『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」   作:城元太

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第百参拾八話

 まるで祝福するが如く、細やかな花火が打ち上がる。

 装備するバスターキャノンの砲火は、まだ空飛ぶ海賊戦艦に到達することはない。ゴジュラスギガの操縦席で、源経基は己の徒労に猛烈な虚無感を味わっていた。

「俺は将門に雪辱を果たしたかっただけだ。だが将門は、征東軍が死竜に二の足を踏んでいる間、俵藤太と平貞盛に討たれてしまった。返す刀に海賊討伐を命じられ、我らは無明の侭、東奔西走させられるのみ。武士(もののふ)は、ソラや龍宮の(さぶらい)としか見做されておらぬ」

 ギガの風防越しに見廻せば、他のゴジュラスやゴルドスが射撃に狂騒し、己の行為に疑念を持つ様子は覗えない。

「なぜ海賊を、藤原純友をそこまで厭う」

 不死山の死竜の顛末を見てきた経基にとって、為政者の思惑は薄々察していた。

 民を思った将門も、惑星の行く末を案じた純友も、既存の枠組みを破り戦った。枠をはみ出した英雄を、既存の権力者は忌み嫌う。(さぶらい)は都合よい手駒の一欠(ひとか)けらとして(ないがしろ)にされ続ける。

「この処遇は何だ。藤原純友はこの惑星を守るため、誰に誇ることもなく、襤褸襤褸になって戦った。ソラも龍宮もそれを知っているのに認めようとしない」

 幣帛使は手段を選ばず、只管に海賊を調伏しようとする。眼前には、真言の称名に合わせて怨霊が(おぞ)ましい巨体を揺らしている。

「あれではバイオデスザウラーと同じではないか」

 咆哮と共に、溶岩色の流体金属がバイオデーモンの口腔より吐き出された。口角の端より唾液のような粘液を滴らせ、頭上を舞うアーカディアに撃ち放つ。反動で異臭漂う粘液が周囲に飛び散り、濛々と湯気をあげる。幣帛使に操られる血塗れの怨霊は、もはや従順で憐れな家畜であった。そしてその姿が、己自身に重なっていた。

(いず)れの日にか、武士(みずか)らが(まつりごと)を行わねば。それを将門への最高の雪辱とせねばならぬ」

 やがて後裔が鎌倉の地に政権を打ち建てることになるのを、清和源氏の祖、経基は知らない。

 

 

「目標〝寄せ集め(バイオ・デーモン)〟、重力砲、撃て」

 純友の下令と共に、残されていた左翼重力砲がバイオデーモンに発射、命中する。瞬間的な気圧の低下と共に、質量を失った血塗れの巨体が浮き上がりかけた。だが赤い怨霊は、口吻を直上に向けマスドライバーを連射した。地表を離れかかった四肢が射出の反動により再び大地を踏み締める。幣帛使に操られる怨霊は、重力と加速が等価であることを認識していたのだ。

「ビームスマッシャー連続発射」

 破壊された右翼を除き、赤い光輪が三つ射出され、バイオデーモンの肢体の端々を切断した。赤い流体金属が飛沫を上げ怨霊は活動を停止するが、自己修復機能により見る間に切断箇所を補っていく。

「バイオリーチングか」

 再生された箇所には新たなバイオゾイドの貌が生み出され、呻きとも(わら)いとも判別できない声を上げる。〝寄せ集め〟故に短い口吻の意匠となったバイオゾイドの貌は、恰も無数の人面疽を思わせた。

 活動停止状態となった怨霊の上空を切り裂き、黒い翼竜が飛来する。

「機種確認、ストームソーダージェット、三辰殿です」

 エルロンロールを繰り返し、唯一の援軍が帰還した。

「着艦要請です」

「今なら〝寄せ集め〟も動けまい。隔壁開け、三辰を回収する」

 相対しつつ着艦進路にストームソーダージェットが進入、アーカディア胸部格納庫の扉が開き始める。

 三辰にも純友にも油断があった。艦内進入直前に地上より伸びた数条の閃光が、着艦間際の翼竜を貫き炎上させた。火達磨となった機体は、アーカディア格納庫内部に突入し爆発した。

