南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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活動報告で挿絵を貼っていた、例の車が初登場です。それではドゾ


最高のホワイトボディ

 

 一般公道の中だと、高速道路というのは、北海道なんかの特例を除けば数ある道路の中でも、かなり走りやすい部類の路面に含まれるだろう。

 

 サーキット程ではなくともしっかりと舗装がされたアスファルト、雪が積もったり氷が張ってもすぐに溶かしてくれるロードヒーティング。90~00年代に走り屋達の違法行為で無料サーキットとして使用されたのも無理はない。

 

 しかし繰り返すがここは、東名高速道路はサーキットではないのだ。閉鎖された競技用路面に一般車は居ないし、道路と道路の継ぎ目も存在しない。

 

「…………ッ」

 

 アクセルを踏み込む巧の顔が段々と険しくなり、心の余裕が無くなっていく。200km級のスピードコントロールが、たまらなく恐ろしかったのが原因だった。

 

 山道で車の限界に迫る最高速なんて当たり前に出るわけがない。風圧でサイドのドアが車内から外側に引っ張られるなんて事も起こらないし、そもそも風を切る音と風圧を感じることなども、当然だが峠では体感できない。

 

 高速道路は急なコーナーもブラインドも無いから、ただのアクセルべた踏み。彼女の考えていたそれはとんでもないカン違いだった。

 

 マツダのシャンテ、だったか。とてつもなく上手なドライバーだ。こちらよりも全高が高くて安定しない、一歩間違えれば風に煽られて吹き飛ぶような車で、自分のインプレッサを抑えている――

 

 昔のラリーカーのような、大きく張り出した豪快なオーバーフェンダーとエアロが特徴的な青いクルマの後ろを睨む。

 

 摩耶の声で唐突に始まった超高速バトルだったが、巧は走るうちに、前を走る車の完成度とその乗り手に、内心で拍手を贈る心情だった。

 

「追い付けそうか?」

 

「どうだろ……230で頭打ちしてレブるから、抜けるかどうか」

 

 既にタコメーターの針は8000付近を指してブルブルと震え、デジタル式の速度計は200~230を交互に表示している。当たり前ながらシフトノブは最後の5に差してあるし、これ以上無理に踏み込めばエンジンが壊れる可能性もある。巧には追い付くだけでも精一杯だ。

 

 そもそもこんなにスピードを出すようなセッティングでもない車で、相手と善戦出来ている事のほうが巧には不思議だった。本気で高速道路やサーキットを走るチューニングカーなら、3速辺りから200kmに達する事もおかしくはない。

 

 峠道や普段使い向けの速度域の車で着いていける。旧車だからこれぐらいが限界なのか、それともこちらに合わせてアクセルを緩めているのか。多分、後者だろうか。

 

 考えていたときだ。相手はこちらを追い抜いてきた時のように、またハザードランプを点灯させてスピードを落とし、道路脇に車体を寄せた。見れば、前方の遥か彼方にパーキングエリアの入り口がある。

 

「着いていった方が良さげ?」

 

「多分……誰が乗ってるんだか」

 

「さぁ。じゃあ追い掛けていってみようか」

 

 ウインカーのスイッチに手を伸ばし、相手に追従して、巧もまたペダルに込める力を抜いていく。

 

 

 

 

 さっきまで全力で追い掛けていた車の隣に、1台分のスペースを空けてGC8を停車する。車から降りて改めて青いシャンテを眺めてみたが、巧は、凄く手入れが行き届いていると感想を抱いた。

 

 摩耶が言うに、30年は下らない昔の車で、色は流石に再塗装だろうが、車体に変な歪みや疲労が溜まっていないのが目を引いた。大型のエアロも、意外と派手さは無く、機能的なデザインでしつこい主張がない。

 

 そんな小さな車からドライバーが降りてくる。乗っていたのは、なかなかダンディな背が高いオジサンだった。

 

