とある山奥でのことだ。
到底、人が立ち入れそうもない鬱蒼とした森の中に、小さな祠が一つ、寂しげに立っていた。
どうやってできたのか謎なこの祠、当然、整備に来る人などいるわけもなく、人知れずどんどん朽ちてゆき、目も当てられないような酷い有様となっていた。
そんな祠の前に、一人の幼児が佇んでいた。
見た目は大変幼く、とても可愛らしい顔立ちをしており、女性が見れば大層母性本能をくすぐられることだろう。背も見た目相応に低く、成熟した一般女性の腰くらいまでの高さしかない。そして、何より目を引くのがその髪色であり、全体余すところなく総白髪という、この幼さの日本人ではまずお目にかかれない色をしていた。
どこかで何かが決定的にズレている見た目をしているこの幼児。祠を前にして、見た目とは程遠い複雑な表情をして、こう呟いた。
「..まさか今でも残っているとはね」
感心半分、呆れ半分といった声音で言う。
「もう400年以上前の記憶に残っているものだぞ。あの妖怪どれだけ気合いを入れて作ったんだか...」
「400年以上前」「あの妖怪」
幼児は確信しているようすで喋る。まるで「見てきたかのように」
「__まあ、なにはともあれだ」
少々名残惜しそうに辺りを見渡した後、祠に向き直りこう言った。
「行こうか、幻想郷へ」
季節は秋。といっても、もはや終わりの時期に差し掛かっている。
紅葉や銀杏等の色鮮やかな葉も、そうでない葉もとっくの前に散り、早々と冬支度を整えている。そのせいで現在、この幻想郷は色味の少ない殺風景な季節を迎えていた。
唯一、気分が晴れやかになるような突き抜けた青を魅せる空でさえ、今は厚い鉛色の雲に覆われて、より一層どんよりとした雰囲気を演出していた。
そんな中を、一人(一匹?)の妖怪が飛翔していた。
紅葉の柄のアレンジが施してある天狗装束と呼ばれる衣を身に纏い、空を翔ける天狗。名は犬走椛という。
この天狗は白狼天狗と呼ばれる種族であり、天狗社会のなかでは下っ端である。
そんな下っ端天狗の椛は、腹が立っているのか、憮然とした表情を隠そうともせずに、辺り一帯を睨みつけながら飛んでいる。
下っ端に任される仕事など、殆どが重要なものではなく、雑用だったりパシリだったりと、鴉天狗や大天狗等の手先としていいように使われている。唯一、哨戒任務が重要なものとしてあげられるが、非常に苦は多いくせに益が殆ど無いという、ストレスが溜まるものであり、上が面倒だから避けつづけ、巡り巡って下っ端に行き着いたというのが本当のところだ。勿論、下っ端に拒否権などない。
椛は、相変わらず不機嫌である。
今椛が行っているのが、その面倒臭い哨戒任務であり、いつもどうり苦しかない。寒いし集中力いるし体力使うしと、あげていけば切りが無い。ちなみに、椛が担当してきた哨戒任務のなかで、椛にとって、又は天狗の為に益があったことなど、一度も無い。
椛は飛ぶ。
不機嫌さは変わってはいないが、それでもしっかり集中してやっているようだ。
哨戒任務を集中して行っているのは、椛を含めても最早数える程しかいない。この天狗、根は真面目である。
しかし、いくら集中してやっていても、防ぎ用がないものもある。今回のことはそのいい実例といえるだろう。
表情は相変わらずだが、椛は集中を切らさない。
それを行うことになれているのか、そういう才能に秀でているのか、とにかく集中している。そこへ木枯らしと呼ばれる風が吹き付ける。椛はたまらず身を震わせ、くしゅん、と小さくくしゃみをする。
集中が途切れ、一瞬できてしまった隙。それ自体はたいした隙では無いが、椛が飛び上がる程驚くには、充分過ぎる隙だった。
「寒いねえ」
後ろから声をかけられる。
「?!だ、誰!?」
椛は文字通り飛び上がる程驚いたが、すぐに体制を立て直し、刀を抜く。見事な反応だ。
しかし相手は手の平をこちらに向けて手を挙げる。戦う意思は無いようだ。だからといって刀を下ろす程、椛は馬鹿じゃない。
椛は改めて問う。
「・・・あなたは何者ですか?」
「俺はイナホ。見ての通り、妖狐だよ」
椛は怪訝な表情を浮かべる。
というのも、実は椛、天狗の頭領である天魔と通じており、本人の口から度々イナホという狐妖怪の話を聞いているのだ。しかし、残念ながら詳しい容姿までは聞いておらず、椛はその妖怪がイナホかどうかという判断を下せないでいた。
椛はイナホと名乗っている妖怪を観察する。
見た目は大変幼く、守ってあげたくなる小動物的な可愛さを秘めている。背も見た目相応に低く、椛の腰くらいまでしかない。そして、その妖怪の腰辺りから、妖狐の証である尻尾が九本生えていた。長い。椛の背丈は優に超えている。その毛色は、ありとあらゆる白を表す表現を探しても、これを表現することのできる白は無いと思える程の純白であり、雪のように儚く、幻想的な、この世のものとは思えないほどの、美しい色だ。髪色もまた、尻尾のように美しい。
椛はつい見とれてしまう。
しかし、相手の妖怪によって、現実に引き戻される。
「・・夢心地になっているところ悪いんだけどね、こちらの頼みを聞いてもらえるかな?」
本来ならば聞く必要などないが、相手が疑惑の妖怪となっては聞かない訳にはいかない。
沈黙を肯定と受け取ったのか、相手は続ける。
「__天魔に会わせて欲しいんだ。君の立場なら可能の筈だよ」
椛は一瞬硬直してまう。
