では、ドゾ
夜遅くにやってきた相手を、1度車ごと門を通して敷地内に案内し。加賀は、何だか含みのある発言から、胸の中に色々と溜め込んでいそうな彼女に会話をふっ掛けてみる。
「お見舞い、ね。わざわざ貴女一人で?」
「来ちゃダメだった? なら、これ、持ってきたお菓子と果物だけ置いて帰るけど。迷惑だったら受け取らなくてもいいし」
「……一応貰っておく。ありがとう。多分彼女も喜ぶわ」
「どういたしまして」と可愛らしい笑顔を向けてきた相手に無意識に2人の顔が綻ぶ。邪気の欠片もない表情に、巧はさっきのオンナとは大違いだな、と思う。
気を取り直して、次に巧が口を開く。見舞いに来たとは言うが、なんで彼女がこんなに、こちらの詳細を知っているのかが疑問だったからだ。
「艦娘の島風さんでしたか。あの、なんでこっちのこと色々知ってるんですか?」
「ちょっとなんやかんやあってさ、仕事でこっち来てるうちにね。近くでビジネスホテル取って35について調べてたら、仲間から連絡入ってきて」
「仲間……?」
巧が頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、島風が着ていた服の内張りから名刺を取り出して、2人にそれぞれ手渡す。ラミネート加工されたカードには彼女の本名なのか、「
「何て言うのかな。私は艦娘以外の仕事もやってて、そっちが本業っていうか……自動車評論家っていうのかな。そういうので、あのオレンジの35Rを追いかけてるんだよね」
「それで情報収集してるうちに、私達の鎮守府に辿り着いたということね」
「そういうコト。……ゴメン、喉乾いたんだけどそこの自販機って使っていいの?」
「へ? あ、いえ、いいと思うけど……」
島風の天然っぽい話し方で肩透かしを食らって、少し動揺しながらと加賀が質問に答えると、彼女が財布を片手に自動販売機に歩いていくのをしばし眺めてから。加賀は島風が乗ってきた車に目を戻す。そしてこれが何なのかを巧に聞いた。
「巧。ずっと気になっていたんだけど、これ何て言う車なの?」
「スマート・ロードスターですね。それのクーペかと」
「ロードスター? マツダの?」
「違います、ドイツのメーカーが出してる車ですよ。RR駆動の、軽自動車のポルシェみたいなもんですよ」
知らないのも無理はないよなァ、と説明しながら巧は思っていた。というのもこの車両、運転をほとんどしない人なら、人生で1度も見ずに終わることがザラにあるようなぐらいの希少車なのだ。事実、巧も見るのは目の前のこれを含めても2回かそこらだ。
外装はオプションで選べるエアロだけ……と思いきや、はかれていた赤いホイールに彼女の目が釘付けになる。フォージアート製の、4本で百万円近くするお値段の高級品だ。ひえぇ、と思わず声が出る。
2人が雑談をしていると、エナジードリンクのビンを片手に島風が戻ってくる。
「どうしたのそんなにジロジロ見て?」
「珍しいなって思って。スマートってそんなに居ないから」
「やっぱりそう思う? 結構気に入ってるよ、他人と被ることほとんどないし。まぁ2台目の車なんだけどね、1台目がアイツに潰されて」
「えっ」
「有名なんだ、R35のアイツ。気に入らないって思った車に、文字通り物理的にプッシュして事故らせる。しかも相手にドライブレコーダーのあるなしや、警察の張る場所も頭に入れてからやるから、どれも証拠不十分で逃げ切ってるってワケ」
「………姑息な奴ですね。車から引きずり出してやりたいですよ」
「気持ちは解るよ。でもそんなことしたら、犯罪者はこっちになっちゃうから、難しい所なんだよね」
車体にステッカーボムが施された箇所を手で触りながら、思い出を話すように島風が言葉を並べていく。どうやら、例のドライバーと並々ならぬ因縁がありそうだ。
「知ってる? アイツも実は艦娘島風なんだ。」
「貴女と同じ艦娘なの?」
「そう。スマート乗る前はポルシェのボクスターに乗ってたんだけどさ。アイツにぶつけられておじゃん。まだ下手だったから逃げ切れずに崖にグチャッと」
「そんな……」
「スゴく悔しかった。だから死に物狂いで練習したんだけど、流石にロードスターじゃあね……馬力が違いすぎて勝負にならないのが頭痛の種かな」
「馬力って……貴女上手なんだから、あれぐらい」
「150馬力のコンパクトで700馬力オーバーのRに、かい? 流石に無理があるかな」
