『ZOIDS Genesis 風と雲と虹と』最終部「宇宙(うみ)と風と虹と」 作:城元太
隕石落下と火山の噴火、そして死竜の出現により、惑星Ziでは全ての秩序が崩壊した。
小次郎のネオカイザー即位も、純友の宇宙での戦いも、況やソラによる軌道エレベーター建造さえ、激しい天変地異に比べれば微々たる出来事である。
無慈悲な自然の節理の前では、生命体など分子の有機結合に過ぎない。種が絶滅し、星が破滅されようと、宇宙は静寂のまま膨張を続けていく。『神々の怒り』に『神』は居らず、ヒトの価値観が入り込む余地は無い。生命は偶然に拠って育まれ、偶然に拠って滅亡する。
そして偶然は、惑星Ziの生命の存続を選択していた。
ライガー零小烏丸を呆然と見上げていた貞盛の元に、解文を携えた弟繁盛が駆け寄る。
「兄上、従五位上への叙任、おめでとうございます」
貞盛は、父国香の築いた常陸石田の営所にあった。喜びに溢れる弟の口調を聞きながら、心中耐え難い嫌悪感が満ちていた。貞盛は常陸訛り(※茨城弁)が大嫌いだった。故郷の言葉は下卑た土臭さを伴い、知性の欠片も感じられない。一刻も早くソラに上がりたいと願い、一日千秋の想いで除目の結果到着を待ち侘びていたのだ。
「官位では
悔しいのは、藤原秀郷が下野守の地位を賜ったこと。永年将門と戦い続けてきたのは、秀郷に
舎弟の無邪気さに応じる気分にはなれない。貞盛は巧みに話題を逸らした。
「処でその後、小次郎の残党の行方は掴めたのか」
「その件ですが、残念ながら未だ行方が知れません。妻子が陸奥の地に逃げたという噂はあるのですが……」
貞盛の脳裏に、堀越の渡で捕らえた時の、従妹良子の健気で美しい姿が浮かぶ。
それもまた、遠く過ぎ去った記憶であった。
「……それとは別に、民の間に『未だに将門が生きている』との良からぬ噂が立っています」
鋭い視線が繁盛を突き刺す。
「詳しく申せ」
兄の只ならぬ様子に気圧されつつ、繁盛は事の次第を詳細に語り出した。
貞盛の目の前で、小次郎の肉体が消滅した直後より、噂は流布し始まったらしい。
「平将門は、駆け付けた海賊藤原純友によって間一髪に救出された」とも、「合戦で死んだ将門は影武者であり、本物は坂東の何処かに潜伏し、再起の機会を窺っているのだ」などと頻りに囁かれた。
或る者は、亡き主を求めて彷徨う村雨ライガーを見たと言う。
或る者は、首だけとなって敵を探し求める将門の亡霊を見たと言う。
そして或る者は、首を失ったまま、愛機村雨ライガーに乗る将門が、石井勢のゾイド軍を率いる姿を見たと言う。
存在を証明するのは容易だが、存在しないことを証明するのは困難である。
「仮に小次郎の亡骸を突き付けても、民は小次郎の死を受け入れぬのだろう」
人は自らが信じたいものを信ずる。将門生存の有無を問うのではなく、将門生存を信じる民衆の存在こそが問題だった。
「小次郎は我らに、大きな課題を遺して逝ったのだな。私に解決できたのは、精々ゾイドウィルスのワクチンプログラムを頒布することぐらいだ……」
訝しむ繁盛を尻目に、貞盛は再び零を見上げる。
激闘を繰り広げたライガー零の装甲は傷だらけであったが、敢えてそれを誇りとし、修理をさせず残していた。
「村雨ライガーよ、お前は何処に流れていったというのだ」
小次郎と共に戦った碧き獅子の行方も、依然行方不明のままであった。
平将門及び藤原純友討伐に於いて軍功のあった、主だった者の恩賞について記す。
藤原秀郷は従四位下、平貞盛には従五位上。小野好古は秀郷と等しく従四位下、源経基には従五位下という、好古を除き在郷の武士としては破格の官位を与えられた。その他、藤原為憲、平公雅、橘遠保など戦闘に関わった者にも同様の待遇が下賜された。
その後も恩賞を得ようとする無頼の輩は、血眼になって残党狩りを行う。熾烈な掃討戦の中、唯一抵抗したのは小次郎の末弟八郎
八郎の操る
一方、瀬戸の内海での海賊衆の動きは一時鳴りを潜めたが、純友に代わって伊予の海賊衆を束ねることとなった藤原恒利の抑えに効果は薄く、程なくして再び海は無法状態へと陥り、もはや海賊とも山賊とも判別付き難い状況へと陥っていった。
ソラシティに引き籠った
〝凶猾を以って党を成し、群盗山に満つ〟。
混迷の中、新たな英雄の到来を、時代は待ち望むこととなる。
幾星霜を経た、下総、大利根河口の砂洲。
