南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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お待たせしてすいませんでした。ついに35のドライバーが登場します。

UAが二万を突破しました。こんな短期間でここまで伸びたのは初めてで、とても嬉しいです。


クレイジードライバー

 鎮守府に、天龍が事故を起こして入院した、という連絡が届いてからの巧と加賀の行動は早かった。

 

 リニアモーターカー並の勢いで自分の車を飛ばして病院に直行した2人は、駐車場の近くにFCとインプレッサを路駐して、建物の中に駆け込むと。職員から部屋の番号を聞き、そのまま廊下と階段を走って、彼女が担ぎ込まれたという病室に飛び込む。

 

 お互いに軽く気が動転していたせいで、2人はノックもせずに引き戸を開けて中に入る。「あ」 と天龍の声が聞こえた。彼女はベッドに座って、看護師から顔にガーゼを貼られている所だった。

 

「天龍大丈夫なの!」

 

「巧さんに加賀さん。いや、何ともないっすよ。デコに傷が増えただけで。日帰り入院だし」

 

「34は? 乗っけてたカレシさんもどうなったの?」

 

「谷本さんは、俺が事故る前に知り合いの人の車のって帰ってたから大丈夫っす。34もそんな、フロント少しぶつけたぐらいだから……」

 

 へらへらしてそう言う天龍に、「終わりました、上山さん、今日からお家帰って貰って大丈夫ですよ」と言って去っていった看護師に、「どうも」と3人が返事をして、また加賀は会話の内容を戻す。

 

「それにしても、一体どうしたのかしら。あんなに慎重運転な貴女が事故なんて」

 

「あはは……ヘタッピだったから、スピンしただけです……」

 

「…………天龍。嘘は良くないわ」

 

「え」

 

「自覚しているかは知らないけれど、貴女は今右上に目線が動いた。嘘を言うと人間ってそっちに目が動くのよ。」

 

「……………っ」

 

 心理学的に本当の事なのか、それともハッタリか。加賀の言ったことの真偽は巧には解らなかったが、少なくとも意図は相手に伝わったらしい。彼女の言葉に、天龍はゆっくりと、重い口を開く。

 

「信輝さんと、美術館行って、その次はレストランで飯食ってきて……箱根の、椿ラインって所を通ってたんです」

 

「「……………」」

 

「そしたら、帰りに後ろから35Rにぶつけられて……」

 

「35……!? それって噂になってる……」

 

「多分……オレンジの35だったから」

 

 また、出やがったのか。一体何がしたくてそんなことばかりを。

 

 自然と、自分でも知らないうちに巧は握りこぶしを作って、指に込める力を強める。内心では、顔も見たことがない相手への憎悪が沸々と煮えたぎり始めていた。見れば隣の加賀も同じ心境だったのだろう。彼女も似たような仕草をとっている。

 

 なんともモヤモヤした気分のまま……2人は、天龍を引き連れて一度鎮守府に戻ることにするのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 次の日から、巧たちの連休が終わったため、彼女らは仕事の時間に。入れ換わるように、他の艦娘たちが休みに入ることになったが、鎮守府にはある警告……というか、注意が全員に通達された。

 

 摩耶と那智が緒方に例のクルマの事を話したところ、天龍という実害が出てしまったことを重く見た彼が、「車で箱根に近付かないように」と言ったのだ。せっかくの休みなのに、行動に制限をつけられてブー垂れる人間も何人かは居たものの、そこは何とか摩耶が説得して、と今日の昼過ぎまで至っていた。

 

 鎮守府の外壁の傷んだ部分の再塗装をしながら、巧は、今日一日中元気がない天龍の事が気掛かりだった。明らかに彼女の様子が変なのだ。

 

 いつもは無言で仕事に打ち込んでいる筈の彼女が、今日はやたらとミスが多く、ぼうっとしているのが周囲からも丸わかりみたいな状態で。やっぱり、壊した車が心配なのだろうかと巧が思っていたそんなとき。

 

「南條さん、今、良いかしら~?」

 

「龍田さん。どうしました?」

 

