『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」   作:城元太

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第百参拾六話

 擱座し放棄された陸上空母ディグの傾斜した飛行甲板の上、青い虎が佇む。

 隕石落下によって舞い上がったエアロゾルが、赤く月光を染める中、攻め寄せる無数のブロックスゾイドを蹴散らし続けている。

「ついに我一人となったか」

 小次郎の配下でも特に精強を誇る坂上遂高の、ジェットレイズタイガーの孤軍奮闘であった。ディグ艦内に消えた藤原玄明と三郎将頼は戻らず、逃げ延びた筈の興世王達とも連絡は途絶えたままである。無数の流星が降り注ぎ、地表は死竜によって荒廃し果てた。主君小次郎が閃光の中に消えたことも分かってはいたが、無骨な俘囚の武士は、それでも尚戦い続けていたのだ。

 飛躍したウネンラギアを前足で一蹴し、傷だらけの愛機を労る。レッゲルも切れかけ、機体疲労も限界を超えている。そして同様に、遂高の肉体も限界であった。

「ここは客人(まろうど)村ではないか。北山合戦場から随分と離れたものだ」

 位置情報を確認すると、戦闘によって合戦開始場所より大きく引き離されていた。甲板上から赤く染まる水平線を望む。

「あれは……村雨ライガー!」

 大利根河口の水面(みなも)に、碧い獅子と黄金の鬣が浮沈する。エヴォルトシステムの再生機能によるものか、破砕されたはずの頭部装甲や風防は元の通りになっていた。

 小次郎とは片時も離れず過ごした機体であったが、主君を失ったいま、茫漠と大利根の流れに機体を委ねている。乗り手を突然失ったゾイドは、次の搭乗者を容易に受け入れはしない。特に村雨ライガーの如きゾイドであれば尚更に。

 蕩々と流れる大河の水に、諸行無常を噛み締める。遂高は、思わずジェットレイズタイガーを顧みた。

「短い付き合いであったが、奈落の底まで伴を頼む」

 操縦席の操作盤を撫でると、愛機が低く唸る。

 遂高が絶叫した。

 一斉に攻め上がる伴類ブロックスの中心に、翼を持つ青い虎は埋もれていった。

 

 

 白い天空龍と黒い怪竜との二度目の対決は、互いに背後を狙う激しい空中格闘(ドッグファイト)になっていた。要塞規模の機体にも関わらず、ゾイドという特殊性により両機は固定武装しか装備していない。設定運動速度性能(コーナーヴェロシティ)を向上させたとはいえ、大気圏外の宇宙放射線に晒され機体の剛性が著しく劣化したアーカディアに対し、ギルドラゴンは無傷である優位を生かし追い縋る。延々と横たわる死竜の骸の上空を、赤と青の光輪が唸りを上げて飛び交っていた。

 サステインドGターンを行ったアーカディアの機体が一斉に悲鳴をあげる。瞬時に展開したウィングバリアが青い光輪を弾き飛ばすが、波長の強い青い荷電粒子の塊は、相次ぐ激戦を経て気息奄々となった海賊戦艦の電磁防御障壁に深々と亀裂を刻む。空かさず、竜と龍とに比べれば三尸蟲(さんしのむし)の如き微細な機体が、切り開かれた亀裂の間に捩じり込んだ。

 

 リウムリウムリウム リウマリウマ キリキリ キリキリ キリキリ

 クナクナ クナクナクナ クトクト クトクト クルクル クルクル

 

 全身の光装甲を拡散させ亀裂を押し広げ、機体の数倍に広がった間隙に、鋼鉄の翼竜が間髪入れず滑り込む。

「バリア内部にサラマンダー侵入」

 紡錘状に展開する電磁障壁とアーカディア本体との広大な空間に、気流剥離を物ともせず翼竜が並び飛ぶ。数機が同時に怪竜の関節部を狙い、口吻より一斉に火焔放射攻撃を開始した。

「後肢付け根に異常発生、駆動不能です」

 艦橋の表示板に次々と点灯する赤い警告文字を小野氏彦が読み上げる。脆弱な関節への火焔放射攻撃集中は極端な温度差を生じさせ、アーカディアの運動神経とも呼べる情報伝達機能を途絶に導く。骸骨竜と翼竜の執拗な攻撃により旋回性が低下した隙を衝き、白い天空龍が背後に迫る。

「流石は名家小野氏の嫡流、一筋縄では行かぬか」

 船長席より立ち上がった純友が、拱手を解いた。

「秋茂、操舵を代われ。お前は予備のスターウルフを発艦させ、サラマンダーとバイオメガラプトル・グリアームドを討て」

「船長。その役目、是非とも我に」

 副将として射撃管制を担っていた藤原三辰が名乗り出る。

()の光る骸骨竜には遺恨がありまする。今一度、我に彼奴(きゃつ)を討つ時宜を与え頂きたく」

「やれるのだな」

「是非も無き事」

 目配せと共に紀秋茂が射撃管制席に着くと、入れ替わりに格納庫に向かう三辰に、佐伯是基が声をかけた。

「こんなこともあろうかと――例の装置をストームソーダージェットに仕込んでおきました」

(かたじけな)い」

 背中越しに片手を振り、三辰は艦橋を後にする。互いに己の成すべき役回りを知る海賊衆は、これが最後の戦いになることを悟っていた。

 操舵に立ち、舵輪を握る両腕に力を込める。

「同胞よ。俺に力を貸してくれ」

 コアの慟哭が艦体を貫く。ピッチ・バックに伴う激しいバフェットを圧し、青い風防に黄金のドラゴントライデントを燦めかす白い天空龍へ舳先を定めた。程なく漆黒の翼を翳す翼竜が、星紋を描いた銀狼一匹率いて海賊戦艦の格納庫より射出されるのを見送った。

