南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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予告無視ってすいませんでした。最近思い通りに時間が取れぬ


泣き言はナシで

 

 

 

 

 夜の山道にスポーツカーの重低音サウンドが響き渡る。先頭は巧と天龍が乗る白のGC8、後続は嫌みなあの女のR35という隊列で、ローリングスタートのバトルが始まる。

 

 巧がシフトレバーを2速に入れた途端に、タコメーターの針は8000回転を指し示し、車内にエンジンの悲鳴が反響する。右手をハンドル、逆の手をレバーに添えたまま、彼女は天龍に向けて口を開く。

 

「ごめん、天龍。これから先何が起こっても私は責任とれないカモ……良い?」

 

「だ、大丈夫っす!」

 

「よし!」

 

 その答えを待ってました!

 

 乗っていた車は10年間共に人生を歩んだ愛車。そして走っているのはほとんどホームコースといっていいほどに回数を重ねて走った峠道。巧が背後の相手に負ける要素は無い。

 

 ずっと彼女の手足の一部として動き続けてきたインプレッサのコンディションが、巧には自分の体の事のように感じることが出来た。

 

 濡れたアスファルトの路面状況、タイヤの磨耗具合から、窓の外の状況までが、この車越しになら理解できた。そのまま読書でもやるようにリラックスし、アクセルを開けっぱなしのままコーナーに飛び込んでいく。

 

 ブレーキもステアリングの舵角も最小限で、目を覆いたくなるような速度で崖っぷちまっしぐらに突っ走る車に、天龍の顔がひきつる。曲がれなさそうで曲がる、止まれなさそうでしっかりと止まる。そんな挙動を見せるインプレッサに、彼女は驚きっぱなしだ。

 

「…………ッ!」

 

「……!?」

 

 限界まで巧は車体をガードレールや石造りの壁に寄せていく。書道の半紙が挟まるかどうかという隙間しかないインカットのしすぎで、フロントが草や壁を掠め、タイヤが雪溜まりに乗り上げても、彼女は気にしないでひたすらペダルを踏む。

 

 常軌を逸したハイペースで白いインプレッサは後続車から逃げていく。それは車間距離にも現れ始め、なんと彼女の車はセンターを割っていないにも関わらず、35Rを引き離していた。

 

「後ろの車、どう?」

 

「は、離れていってる……」

 

「そ! じゃ、もう一丁!」

 

 唖然とした表情のまま、前後左右に揺られている隣の女に一瞬ウインクする余裕まで見せながら。巧は更にペースを上げて後続を振り切る動きに入る。天龍には、もう悲鳴を挙げる元気は無かった。

 

 馬力の差は軽く見積もっても3倍近い相手を、こうも軽くチギれるドライバーの力量に……ただただ感心するというか、呆れるというか。それすら通り越して、天龍はこれは夢なのでは? とすら思い始めていた。

 

 

 ……いや、夢じゃねこれ? なんで箱根でもないのにアイツが居るの?

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「!!」

 

 2月の、体の中に染み込んでくるような寒さに、天龍は勢いよく布団を吹き飛ばして睡眠から覚醒する。どうやら見ていたのは本当に夢だったらしく、回りを見ても目に入ってくるのは鎮守府の宿舎の壁と天井だけだ。

 

「…………」

 

 当たり前か。箱根じゃないのにアイツが居るわけないし……でも、どこからどこまでが夢だったのだろうか……。

 

 一旦起こした上体をまた布団に戻し、枕元に置いていた自分の携帯電話の電源を付けて時間と日付を確認する。もう昼の12時で、端末内の電子カレンダーの今日には、デカ絵文字で「デート休み!」と表示がある。

 

 そう言えば、無理を言って休みにしてもらったんだっけ……。休日返上で働く気も起きねーし、1日中寝てようかな……。

 

 死人のように精気の抜けきった顔で、枕に顔をうずめる。が、彼女の頭の中には、夢で見た巧のドライブやら、事故ったER34の事やら、あの女の35Rに谷本が乗っていった事やらが浮かび、頭が冴えてきて寝れる状態にはならなかった。

 

 同時に、なぜ今日は自宅ではなく鎮守府に寝泊まりしているのかも、布団の近くに捨ててあったゴミを見付けてだんだんと思い出す。溜まったストレスの解消にタバコでも吸おうかとしたが切れていたので、徒歩で近くのコンビニまで歩き、夕方辺りから酒を買ってきて、夕食も摂らずに部屋でやけ酒をしたのだ。

 

「…………」

 

 かつてないほどに脳内が真っ白だ。何もしたいことが無いし、何もする気力も起きない。

 

 寝そべりながらそんな事を考えていた時だった。唐突に携帯電話の着メロが大音量で部屋に鳴り響く。

 

「……ンだよ、うっせぇな…………」

 

 有給の取り消しじゃないだろうな。ならしらばっくれるか……。

 

 目やにでベタつくまぶたを開けて、渋々画面を覗いた天龍の顔と脳が、一瞬にして覚醒する。

 

 相手は鎮守府の人間ではなく。谷本からだった。

 

 

 