 シンナー臭い塗料に顔をしかめていると、いつの間にかに近くに来ていた龍田に話しかけられ。無理矢理笑顔を作りながら応対する。

 

「さっき演習が終わって、着替えで部屋に戻ったんです。そうしたら、私の携帯電話にこんなメールが来ていて」

 

「34の修理状況……?」

 

「事故を起こしてから、姉さんの車が町工場に運ばれていたみたいなの。私はそういうのが解らないから、どういう状態なのか、詳しい巧さんか摩耶さんに見てもらおうって思ったんです」

 

「なるほど。ん……画像が3枚貼られてきてる」

 

「大丈夫だと良いんだけれど……姉さん、あの車すごく気に入っていたから」

 

 巧は嵌めていた手袋を脱いで携帯電話を受けとり、画面をスライドして、メールに添付されていたファイルを開いてみる。

 

「…………ッ」

 

 何が「大したことない」だ。巧は画像に写っていた34Rの惨状に、唇を噛み締めた。

 

 フロントバンパーは恐らく全損したため外されたのだろう。インタークーラーが丸見えの状態で、ボンネットがくしゃりと丸まり、窓ガラスにも蜘蛛の巣状のヒビが入っている。さらに、助手席側のドアが外れていた。

 

 何となく事故の様子を映像として思い浮かべてみる。まだ雪が残っている山道の下りで、後ろから追突された34はあっけなくくるくると回り、そこから顔を壁にぶつけた勢いで、そのまま車体の側面を崖に叩きつけられたのだろう。そんな事故を起こした時特有な破損の仕方だった。

 

 ここまで車がダメージを負っているのに、天龍はよくあんな傷で済んだなと思う。でも彼女的には、自分の身と引き換えにしてでも車の破損は最小限に留めたかったのだろうな、とも考える。

 

「…………」

 

「南條さん?」

 

「非常に不味いですよ、これ」

 

「え」

 

「端的に言います。多分だけど、修理するとなると軽く100万は掛かるかな……これは。天龍って任意保険とか入ってました?」

 

「そりゃ、入ってるでしょうけど」

 

「あぁ……それならまだ救いでしょうか。でも人気車両で部品も少ないだろうしなァ、34って……」

 

 相当な修理費用を覚悟するべきだ、と伝えると、それを聞いた龍田の表情に影が射す。買ったばかりの車をそんな状態にされた天龍の事を考えて、また巧は段々と腹が立ってくる。

 

 会話の最中にも手を止めず、若干乱暴に地面のコンクリートのヒビに水溶きアスファルトを詰め込んで補修する、という作業を続けていると、今度は巧の携帯電話が鳴り始める。こんな時間に誰だと出てみると、相手は加賀だった。

 

「龍田さんちょっと待っててね。はい、もしもし? どうかしました雪菜さん、わざわざ電話越しに?」

 

『巧ね。今忙しくて手が離せなくて、少し頼まれてくれないかしら?』

 

「何か追加で仕事でしょうか?」

 

『察してくれて助かるわ。4時か5時頃から来客があるらしくて、その人の車の誘導と洗車をやってくれって提督が言ってたの』

 

「そうですか。わかりました」

 

『かなりのお偉いさんらしいから頼むわね。じゃあ、切るから』

 

「は~い」

 

 来客か。そういえば自分と元帥以外にここに来る人って、自分の知ってるなかだと初めてか。そんなことを考える。

 

 待たせてしまっていた龍田と、その後は特に大事でもない世間話を交わしてから別れて、巧は時計で時間を確認する。来客まではまだまだの14:30との液晶の文字に、また彼女は建物と地面の補修作業に戻った。

 

 

 

 

 あれから巧は、指定された時間までに、手際よく元の仕事を終わらせて暇を作っておいて。

 

 来客が来たときに対応しなければならないので、鎮守府では4時を越える時間帯で閉じる可動フェンスの前に立ち、そして何人の客が来るかまでは聞けなかったので、道路工事の作業員が持っているような誘導灯を持って相手を待っていた。

 

 ふと、道路がある方向から、戦闘機のエンジン音を低くしたようなうるさい音が聞こえてきて、反射的に視線がそちらに向く。

 

