南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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今までに比べてかなり短いです。




トラブルの余寒

 摩耶が車を走らせて一時間ほど経過した時だろうか。御殿場から横須賀に戻るのに、昨日の旅行でも使った芦ノ湖スカイラインを経由して、彼女は今、箱根で言えば、椿ラインやターンパイクがある場所に差し掛かっていた。

 

 このままゆっくりと走って、鎮守府に朝帰りになるのも別に良いとは思っていたけれども。出来ることなら早く帰って就寝につきたいと考えた摩耶は、椿ラインではなく、有料道路の箱根ターンパイクを使うことにした。

 

 10時半に閉鎖される料金所をギリギリで通過して、最初の展望台がある地点を通り過ぎ、サーキットのような独特な構造が特徴なこの峠を下っていく。

 

 今日初めて通る道だったが。摩耶は、噂通りの凄い道だな、と思った。

 

 かなりきつい傾斜と、綺麗に舗装された真っ直ぐな直線がどこまでも続いていて、制限速度の50kmなんてあっという間に過ぎてしまうのだ。少し気を抜いただけでメーターが100を表示するので、慌ててアクセルから足を離して、という事が何回も起きる。

 

 借り物の車だし、少し気を付けるか。快適な道なのでスピードが出したい気持ちはあるが、きっちりと制限速度を守ってスープラの運転をこなしていた時だった。

 

 自分の車が出す音が大きくて気が付かなかったが、背後から1台、何かの車が近づいてきたのをバックミラーで見付ける。

 

 数秒後、その相手にべったりと背後にくっつかれる。思わず摩耶の口から独り言が漏れた。

 

「後ろから1台来てる……?」

 

 追い付いてくるってことは、地元の走り屋か? だとしたら面倒だな。そう考えてハザードランプを点けて道路脇に車を寄せた。

 

 

 すると対向車線から抜きにかかり、横に並んだ車は、あろうことか隣から軽く追突してくる。

 

 

「!!」

 

 慌てて、フラついた車を小刻みにハンドルを切って軌道を修正する。

 

 何がなんでもバトルしろってことか。身の危険を察知して、すかさず摩耶はアクセルを全開にして逃げる。待っていましたとばかりに背後の車は追い掛けてきた。

 

 ペダルを踏めば踏んだだけ加速し、500馬力の大パワーエンジンが唸り、あっという間に時速150kmの世界に突入する。峠道でこんな速度を出すのは人生初だった摩耶の手が軽く震える。

 

 ブレーキに負担がかかるのを嫌って、彼女はサイドブレーキで後輪をロックしてパワースライド気味に道を曲がっていく。

 

 度胸だけの下手くそならこれで離れるか……そんな楽観的な摩耶の考えは砕けることになった。相手は直線に差し掛かるとすぐに追い付いてきたのだ。メーターは既に200の表示を越えており、正気の沙汰ではないと彼女は舌打ちした。

 

「この車に付いてこれんのか……? どんな車だよ……!」

 

 コーナーで離しても立ち上がりで追い付かれる。恐らくは馬力が大きいのだろう後ろの車に、摩耶は舌打ちした。今の状況を考えるに、予想が当たっていれば、後ろは相当曲がりづらい車か自分よりもヘタな相手なのだ。時間が経つほどに、フラストレーションが積み上がっていく。

 

 下り始めから数えて、5つ目のコーナーが迫ってくる。「ブレーキ踏め」と書いてある警告表示に、慌ててヒール&トゥを駆使してギアを1段下げた時だった。常識的に考えて信じられないことに、摩耶は遭ってしまう。

 

 

 背後の車から、コーナリングの最中に追突された。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「   」

 

 ガツンと車内に響いた音を認識すると同時に、頭の中が真っ白になった。ステアリングを切った直後、荷重が抜けたリアに追突されたスープラは、あっけなく四輪すべてを空転させながらコーナー内側の壁に突っ込んでいく。

 

 その先は真っ暗闇が広がる川と崖だ。

 

「クソッたれぇェ!!」

 

 来るなよ対向車―――!!

 

 反射的に摩耶は思いっきりハンドルを曲がり角と同じ方向に切り、ブレーキにかけた足をアクセルに変え、全体重を乗せる勢いで踏みつけた。結果的にこの行動によって彼女は事故を免れる。

 

 完全に制御不能かと思われた車は、フロントを壁に掠めながら360度回転し道に戻る。ある程度はスポーツ走行の知識があり、何よりも北海道人と言うことでスピン状態の車の乗りこなし方を知っていた摩耶だからこそできた芸当だ。

 

 回転してから数メートルの場所で停車し、激しくなった動悸の影響でぜえぜえと息を吐きながら、摩耶は落ち着くのを待った。

 

「ハァ、ハァ……ハァ…」

 

 危うく大事故を起こすところだった。それも、200kmオーバーの事故など、下手をすれば死亡事故だ。だんだんと冷静になってきた頭にそんな考えが浮かぶ。

 

 咄嗟の判断が良い方向に働き、また時間帯が遅かったのも運が良かったのだろう。車通りもなく、車線二本を贅沢に使ってスピンを抑えたため、スープラは崖下に墜落することはなかった。

 

 なんとか落ちつきを取り戻して額を汗を拭い、準走の車線に車を戻して前を見た。摩耶の瞳に1台のスポーツカーが映る……昨日噂として聞いた、「あの車」だった。

 

 ナンバーをスライドネジでハネ上げて見えなくした、オレンジ色のR35 GTR……! ウワサの当たり屋ってコイツか!

