南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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1日空いてしまいました。箱根についてしらみ潰しに調べていたら時間ががが




那智の地元は観光地

 

 

 

 北海道から、修学旅行以来出たことがない巧にとって、東名高速を走るのは、当たり前だが人生で初めてだった。

 

 CR-X、FC、R34と続き、自分の後ろには摩耶のミニクーパーが付いている状態の隊列を保ったまま、巧は前の誘導に従って料金所に入り、合流した本線でアクセルに込める力を強める。時刻は平日金曜日の10時頃という半端な時間を狙って出ていたため、車通りは少なく、三車線ある道路は空いていて快適だった。

 

 地元だった北海道の道と比べて、段差やヒビも少なく、よく手入れの行き届いた道だな、と思う。環境的な要因で致し方ないのだが、東北方面の道は、一般道も有料道路も関係無く、雪や氷のせいで割れていることが多いのだ。

 

 乗っている車のサスペンションが硬いのにもかかわらず、スムーズにドライブができることに、ちょっとした感動を巧は覚える。

 

 道なりに1時間ほど、海岸沿いの道は深海棲艦の危険が常に付きまとうため、と3年ほど前に新設された場所を、平均速度100キロほどでクルージングする。

 

 道中、明らかなスピード違反で飛ばしている、違法な取り締まりを敢行していたパトカーに嫌悪感なんかを抱いたりもしたが、特にこれといったトラブルもなく。順走、逆走合わせて4車線ある道路脇の景色が、少しずつビル群から山脈に移り変わってきた辺りで、全車は休憩としてPAに入ることになった。

 

 「ひとまずお疲れさま」、と言ってきた那智が続けてトイレと朝食の時間だと言い、全員が別行動になる。

 

 さて、パーキングのご当地メシでも買うかなと、巧は宣伝文句が書かれたのぼりが立っている建物に入ろうと歩く……ときに、1度振り替えって車に鍵をかけようとして。何故か棒立ちしていた天龍が視界の隅に入った。

 

 何か手に持っている、彼女の手のひらをよく見てみれば、立派なカメラを両手で構えて、スカイラインの写真を撮っていた。

 

「やっぱカッコいいな、俺の34!!」

 

「好きなんだ、スカイライン?」

 

「そりゃもう! ガキの頃からの憧れの一台ッスよ! それが目の前にあってったら、もう、もう…、もう……!」

 

 「この角度がもう、最高にたまんねぇ!」 なんて、ちょいとばかりアブない人のようなテンションで、天龍はいつも左目に付けている眼帯を外してシャッターを切りまくっている。

 

 数分経って、売店でメロンソーダと惣菜パン幾つか、更に外に出ていた屋台で買ったホットドッグをかじりながら戻ってきても、まだ車の前に陣取っていた彼女に。お熱だなぁ、と思うと同時に、渡しておきたい物を思いだし、巧はインプレッサの車内からある物を出して天龍に渡した。

 

「天龍さ、持っといて欲しいのがあるんだけど。はいこれ」

 

「……? なんすかこの赤黒の洗濯バサミみたいなの」

 

「ブースターケーブルだよ、ほら、車から車にバッテリー移すやつ。何かあったときのためにみんな積んでるって聞いたんだけど、天龍だけ聞くの忘れてたから持ってきといた」

 

「あ、……なんかすんません、手間かけさせちゃって」

 

「さてと……ほれ、早くご飯買ってきな、出発まであと5分だよ」

 

「あっ、やっば!」

 

 やっちまったとの感情が表に出た顔で、天龍は急いで車のドアを開けてカメラを投げ込み、置いていた鞄から財布を引ったくって売店に駆け込んでいった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 休憩で立ち寄ったPA近くの料金所から高速を降りて、箱根椿ラインを経由し、道中ポツポツと点在したゴルフ場等を横切り30分ほど。5台は箱根の山々をバックにしながら、芦ノ湖スカイラインを走っていた。

 

 高速道路のような料金所を通過して数分。景色の妨げになる邪魔な木や丘、ちょっとした山なんがが消えていき、全車は大きな湖が見える海岸沿いのような道に入る。

 