「三辰!」

 消火作業で騒然となる格納庫内の映像を見守りつつ、地上からの閃光の先を追う。アーカディアの翼下の博多津沿岸の海面に、特徴的な外殻を持つ小型ゾイドが群がっていた。

「恒利め、汚い真似を」

 海賊衆の嘗ての副将藤原恒利であれば、脆弱な格納庫内部を破壊するのが最も効果的と知っている。中口径高出力ビーム砲による精緻な砲撃が、アーカディアの内部破壊を的確に遂行した。海面下に身を潜めたシーパンツァー部隊を以て、ストームソーダージェット着艦の瞬間を狙い絶妙の攻撃を仕掛けたのだ。

 内部爆発により機関にも損傷を負ったアーカディアの飛行高度が見る間に低下する。

「艦底部に被弾、バスターキャノンです!」

 交叉射撃を繰り返すうち征西軍の照準も正確性を増し、対してアーカディアの飛行能力は劣化していた。

 惑星重力圏の脱出、プラズマ・リフレクター展開によるエネルギー消費、そしてバイオゾイドの塊による機体損壊。さしもの〝無限なる力〟も息切れしたかの如く、徐々に高度を下げていく。

 機体修復中のバイオデーモンを尻目に、征西軍の砲火は情け容赦なくアーカディアに注がれた。

「被弾箇所増大中、被害報告間に合いません」

「磁気振動装置が撃ち抜かれました、高度更に下がります、着地体勢へ移行」

「全員衝撃に備えろ、歯を食いしばれ!」

 風圧が博多津の海浜を叩き、水沫と砂洲の粒を舞わせ黒い怪竜が地表を削って不時着する。砲撃に撃ち抜かれた左後肢が力なく(くずお)れ、ギルドラゴンとの戦闘によってチタンクローを欠損していた右前肢が、巨体を支えきれずに脚部第二関節を地に着ける。博多の渚と大宰府の中間位置に、アーカディアは仰け反る姿勢で傷だらけの身体を引き摺った。

 怒濤となって征西軍のゾイド部隊が群がる。

「尾部の損傷甚大、切断されます」

 弱体化した獲物を襲う征西軍は屍肉喰い(スカベンジャー)に等しい。着地の衝撃により亀裂の入った尾部末端を、先陣を切ったジェノリッターのドラゴンシュタールが斬り裂いていた。サラマンダーによって傷口が広がっていた右翼ビームスマッシャー発射口も、相次ぐ砲撃によって小爆発を起こす。

「右翼、脱落します」

 無数の金属片を撒き散らし、黒い翼が落下する。その光景は、低速度で再生する映像のようであった。

「〝寄せ集め(バイオデーモン)〟にもう一度ビームスマッシャーを撃ち、再生前に止めを刺す。艦首を敵に正対させ、プラズマ粒子砲とニードルガン全弾を見舞ってやれ」

 純友が舵輪を操ると、残された二足を軸にアーカディアが回頭した。勢いに煽られる頭部ツインメーザーの端には、未だ雄々しく海賊旗が翻っている。

 左翼ビームスマッシャーの発射口が赤く光る。しかし発射直前、青いビームスマッシャーがアーカディアを襲った。

「直上、ギルドラゴン再度飛来。敵ビームスマッシャー直撃!」

 轟音と共にフュエルタンクが落下する。アーカディアは小型ビームスマッシャーの発射も不能となり、艦体が大きく傾斜する。ギルドラゴンに追随してきたサラマンダーまで、執拗に火炎放射攻撃を重ねていた。