「今度こそ終わりにしてやる。終わりにして、俺たちの理想郷を築くのだ」

 その時唐突に、弧を描く地平と水平線の彼方より見慣れぬ歪な金属の塊が飛来するのを目にする。

「機体識別。飛来物を解析しろ」

 純友が指示する最中、塊がウィングバリアに接触した瞬間、激しい閃光を発し電磁障壁を相殺消滅させた。アーカディアを揺るがす衝撃波が襲う。

「被害状況を報告」

 赤い警告文字が更に増殖し、操作盤を扱う氏彦が悲痛な声で告げる。

「右前肢のチタンクロー、及び右翼内側の重力砲砲身が欠損。ただの砲弾ではありませぬ。強力な破壊力だけではなく、明らかに指向性を有している」

「誘導兵器には見えぬが……」

 飛来する塊を捉えた映像に目を凝らし、秋茂が頻りに首を傾げる。

「バイオゾイドだ」

 驚異的な動体視力により、飛来する塊の正体を看破した。純友の双眸には、凶悪な眼光とバイオゾイドコアの鈍い光が映っていた。

「バイオゾイドを撃ち出している。どの様な(からくり)かは知らぬが、流体金属装甲の崩壊熱を炸薬替わりに利用しているらしい。先程のような攻撃を受け続ければ、この艦とて無事では済まぬ」

「射出方向特定できました」

 純友が問う前に、是基が声を上げる。海賊衆の結束は固い。

「申せ」

「赤道方面、筑前の大宰府に違いありません。嘗て大質量射出装置(マスドライバー)が運用されていた宇宙港跡地です」

「ソラの連中か――いや、今地上に残っているのは龍宮だな。年代物を引っ張り出したか。進路変針、筑前に向かうと三辰のストームソーダーに通達せよ。最大戦速でギルドラゴンを振り切る。好古との戦いは後回しだ」

 バイオゾイドの塊が降り注ぐ赤道方向へと海賊戦艦は変針した。磁気振動装置が青い炎を噴き出す。

「龍宮の根城を叩き潰す。将門、共に征かん」

 最終回避運動(ラスト・ディッチ・マニューバ)によってギルドラゴンを振り切ると、光の矢と化した黒い怪竜が飛び去って行く。残された空域に、透き通った真紅の翼を得た翼竜が立ち塞がっていた。

「是より先は我を斃してより進むが良い。だが容易に討たれる心算(つもり)もないぞ」

 銀狼スターウルフは果敢に白い天空龍に向かう。そして真紅の翼――フレイムスラッシュスシステム――を発動させたストームソーダージェットFSVが、仇敵バイオメガラプトル・グリアームドへ吶喊した。

 

 

 筑前国博多津大宰府にて、大質量射出装置(マスドライバー)の再稼働が為されていた。軌道エレベーター建造に際し、事前に惑星軌道上にケーブル懸架用のジオステーションを設置するため使用された重量物打ち上げロケットの発射施設が残されていたのである。

 だが今発射台に装填されているのは、軌道駅舎(ステーション)への補給装備(Heavy-Launch Vehicle)に非ず、流体金属の塊、歪んだバイオゾイドの〝成り損ない〟であった。

 醜悪な塊であった。頭部が胴体にめり込み、左右不均等の四肢が貼り付いている個体、脚部一本だけが異様に伸びている個体、中には右腕だけを揺らしながら奇声を発する個体もある。

 フリークス。戦場に投入することのできなかった奇形腫のバイオゾイドを、質量兵器として砲弾代わりに射出している。装置の末端に整列するシーパンツァー部隊の搭乗席で、赤銅色の肌の老海賊が呟く。

「龍宮も罪深き所業をするものよ。バイオゾイドへの〝成り損ない〟を質量爆弾として扱うとは」

「いやはや我らには慮外のことでありますなあ、恒利殿」

 神妙な物言いに応じた藤原成康は、嘗て純友の副将であった藤原恒利の笑う貌を見る。摂津でのバックミンスター・フラーレン輸送船団強襲作戦の際、播磨介島田惟幹(これみき)の操るバイオトリケラに敗れたと見せかけ、巧妙にソラの側に寝返った、元鴻臚館(こうろかん)貿易商人の海賊である。

木偶(でく)同然のバイオゾイドに自爆機能を仕込み、粗雑な土魂(つちだま)を載せて温羅へ撃ち込む。〝桔梗の前〟という優秀な頭脳を失った以上、他に使える手段も残っておらぬのだ。

 だがこれは純友を誘き寄せるには最善策。バイオゾイドの巣が未だに残っていると知れば、止めを刺さんと必ず此処に来る筈。それまでに、征西軍のゴジュラス部隊も到着するであろう。

 純友殿。貴方への引導は、この藤原恒利が渡してやろう。安心して瀬戸の海賊衆を束ねてみせようぞ」

 

 老人特有の渇いた声で嗤う恒利が、アーカディアとギルドラゴンの戦闘空域に向け、バイオゾイドの塊を撃ち放ち続けていた。

 

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