夕凪を迎える穏やかな海浜に、琥珀色の集光板を纏った青き龍〝凱龍輝〟と、白黒の熊型ゾイドが海浜に姿を現した。
搭乗席から老いた武士二人と若い二人の男女が砂浜に降り立つ。ゾイドを見上げる仕草から、若い男はまだ少年と判った。女は壺装束の市女笠で顔を隠しているが、垂れ衣の隙間より端正な顔が垣間見える。
海沿いに伸びる砂洲の奥、奇妙な巨木が聳える。少年が尋ねた。
「あれが
巨木は、惑星環境改造計画の名残であった。
嘗てソラは、ゾイドの糧となるレッゲルを生み出し、周囲の地表に恵みを齎す人工植物〝ジェネレーター〟を盛んに植樹したが、二度に亘る『神々の怒り』によって管理は放棄され、代わって定住した人々によって生育が為されていた。
ジェネレーターを中心に村落が形成された。虚ろ船伝承があるこの村には、様々な漂流物とともに、海の向こう側より訪れるマレビト信仰=
「村雨ライガーを最後に見たというのが、この村なのですか」
少年の口調は幾らか興奮気味だった。
「何度か調べてみたのだが、河口に堆積した泥に埋没してしまったらしく、未だに発見できぬでいる。此処に来た処で力にはなれぬが、せめてお前たちにこの場所を見せておきたかったのだ」
「大叔父様のお心遣い、感謝致します」
女の声は若く凛として張りがあり、容姿とはまた別の清々しさを持っていた。少年が振り返る。
「姉上、行ってみましょう」
女は無言で頷き、少年の後を追って歩いていく。凱龍輝とバンブリアンの足元に残った老武士は、二人の若者の背中を見守っていた。
「苦労をされたのう、
深く笠を被っていた老武士の一人が、左手で軽く笠を上げる。
「生き残った者の役目を、苦労と思ったことは御座いませぬ。それよりも此度は良文様の御配慮により、滝姫様、
笠を脱いで会釈した武士は剃髪し、遊行僧に身形を変えていた。
「それにしても似てきたな、良門は」
「良文様もそう思いますか」
「ああ」
言葉少なに語る老武士の想いの中、少年の後ろ姿に父親の面影が重なる。
「不思議なものだ。既に十余年の時が過ぎたが、未だに死んだという気にならぬ」
「私もです。子は育ち、我らもこうして齢を重ねたというのに」
少年は砂洲より突き出た岩場に立ち、頻りと海面を見つめている。その後ろでは、海風に飛ばされぬよう
「……海鳴りか」
凪いだ海面が泡立ち、陽射しを乱反射させる。波濤が乱れ、燐光が輝く。
目の前の水面を突き破り、巨大な刃が浮上した。水中から巨大な何者かが投げつけたように垂直に舞い上がり、美しい放物線を描いた後、二人の立つ砂洲の目前に突き刺さる。倒れることなく、恰も何かの強い意志に導かれるが如くに、切っ先を見事なまでに空に向け屹立した。
「御怪我はありませぬか!」
姉弟に駆け寄り、無事を確認した後、伊和員経は刀身の峰に彫られている銘に驚愕した。
「これはムラサメブレードではないか!」
人の身長の数倍の刃渡りを持つ太刀は、紛れもなく村雨ライガーの
「海底に眠るゾイドより放たれた、人知を超えた便りであろうか」
間もなく追いついた良文が太刀の峰を拳で数回叩き、姉弟を見る。
「良門、それに滝姫。お前たちが客人村に住むのであれば受け入れよう。如何にする」
「願います」
少年は即答した。
「この地の何処かに、村雨ライガーの本体が眠っているはず。必ずや引き揚げてみせます、例え幾世代経たとしても」
少年の瞳は、真っ直ぐにムラサメブレードを見つめていた。
「私は少し考えてみたいと思います。母の事、そして父の菩提を弔うことも含めて」
「軽々に答えを出す必要もあるまい。それに滝姫には、心に決めた者があるのだろう?」
市女笠の下、日に焼けた肌が紅潮する。
「ここであれば、海賊衆の船も着き易かろうて」
「重太丸様のことは関係ありません!」
途端に
「姉上、藤原直澄殿は元服を終え改名されているのだ。いい加減、重太丸と呼ぶのは止めた方がいい」
「小太郎まで!」
垂れ衣の中で、更に両手で顔を覆う姿がある。
静かに流れる時間の中、海風が人々の間を吹き抜けていく。ムラサメブレードと共に舞い上がった波濤が、幽かな虹を描く。
洪水の後には豊作が訪れる。〝稲妻〟は、落雷の地に豊作を齎すのが由来である。降り注いだ隕石に含まれていた豊富な金属成分が、生き残った惑星特有の生命体ゾイドの活性を促した。躍動する金属生命体は、変化した環境を上書きする。ヒトとゾイドが共存する星に、また新たな