南方棲鬼と申します。   作:オラクルMk-II

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バトル回です。サクサク進みます。


エンジョイ・ザ・プロセス

 

 

 考え事まみれな脳ミソで仕事に打ち込み、寝て、起きて、ご飯食べて風呂に入ってまた寝て、と繰り返し。あっという間に約束の日が訪れる。

 

 城島(きじま)さんから教えられた集合場所は、日付が変わる時刻の鮎沢PA。今は9時か。1時間もあれば着く場所だし、もう少しセッティングを……。

 

 巧は仕事で使うツナギ姿のまま車の状態を煮詰める。そうしていると、その時間すらまたあっという間に過ぎ去り。今、彼女はその格好のまま、東名高速道路を下っている最中だった。

 

 付け加えて、後方には摩耶が夕張から借りてきたS15シルビアで着いてきている。一人で行くとずっと言っていたのだが、怪我をしたときに連絡する役割が必要だと言って聞かなかったのだ。

 

 昔からレディースみたいな素振りと性格なのに、いざってときは本当に世話焼きだよナ。後ろに控えている親友にそんな事を思っていると。ダッシュボードに差してグループ通話状態にしていたスマートフォンから、機械越しに摩耶が声をかけてきた。

 

『巧、聞こえてるか』

 

「モチロン。どうかした?」

 

『いざって時のために来たけど、駄目だと思ったら素直に引けよ。事故起こしてアタシがお前の救急車呼ぶなんてヤだからな』

 

「大丈夫だって、しょせん遊びなんだし……」

 

『だと良いんだけど』

 

 一端会話が途切れ、巧は窓の外を流れていく街灯に混じって立っている大型看板と、電話の時計に目をやる。残り1キロ足らずで目的地、そして約束の深夜0時まで10分。待ち合わせには余裕を持って到着できそうだ。

 

 ハンドルを握る力が自然と強くなっていく。巧は深呼吸をして、車内で軽く精神統一に努める。

 

 

 

 

 PAエリアに入ると、時間が時間だけに、だだっ広い駐車場はほとんど車が止まっていなかった。軽く見渡したところ、トラックのあんちゃんが自販機の近くでたむろしているぐらいだ。

 

 ごくフツーの駐車エリアの白線に車を止めて、相手の到着を待つ。残り時間はあと7~6分。少しぐらいの遅れも考えれば、あと20分ぐらいで来るだろうか。考えていると、摩耶に声をかけられる。

 

「巧、ここんところこの車弄ってたろ」

 

「見てたの?」

 

「そりゃな。どこを弄ったんだ? 見たところエアロと車高が変わったぐらいにしか見えないけど……」

 

 言いながら、彼女は巧のインプレッサに全体的に目を通し始める。

 

 元帥から渡されてからすぐに、雪や段差を気にしていつもは外していたリップが取り付け直されていて、リアウイングが前に装備していたヴェイルサイドの物に戻され。そしてわざと車高が高いように設定されていたのが、ドリ車を思わせるようなシャコタンになっている。

 

 走りよりも実用性を取る、というのがこいつの信条だったはず。なんでわざわざスタイリング重視の外見に? 摩耶が思っていると、巧は口を開いた。

 

「見た目はリップと翼付けて、車高1cm落としたぐらい。あとはCPUで馬力上げて、ダンパーを固くしておいた」

 

「固くした……? 普通は逆だろ、柔らかくしたんじゃなくてか」

 

「さあ。私も最初はヤワくしたかったんだけど、父さんが固くしたら良いって……と、来たみたいだね」

 

 巧の一言に、摩耶の体の向きが変わる。2人の声を遮り、大パワーのスポーツカーらしいウルサイ音響を響かせながら、1台の赤い車が駐車場に入ってくる。フロントガラスに貼られた「NDNL」のステッカーから、間違いなく今回の約束相手だ。

 

 赤い車……ぺったりと地面に張り付くように車高の低い、ヘッドライトが半目で、フロントウイングがボンネットに取り付けられたSW(エスダブリュー)MR2(エムアールツー)から、城島が降りてくる。

 

「お待ちどォ。少し遅れたかな」

 

「いえ、時間ピッタリですヨ」

 

「そりゃ良かった。じゃあ話も特になし、早速始めようか」

 

「……はい!」

 

 男に返事をして、女子2人も各々の車に乗り込む。すると城島は、パワーウインドウを下げながら、最後の連絡、というか注意事項を言ってきた。

 

「ルールは簡単。ここから駒門までの14kmの道を俺が先頭で走るから、それに着いてくるだけ。危ないから追い抜きはナシ。全開走行も、これも一般車が開けたときだけだ」

 

「わかりました」

 

「目的地に着いたとき、俺のバックミラーに色白の嬢ちゃんが写り続けていたらそっちの勝ち。見えないぐらい引き離されれば負けだ。今日の事は忘れてもらうし、あの86も売らない。いいかナ?」

 

