南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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一応区切りとして今回のお話が終わりになります。が、多分期間を空けておまけ的なお話を投稿すると思います。では、ドゾ

どうでもいい話かもしれませんが、なぜか誤字確認で自分でこの小説を読んでいる時に、スポーツカーの中古車セールの宣伝がよく出てきてビビります。

※1/13 挿絵有りとの記述をサブタイに追加しました。


奇跡の薔薇(挿絵有り)

 

 

 あくびをしながら食堂に入り、すっかり見知った顔の仲になった艦娘たちに、巧はおはようと挨拶する。多少は悩みも残ったが、父親の作戦で吹っ切れた彼女は他人の視線を気にせず、いつも通りに朝食の時間に入る。

 

 当たり前のように隣と向かい側に座る摩耶と加賀にも挨拶を返し、焼き魚に手を付ける。食べたものを咀嚼しながら軽く遠くを見れば、整備スタッフが溜まっているところに混じって、父が飯を食べているのが見えて。本当にここで働くのかと思う。

 

 綺麗な三角食べのローテーションで次は白米、と巧は手を伸ばした時、加賀に声をかけられた。

 

「巧、ご飯の後で良いから、工廠に来てくれないかしら」

 

「……? 来てくれないかも何も、職場だから行きますよ?」

 

「あ……あぁ、その、貴女が車を置いているところまで来てくれないって意味よ。作業場から少し離れているでしょう」

 

「別に構いませんが」

 

 そう言えば、思い返せば確かオヤジもそんな事言ってなかったっけか。何か荷物でも届いているのだろうか。と、ここまで考えて、ある仮説が一つ思い浮かんだ。

 

 邪魔だから、車を廃車にするのに解体屋まで運ぶぞ、ということじゃないのか? という考えだ。

 

 古い車という事もあって、今の乗用車に比べれば遥かに車体サイズが小型な部類に入るインプレッサとはいえ。自動車なんてでかい粗大ゴミが有れば、流石にスペースを取りすぎる。そんな考えに至っても何ら不思議な事じゃない。そこまで思考回路を回し、巧は落ち込んだ。

 

 勝手な憶測だったが、たぶんそうだろうと決め付けてぼうっとしながら。彼女は食べ終えた食器を下げて、食堂を出る。

 

 気持ちに整理を付ける目的で、両手のひらで頬をパチリと叩いて気付けとする。そして点火した気持ちが冷めないうちに、工廠へと向かった。

 

 

 

 天気予報を確認すると、今日は一段と冷え込むと聞き、巧はいざというときは着ようと、昨日貰ったジャケットの入った紙袋を手に、ガレージへと向かう。

 

 向かう途中、彼女は変な感じだった。歩いている隣には加賀と父が居るのだが、更に怪我の療養と、深海棲艦との交流目的でまだ滞在していた元帥と、摩耶まで居る。摩耶はまだしも、なんで元帥まで居るんだ? 他に仕事とか無いの? と思う。

 

 立場を知ってしまってから、未だに彼の周りに漂う謎の圧に慣れないな、なんて思う。軍属の加賀と摩耶はわかるが、なぜ我が父親まで平然としているのか、巧は理解に苦しんだ。

 

 そうこうしているうちに、昨日父と作業をした場所に全員到着し。巧は慣れた手つきで地面と扉を固定する南京錠を取り払って、シャッターを開いた。

 

「……???」

 

 アレ、こんな状態にしたっけか?

 

 巧の脳内に無数の?マークが浮かぶ。部品を外されてそのままになっていたはずの車が、なぜか、雨風を防ぐときに被せておくような灰色の防護シートが被せてあったのだ。当たり前だがそんなものを施した覚えの無い彼女は困惑した。

 

「なんで? 誰か被せたのかな」

 

「早く取っ払ってみろよ。驚くべき物がお前を待ってるぜ」

 

「マコリン何か知ってるの?」

 

「いいから早く!」

 

 急かされながら、何かよくわからないまま巧はシートを掴み、テーブルクロス引きのような動作で勢いよく引っ張った。周りで様子を見ていた数人が、ワクワクした笑顔だったことに、巧は気付いていなかった。

 

 

 嘘のように車が綺麗に直っていた。ひしゃげた屋根も、基部ごと外れたタイヤも、外しておいたリア、フロントバンパー、トランクとボンネットも。形状こそ少し違えど、全て元通りになっていた。

 

 

「…………!」

 