 

「大丈夫かしら。今の天龍は」

 

「さぁ、どうでしょう。私からは何とも」

 

 ちょうど天龍が起床した時間に、巧と加賀は島風と話をした場所にたまって談笑をしていた。

 

 ベンチに腰かけて、昼休憩に全員に渡されたお握りを口にしながら、加賀が続ける。

 

「龍田から聞いたのよ。昨日は夜ご飯食べなかったそうじゃない?」

 

「らしいですね。ちょっと酒くさかったから、やけ酒でもしたんじゃないでしょうか」

 

「ふ~ん……貴女、あの子を昨日ドライブに連れていってたけれど、他に何かなかったの?」

 

「キスしたって言ってましたよ。お相手さんと」

 

「……!? その割には、こう、恋愛的なパッションとか感じられないけれど……」

 

「ですよね。私もよくわかんなかったんですよ。なんか、天龍のやつぼーっとしてて」

 

 2人ほぼ同じタイミングで、仲良く特大のため息をはく。このまま精神的に疲労して、体でも壊したらどうしようか? 考えている事は天龍が心配だ、という点で一致していた。

 

 実のところ、天龍が見ていた「夢」というのは全てが全て夢という訳でも無かった。「巧が谷本との関係を聞き、背後から追い掛けてくる車が居た」まではれっきとした事実で、そこから先は助手席で眠りに着いた彼女の空想、という訳だ。

 

 ちなみに、追い掛けてきた車というのはただの軽トラで、巧は昨日は普通に道を譲って帰路に就き、寝ていた天龍を起こさないようにお姫様抱っこして部屋に運んだ、というのが現実だ。

 

 昼食を食べ終わり、巧は服に落ちた海苔を払って落とし、加賀は水筒に入れたお茶を飲んでいると。少し離れた場所から、こちらに向けて小走りで近づいてくる人物が目に入る。話題に出ていた天龍だった。

 

 確か今日は彼女は休みの筈では? とお互いに思っていると。少し息切れを起こしながら、天龍は口を開く。

 

「すんません、巧サンか加賀サン、お願いがあるんすけど……」

 

「「…………?」」

 

「クルマ、貸して貰えないすか」

 

「どうしてまた……? マコリンとかに言えばいいのに」

 

「摩耶サン今日居ないって聞いて、じゃあ頼めるのはお二人方しか居ないと思って」

 

 あ、そう言えば代車を帰しに行くって行ってたっけ。天龍の言葉に、親友が今日はここを留守にしている事を巧が思い出す。

 

 「車使ってどこに行くつもり?」と加賀が聞く。相手の返答に、少しばかり2人は凍りつく。

 

「谷本さんに呼ばれて……」

 

「「……!!」」

 

 あんな酷い事しでかした女と一緒に居たアイツから? 幾らなんでも危険だ。罠か何かで、誘い込まれて何かされたら……

 

 少し怒りっぽく見える真顔で、巧は思わず立ち上がって口を動かす。発した声が震えていたのは、自身でも気付いていなかった。

 

「あの女の取り巻きだったヤツだったんだよ? なんで……」

 

「わかったわ。カギどこに仕舞ったかしら」

 

「雪菜さん!?」

 

「天龍の問題なんだし、私たちが首を突っ込む事は無いんじゃないかしら?」

 

「………ッ」

 

 近くに置いていた自分の鞄からFCのキーを出し、加賀は相手に手渡す。天龍は、深くお辞儀をすると、全速力で走って行ってしまった。

 

 なんで疑問も何も持たずに加賀さんはキーを渡したんだ?? 巧が大量のハテナを頭に思い浮かべていると。加賀は、口に付いていた食べ終わったおにぎりの米粒をその辺に捨て立ち上がる。

 

「さて。仕事に入りましょうか。巧、運転お願いね」

 

「え」

 

「今から天龍を追うわよ。ホラ、急いで」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 古い車のせいなのか、アクセルもクラッチも、果てはハンドルまで操作が重たいFCに苦戦しながら、天龍は市内の森林公園へと車を走らせていた。

 

 夏ならセミやカブトムシが貼り付いていそうな木々が生い茂る道を、ゆっくりと流していき。谷本が約束した待ち合わせ場所の、氷が張った大きな池が見える駐車場に着く。

 

 車から降りて地面に立つと、天龍は近くにあった小屋についていた時計を観る。どうやら待ち合わせ時間の10分近くも前に着いたらしい。暇だったが何もすることがなかった彼女は、FCのドアに寄りかかり、黙って彼を待った。

 

 たった数分かそこらの待ち時間が、冗談抜きで1年ぐらいの長さに感じられた。そんな天龍の耳に、聞きたくもない特徴的なエンジンサウンドが入ってくる。首を動かすと、オレンジ色のR35がゆっくりとこちらに来ていた。

 

 意図せずして表情が硬くなる。眉間にシワが寄り、誰が見ても不機嫌そうに見える顔で、車から降りてきた谷本にガンを飛ばしながら彼女は呟く。

 

「用ってなんです。谷本さん」

 

「その……車、直ったんですね」

 