「異論はないです。お先にどうぞ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 休憩所からMR2、GC8、そしてS15の順番で出ていき。早速加速を始めた城島を追い掛ける巧を、摩耶はグッとペダルを踏み込んで車体を加速させ、2台とは少し距離を保ちながら走る。

 

 アッという間にシフトレバーは6速のエンドに入り、現在の車速はメーター読みで時速150km。普通に考えれば、この時点でもかなり異常なスピードだ。

 

 まだまだ余裕はあるが、チラホラと出現する一般車を交わしていくのが意外と大変で、摩耶の心に焦りが生まれる。

 

「…………」

 

 ゴツいエアロを付けた、みてくれだけの車だと思ってたけれど……けっこー乗りやすい。夕張のやつ、改造はしっかりやってたんだな。

 

 無理矢理借りてきたギャラリィ製フルエアロで武装された水色のシルビアの車体が、風で煽られる事も、変にハンドルが取られることもなく、至って自然に運転できる事に。摩耶は感心した。驚くほどクセが無く、高速域で大人しく曲がってくれる車とは、それだけで貴重なのだ。

 

「いい仕上がりだ……!」

 

 白いワンボックスを左に回避してまた真ん中の車線へ。一般車が少なくなり、また加速を始めた2人に、彼女は6速から5速に落として加速の体勢に入る。

 

 一瞬、というよりもこのときの摩耶はずっと気を抜いていたのかもしれない。突然、SF映画にあるようなワープしたような異常な加速力で吹っ飛んでいった2台に、彼女は思考が停止した。慌てて5速から更に4速にギアを落としてレプリミットまでエンジンを回し、車を全開加速まで持っていく。

 

 何が起こったのか一瞬解らなかったが、周りを見る余裕が少しずつ生まれ始めた辺りで理解する。一般車が居なくなったため、全開走行が始まっただけだった。

 

「…………ッ」

 

 事故だけは起こさないでくれよ、巧……。少し前に自分が友達に言ったことを思い出しながら、摩耶は出せる速度の限界まで、アクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 前を先導していくMR2は速度は既に280km程に達しようとしているし、それに着いていく巧とGC8も、250は軽く越える速度を出して地面を駆け抜けている。だが、これはなかなかに恐ろしい行為だった。

 

 そもそもこんな速度を出すように設計されていない道路と車で、そんな運転をしていることそのものが要因の1つだが。更にこの2台に共通しているのは、最高速トライアルに向かない車種だという点だ。

 

 どちらの車も、サーキットよりも峠道、速度よりもハンドリング、という設計思想で当時この世に送り出されていたのだ。スピードを出せば出すほど地面との設置感は薄くなり、少しでもハンドルの操作を誤ればスピン、最悪の場合は横転すら有り得る。

 

「……………。」

 

 速い……MR2であんな速度が出せるなんて、車もドライバーも並みじゃない。たかが高速道路だと侮っていた。

 

 前を走っていく赤い車のドライバーにただただ巧は感心していた。MR2と言えば、初代のAW11も前を行くSW20型も有名だが、特にそのピーキーな特性でも悪名高い。この速度域では、とにかく車両の地面への設置感と、風圧に負けずにしっかりと真っ直ぐ走ってくれる、という要素が大事になるが、ただでさえ「真っ直ぐ走らない」と称された車でそれをやっている辺り、前から感じていた以上に相当な腕前だと認識する。

 

 ホイールベースの短さがアダになる。200を少し越えた辺りから、まるで真っ直ぐ走ってくれなくなってきている。ここから先へと、アクセルを開けていくのがたまらなく恐ろしい――。

 

 前にシャンテを追い掛けていた時に巧が思っていた事だ。だが、今日はそれがなく、キチンと前を見据えて走れていた。

 

 思い当たる理由は1つしかなかった。父が教えてくれた、あの即席のセッティングだ。コンピュータの車速の上限を解放し、390馬力ほどは楽々出せるこの車のトータルバランスという点で、あの足回りの小細工は驚くほどに効果はてきめんだった。

 

 ムカつくなァ、あのクソオヤジ……! 私より良い仕事しやがって。 ………もしかしたら勝てるかな……やれるだけやってみようか。

 

 タコメーターの針が赤い部分へと、ジリジリと昇っていく。同時にデジタルメーターは、ついにはタイヤの回転を捉えきれなくなり始めたのか、200から270までの数字をチカチカと交互に映している。

 

 自分らの3台以外に誰も居ない道路を走る。直線が終わり、緩やかな曲がり角が目に飛び込んでくる。いつもならコーナーでも何でもない道だが、今の速度域では違う。ステアリングを使わなければ外側に吸い込まれるようにぶつかるし、逆に切りすぎれば内側のタイヤが浮いて横転する。

 

 もうひとつ。クソオヤジから教えて貰った、高速道路だからこそ出来るコーナーリングのコツ。それは――

 

「アスファルトの右端から左端まで……!」

 

 三車線目一杯をゼータクに使って、全快・ノーブレーキで突っ込む!!