 ビックリして巧は目を見開く。唖然としながら、別の車にすり変わったのかと思ったが、内装、ナンバー、一部の部分に貼ってあったステッカーを見て、紛れもなく自分の車だと認識する。

 

 驚いて目を白黒させていた巧に、子供のような純粋な笑顔を見せながら、元帥が話す。

 

「貴女には命を救われたからね。これぐらいはしなければ、と思ったのさ」

 

「元帥様……」

 

「こっちの、特に摩耶さんからしつこく言われてね。昨日の夜から今日の朝にかけて、腕利きの職人と金の力に任せて修復したんだ」

 

「…………」

 

 カーボン製に交換された黒いボンネットを撫でる。大好きだった車が元通りに直った。その事実が信じられなくて、男の声は巧の耳には入っていなかった。

 

「残念ながら、全て完全に元通りにはならなかったのは謝る。手に入らなかった部品やフレームは代替品とこちらの自己判断で修復させて頂いた、といった具合でね。申し訳ない」

 

 確かに、元は純正だったボンネットは社外品で何かのステッカーが貼ってあり、逆にヴェイルサイド製だったリアスポイラーはタイプV以降の純正になっている。が、そんな些細な事は、車が走れる状態にまで直ったということで、全く気にならなかった。

 

「……これ、走るんですか」

 

「当たり前だろ、ボケた事言うなよ巧」

 

「だって……」

 

「っと、あとな、親父さんから話あるって。聞いてやんな」

 

 摩耶に軽く胸を小突かれた後に、そう言われ。待ってましたと父が近くにやって来る。

 

「何さ、言いたいことって」

 

「お前と昨日話してて思ったんだけどな。何か勘違いしてるなって、思って」

 

「カン違い?」

 

「お前、昨日俺に殴られるかと思ったとか小声で言ってなかったか?」

 

「……! 聞こえてたんだ」

 

「親父を舐めんなよ。娘の言うことなんて把握済みだ。まぁなんだ、そんな事しねぇよ。だいたいこれはお前の車なんだしな」

 

「え? いや、だって名義変える前は父さんの」

 

「違うな。俺はこいつに乗ってたのは5年かそこらだ。でもな、お前はもう少しで10年も乗ってるんだ。愛着だってあるんだし、立派にお前の車だよ」

 

「…………」

 

 感謝の念しか無かった。自分を案じてくれた父にも、元帥に掛け合ってくれた友人たちにも、そして動いてくれた元帥にも。一筋頬を伝った涙を、巧は作業着の袖で拭う。

 

 「試運転で、加賀とヤビツでも走ってこいヨ」。摩耶がいつの間に持っていたのか、部屋に置いていた筈の車のキーを投げてきたのでキャッチする。

 

 仕事は? と聞くと、加賀が、今日は提督から許可を貰って休みにして貰ったと言う。今日もまた警備は元帥の部下と味方の深海棲艦に任せるらしい。

 

 ドアを開けて、3日ぶりに車のシートに腰掛けて、シートベルトを締める。すごく久し振りに感じたが、運転席の空気を懐かしむ前にエンジンを掛ける。うるさくも心地よい、ボクサーエンジンのノイズが室内に響き渡り、また巧の瞳が潤んだ。

 

 ギアをニュートラルに入れたままエンジンを空吹かししてみる。順調に回転数が上がり、吹け上がりもよく、ハンドルやアクセルに変な重みも感じない。全てが壊れる前の快調な時と同じだった。

 

 隣に加賀が乗り、彼女がシートベルトを締めたのを確認して。巧は強化タイプの少し重いクラッチを踏んで、シフトノブを1速へ入れ、アクセルを踏んで車を発進させる。たった三日間の空白を挟んだだけだったが、運転に必要な行動全てが懐かしく感じた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 一時間ほど飛ばし気味に一般道を通って、道すがらにハンドリングのクセや違和感が無いかを確かめ。巧は今日の目的地に設定していた、前に加賀のFCの試運転にも来たヤビツ峠に到着したことを、道と看板を見て把握する。

 

 この間のクリスマス頃のドカ雪ですっかり白く染まり、アイスバーンや氷が張った悪路を前に。上等とばかりに巧は愛車のアクセルを踏みつける。彼女の楽しそうな様子を見て察したのか、加賀は急いでサポートグリップを掴んでこれからに備える。

 