「150馬力!」と思わず加賀は声を挙げたと同時に、改めてこの女の実力を思い知った。FCの馬力は290で、ほとんど倍なのにも関わらず、この間は煽られて抜かれたのだ。凄いと認識せざるを得なかった。
それからも何分か話したあと、彼女は「明日も用事があるから」と言って愛車に乗り込み、綺麗なスピンターンで路面にドーナツマークを描いて去ってくのを、2人は見送る。
「これ以上の犠牲者が出る前に、あの人の垂れ込みでGTRが捕まるといいんだけれど……」 加賀の発言に、巧は無言で頷いておいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「Like a RR……!?」
「どうしたの、そんなに驚いて?」
「この人、海軍お抱えのプロのレーサーさんですよ! 普段は艦娘さんですけど、パレードショーとかにほぼ皆勤で出てるチームです」
翌日、久し振りに机仕事ではない、海上に出る警備に出ていた加賀が、貰った名刺を夕張に見せると。彼女はオーバーアクションで身ぶり手振りを使って、そう言う。
軍が雇ったプロのレーシングドライバー? そんな話は聞いたことがないぞ、と思って、その点を踏まえて1歩踏み込んで質問をする。
「なんで軍にプロドライバーが? 初耳だわ」
「イメージ戦略ってやつですよ。最近は艦娘ってメディアの露出も多いじゃないですか」
「あまりテレビは観ないけれど、そうらしいわね」
「その一環ですよ。こう、空母の甲板に設置した特設コースを使って、海上でドリフトするパフォーマンス集団ですよ」
「ふ~ん……」
まさか車に関する職業の専門だったとは……なら、競争なんてやったって、負けて当然か。
何週間か前のヤビツ峠での出来事を思い出しながら、加賀は矢につがえた弓を放つ。飛んでいったそれらは、一定の飛距離を挟んだ後に、ぼうっと光ってプロペラ機に変形し、編隊を組んで飛んでいく。
無駄話に花を咲かせて職務怠慢にならないように、としっかりと口を動かしながら体も同時に動かし。加賀は頭に浮かんでくる気になった事を、その方面の知識が豊かな夕張に次々とぶつける。
「でもどうして車で宣伝? 艦娘のアピールなら、それこそ艤装からカラースモークでも焚きながら編隊航行すればいいじゃない」
「ウワサじゃあ、深海棲艦の影響で停滞した自動車産業からの泣きのリクエストを聞いたんだとか」
「へぇ?」
「今はもうほとんど深海棲艦への対処法って確立されてますけど、昔はもう、天災だー、この世の終わりだーなんて騒がれていたみたいですし」
「…………」
「それで、産業関係者が「まだまだ日本は元気だ!」 ってカラ元気振り撒くために、古いスポーツカーを引っ張り出してきて、軍のパレードっていう仕事を、車関係の仕事してた人たちにあげたのが始まりだって。で、それが今でも残っているんだと」
夕張の話を聞き、学生時代に読んだ教科書の内容を頭に思い浮かべる。実際にその年代を生きたことは無いが、加賀がまだ生まれてすらない頃は、一時期は完全に敵から海上封鎖を食らっていた、という話は知識として持っていた。
回りで火器を構えていた艦娘たちと、警戒体勢を解かずにいながら夕張と会話を続けていると、海中から勢いよく何かが飛び出す。慌てて何事かと数名が砲口を向けたが、居たのは、前に戦艦水鬼が引き連れてきた味方の深海棲艦だ。
ホラー映画の女幽霊のような姿の彼女に、軽いため息をつき、全員が銃口を別の方向に向け直す。
「警戒ご苦労様。どうだった?」
「四方八方どこを見ても、魚以外何も居ないぞ」
「お疲れさま。あと一時間で交代らしいわ」
「承知した」
無表情のまま、すぐにまた海の中に姿を消した彼女に、加賀は軽く手を降って別れる。
深海棲艦の全部が全部、話が通じるようなら、この仕事は無くなるのかな。そんな考えが、ふと頭によぎった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同じ日の午後10時頃に、巧は天龍を連れ出して、もうすっかり慣れた道のヤビツ峠に来ていた。目的は、ボケが始まったようなテンションの彼女のケア、といったところか。
相変わらずのくねくねとした狭い道を緩い速度で流しながら。巧はちらりと隣の天龍の様子を見てみる。映画でよく見る、上京するのに電車に乗りました~みたいな、頬杖ついて窓から外を見る体制で彼女はボンヤリしていた。
龍田さんからどうにかしてくれと言われて連れてきたけど……。重い……! 空気が重いよ……!