 巧は先をいく天龍が速度を下げたのに従って、ペダルを踏む力を緩めて、パワーウィンドウを下げ、外の景色を眺めた。

 

 絵の具のチューブから捻り出したような綺麗な青色をした、雲が全く無く、どこまでも清みきった空と、その奥に見える富士山が道の近くの湖面に反射して映り、今までは写真かテレビの液晶越しにしか見たことがなかったような景観が、網膜を通して脳内に拡がっていく。

 

 たった600円かそこらの金を払っただけでこんな景色が拝めることに。彼女は自分という人間が、自分の車を持っていたことと、免許を持っていたことに心から感謝した。

 

 開けた窓から入ってくる風が冷たいが、そんなことは全く気にならなかった。

 

 人生誌の1ページに残る思い出になりそうな物が観れたことも要素のひとつとしてあったが、なによりも気の会う仲間同士でこういったドライブに出掛けることなんて初めてだったから、この独特な空気の居心地の良さが楽しく感じられたのだ。

 

 那智さんやマコリンはこういうことに慣れてそうだけど、雪菜さんや天龍は、この自分の感じているのと似た事を考えているのかな。それとも雪道に悪戦苦闘して景色見るどころじゃなかったりして?

 

 流石に不注意で事故なんて起こすわけにはいかないので、前の34Rにも気を配りながら、走りやすい直線が続くときを見計らって景色を楽しむ。前や後ろにいる友人たちの事を考えながら、同時に今後の予定を振り返ってみる。

 

 那智さんが立てた計画では、このまま箱根スカイライン手前で曲がり、そのまま今度は今走っている湖の反対側の道路に渡って、適当に食事処と土産物屋に寄るんだったっけ。

 

 考え事をしていると、新雪にタイヤを取られてスベるが「おっと」と軽く呟いて驚く程度で、巧は慣れた手付きでハンドルを操作してインプレッサを御しきる。

 

 

 

 

 最初の集合場所から出発し、合計の移動時間が3時間ぐらいになったタイミングで、先頭車のCR-Xの窓から那智が手を出し、「休憩所に入るから」との合図を出す。

 

 芦ノ湖スカイラインの中間地点にある、唯一の売店・トイレつきのサービスエリアに入る。時間が時間なので誰もいないかと全員がタカをくくっていたが、意外とこの場所は混雑していて、今日が平日で良かったな、と巧は思う。

 

 丁度よく5台横並びで車列を成せるスペースを確保して駐車。全員またそれぞれ別々の行動をとることになった。

 

「お~すご、コルベット停まってる」

 

「あの車がそんなにすごいのかしら?」

 

「アメ車のスポーツですよ、お高い車です」

 

 特に何もすることがなかった巧が、少し離れた場所に停まっていた車についてコメントすると、同じく暇だったのか、加賀が乗ってくる。

 

 平日のこのエリアは少し面白い様子を見せていた。「定年して趣味に没頭できる時間を満喫しに来ていますよ~」、という雰囲気まんまんなライダーやスポーツカー乗りのおじさまが大量発生していたのだ。

 

 そんな周囲の様子はともかく、せっかくなので自分の携帯電話で遠方に見える富士山を撮っていると。二人はここに居た中では少数派の、自分らと同い年ぐらいの男性から声をかけられた。ナンパかと邪推したが、ただのカメラのヘルプだ。

 

「すんませーん、あの、ボタン押しやってくんないすか?」

 

「私でよければ」

 

「あ、どうも! ここ、押してもらえればOKなんで」

 

 3脚が立てられた場所に行き、操作を教えてもらった巧は7~8人ほどでツーリングにでも来たのであろう、バイクを背後にしてピースしている彼ら彼女らにピントを合わせて、シャッターを切った。

 

 ありがとう! と言われて自分の車がある場所まで戻ろうとしたときだ。一緒にくっついていた、今度は加賀に、また一人話し掛けてくる男性が。

 