「ほぉ。名指しでうちを選んだ客さんが女とは聞いてたが……まさかドライバーまでたぁね。運転してたのはどっちかな?」

 

「私、です」

 

「お嬢ちゃんすごいなァ。かわいい女の子なのによく着いてこれるもんだ」

 

 オーラ、というか、威圧感というか。息苦しいプレッシャーのような物を、巧は、目の前の男から感じた。と同時に、可愛いと言われてちょっぴり気分がよくなる。

 

 こちらをお客さんと呼んだ彼は、乗っていた車のフェンダーに手で触れながら続ける。

 

「悪かったね、あんな事してよ。まさか最後まで追いかけてくるとは思わなかったけど」

 

「隣の友達に追えって言われたから。それが言いたいから止めたんですか?」

 

「お、無駄話はキライかな?」

 

「今は時間が無いんです。今日中にやりたいことがあるから……」

 

「……ふーん。そうかい。じゃあ、また着いてきてくれ。箱根の山はグネグネしてるけど、御殿場まで近道案内するから」

 

 あぁ、やっぱりショップに関係のある人だったか。予想が当たったと思いながら、巧はまた車に乗り込む。同じく再度乗車してきた親友に、知り合いかと尋ねてみる。

 

「マコリン、知ってる人?」

 

「知らねぇな、知ってるショップって言っても、親戚のマサキ意外は顔覚えてねーし」

 

「へぇ……」

 

「また追い掛ける以外に選択肢もナイ。行こうぜ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 摩耶の従兄弟が勤めるという場所に、一時間足らずで到着する。高速道路の時から見ればかなりスローペースにダウンしたが、それでも充分に早いシャンテの男に着いていったお陰だった。

 

 車を降りてすぐ、巧は大きなあくびと伸びをして体をほぐした。いくらバケットシートで長時間ドライブの疲れは軽減されるとはいえ、3時間もほとんど休憩なしで運転を続けて、体が固まっていたのだ。

 

 目の前の建物とガレージを眺めていたとき。2人にシャンテの男が話し掛けてくる。

 

「おつかれさん。GC8のお嬢ちゃん。で、聞きたいんだが電話してきた「秋山 マコト」ってのはどっちだ」

 

「自分です」

 

「そうかい。ホレ、俺の名刺だ。料金は今日の夜中イッパイに5万でガレージ1個貸し切り、だったな?」

 

「あってます。すいませんいきなり」

 

「良いんだよ。こんな時間まで働いてる奴はいねーからな。じゃあ、何すんのかは知らんが頑張れナ。」

 

 貰ったカードには、城島 英二代表とあるが、なんだかサバサバした対応に、社長の割には随分ぶっきらぼうな人だなと2人は思う。

 

 同時に巧は別の事も考えていた。この店の規模のデカさに少し感心していたのだ。

 

 大きな整備工場みたいなガレージが2つ、ディーラーに似た車両売り場が1つ。最後に一番端に、少し離れて解体屋のスクラップ置き場らしき空き地が1つ。メーカーの店よりも敷地面積が広いここに、ちょっとした驚きを隠せなかった。

 

「っと、もう1個言うの忘れてた。パーツも買いたいんだろ、ならこっち来な。好きなの選んでくれ」

 

「「…………」」

 

 そういう顔なのか、それとも寝不足なのか。クマのような物を顔面に貼り付けた男が、またも不機嫌そうな態度で言う。後を着いていきながら、巧は小声で愚痴っぽく親友に話をした。

 

「マコリン……こう、チューナーってみんなこう無愛想なもんなの?」

 

「さぁ。少なくとも今日話したアタシの従兄弟よりは対応悪い」

 

「良く言えば職人的だけど、悪くいえばウチの頑固親父みたいな……」

 

「聞こえてるぞ~」

 

「!! すいません!」

 

「いいよ。態度悪いなんてガキの頃から言われ馴れてる」

 

