南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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 前作を読んでいただいていた方々にはお久しぶりです。

 趣味全開で突っ走ります。ご了承ください。


1 南方棲鬼
イヤ~な始まりの日


 北海道の11月……つまり秋は冬より寒い。向こうの人にはわからないだろうが、自分はそう思う。だって湿度が低くて低気温とか地獄だって。

 

 誰に言うわけでもなく、深夜の峠道を、愛車の白いインプレッサで下っていきながら。同じく妙に白い肌と髪が特徴の南条 巧(なんじょう たくみ)は、缶ホルダーに突っ込んでいた、自分のスマートフォンの画面に映っていたカレンダーを見て。そんな事を考える。

 

『~~♪ ~~♪』

 

「うわ……もうこんな時間か……」

 

 ラジオから流れる深夜1時の時報を聞き。巧はシートに深く座り直してから、ため息を吐いた。

 

 世間は今、深海棲艦とかいうエイリアンみたいのと、艦娘っていうのが戦ってるらしいケド。わりかし内陸のほうに住んでる自分はカンケー無いよな……。

 

 考えながら、明日も、朝早くからの仕事の予定が入っていた事を思い出し。彼女はシフトノブを3速に入れ、アクセルを踏む力を強める。

 

 今年の誕生日で27になった彼女には、すっかり走り慣れたこのガタついた道を、一般人には猛スピードに見える速度で下っていく。道路の壁に車の先を向け、道を真横に滑っていく彼女のドリフトは、隣に人が乗っていれば悲鳴を挙げられそうだが。タコメーターの回転数を一定で固め、何気なく行っているヒール&トゥやハンドルのカウンターの当て方などは、そのテの族からは拍手が上がりそうなほど上手い。

 

 スタント映画のような派手さこそ無いものの、タイヤが悲鳴を上げるようなドリフト走行を数え切れないほど繰り返して。緩い曲がり角を100キロオーバーで抜けながら、そろそろ山のふもとか、と思った時。彼女は車内で目にしたくない物を見てしまう。

 

「…………ガソリン、半分か。降りたら入れなきゃ……」

 

 タコメーターの近くに取り付けてあるガソリンの残量計を覗き、1人呟く。

 

「ハァ……お金、なかなか貯まんないな……」

 

 車を飛ばしている時には、ラジオから流れてきた好きな曲にノッてそれなりに楽しそうな雰囲気を放つ表情だったのが。山を降りきった時には、がっくりした様子で、巧は近くのスタンドまで車を走らせるのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 場所、時刻は変わり、まだそれなりに暑い日が続く横須賀市の朝。

 

 同市の某所にどんと構える鎮守府の、自分の部屋の執務机に頬杖をつきながら。この場所の提督なる役職の男、緒方 亮太(おがた りょうた)は口を開く。近くには秘書艦を勤める艦娘の加賀もいる。

 

「写真の人物を確保しろ、か。探し人ぐらい向こうが取っ捕まえろって」

 

「本当、この鎮守府は雑用みたいな仕事が多いですね」

 

「否定できないな、残念ながら。というよりこの書類……」

 

 まさか地上に深海棲艦が居るだなんて、と続けながら、彼は書類の文字を確認の意味で読んでみる。隣の加賀は彼が持っていたのとは別の書類を、声を出して読み上げる。

 

「名前は南条 巧。27歳の北海道在住で、最終学歴は専門学校。クルマの学校を卒業したのにも関わらず、就職先は弁当屋…………」

 

「男みたいな名前だよな」

 

「はぁ? それ、今関係ある事かしら。……人格は良く、知人、友人とは良好な関係を築いている……やけに色白な容姿は先天性白皮症((アルビノ症とも呼ばれる))ということになっているそうよ」

 

「……………」

 

 隠し撮りされた写真に写る、Tシャツにジーンズというラフな格好で日傘を指している妙に色白な女を眺める。正直、この時の二人は「ここまで情報が割れているなら、そっちが勝手にやってくれよ」と上層部への愚痴を内心で垂れていた。

 

 が、ここで何もせずに考え事ばかりでもしょうがない、と。緒方は立ち上がって椅子に掛けていた上着を取ると、加賀に告げた。

 

「不知火と秋津洲を玄関に呼んでくれ。朝だからまだ飛行機飛んでるだろ」

 

「早速今日行くのね。わかりました」

 

「おう、留守番頼むよ」

 

 持った上着を肩にかけ、自分の鞄を引ったくりながら。緒方は加賀を残して部屋を出ていった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 同日の昼頃。緒方は部下である艦娘の不知火を連れて、観察対象が働いているという弁当屋のちょうど向かいに建っていた、コンビニの休憩スペースで彼女を張っていた。

 