 

「ゼッテェ許さねぇ……!」

 

 何がなんでも張り付いてプレッシャーかけてやる!

 

 挑発のつもりなのか。わざわざこちらを待って停車していた相手に、凄まじい形相になりながら、摩耶は準備を整えることにする。

 

 シートベルトを外して四点式の物に締め直し、ブースト変更のスイッチに手を掛け、一気に車を加速させる。すると、その様子を見て相手も発進した。代車だろうがなんだろうが関係ない。そんな思考に至るぐらい今の彼女は頭に来ていた。

 

 更に頭に来ることに相手は小刻みにブレーキランプを点灯させながら、フラフラと挑発するように走っている。上等だと摩耶は相手の売ってきた喧嘩に乗る。

 

 無理矢理始まったバトルの最初の頃に思った予想は的中していたのか、彼女はコーナーがある区間では充分に相手を煽るぐらいには追い付けていた。

 

 ただの金持ちのボンボンが、良い車に乗ってるからって自分の腕が良いと勘違いしてるんじゃないだろうな。調子に乗った彼女が、思いっきり床までペダルを踏みつけていると。

 

 突然コーナーも何もない場所で、相手がブレーキを踏みテールランプが発光するのが視界に飛び込んでくる。

 

「ッ!!」

 

 コイツ……! 慌てて足を掛けていたペダルをアクセルからブレーキに移してフルブレーキングに入る。夜の闇に良く目立つ、真っ赤に赤熱して光りながらロックされたスープラの大型ブレーキローターから、ブワッと湯気が立ち込めた。

 

 なんて野郎だ。ますます追い詰めてやらねぇと気がすまねぇ……! 

 

 何の事はない、ただの嫌がらせだったのだろうが……怒りで冷静さを欠いていた摩耶には相手のこの行動は効果は抜群で、普段は飄々としている彼女も今だけはとても普通とは言えない精神状態だった。

 

 相手に離されていくなか、またブレーキングポイントに差し掛かり、摩耶はフットブレーキとサイドブレーキを併用して車を滑らせていく。

 

 道と反対側にステアリングを操作しているときに、彼女はあるものを目にした。相手が、曲がりながらブレーキを踏んでいるのが見えたのだ。

 

「…………!」

 

 コーナー前ではなく、曲がりながらの姿勢制御ブレーキ……左足ブレーキか。 パドルシフトATだからって楽しやがって……!

 

 内心で毒づきながら猛然と摩耶も相手に追従していく。急勾配と意外にきついコーナーに、更に重い車体が影響して曲がりづらいこの車だったが、彼女はサイドブレーキで後輪をロックさせて強引に車をドリフトに持ち込み、壁に突っ込みそうな勢いで飛び込んでいく。

 

 自分からやっているとはいえ、強烈なオーバーステアで内側に曲がりすぎる車を逆ハン走りで捩じ伏せ、前へ前へと進む。だが差が開くばかりでGTRに追い付いているようには思えなかった。

 

「…………ッ」

 

 ダメか……馬力が違いすぎて追い付けない!

 

 大型シングルターボとスーパーチャージャー付きで500馬力を発揮する大パワーのスープラとはいえ、流石に最新式の、それも少しのリミッター解放で700馬力超を楽々捻り出す35GTRには離されてしまう。いくら腕前で勝っていても車の差が大きく、それも走っている場所が峠とはいえ、傾斜と直線もあって高速道路も真っ青なスピードが出るターンパイク。道を知っているだろう地元の人間が相手では、捲し立てるのは至難の技だ。

 

 ブレーキ操作とコーナーの処理で辛うじてテールランプが見えるぐらいには追えていたが、エンジン・年式・駆動方式・ブレーキ……挙げていけばキリが無いほど劣っていた乗車ではそれが限界だった。

 

 法廷速度など軽く脱している速度で走る恐怖と緊張で、無意識に額を脂汗で濡らしていたとき。何気なしにサイドミラーを使って運転していた車の後輪に目をやると、ドリフト中だということで、おびただしいほどの白煙を出している。通り過ぎた場所はそれの影響で、霧がかかったような状態になるほどだ。

 

「クソッ……一生忘れねーぞ……!」

 

 舌打ち混じりにシフトを3速に入れてアクセルから力を抜き、ボンピングブレーキで車速を落とした。これ以上こんな危険な場所を200kmオーバーで走り、タイヤがすり減ってブレーキが抜けたとなれば、今度こそ事故と病院のベッドが待っている。気分は収まらなかったが、摩耶は大人しく通常運転に切り替える。

 

 たかがウワサだと思っていたけど、本当に頭のネジが外れたとんでもねー奴だった。命が幾つあっても足りる気がしない……。

 

 もう何度目かわからない舌打ちすると同時に。摩耶はハンドルを1度、ドン、と軽く叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




パドルシフトAT→ハンドルについているボタンでシフト操作が行えるシステム。ただし普通に乗っている分にはただのオートマ。

ボンピングブレーキ→小刻みに少しずつブレーキを踏み、車を制動させる走り方のこと。北国の住民はこれができないと大変なことになる。


すごくどーでもいーかも知れませんが、実はこれ半分は友人から聞いた実話だったりします。(相手は捕まったらしいけど

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