 地獄耳だ……なんて思いつつ、巧は冷や汗をかきながら、今度は余計な事を言わないよう黙って歩く。店の中に入り、過吸機や車の補強材が置いてある棚まで行く途中に、何台か並ぶ状態の良い中古車達の隣を横切る。

 

 男と摩耶はそのまま歩いていったが、巧の足が止まる。1台の車に視線を引っ張られたというか、見とれてしまったのだ。

 

「…………」

 

 真っ白な、外装には何も手が加えられていない、後期型の86だ。グレードは多分GTかリミテッドだろうか。

 

 《FR乗りの雑魚共の敵討ちがしたいなら――》 送られてきた手紙の1文が脳内に反響する。FRの車を見下したアイツには、FRの車で逆襲してやりたい。この車を見た瞬間、巧の中にそんな感情が芽生え始める。

 

 昔から、唐突に思った事を行動に移すような性格の巧の体と口は、自然と動き始めていた。

 

「すいません、これって売り物ですか?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

 2人は振り向いて、巧が立っていた場所に首を動かす。摩耶は変な顔、男は相変わらず寝ぼけまなこだ。

 

「いきなりなんだ巧?」

 

「マコリンごめん、今日はバトルするのは無しにしたいんだ」

 

「はぁ!?」

 

「このハチロク、売って貰えないですか?」

 

 意味不明だと続けそうになった摩耶を遮って、男が返事を言う。

 

「残念。売り物じゃないんだそれ。身内から譲ってもらって置いてるだけだ」

 

「……そうですか」

 

「海外に出張して当分戻ってこれねーから置いといてくれってな。そういう訳で売るわけにはいかない」

 

 巧の目線が、男から再度車に移る。

 

 なんだかこう、ビビッ! と来たから言ってみたものの。売り物じゃないならどうしようもないか。あからさまに彼女が落ち込んでいると、男が声をかけてくる。

 

「……ちょっと待て。今バトルって言ったな」

 

「…? はい」

 

「誰かと今日やる予定だったのか。で、相手の車は?」

 

「Rです。R35、GTR……」

 

「!!」

 

 男の目付きが変わった。1割増しぐらいに目を開いて少し驚いたような表情のあと、ニヤっと何か企んでいそうな笑顔に顔面を差し換え、楽しそうな雰囲気で口を開いて話し始める。

 

「いいねぇ……ハチロクでGTRか。バカもいいとこだろ、オモテのインプレッサでもキツいのに、勝てるわけがない」

 

「……………」

 

「でも酔狂で言ってる目じゃないなお嬢ちゃん。勝てる見込みがあるから言ったんだろ」

 

「……一応。峠ならどうにかなるかな、なんて」

 

 話に着いていけていない摩耶を差し置き、会話は続く。男は笑顔を崩さず、こう言った。

 

「わかった。一つ条件を提示してやろうか。俺と東名で遊んでくれるなら、10万でそのハチロク譲ってやるよ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「高速道路でバトル? なんでまた」

 

「巧がよ、いきなりハチロクが欲しいだなんて言って、それに相手が提示した条件に乗っちまったんだ。全く、口約束なんて守ってくれるのかね……」

 

 次の日の昼間、食堂に居た摩耶は、那智に愚痴をぶつける。が、話す言葉とは違って顔は楽しそうだ。

 

「FRをナメ腐った相手にFRで勝って恥をかかせてやりたいんだとさ。あいつらしいよ。典型的な、やられたらやり返すって考え方」

 

「ほ~。じゃあ噂の35とはインプレッサじゃなくて、ハチロクで戦うわけか」

 

「まだ決まった訳じゃねーよ。バックレられたらGC8だろうけど」

 

「今のご時世まで生き残っている店の社長が約束破ったりするのか? 無いと思うがね」

 

「…………」

 

 話の途中に、摩耶の目線は部屋の窓側に向く。ちょうど駐車場が見えるそこから、巧が車のタイヤを外して何かの作業をしているのが見える。

 

 …………。何をするのもお前の勝手だけど、怪我はするなよ。

 