 ウインカーを点滅させながらこちらに来た車両を見て、彼女の全身に雷が落ちたような衝撃が奔る。

 

 アルティメイトシャイニーオレンジのR35型GTR。完全にここ数日で出回っていた噂の内容と一致する車だった。

 

 真顔のまま内心は唖然としていると、相手からクラクションを鳴らされ、慌てて巧はフェンスを開けて敷地内に車を誘導する。すると、運転席に座っていた金髪の女性から軽い言い掛かりをつけられる。

 

「ぼうっとしてないでさっさと誘導してくれないかな? こっちはあんたらみたいな暇人じゃないの」

 

「すみませんでした。あちらのロータリーを右に曲がって、建物に添って頂くと駐車スペースがありますので」

 

「あっそ。じゃあね」

 

 …………。なんだか性格キツそうな人だな。自分にも非はあったが、無愛想な物言いの相手にそんな感想を抱く。

 

 念には念を入れて、一応マコリンとガサ入れしてみるか。

 

 例のドライバーと車は同じだけど、流石にそれだけで同じ人間とは断定できないと考えて……巧は取り出した携帯電話を摩耶、那智、天龍に繋いだ。

 

 

 

 

 来客の女性が助手席に乗せていたもう一人と鎮守府に入っていったのを確認してから、早速巧と那智は車の仕様の確認に入る。摩耶と天龍は少ししてから来るとのことだったので、先に観てみることにする。

 

 結果は、限りなくあの女はクロに近いということが解ってしまうのだった。

 

 フロントのナンバーは風圧で可動するタイプで、後方のナンバーも摩耶が言っていたバネつきの蝶番で羽ね上げる仕組みが付いていたのだ。何を言われても言い逃れできないグレーな部品たちに、2人は頭を抱えた。

 

 最近悪名を轟かしている当たり屋が鎮守府の、それも加賀からかじった話ではかなりの高官職の人間だなんて。変な偶然があるんだな、と思う。

 

 遅れてやってきた摩耶と天龍に結果を話すと、やはりというべきか。摩耶は3日挟んでもまだ怒りが収まらないと吐き捨てた。

 

「フザケんじゃねぇ、この車今から潰してやろうぜ!」

 

「やめとけよ、流石にまだ決まった訳じゃないんだから」

 

「そんな訳ねーだろうが、どこの世界にアイツと色から改造まで同じクルマに乗ってるクズが居るんだよ!」

 

 腕を振り上げて車体に肘鉄をやろうとした親友を、慌てて巧が羽交い締めにして抑える。

 

「やめなってマコリン! 那智さんのいう通りだと思うし」

 

 

「だれがクズだって?」

 

 

 少しずつわちゃくちゃしてきた現場に、女の声が響いて、その場にいた全員の視線が移る。居たのはGTRの持ち主だった。

 

 いくらなんでも戻ってくるのが早すぎないか? と巧が思っていると。続けて彼女が口を開く。

 

「近付かないでくんないかな貧乏人。バッチィから」

 

「なんだとォ!? 誰彼構わず人様のクルマにぶつけやがって!」

 

「はぁ? つか誰お前?」

 

「忘れたとは言わせねェぞ……アタシがそこのスープラで箱根走ってたときにぶつけてきたの、テメェだろうが!!」

 

「……あぁ、アレか」

 

「ッ!」

 

 完全に相手は噂のドライバーだと判明して、とうとう我慢していた摩耶の怒りが爆発し、そのまま相手に殴りかかる……前に、今度は巧に更に天龍が加勢して彼女を止める。

 

「やめてくださいよ、摩耶さん」

 

「フザけんなよ……こっちは一歩間違えれば、怪我で済まなかったかもしんねぇんだぞ!」

 

「冗談でしょ、アレあんたらが悪いんじゃんか」

 

 「おー怖い怖い」。相手をナチュラルに煽りながら、彼女は涼しい顔でべらべらとご高説を垂れ流し始める。 

 

「前を走ってんのがあんまりにもヘッタクソなもんで、どいつもコーナー遅くてさ、この車のパワー有り余って、つい煽っちゃっただけでしょ?」

 

「……そうかよ」

 