そんなことを思って、額を脂汗で濡らしていたところ。ひとつ思い付いた巧は、隣の女に話題を振ってみる。
「天龍さ、ちょっと聞いていい?」
「……? 何を、すか?」
「ノブテル? さんだっけ。デートってどこそこ回ったの?」
「美術館と、前にみんなでパン買いにいった所の近く、だったかな」
「ふ~ん……」
展望台の横を通り、広い道に出た辺りで、巧は一番気になっていた事を聞いてみた。
「あのさ、どこまでいったの?」
「へ?」
「その、AとかBとかCとかいうやつ……」
「……行ったのは」
「行ったのは……!?」
「だから美術館行ったって今言ったじゃないすか」
「 」
なんじゃそりゃあ!?
巧はズッコケて、白目を剥きながらダッシュボードに突っ伏する。連動するようにGC8はぐわんぐわん蛇行し始めた。
「わぁー!? 巧さん、前!! 前!!」
「フゥーーッ! そうじゃなくて、ほら、チューしたとかしてないとか……」
「……? ちゅーしましたよ?」
「何ィ!?」
「ぎゃぁぁぁ!? 巧さん前見てえええぇぇ!!」
は、ハタチで、しかも初めて付き合った人とちゅーしたのん……シンジラレナイ……死にたくなってきた……。
何の気なしに自分から言ったことだったが、予想外の返答に、頭の中が空っぽになった巧は機械的に車を運転する。今の今まで男性経験がほぼゼロに等しい彼女には刺激の強い話だった。
売店がある場所でUターンに入り、今度は山を降りていく。動悸がドーキドキでキューシンが欲しくなるメンタル状態のまま、更に巧は会話を続ける。
「ちゅ、ちゅーってさ、なんでそこまでハッテンしたん?」
「2人でメシ食いに行ったときに、顔にご飯粒付いてますよって」
「付いてますよって……?」
「ほっぺたにキスされ……」
「はああぁぁぁぁぁ!!??」
あのクソ男、天龍のジュンジョーをタブらかしたのか? 許せん、絶対に許せん、R35の女と一緒に地獄に落ちれば良いのに……
なんだか盛大な勘違いをしたまま、ドライブは続く、そんな時。背後から1台追い上げてくる車に、巧が気付く。
「………?」
「どうかしたんすか?」
「1台来るよ。すごい速さで」
「え………」
今の状況にトラウマが蘇ったのか、天龍の表情が曇った次の瞬間、背後の車はリアバンパーに軽く追突してくる。
「「………!!」」
街灯に照らされた車は、今丁度巧が思い浮かべていた、オレンジのGTRだった。
「なんでここにアイツが……」 隣で震える天龍に気づいているのかいないのか。巧は2速にシフトを戻しながら、独り言みたいな声量で呟いた。
「上等じゃん……天龍、飛ばすよ!」
「本気で言ってます……?」
「嘘言って何になるのさ。ちょっと本気だそうかな」
ウワサの当たり屋が、車に頼った下手か、本物なのか。見極めてやろうか、なんて気持ちで、巧のハンドルを握る手に力が入る。
いい機会だし。天龍の敵討ちも一緒に、ぶっちぎってやる。
巧は床を踏み抜くぐらいの力でアクセルをグッと踏み込む。それに答えて、インプレッサの心臓部が唸りを挙げた。
ステッカーボム→大量のステッカーで車体の下地(塗装)を埋め尽くすというステッカーの貼り方。日本よりも海外で人気のドレスアップ。
短くてスンマセン。次回は明日になります。 ノシ