 親友の小さな背中を見ながら、そんな事を思う。

 

 

 

 

 夜の9時頃、遅番の整備スタッフが働いているガレージの端っこのほうで、巧はインプレッサの隣でパソコンとにらめっこをしていた。

 

 車のコンピューターを弄って最高速度のリミッターを外そうとしていたのだが、これがなかなか曲者で、PCに弱い彼女は悪戦苦闘していたのだ。

 

 適当な所で一区切りとして、巧は出入口近くの空調のスイッチを入れ、タバコを吸い始める。このところのハードワークと平行しての作業は、いくら体力がある彼女でもキツく、体にムチを打ちながらの作業だった。

 

 パイプ椅子の背もたれにぐったりしながら座って、口から煙を吹かしていると。いつの間にかに近くに来ていた父親に首筋をつつかれる。

 

「なーにしてんだ」

 

「……セッティング。CPUの」

 

「なんだ。また車壊しにでも行くのか」

 

「縁起でもないこと言わないで。……明日まで間に合うかなァ……」

 

 ショップの男……後でもう一度名刺を確認すると、名前は城島 英二(きじま えいじ)というらしい彼から言われた勝負の日は明後日。それまでにやることは盛り沢山だった。

 

 もともとサーキットなんて行く予定がない巧の車は、最高速度は230km程で止まり、その換わりに加速とトルクを重視したセッティングだ。もちろん、普通で見れば充分過ぎるぐらいの速度が出る車だし、一般人から見ればむしろ速すぎなぐらいだ。

 

 が、今回のコースは高速道路。少しだけインターネットで調べたが、あのショップは昔は谷田部のテストコース、今はサーキットで最高速を競い合うような車を沢山世に送っていると知り。最低でも260kmは欲しいと巧は思っていた。

 

 考え事をしていると、インプレッサの近くに腰を下ろしながら、父はこちらに話を振ってくる。

 

「だいたいなんで今更そんな事してんだ。むっかしから機械弱いお前に出来んのかよ」

 

「苦手なだけですゥ! それぐらい出来ますモンネ」

 

「ほぉ~。で、勝ち目はあるのか」

 

「まだ何も言ってないよ」

 

「どうせ誰かと競争するんだろ。それぐらい解る」

 

「……負けるかな。多分」

 

「そうか。珍しいな、お前みたいな負けず嫌いのおてんばが。どこ走るんだ」

 

 吸っていた物を灰皿に押し付けながら、巧は不機嫌そうなのを隠そうともしないで、低い声で続ける。

 

「東名高速。鮎沢PAから駒門PAまでの下り1本。高速道路でバトルなんて初めてだよ」

 

「ふ~ん……」

 

「何さ……」

 

「ダンパーを1段階固くして、車高を1センチ落とせ」

 

「手伝ってくれるの?」

 

「ばーか、お前が勝手にやれ。ただのちょっとしたアドバイスだ」

 

「あっそ。」

 

 相も変わらず可愛くねーオヤジだ。そうは思いつつも、巧はこう切り返す。

 

「……ありがとう」

 

「よせよ気持ち悪い」

 

「はぁ?」

 

「あともう1つな。三車線使って走れ。それぐらいだ、言っておけるのは」

 

「…………?」

 

 三車線? あそこは二車線のはずじゃあ……

 

 イマイチ助言の意味がわからないまま、彼は去っていく。考えすぎても駄目か。巧は一端それを忘れて、目の前の作業に集中することにした。

 

 

 





谷田部のテストコース→一昔前に最高速アタックの聖地として、チューナー達が車を持ち込んでタイムアタックやトップスピードを競いあったコース。現在は埋め立てられてしまっており、彼らの戦場はサーキットやメーカーの保有するオーバルコースへと移り行くことに。


35と並んでずっと出したい車だったので、GT86には頑張って貰います。
車両アンケートに参加した皆様、もう少しお待ちください。2、3話跨いでから、大量に新車を出す予定です。
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