 タコメーターの針が瞬時にレプリミットの8000回転に差し掛かり、3速にシフトアップ、そのまま速度を落とさずに時速100kmを維持したまま車はぐんぐんと山を上っていく。向かってくるガードレールに、ニヤついた顔を崩さず、巧はさも当然といった様子でハンドルを一旦右に切る→すぐに反対にカウンターといった動きで、氷に足を取られる車を御しきった。

 

 まだ朝ということもあって、車通りはそれなりに多いので。センターラインを割らないように、片側の車線だけを使って巧は車をドリフトさせる。いくら下りよりも上りの方が速度が乗らないぶん、車が制御しやすいとはいえ。加賀には運転席のオンナの運転は神業以外の何物でもなかった。

 

「…………~♪」

 

 もうもうと新雪を吹き飛ばして雪煙を巻き上げ、アイスバーンを叩き割り、ギアチェンジの度にプシューンと子気味よくブローオフの音と、エンジンの重低音を山中に響かせて。上機嫌な巧の様子にリンクするように、白いインプレッサは元気に猛然と道を走っていく。

 

 少し前に自分の車を運転させた時には死ぬほど怖かったのが、今日の加賀には、巧の運転がなぜか怖く感じなかった。

 

 雪の下に氷があり、その上から更に軽く水が張っているという最悪な路面状況も相まって、普通のブレーキポイントの遥か手前から制動させても、殆ど減速しないで壁に突っ込んでいく車に。前の彼女なら恐ろしさで気絶したかもしれないが、「巧の運転ならどうにかなる」という思いが、恐怖心を無くしていたのだ。

 

 ただただスゴいな。全く怖くないと言えば嘘になるが、加賀は運転者の彼女の技術に感嘆の溜め息を吐く。

 

 5分としないうちに休憩所がある場所まで上ってきて。巧は対向車と後ろから上ってくる他の車が居ないことを確認すると、サイドブレーキを引いて180度ターンを決め、そのまま今度は道を下り始めた。

 

「……じゃあ、加賀さん。ちょっと本気で飛ばしますね」

 

「うん。……え゙?」

 

 今この人はなんて言った? 加賀は背筋に冷や汗が流れていくのを感じながら、巧に聞く。

 

「本気? 今までのは本気じゃ」

 

「行きますよ!」

 

「ちょっと」

 

 すっかり最高出力で車を飛ばしているかと思いきや、そうではなかったらしく。巧は2速から1速に戻してフル加速の体制に入ると、一気にアクセルを踏みつける。人生で体験したことがない加速のGでシートに体を押し付けられた加賀の瞳に、例によって猛然と岩の壁が向かってきた。

 

 

 ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙…………

 

 

 車のエンジン音に混じり、冬の山に一人の女の叫び声が登山客の耳に入ったという。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 峠の麓まで戻り、観光地でもある菜の花展望台の駐車場に巧は車を停める。隣の加賀はよっぽど恐ろしかったのか、車からふらふらと酔っぱらいのように降りて崩れ落ちる。

 

 こ、殺されるかと思った……。季節は冬だというのに、焦りで出てきた汗で背中を濡らした加賀は、下ってくるのに使った時間と同じくらいのインターバルを挟んでからやっと落ち着き。フェンスに寄り掛かっていた巧のほうに近寄る。

 

「始めて来たけど、綺麗ですねここ」

 

「ええ。山だから空気が澄んでいるのかしら、遠くまで見渡せるのね」

 

 ……いつ、あの事を言おうか。加賀はにっこりとしている彼女に、元帥からの伝言を伝えるタイミングを見計らう。加賀もまた、巧の父と同じく巧を軍に引っ張るための説得を言い渡されていたのだ。

 

 もとはと言えば軍に無理矢理連れ込まれた人間だ。それを更に強制して、今度は住む場所や行動に制限をもうける。なんだか残酷な事のような気がして、友達にはなかなか言い出せない。そんな心理が加賀にのし掛かる……そのとき、巧の方から話し掛けられた。

 

「軍に残りますよ。私」

 

「え」

 

 今、その事を自分は言ったかと加賀は困惑した。そのまま巧は続ける。

 

「父さんからもう昨日聞いてたんです。加賀さんも元帥さんに言われて、説得ついでに隣に乗ったんでしょ?」

 

「はい……最初から気付いてたの?」

 

「何となく。だってあのオジさん色々考えて行動起こしてそうだし、何となくそうだろうなって」

 

「……ごめんなさい」

 

「なんで謝るんですか。お給料いいですし、友達も沢山できたから。その、北海道だって一生戻れなくなるって訳でもないんだし」

 

「でも、ほとんど貴女に選択肢がないみたいで」

 