 秋津洲はどれぐらいで戻ってくるかな。そう考えて腕時計を見ると、文字盤は2時半を指している。もう少しで一時間か、と彼が思った時、建物のガラス越しに手を振りながら、秋津洲は二人の元に合流してきた。

 

 「どうでした?」と不知火が相手に聞くと。秋津洲はどこか苦笑いのように見えるぎこちない笑顔を浮かべながら、机に鞄から出したタブレット端末と、はち切れそうなほど大量に書類の入ったファイルを置き。二人へ向けて、話を始める。

 

「とりあえず、言われた通りに相手の通っていた専門と高校には行ってきたかも。こっちが専門で、それが高校の書類ね」

 

「よくこんなに個人情報集めれたな?」

 

「国の調査って言ったら結構すんなり。あとはこれが地元の評判かも。事前の調査と同じで、特に人格に問題はナシ。酒もタバコもやってるらしいけど滅多にしないみたいだし、普通にいい人だって」

 

「なるほど」

 

「調べた限りじゃ、変なことは何も。やっぱり直接連れ出して聞いてみない分には解らないかも」

 

 秋津洲の話に相槌をうちながら、二人は渡された資料に目を通す。

 

 勉強の成績は並みより少し上ぐらいで、体育の成績だけ5がついている。人物評は秋津洲が言ったことと似たような事が......具体的には、知人、友人が多く交遊関係が広い、また素直で優しい人柄である。なんて、無難な事しか書かれていない。

 

 もし、彼女が本当にただのアルビノ症の成人女性なら、上はどうするのだろうか。窓の外の景色の中で、外に出していた宣伝の旗を交換している白い女と、彼女についての書類を交互に見ながら、二人は考える。そんなとき、秋津洲が急にこんな事を言い始める。

 

「…………キレられたかも」

 

「は?」

 

「学校の事務局の人にね。調べものの理由聞かれて、隠さなくていいって提督さん言ってたから、あの人が深海棲艦かもって言われてるって言ったの」

 

「そうしたら、「あんなに良い子が世間の化け物と同じかぁ」って。声も変だったし顔も怖かったし……あれ絶対職員さん怒ってたかも…………」

 

「………………」

 

 悪いこと押し付けちゃったカモ。そんな事を思いつつ、取りあえずは、と、緒方は行動を起こすことにした。

 

「動かないことには始まらなさそうだナ。直接聞くか」

 

「「了解」」

 

 

 

 

 

 すぐ向かいという立地もあり、30秒としないうちに3人は例の弁当屋に着き、早速中に入ってみる。

 

 さて、どう話を切り出そうか、等と考えながら自動ドアを潜った3人だったが。中に入っても、裏方勤務だとでもいうのか、目的の人物が見当たらなかった。

 

 あれれ、おかしいな、と少々不審な動きをしてしまっていたところ。不知火はカウンターで店番をしていた老人に声を掛けられた。

 

「おい、若いもん。注文は無いんか?」

 

「いえ、人探しなのですが。こちらに、南条 巧さんと言う方が……」

 

「あぁ!? あんだってぇ!?」

 

「ですから南条たく……」

 

「おぉ!?」

 

「…………ッ!」

 

 耳が遠すぎだろこの人。ボケが始まっているのか?なんて、内心で失礼な言葉を相手に浴びせながら、不知火が大声で声を張りながら喋るのだが。

 

「もっと腹から声出せ!」

 

「な゙・ん゙・じょ゙・ゔ・だ・ぐ!!…………」

 

「あぁん!? 何、穴の空いたカツか、穴の開いたハンバーグか、穴の開いたレンコンか!? それとも穴の開いていないものが欲しいのか!? 穴の開いていない物は安いぞ! 穴を開ける手間賃が無いからな!」

 

「……あなたの頭に穴が開いてんのでは?」

 

 怒っていた不知火の口から流れる言葉が聞き取れなかった事に、逆に癇癪を起こした相手へ。流石に頭に来たらしい彼女が暴言を吐く……のを、もう遅かったが緒方が無理矢理口を塞いで止める。

 

 しかし、こう話が通じない相手しか居ないなら。彼女がどこにいったか誰に聞こう。3人同時に同じことを思っていたときだ。

 

「おじいさん、今番じゃないでしょ!」

 

「おぉ!? そうだったっけ!」

 

「もう、裏方勤務でしょ貴方は…………お待たせして申し訳ございませんお客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「「「…………!!」」」

 

 やっと来た!