「このスポーツカー、嬢ちゃんらの車なのかい?」

 

「え? はい、一応」

 

「いいねぇ、美人とクルマの組み合わせはサマになるな!」

 

「…………!」

 

 ちょっとお腹がポッコリしたおじさまに、どストレートで誉め言葉を言われて加賀は顔を赤くする。周りで見ていた巧はというと、フレンドリーなオッサンだな、なんて思っていた。

 

「ナンパなら受けませんよ?」

 

「ははは! そんなことしたら女房に怒られるからしないよ。その、あんたらは夜までこの辺りを流したりするのかな? と聞きたくて」

 

「……? 夜まで居座っていると何か不味いことでもあるのかしら」

 

「実はそうなんだよ。最近何かとここらは物騒でね」

 

「というと……マナーの悪い走り屋でも出てきたりするんですか?」

 

「走り屋なんて生温い、犯罪者に片足突っ込んだ変なのなら知ってるよ。……そうだな、ここらはケーサツ役に立たねーから、教えてあげるよ」

 

「犯罪者……」

 

「ここらが地元のやつは誰でも知ってる。去年の夏ぐらいから出てきてる、オレンジ色のR35だ」

 

「オレンジのR35? もしかしてそれって17年式の新型じゃないですか? よっぽど金持ちなんですね」

 

 地元の人なのかな? と二人が目の前の人物について考えていると。売店から戻ってきた那智が合流し、誰だこの人?と言ってきたので、軽く説明した。少し考えるような仕草のあとに、彼女は口を開く。

 

「……そういえば何かチラホラ聞いた覚えがある。煽り運転で事故を誘発させる危ないのが運転してるって話だったか。しかもナンバーハネ上げてて、特定できてないって」

 

「そーそー、そのGTR。嬢ちゃんたちも気を付けたほうがいいぜ。あんたらみたいな車に乗ってるやつ、手当たり次第に狙ってくるらしいから。じゃ、こんなオッサンに付き合ってくれてありがとな!」

 

 厳つい顔に笑顔を浮かべながら、手を振って離れていくオジサンに、3人は手を振り返して見送った。

 

「そんな危ない車が……峠ってそんなものなのかしら」

 

「どこもかしこもって訳じゃ無いと思いますよ。……やっぱり観光地で人も多いから、どうしようもないのが一人ぐらいは居るってだけじゃないでしょうか?」

 

「…………」

 

「那智さんどうかしました?」

 

「何か、どうにも嫌な予感がするんだよ。夜が来る前に切り上げて、全員集まったら、ここから出て目的地に出発しよう。」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 なんだか物騒な噂を聞いたとあって、那智が計画を前倒しして一行は今日の最終目的地、芦ノ湖をぐるっと半周して箱根港町周辺に到着する。

 

 那智以外は全員初めて来る場所だったが、北海道なら小樽の町に少し似た、道のど真ん中に水路が走っているこの町の景観の美しさと、もうひとつ、奇妙な点に目が釘付けになった。

 

 典型的な大きな和風の旅館が建ち並び、神社の鳥居を模した電柱なんかが立っていたりしているのはなんとなく予想通りだったが、ある一定の区間からガラッと温泉街→商店街→ヨーロッパ風の洒落た通りに繋がっているという、外見だけならテーマパークを名乗れそうなほどにバラエティ豊かな建築がある町の構造に。面白い場所があるもんだな、なんて4人が思う。

 

 那智がオススメのパン屋があるからついてこいと言うので、一行は雪化粧を施した石畳を踏みしめながら歩いていく。彼女のいう場所は、ヨーロッパな通りの中央辺りに陣取っていた。

 

「着いた、みんな。ここだ」

 

「おぉ……めっちゃ洒落たお店!」

 

 ミントグリーンの外壁に、大きく「LEVEN」と看板がかかった、一部がガラス張りで中の様子を見ることができる店だった。入り口の近くにはイーゼルで立て掛けられた黒板が置いてあり、今日の日替わりメニューというものが挿し絵つきで書いてある。

 