椛が天魔と通じていることは、天狗の中でも極僅かな者しか知っておらず、天狗社会の最重要機密といっても過言ではない。
「・・・・何か勘違いしていませんか?私はただの白狼天狗です。天魔様にお目通しが叶うほど、上の立場ではありません」
椛は返す。しかし、一瞬硬直した反応が、相手にとっては肯定になってしまったのだろう。
椛の虚勢に対して、そんな反応が面白かったのか、相手はクツクツと喉を鳴らしながら笑っている。
ひとしきり笑った後、相手はこう言った。
「まあ、とにかく話だけでもいいから通してくれないかな。イナホという名前をだせば通じると思うよ。」
椛は黙って頷いた。
虚勢がばれているのに、いつまでもそれを張る程、恥知らずでは無い。
相手に敵意の篭った視線を向けた後、椛は天魔の屋敷のある方向へ向けて、飛んで行った。
しばらくが経った。いよいよ寒さは強さを増し、雪がちらつき始めた頃、椛は戻ってきた。釈然としない表情を浮かべている。一方、相手の方はというと、この寒空の下、特に身体を震わしたり寒がったりするわけでもなく、佇んでいた。余裕の表情だ。
椛は機械のように抑揚の無い声で告げた。
「ついてきて下さい」
相手も黙ってついて来る。
それ以降、天魔の屋敷に着くまで、椛は一言も喋らなかった。
椛は森の中を突き進む。
椛は周りからすれば、何の変哲も無いただの下っ端天狗。天魔の屋敷に、正面から堂々と両手を振って行くことのできる身分ではない。だからこうして、よほどの物好きでも無い限り、通らないような森の中を進んでいるのだ。好き好んで通っているのではない。
椛は慣れたもので、鬱蒼と生えている木々の隙間を、軽々と飛んでいる。
「凄い鬱蒼とした森だね」
そう呟いたのは、イナホと名乗っている妖狐で、鬱蒼とした森と評価した中を、ひょいひょいと片手間で行える作業のように、対して意識することもなく飛んでいる。
「屋敷に行く度にここを飛んでいるのかい?」
妖狐は椛と並んだ状態で問う。
椛は答えない。ずっとそうだ。妖狐が何か問い掛けをする度に、無視か不機嫌そうな目で睨みつけてくる。妖狐は、そんな反応を微笑ましく思っているのか、微笑を湛えている。相変わらず余裕の表情だ。それがまた、気に食わないのだろう。椛はますます不機嫌そうに表情を歪める。
妖狐はそれを無視したうえで、椛にしつこく話しかけていた。
椛が妖狐に対する苛立ちを爆発させそうになったときに、不意に目の前の景色が拓けた。屋敷に辿り着いたようだ。
屋敷は、きらびやかというよりも、侘び寂といった表現が近く、これぞ日本屋敷というような堂々とした風格を備えている。広大な庭には、その風格に相応しい、荘厳さを有しており、四季折々の様々な景色を楽しめるようになっている。
「これはまた、立派な屋敷だこと」
感嘆の息を漏らしつつ、妖狐は呟く。
「警備はいないのかな?」
先程の発言に、少し気を良くしたのか、椛が答える。
「天魔様はお強い方ですから、挑もうとか馬鹿な発想で来る奴などいないのですよ」
ふーん、と妖狐は呟く。大して興味も無いようだ。椛はそんな妖狐に対して再び苛立ったのか、不機嫌な表情に戻った。
椛は案内を再開する。屋敷内は飛ぶことができないので、徒歩だ。
椛は何度も訪れていて慣れているのか、最短距離を通って、あっという間に天魔のいる部屋に辿り着いた。
この襖の向こうには、天魔がいる。
ちらり、と妖狐に目配せした後、こほん、と咳ばらいをしこう言った。
「天魔様、連れて参りました。件の妖狐です」
「__入れ」
襖の向こうから若い男の声がする。
椛が襖を開こうとするよりも早く、妖狐は大胆に開け放った。
椛は表情を強張らせ、とんでもない無礼を働いた妖狐に視線をやる。その目には、もうすぐ殺される者に対する憐れみの表情が浮かんでいる。椛はその視線を妖狐に向けたとき、再び驚くことになった。
妖狐は幼児のような姿から、大人の姿に変わっていた。
美少年とも美少女ともとれる顔立ちになっており、底知れず、相手を気付かないうちに破滅へ導くような、妖しい美しさを秘めていた。
椛は目を見開く。
その美しさに驚いたことも一因としてあるが、何よりも、妖狐の変化に全く気づくことができなかったのが、主な原因のようだ。
椛は冷や汗をかきながら、天魔に視線を運ぶ。
その表情と雰囲気によって、離脱する否か決まるからだ。
すぐ側にいる者にも気付かれない程の変化の腕前の持ち主、天魔と戦闘になれば激戦になることは必至、そこに巻き込まれては、一溜まりもない。
天魔は、椛の予想に反して、穏やかな表情をしていた。
妖狐の行動に対して、呆れているようでもあるし、懐かしんでいるようでもある。
天魔は、驚きっぱなし椛を尻目に、こう言った。
「しばらくぶりだな、イナホ」
「そうだね。本当に久しぶりだね、天魔__いや、風魔」
イナホは、眩しいものでも見るかのように、目を細めながら、言った。
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どうも初めまして。「僕は決め顔でこう言った」です。
友達がやっているのを見てなんとなくで始めてしまいました。後悔しています(問題発言)
でも、始めたからには、最後まで続けられるように頑張ります。文章力?こ、これからつけていきますから(震え声)
今後、できれば週一ぐらいのペースで書いていきたいと思います。ただ、次の投稿は、どんなに早くても2月入ってからになると思います。