 裏から出てきて、店番の老人を押しやってカウンターにやって来た女に、緒方は待ってましたとばかりに会話を持ちかける。

 

「お忙しいところすいません、南条 巧さん……ですよね?」

 

「……? はい、そうですが」

 

「よかった、私こういう者でして……」

 

 なんだとでも言いたげな、頭上に?マークが浮かんでいそうな表情で、胸に安全ピンで挿していたネームを指で持ちこちらの表情を覗き込んできた相手に。刑事ドラマのように少々格好をつけた動作で緒方が身分証と名刺を出そうとした時だった。

 

 いつのまにかに後ろに列を作って並んでいた一般客から、怒鳴り声でヤジを飛ばされる。

 

「海軍所属の……」

 

「おい、早く注文しろよ!」

 

「こちとら待ってんだけど?」

 

「えっ? あっ」

 

「おいおい、電車乗り遅れちまうよ!」

 

 緒方、軽くパニック状態。いきなりな出来事に、そう呼ぶに相応しい感情に頭が支配された彼は何をしたかというと……

 

 

「のり弁1つください!」

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

「……ごめんな」

 

「全くです。良い年して「後でお時間頂けますか」の一言ぐらい……」

 

「言い返せねぇ。面目ない」

 

 店を出てすぐ近くにあった公園のベンチに腰掛けながら、緒方は自分の部下から説教を食らう。

 ため息を吐いた後。時間が来るまでやることも無くなってしまった3人は、取り敢えず彼女の仕事終わりまで適当に時間を潰すことにする。

 

「これ食べて暇潰ししよう。追加して3人分頼んだし」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 午後9時に今日の仕事が終わり、いつも通りに徒歩で家に帰ろうとした巧は。いつも使っている道を塞ぐように現れた、面識の無い男女3人にファミレスに連行されていた。

 

 私服警官か何かなのかな。私、何もしてないと思うんだけど。店員に案内された窓が近くにある席につき、不安だらけな心情で、ズレてきた眼鏡を目元に戻したとき。3人のうちの男が口を開き名刺を差し出してきた。ラミネート加工されたカードには「緒方 亮太」と印刷されている。

 

「お昼はお忙しい中、アポも取らずにすいませんでした。私こういうものでして」

 

「カイグン、テートク……? 軍人さん、ですか」

 

「はい、仰る通り」

 

「あの、私何かヤバい事でもしたんでしょうか………?」

 

 海軍の人って、自分は密漁みたいなこともしなければ、ここ最近海に近づいてすらいなかったけど……まさか自分は夢遊病でも患って、とんでもないことでもしでかしたのかな……?

 

 一般人らしく、目の前の軍属という立場の、普通に生きていればまず話すことも無いような3人におどおどしっぱなしの巧に。緒方というらしい男は落ち着くようにと続ける。

 

「何も捕まえに来たわけではありません。少々上から命令を受けて訪ねた訳でして」

 

「命令?」

 

「ええ。簡単に申しますと、貴女を我々の鎮守府……自衛隊の基地みたいな物と思ってください。そこまで連れてきて市内に住まわせて欲しいと」

 

「…………はい?」

 

「つきましては準備が出来次第、後日こちらの場所を伺って頂きたいのです」

 

 巧の脳内に目一杯のクエスチョンマークが浮かんでいる事など無視し、男は話を進める。そして彼の隣に居た女性が、椅子に置いていた自分の鞄から出した簡単な地図をテーブルに広げたとき。巧はそれにマーカーで印がつけられていた部分を見ると慌てて口を開いた。

 

「こ、困ります! 仕事と家の事情もありますし、それに横須賀って東京ですよね?」

 

「神奈川ですよ」

 

「あっ……じゃなくて、そんなとこまで行って帰ってくるお金も無いし、いきなり言われても住むところだって」

 

「交通費はある程度は支給します。全額ではないので多少は自腹を切って貰いますが、あと住居については基地に部屋を用意してますので。当分貴女はここに戻れませんから」

 

「え゙」

 

「残念ながら拒否権はありませんよ。巧さん。これは国が決めた事です、あしからず」

 

 混乱が更に進み、頭が真っ白になった彼女に、目付きの鋭い女が釘を刺しながら席を立つ。続いて男ともう一人の女が立ち上がり、言うことは終わったとばかりに巧を放置してその場から去っていく。

 

 最後に行った女は慰めなのか「弁当おいしかったかも」等と言ってきたが。巧は今は、正直そんな言葉を気にしている精神状態ではなかった。

 

「………………はぁ」

 

 お腹空いたな……何か頼もうか。

 

 意味のわからない事だらけだ。頭がパンクしそう。思考を放棄し、メニューやアンケートハガキが立てられている、机の窓側にあった呼び出しボタンを押しながら。巧は大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 本日中に2話を投稿します。

ヒール&トゥ→足の爪先でブレーキを踏みながら、かかとでアクセルを踏む車の操作方法。AT車ではほとんどやる意味はない。

カウンター→カウンターステアの略。ドリフト走行などで道の外側へと滑っていく車体を制御するために、例えば右に曲がりたいときに反対側の左にハンドルを回す操作のこと。

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