「加賀さん。私は無理矢理言われて軍入るんじゃなくて、自分で決めて入るんです。だから大丈夫。何とも思ってないし」

 

 「それに」。巧は続けて呟いた。

 

「戦艦水鬼さんとも、仲直りというか、距離を縮めるというか。万一地元に戻っちゃったら、そういうチャンスも無くなりそうだから」

 

「……本当、親思いなのね」

 

「加賀さんは違うんですか」

 

「そろそろその「加賀さん」っていうの止めにしないかしら。私にも本名があるし」

 

「はぁ」

 

 そう言えば知らなかったと小声で漏らした相手に。はにかみながら、加賀は自分の名前を教える。

 

「中山 雪菜っていうのよ。改めてよろしくね」

 

「結構平凡な名前なんですね」

 

「……期待に添えず平凡で悪かったわね」

 

「ははは。すいません」

 

 口ぶりとは裏腹に。加賀は楽しそうな笑顔を浮かべて、巧に応対した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 鎮守府の、工廠と海が交互に見渡せるような場所で、戦艦水鬼は何も考えずに地面に突っ立っていた。

 

 「おっ、いたいた」と男性の声が聞こえてくる。ゆっくりと右を向くと、背の高い男が一人。誰かと問えば南方棲鬼の父だと名乗り、そのまま自分の隣に立って海を見始めた。

 

 気まずい。戦艦水鬼はそう思う。方や生みの親、方や育ての親だが、両者に全く接点は無く、しかも娘からの印象も真逆なのだ。付け加えて元帥以外の男性と接したことがない水鬼には、どう話しかけていいのかがわからない。

 

 少し波が立った心を落ち着けようかと、着ていたベンチコートの収納から娘の写真を出して眺める……だが「母親とは思ってないから」との言葉を思い出すと、気分が沈んで逆効果になってしまった、そんなとき。男の方が口を開くのだった。

 

「……アイツについて、あんまり気負いすぎなくていいと思いますよ。考えすぎると頭いたくなるし」

 

「娘との付き合いが長いことによる、余裕ですか?」

 

「そんなんじゃなくて。見せたいものがついさっき出来て、持ち場抜けて来たんで」

 

 携帯電話を出し、慣れない手つきで彼はそれを操作し。液晶画面にある画像をセットして、手渡してきた。

 

 そっと差し出された手に握られていたスマートフォンを手に取る。

 

 自分の娘が、車を背景にして、カッコをつけている写真が表示されていた。少し前にSNSアプリで彼女から送られてきたらしい。「ダサいって言いやがったくせに、俺がやった服着てるんですよ!」と毒づいている彼の表情は、一点も曇りがない笑顔だ。

 

「コイツの顔見てくださいよ。なんにも考えてなさそうなアホ面かましやがって。でもすごく楽しそうでしょう? 見てるだけでどーでもよくなってくるような、こっちまで頭がアホになって楽しくなる感じで」

 

「解るような、解らないような……」

 

「せっかく美人なんだし、貴女も笑ったらどうです? ムスッとしてたら幸せ逃げますよ。一日やそこらで解決する問題じゃないんだし」

 

「そうは言われても。私は30年近くも音信不通で、全く彼女と交流なんて無かったんだし。貴方ほど仲良くできるかは」

 

「これっぽっちも仲良くないですよ?」

 

「へ?」

 

「顔をみれば殴り合い、罵り合い、売り言葉に買い言葉! そんな関係ですよ」

 

「へ、へぇ」

 

 あの子って、そんなに活発な子なのね。なんだか恐ろしくなってきた……。水鬼は考えながら、もう一度携帯の画面に視線を移す。

 

 時間だけで関係の修復ってできるのかしら。そんな言葉が脳裏を掠めるが、同時に父親の彼の言葉も考えてみる。確かに画面越しの娘は本当に楽しそうな表情で、こっちもつられて笑顔になりそうな物だ。

 

 少し、前向きに考えようかな。

 

 カンカン照りのお天道様が浮かぶ空を見る。横須賀の上空は、巧が写真を撮った場所と同じく、綺麗な青色をしていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 




というわけで最終話(一応)でした。

約1ヶ月弱、応援、感想、批評をしていただいた方々には頭が上がりません。
本当にありがとうございました。再度の投稿が有れば、またよろしくお願いいたします。


オマケ 巧のインプレッサのナンバーです。適当に作ったから変かも知れませんがそこはご愛敬ということで……

【挿絵表示】

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