「こっちは普通に追っかけてただけなのに、勝手にパニックブレーキでとッ散らかってドカン。やだねェ、下手は目障りだから車乗るなっての」

 

「……謝れよ。こっちのやつなんてな、てめぇのせいで車壊れたんだぞ」

 

「やだね。証拠あんの? 私がぶつけたって。無いのにこんな言いがかりつけてきて、名誉毀損と恐喝で訴えられたいの?」

 

「ッ!」

 

 こちらをナメ腐ったかのような態度で悠々としている相手に、言い返す言葉がなくなり、摩耶が悔しさに体を震わせる。意外だったのは、天龍が何も言わず、ずっと黙っていたということだった。

 

 残念ながら、いまは何も出来ないので引き下がることしかできないと判断して摩耶は車から離れる。ムカつく女は何かブツブツ文句を垂れながらR35に乗り込んだのだが、行動がいちいち癪に障る奴だ、なんて思いが全員の頭に浮かんでいたときだ。

 

 もう一人、用件を済ませたと思われる彼女の連れの男性がやって来て、巧たちの目線がそちらに向く。

 

 摩耶以外の全員が固まる。居たのは、これも何の偶然なのか。天龍が前にデートした谷本だった。

 

「なっ……」

 

「!!」

 

 天龍の顔から表情が消えた。呆然としていた彼女の隣を、苦い顔をしながら彼は素通りして、オレンジのR35の助手席に座る。

 

 色々な事が一編に起こりすぎて、みんな意味がわからないまま……派手な色の車は、そのまま夜の闇に消えていってしまうのだった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「そんな事が……大変ね、彼女も」

 

「私は許せないですよ。あの女も……天龍をたぶらかしたあの男も……! 絶体アイツが誘導して女の遊び相手にしたに違いないじゃないですか。」

 

 時刻は同日の夜9時頃。溜まった書類を片して来て、気分転換と軽い運動に、夜風に当たりに来たという加賀と、巧はベンチに座って話をしていた。

 

 飲み終わった缶コーヒーの容器を握り潰し、眉間にこれでもかとシワを寄せて、女性がやってはいけないような形相になりながら巧は口を開く。

 

「どうにかして警察に突き出せないかな……あのオンナ」

 

「難しいんじゃないかしら。当て逃げは立証が難しいと言うし」

 

「全く、箱根中を警察が巡回していればいいのに」

 

 体中に怒り心頭! といった様子の彼女に、少しばかり加賀が引き気味に話題を合わせる。そのとき、こんなに夜遅くに、門がある方向から、来客を知らせるブザーが響いてくる。

 

 何だ? 不審者? と2人がフェンスがある方向へと駆けていくと。そこには、静かなアイドリング音を発している銀色の小型車が居た。

 

 非常に独特なスタイリングのデザインの車に、加賀が声を少し荒げた。少し前に見たことがある車だったからだ。

 

「………! この車!」

 

「知り合いなんですか?」

 

「前に山道で追い掛けてきた車、アレよ。……何しに来たのかしら」

 

 アポなしの客は、門が閉まってからは簡単に入れるなという事なので、乗っている人間の身分確認のために、2人は人一人が横向きでぎりぎり通れる隙間から外に出て、車のドアを叩く。

 

 小さなスポーツカーから、今日巧が会ったオンナと似ている、金髪のほっそりした女性が降りて。前に彼女を見ていた加賀が、相手に今日は何をしに来たのか、と尋ねた。

 

「まさかここまで来るとはね。こんな遅くに何の用かしら? 行っておくけど、今度こそレースはしないわよ」

 

「そういうのじゃないんだ。今日は」

 

「…………?」

 

 バケットシートに交換された車の助手席から、3つほどの紙袋を引っ張り出してきて。彼女はこう言った。

 

「お見舞いに来たの。ここの天龍さんの。箱根のGTRに事故らされたって、聞いたからさ」

 

 

 

 

 




35の女と谷本の関係。そして更に島風との関係とは。次回をお楽しみに。

オマケ 長らく不明描写にしていた島風の車です。知っている人は居るかな? 因みにかなりレアな車です。

【挿絵表示】

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