 

 全くブレーキを踏まない代わりに、ペダルからパッと足を離し、そしてまたアクセルを全開まで吹かす。そしてそのまま、巧は半周ほどハンドルを左に切り、すぐに反対側に1回転ほど回す。

 

 イチかバチか、一発勝負の全開ドリフト。成功すれば立ち上がりで追い付き、失敗すれば大きな失速を産み、更に運が悪ければそのまま外側に流されて車が吹き飛ぶ。まともな思考回路をしていれば、まず誰も行動に移そうなどしない異常な運転だ。

 

 この瞬間、彼女は何も考えていなかった。集中しすぎて目の前の光景以外は頭が真っ白の状態で、体に染み付いた技術に基づいて機械的に車を動かす。

 

 三車線の右端から左端のガードレールまで真っ直ぐにインをカットし、そこから慣性で車体が外側に流れ、右端に戻っていく。

 

「………………!」

 

 結果は大成功だった。

 

 路面にタイヤのカスを少しばかり撒き、ゴムとアスファルトとの摩擦で白煙を挙げながら、インプレッサは壁へのカス当たりの接触すらせず、道に戻ってくる。

 

 なんとか曲がれた。このままなら最後まで……。ホッとした気持ちをまた締め直し、前を見て、下げたギアを5速に入れた時だった。巧の目に、少なくとも彼女には信じられない光景が写った。

 

 MR2がウインカーを出して道の端に寄せたのだ。どうしてだ? エンジントラブル? 様々な考えが頭に浮かんで消えて、となるが、奥の景色を見て察した。なんと、もう目的地のPAが数百メートルまで迫っていたのだ。

 

「……………プゥーーッ」

 

 わざとらしいため息をついて自分を落ち着かせる。どうやら集中しすぎて周りが見えなくなり、時間の感覚も狂っていたのだろう。

 

 勝ち、か。でも、普通はこれ引き分けだよなァ。

 

 休憩所の入り口に差し掛かる。車の窓から手を出して、こちらに振っていた相手を見ながら、そんな考えを脳裏に浮かべていた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「負けちまったなァ~いや、まさかお嬢ちゃん相手にやられて、現役引退とはな」

 

「引退? チューナーをやめるんですか?」

 

「走り屋のほうさ。ヨメがうるさくてね、辞める口実が欲しかったんだ。いい感じに吹っ切れたよ」

 

「はぁ」

 

 城島が投げてきた缶コーヒーをキャッチして、巧は気の抜けたような返事を返す。

 

「さて、約束は果たすよ。86は10万で売る。これ、証明書だ。口約束だけして逃げられたと思われたくないからな」

 

「ありがとうございます」

 

「あともうひとつ、オマケしてやるよ。何か欲しいパーツとか無いのか。出きる範囲で用意して一緒に送るけど」

 

「え」

 

 保証書の内容に目を通していると、そんな事を言われて、彼女は逆に男に聞き返す。

 

「そんな、なんでもかんでもは」

 

「いいんだよお嬢ちゃん美人だから……こんなオッサンの遊びにも付き合ってくれたんだからな」

 

「……じゃあ、タコメーターとブーストメーターを」

 

「……? 本当にそんなモンだけで良いのか? エアロもマフラーも、なんだったらエンジンの部品でも良いんだぞ?」

 

「良いんです。少しやりたいことがあるから……」

 

「へ~え。そうかい。ならそうする、じゃあ、付き合ってくれてあんがとさん。楽しかったよ」

 

 言いたいことは全て伝え終わり。城島はMR2のドアを開けて中に乗ろうとする……のに、巧はストップをかけた。どうしても最後に1個だけ聞きたいことがあったのだ。

 

「すいません、これだけ聞いても良いですか」

 

「どおしたい?」

 

「その、本当は売り物じゃないって言ってたじゃないですか。あのハチロク。その、どうして売ってくれるんですか」

 

「そうさねェ……知り合いが置いてったってのは言ったよな。覚えてる?」

 

「はい」

 

「言われたんだよ、そいつにな」

 

 ニヤリ、と子供っぽい無邪気な笑顔を向けながら。楽しそうに、彼はこう言った。

 

「もし売るなら売っていい。ただ、コレクション目的の奴は駄目。この車をうんと走らせてくれるようなヤツになら、ただであげてもいいよって。」

 

「……………」

 

「じゃあなねーちゃん。たまに顔出すときは、何か買ってくれよ!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 ブォォォォ……ヒュルルルンッ……!!

 

 大きなマフラーサウンドと、大型ターボチャージャーのバックタービン音を深夜の空気に響かせながら、赤いMR2は去っていった。

 

「…………帰ろうかな。明日早いし」

 

 海外に転勤した人が置いていったハチロク。か。

 

 親友がシルビアを止めていた場所まで歩く。鎮守府に帰って、眠りに就くまで。巧の脳内には、城島が見せた笑顔がずっと残っていた。

 

 

 

 

 




MR2って最近さっぱり見なくなりましたよね。でも大好きな車の1つです。

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