 優雅なランチタイムでもすごそうじゃないの! と珍しく目に見えてウキウキしている那智についていく。何かあるのかな? と巧が思っていると。中で店番をしていた女性に、那智が声をかけた。

 

「よぅ、姉さん今やってるか?」

 

「いらっしゃ……知美! どうしてこんな所に? 今日って平日じゃない」

 

「鎮守府が一斉入ってるんだ。で、こっちの天龍が車買って有頂天でな、ドライブでも行こうって話になったんだ」

 

 この後ろの連中全員お仲間……と那智が自分の姉だと言った彼女に伝える。が、巧以外の3人はそれぞれ言い方は違うが「まじかよ」といった内容の事を呟き。あ、元艦娘さんか、と巧は察する、そのときだ。

 

 ひゃあああぁぁぁぁ!!?? 深海棲艦!!!!

 

 店内に女性の叫び声が反響する。そして那智が「あっ」と思い出したように漏らし、眼前で顔を青くしている自分の姉に巧の事を伝える。やっぱりか、やっぱり私は深海棲艦に見えるか、いやあってるけどさと内心で愚痴った。

 

 「ご、ごめんなさいいきなり叫んじゃって。そうよね、冷静に考えて深海棲艦が那智と一緒に来るわけがないものね」。言いながら、おかっぱ頭の彼女から惣菜パンを1つ貰う。巧に向かって変なことを言ってしまったお詫びらしい。

 

「初めまして、南条さん。知美の姉の一美(かずみ)です」

 

「どうも」

 

「驚いた、妙高さんってこんな所で働いていたのね……道理で近所なんかじゃ見かけないわけだわ」

 

「えぇ、あそこからじゃ遠いものね。親のこのお店を継ぐのが昔から夢だったから、体壊したのをきっかけに地元のここまで戻って、ね。」

 

「そんなことより姉さん、こっちの巧が前に困ってたぜ。駐車場に邪魔くさいN-BOXが置きっぱなしだって」

 

「……!!」

 

 あの車、この人のなのか! と巧が思う。

 

「あら、まだ置いていたの? 売っちゃえばいいのに。軽は人気だからいい値段になると思うけど?」

 

「おいおい、もうちょっと考えろ……他人のものがそう簡単に売れるわけないだろ」

 

 加賀が言った言葉を考えるに、前は妙高という名前で艦娘をやっていたのであろう彼女に、久し振りに会ったのが嬉しいのだろう。天龍と自分を除いた3人が世間話に花を咲かせている。巧的にはなんとなく仲間はずれになってしまった気分だ。

 

 ……丁度窓側にテーブルがあるから、貰ったパンでも食べようかな。なんの気もなしに、全員が見える場所に座って、貰った物を袋から出して一回かじる。

 

 ……!! ウ マ す ぎ る !!

 

 なんだこれは!! と脳内に電流が流れたような思いだった。下手をすれば人生で食べたパンの中で一番美味しいかもしれないと考える。普通にどこにでも売っていそうな、中にコーンサラダとハムが挟まったパンだが、味のレベルが根本的に何かが違うようなアレだ。

 

「そんなにうまいのかそれ」

 

「マコリン、ヤバい、パナイ」

 

「お、おう」

 

 ここで迷惑でないならば、ぴょおおおおおお!! とか叫びたい美味さ。と伝えると親友に引かれた。悲しい。

 

「……アレ、そういえば天龍は?」

 

「財布忘れたから一回戻ってるって」

 

「あらら」

 

 いつの間にかに消えた天龍のことを摩耶と話していると、加賀がトングとトレーを持って店内を物色している。那智が言うには生地に企業秘密のあるものを練り込んでいるから美味しいんだ! とのこと。

 

 ここのご飯、めっちゃくちゃにレベルが高いんだな。これは期待できそう!

 

 食べ終わったパンの袋を服のポケットにねじ込み。巧も買い物をするため、入り口付近に置いてあったトングを手に取った。

 

 

 

 

 




不穏な空気を出しつつ、のんびりギャグで中和するスタイル。
……中和できてんのかな?

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