「まさか、早すぎる。〝寄せ集め〟が動きます」

 人面疽に覆われた血塗れの機体を翳し、バイオデーモンが咆吼した。

 開放された口腔より、マスドライバーの一撃がアーカディア左半身を撃ち抜いた。地上に降りた海賊戦艦は更に左に傾斜し、右脇腹を無防備に晒す。腹部の脆弱な部分を狙い、征西軍の砲撃が次々と殺到した。

 弱き相手は徹底的に叩く、正しく嬲り殺しである。全身より炎を噴く黒い怪竜は、もはや海賊戦艦とは呼び難い物体へと変わろうとしていた。

 

――オン アボキャベイロシャナ フマカボダラ マニハンドフマジン バラハラハリタヤ フン――

 

 片翼となり、二本の脚を失った海賊戦艦に、赤い怨霊が勢い着けて飛躍した。流体金属を滴らせる巨体がアーカディアに折り重なる。

 激しい砲撃に耐え抜いていた海賊旗も、遂には血塗れの金属に覆われた。

 

 

【先程の真言は何か。不動咒とも、大元帥咒とも異なる真言、我らの他に調伏を行っている者が居るのか】

【聞き覚えがある。これは光明真言の咒だ。明達殿、四天王法の一種なのか】

【我は知らぬ。それより制御が効かぬぞ】

【暴走したところですぐ命尽きる鳩槃荼(もののけ)に過ぎぬ。見よ、着実に温羅を捉えている。このまま放置しても構わぬ。自らの肉体を炸薬とし、温羅を破砕してしまえ】

 

 折り重なったバイオデーモンの巨体が熔解し、流れ出た金属がアーカディアを完全に包み込む。流体金属装甲が流出したことにより、体節の骨格として利用してきたマスドライバーが内部から浮き上がっていく。

 鮮血色の塊と化した物体が燐光を放ち出す。クリムゾンヘルアーマーのテルミット反応により、全てを焼き尽くす前段階に移行していたのだ。

 

 

「好古様、攻撃は如何しますか」

(たわ)けたことを言うな。見て解らぬか、あの赤い怨霊は温羅ごと自爆するつもりだ。愚図愚図すればギルドラゴンさえ爆発に巻き込まれるぞ。地上部隊、征西軍にも緊急伝達、至急大宰府周囲より全力で脱出させろ」

 螺鈿色の翼を翻し、白い天空龍が燐光を放つ塊より離脱していく。小野好古の通達により、ジェノリッターを初め無数の征西軍のゾイド達が大宰府より退避を開始した。その中には、追撃姿勢に変形した源経基のギガも含まれていた。

 燐光が閃光となり、小野好古の予想通り、赤い塊が爆縮した。

 大宰府に閃光が幾重にも放たれ、衝撃波が退避途中の征西軍ゾイドを薙ぎ倒す。

 噴煙が、醜悪で巨大なキノコ雲を生み出した。

 アーカディアとバイオデーモンのあった場所には、噴火口然とした大穴が空き、博多津から流れ込んだ海水が逆巻く。

 

「海賊衆、そして将門よ、これで終わってしまったというのか」

 格闘姿勢に戻ったギガの頭部より、爆炎を見上げ源経基が呟いた。

 

「精々迷わず成仏なされ。尤も、お(かしら)はカミもホトケは大嫌いでしたがのう」

 海上のシーパンツァー部隊の中、藤原恒利が渇いた嗤い声を上げていた。

 

「藤原純友。憐れな海賊よ」

 爆心地を旋回しつつ、ギルドラゴンの機上で小野好古は静かに黙祷を捧げた。

 

 

 承平天慶の乱。或いは平将門の乱及び藤原純友の乱と称される一連の武士の反乱は、斯くして鎮圧された。

 残されたのは、軌道エレベーターの地表末端に残ったソラシティと、数多くの戦闘経験を得て肥大化した龍宮=ディガルド公国の母体であった。

 海面を撫でる風の先、爆発で舞い上がった水滴が、蒼穹に雄大な虹を描いていた。

 

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