿業を負わされたのである。
生き延びたのは、地表近くを浮遊していたスカイフック〝ソラシティ〟に避難した一握りの選民のみ。皮肉にも天井人としての地位の低さが幸いした。その中に、眼下の惨禍より、頭上の宇宙を頻りに見上げ続ける者がいた。
「ギルドラゴンはまだ出撃できぬのか」
〝藤原純友への追捕官符を要請して居る最中である。貴君も朝廷が混乱しているのは存じておろう〟
駿河で釘付けとなった征東軍、源経基と全く同じ葛藤を、追捕使小野好古も味わっていた。壊滅的な被害を被っても、ソラの悪しき官僚制は屹立する軌道エレベーターの如く揺るぎなかったのだ。
「せめて、不死山の死竜を食い止めることは出来ぬのか」
〝幣帛使の管轄である。承認は不可である〟
「
「温羅の動向は掴めるか」
操縦席に座る藤原
「惑星Ziの重力圏外で、何らかの膨大なエネルギー障壁を展開したことまでは察知しましたが、それ以上のことは不明です」
ソラシティからもプラズマ・リフレクターを展開する様子は観測できたが、アーカディアが艦体を
「地上の惨劇全ては、海賊共の仕業に違いない」
好古が声を張り上げる。名家小野家を継ぐ聡明な追捕使は、敢えて周囲のギルドラゴン搭乗員達に海賊の悪行を喧伝した。「現体制の破壊者を、英雄にしてなるものか」。腐った果実であっても、破裂すれば果肉片が汚濁となって飛散する。
「貴様ら海賊どもが世を変えることなど出来はしない」
好古は誰にも聞き取れぬ程の声で吐き捨てていた。
【リソスフェアでのゾイドコア、十九箇所全てに於いて反応消失】
【パイロバキュラム、クリムゾンヘルアーマー精製を停止】
【アセノスフェア内部のオーガノイド・モルフォゲンの消滅を確認】
【不死山以外でのバイオデスザウラーの発現を認めず】
【追捕使の小野好古より『純友暴悪士卒』の太政官符とギルドラゴン出撃の要請あり】
【坂東での騒乱は終息した。追捕の太政官符は左中弁(※太政官左弁官局の次官)の藤原
ソラを侮ったことを悔やむがよい】
紺碧に染まる大洋に、断熱膨張に燃え上がる繭に包まれた怪竜が降下する。ウィングバリアを開放すると、潮風に〝南無八幡大菩薩〟の海賊旗が誇らしく棚引いた。
「俺たちは帰って来た」
眼下に広がる大海原は、惑星を守り抜いた海賊衆を讃え輝く。水煙を上げ着水すると、暫し波浪の
「一度日振島に戻り、艤装作業を行うべきでは」
藤原三辰が損傷個所を確認しつつ、純友に告げる。
「艦体補修をしている暇はない。リアクター出力が回復次第、死竜を討つ」
純友が睨む先、水平線上には薄く駿河の地が浮かぶ。山体崩壊を起こした歪な不死山を離れ、全身を灼熱の溶岩装甲で覆われた死竜が陸奥の方向に進んでいた。
死竜は迷走していた。惑星の本能が生み出した究極の抗体は、迎え討つべき災厄を失い、存在意義をも失った。
宇宙の摂理は無慈悲である。
究極の抗体は、地表の生物種の保全など眼中に無い大量殺戮の権化へと凋落していた。九つの小惑星群を撃ち落とし損ね、胎内に蓄積していた熱量は無秩序に暴走を始める。恰もマクロファージへ移行した白血球が肉体の異物を取り込み自壊するが如く、バイオデスザウラーもまた、自ら放つ熱によって自壊を強いられている。異なっているのは、予め崩壊を決定付けられているアポトーシスではなく、癌化した細胞が壊死するネクローシスであることだった。
「出力回復しました。ですがこの状態で、死竜に勝てるのでしょうか」
「勝敗の問題ではない」
三辰の問いに純友が笑う。
「俺は『我が妻子をお頼み申します』と乞われた。
俺は約束を果たすために戦う、それだけだ。アーカディアを離水させよ」
傷を癒やす暇も無く、満身創痍の海賊戦艦は再び新たな敵に向かって浮上し突入していった。
巨大な宇宙海賊戦艦アーカディアの全長の更に七倍、体躯は五十倍以上となる死竜が、東方大陸の背骨たる奥羽の中央山脈を越えていく。しかしその蠢動に覇気は無い。上空を旋回するアーカディアの下で、バイオデスザウラーは体組織崩壊の時期を迎えていた。
「ヘイフリック限界だ」
平穏を取り戻した世界での存在を許されぬ、異形の生命体の哀れな末路であった。赤い密雲が千切れ雲となり低空を流れるように、役目を失った死竜は溶岩色の流体金属装甲を垂れ流し進む幽鬼となっていた。平衡感覚を喪失したらしく二足歩行が適わず、山脈に這い
目に見えて破壊力は衰えていた。金属粒子を含む森林が燃え上がることは稀で、死竜が動く毎に、多量の流体金属が腐敗した肉片の如く千切れていく。
直上のアーカディアに気付き、口蓋を真上に向ける。赤黒い閃光が黒い怪竜を包むが、プラズマ・リフレクター展開によって弱体化したウィングバリアでさえ、もはや貫くことも出来なかった。
「引導を渡してやる。ビームスマッシャー連続発射用意」
熔解する死竜の真正面に、海賊旗を靡かせ黒い怪竜が低空に舞い降りた。
砲門の照準を定める。既に死竜は、バイオ荷電粒子砲さえ放とうともしない。
「二度と目覚めるな。全砲門一斉射撃、撃て――」
純友の下令とともに、ニードルガン、重力砲、プラズマ砲、そして大小のビームスマッシャーが一斉に撃ち込まれた。
地獄の光輪に切り裂かれ、巨体が山津波と火砕流となって崩壊する。
全身より蒸気と噴煙を揚げ、断末魔のバイオ荷電粒子を放っていた。不死山より産み出された死竜は、海賊戦艦アーカディアに看取られ沈んでいった。
「同胞よ、約束は守ったぞ」
純友は期せずして、声に出していた。
小惑星群、ガンマ線バースト、バイオデスザウラー。
全ての脅威は排除したはずだった。
だが、『神』をも上回る最悪の敵が残っていた。
アシャアシャ ムニムニ マカムニムニ アウニキウキウ マカナカキウキウ
トウカナチコ アカナチアタナチ アダアダ リウズ キウキウゾリウ キニキニキニ
イククマイククマ クマクマキリキリキリ キリニリニリ マカニリ ソワカ
「
白い天空龍の周囲には、
「好古め、今頃になって……」
ギルドラゴンとバイオメガラプトル・グリアームド、そしてサラマンダーが海賊衆の前に現れた。
ヒトにとって最強最悪の敵は、ヒトであった。