「直ってません。これは知り合いのだから……からかってるんなら、俺はもう帰りますよ。さよなら」

 

「からかってなんかいないです!」

 

「…………」

 

 長話になりそうだ。お互いにそう思い、二人は小屋の隣にあったベンチに座ってから話を続ける。

 

「俺は見てました。あの女のその車に乗る所も……その車に乗って俺を追いかけ回して来たときも」

 

「…………ッ」

 

「そんなスゴい車を持ってる人が彼女で良かったですね。俺が事故るのが見たくて、わざわざワナ貼ったんでしょう」

 

「違います!」

 

 いきなり大声を挙げて、手を握ってきた相手に。天龍は力任せにそれを振り払うが、彼は感情を込めて声を出す。

 

「本当の事を言わないと、と思って呼んだんです。今日は仕事もないから」

 

「本当の事?」

 

「自分は、鎮守府の整備士をしてるんです。島風さんとは、住んでた地元が同じだからよく喋るだけで、それ以上の繋がりは無いんです」

 

「…………」

 

「あの人の話には、正直うんざりしてたんです。今日も箱根で事故を起こした、誰を突っついたなんて犯罪紛いの事を楽しそうに……」

 

 どうせ嘘だろう。最初はそう思っていたが、彼の表情は少なくとも天龍には真剣そのものに見えて。少し信用しようかとの考えが浮かび始める。彼は続ける。

 

「私は彼女を止められるような人を探していたんです。バトル? でしたか。車の競争で負ければ、きっとこんなことからも手を引くと思って」

 

「……続けて」

 

「そして私は決めたんです。天龍さん、お願いがあるんですが」

 

 椅子からゆっくりと立ち、こちらを見下ろしながら。彼は言う。

 

「貴女の鎮守府には、すごく運転の上手な女性が居ると聞きました。その人を、あの人にぶつけてほしいんです」

 

「……そんなこと言われたって」

 

 

「それが出来るなら、俺は仕事を辞めて貴女とお付き合いしてもいい!!」

 

 

「  」

 

 いきなりすぎる男の告白宣言に。天龍は口を開けたまま、数秒間固まった。インターバルを挟んでから、彼女も立ち上がり、相手と同じ目線で話をする。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! いきなりそんなこと……」

 

「俺じゃあ駄目ですか!?」

 

「そうじゃなくて……! あの人は俺の友達みたいな人だから……そんな取引みたいなコトは……」

 

 ……そうか。そうだったのか。当たり前だ、こんなに人も出来ているいい人が、たかが1度デートしただけで自分と気が合うだなんて、ただの幻想だ。……目的は俺じゃない。元々巧さんに近付く口実作りのためだったんだ。

 

 相手の突きつけてきたリクエストに、しどろもどろになりながら、脳内にはそんなネガティブな考えが充満する。これもまた数秒のクッションを挟んでから、天龍は返答する。

 

「…………。わかりました。出来うる限りで話をしてみます」

 

「本当ですか!」

 

「勘違いしないでください。俺は別に見返りが欲しくてやるんじゃない。貴方の事が嫌いじゃないから、個人的に動くだけだから……」

 

「…………ッ」

 

「さようなら」

 

 強引に話を切り上げると、天龍はそのままFCに乗り込み、若干乱暴な運転で駐車場を抜けていく。

 

 バックミラーに映った谷本の顔が、どこか寂しそうな表情だったのは、彼女は気付いていなかった。

 

 

 

 

 無心で天龍はFCのアクセルを踏む。森林公園の中央部からその出口までは、道のりでほんの2kmほどだが、永久回廊のように感じられた。

 

「…………」

 

 返事はあれで良かったんだ。もう合うことも多分無いだろうし、多少そっけない程度がちょうどいい。……なのに、この心苦しさはなんだ。

 

「…………クソッ」

 

 ハザードランプのスイッチに手を伸ばし、急ブレーキを踏んでその場に停車する。ハンドルに両肘を乗せて突っ伏しながら、天龍は物思いに(ふけ)った。

 

 まだ鎮守府に来たばかりの事を思い出す。気に入らないヤツには片っ端から暴力を振るい、提督を勤める緒方の指示には満足に従いもしなかった。これは、そんな悪徳を積みまくった自分への、神サマからの天罰だろうな。そんなマイナス方向の考えばかりが頭を支配していく。

 

「いいんだ……ノブさんがこんなことで幸せになれるなら……これでいいはずなんだ……」

 

 独り言の単語と単語の間に嗚咽が混じる。自分でも訳がわからないうちに、彼女は涙を流していた。

 

 

 いいんだ……たとえ勘違いだったにせよ、短い間だったにせよ。俺は、あの人に惚れていたんだ。ツイてない女の、たった、それだけの事なんだから……

 

 

 涙が枯れて、軽い目眩まで起きるぐらいに、天龍はそのまま車内で泣き腫らす。この日の昼頃の天気は、彼女の心境とは裏腹に、腹が立つほどの快晴だった。

 

 

 

 

 

 




本格的なカースタントまで秒読み。多分次回からバトルまみれっす。

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